44 夢の国へ!【前篇】
全国大会は、見事立海の優勝で幕を閉じた。
対戦相手の四天宝寺も流石ここまで勝ち上がってくるだけありかなり苦戦を強いられる試合もあったが、やはり三強の活躍は大きくダブルス一つ、シングルス二つを取り勝利を収めた。
これで立海は全国大会を二連覇した。
立海の強さは止まる事を知らないと、改めて全国の中学生に知らしめたのだった。
しかし桜華の知らない所で、白石が幸村に「桜華ちゃんの事結構気に入ったみたいや俺」と暴露。
それに対して「それが?白石が気に入ったところで桜華は俺のだから」と威圧感のある笑みを浮かべ思い切りけん制した。
だが、どうやら彼には効かないようで「まあ、それは桜華ちゃん次第や」と楽しそうに笑っていたとか。
そんな今日は全国大会終了から数日経った練習日。
夏休みも明日で終わりという事で、一日オフという計らいがされた。
それは勿論、夏休みの宿題を大量に溜め込んでいる者への配慮なのだが。
心配のない部員は各々自主練をしたり遊んだりと自由に時間を使える、夏休み唯一と言っていいちゃんとした休日だ。
夏休みとしては最後の部活終了後、今日は幸村と二人で帰っている桜華はぽつりと呟いた。
「ランドかあ……」
「どうしたの桜華?」
「あ、ううん!何でもないよ!(つい声に出しちゃった……!)」
「ランドって聞こえたけど?」
「……あのね、理央が夏休みに家族で行ったんだって。それでいいなあって思って」
「へえ……」
幸村はふむふむと手を繋いでいない方の手を顎に当てて考えた。
この夏休み、結局デートというデートは出来ずにここまで来てしまった。
付き合って初めての夏休みなのに、これでは少し淋しすぎる。
何より彼女のネズミーランドに行きたそうな表情はとても心を掴むものがあり、幸村は「……よし」と呟いた。
桜華はきょとんとした表情で幸村を見つめる。
「精市……?」
「急だけど、明日行こうよ」
「え?」
「ランドでデートしよう?」
「え!?でも折角のお休みなのに……!精市疲れてるでしょ?」
「それは桜華も同じでしょ?俺は大丈夫だから、桜華さえよければ行かない?夏休み最初で最後のデート」
優しく笑って見つめる幸村。
そこにはとても嬉しそうな桜華の表情があった。
目が輝いており何とも可愛らしい。
「い、行くっ……!精市と行きたい!ランド!」
「ふふ、じゃあ決まりね?」
「やったあ!えへへ……どうしようすっごく嬉しい!」
「俺もだよ。あ、じゃあ明日朝早くても大丈夫?」
「うん!毎日早く起きてるし大丈夫だよ!」
「そうだったね……うん、よかった。時間はまた家に帰ってからちゃんと調べてまた連絡するね?」
「はーい!」
「(本当に嬉しそうな顔して……可愛すぎだよ全く)」
そう心の中で思うと、幸村はくすっと笑みを零した。
桜華はわくわくする心を抑えきれない様子で、「明日何着て行こうかな!どうしようランドだ……!」と一人興奮していた。
そんな彼女のあまりの興奮の仕様に、幸村は一つの疑問が浮かんだ。
「ねえ桜華?」
「うん?」
「……ランド、行った事ある?」
「ないよ?」
「(ああ、だからか……)」
彼の予感は的中した。
桜華は生まれてこの方、ランドに行った事がないらしい。
そのため、ありえないくらい興奮していたようだ。
「あ、でもねでもね!ランドの事はいっぱい知ってるよ?ガイドブック持ってるんだ!」
「そっか、じゃあ明日はそれ見て沢山回れたらいいね?」
「うんっ!帰ったらどう回るか考えなきゃ!」
桜華の興奮冷めやらぬまま、あっという間に彼女の家へ到着。
幸村は「また連絡するから」と言って、もうお決まりになりつつある額にキスをしてから自宅へと向かった。
桜華は幸村と別れた後、部屋に閉じこもり以前に憧れて買ったガイドブックを見ながらにやにやと表情を緩ませていた。
その暫く後、桜華がお風呂から丁度上がった時に幸村からメールがきていた。
『明日7時くらいに駅前で待ち合わせで大丈夫かな?』との事だった。
桜華はもっと早くてもいいと思っていた位なので、勿論同意の返事をすぐ送った。
そして改めて明日のネズミーランドに思いを馳せたのだった。
そして翌日。
桜華は以前の様に遅刻する訳にはいかないときちんと早寝をし、目覚ましが鳴るより先に目を覚ました。
身支度を整え、朝食を食べていると母に「精市君とランド楽しんでいらっしゃいね」と言われ、彼女はますますランドに行くんだと実感しドキドキと胸を高鳴らせた。
いつもより早めに準備を終えると、かなり余裕を持って家を出た桜華。
玄関を出る際「お土産沢山買ってくるね!」ととても嬉しそうに言う娘の姿に、母はくすくすと笑った。
「あ、もう精市いる!」
かなり時間に余裕を持って来たはずなのだが、待ち合わせ場所にはすでに幸村の姿。
桜華は慌てて駆け寄った。
「ごめんなさい精市!待たせちゃった!」
「おはよう桜華。大丈夫、まだ待ち合わせ時間よりずっと早いから」
「精市を待たせたくなかったから早く起きてきたんだけど……精市の方が早かった!」
「俺も楽しみで早く来すぎただけだから気にしないで?」
「精市もランド楽しみなの?」
「勿論だよ。桜華と行く所ならどこでも楽しみだよ」
幸村は朝には少し甘過ぎる台詞を吐くと、「行こうか」と言って既に買ってあったらしい切符を桜華に渡した。
「お金……!」と慌てる彼女の手を引いて改札を通り、丁度来ていた電車に乗り込む。
席が空いていたので二人で並んで座ると、桜華は待ちきれないのか鞄に入れていたガイドブックを取り出した。
本には付箋がしてあったり、ページの端が折られていたりと、かなり細かくチェックがされているようだ。
それを見た幸村は本当に楽しみだったんだな……と彼女の可愛さに愛おしそうに目を細めた。
「えっとね、最初は急流すべりみたいなやつに乗りたい!」
「桜華絶叫系大丈夫なんだ?」
「うん、大好き!あ、あとね、このムーさんのやつにも乗りたいんだ!すっごく可愛いんだって!」
「そうなんだ?俺乗った事ないや」
「本当!?乗ってもいい……?」
「ふふ、勿論いいよ」
「えへへ、やったあ!」
隣で興奮している彼女の頭を撫でながら答える幸村。
いつもなら人が見ている所でこういう事をすると恥ずかしがるのだが、今日はそんな事は気にならないらしい。
二回程ある乗り換えの時もずっとずっとあれに乗りたい、お土産は沢山買うんだと桜華は興奮しっぱなしだった。
そして、電車を乗り継ぎここはランド最寄駅。
桜華は駅に着く直前から見える光景に、窓の外に釘付けになっていた。
「うわあ、お城だ……!」と目を輝かせながら見ているその姿はまるで小さな子供のようで、幸村はやはりくすっと笑った。
電車を降りるとそこはもう夢の世界。
降りた瞬間から始まる非現実的な世界に桜華は更に目を輝かせ、きらきらとした笑顔を浮かべた。
時間的に丁度開園直後だったらしく、チケットを買ってそのまま入場する事が出来た。
「精市精市!すごいよ本当にランドだ……!」
「ふふ、そうだよ?今日は沢山遊んで帰ろうね」
「うんっ!」
「あ、ほら……最初に乗るのなんだっけ?」
「えっとね、急流滑り!」
「それなら場所分かるから行こうか。こっちだよ」
幸村は軽く彼女の手を取ると、以前来た時の記憶を頼りにアトラクションへと向かった。
既に人が並んでいたものの、今日は人が少ないのか待ち時間は短くて済みそうだ。
桜華と幸村は早速その列に並ぶ。
夢の世界で乗る初めての乗り物にドキドキしているのか、桜華はそわそわとし彼の顔をちらちらと見た。
「桜華?」
「えっ?あ、何?」
「どうしたの?大丈夫?」
「どうして…?」
「さっきからそわそわして俺の事ちらちら見るから……あ、緊張してるんでしょ?」
「だって初めて乗るから……ずっとずっと乗りたかったんだもん!」
「じゃあ、写真買って記念にしないとね。桜華が初めてのランドで初めてアトラクションに乗った記念で」
「写真……!変な顔にならないようにしなきゃ……!」
幸村の写真という言葉に今から表情を考えているのか、更にそわそわとする桜華。
そんな事をしている間に、乗り場に到着。
係の人に案内されたのは最前列。
桜華は「一番前だ……!」と嬉しそうに乗り込んだ。
「桜華、本当に怖くないの?」
「大丈夫だよ!あ、もしかして精市怖い?」
「そんな訳ないじゃないか」
「(確かにそうだ……!)あ、いよいよ出発だねっ……!」
「手繋いでよっか」
「うん!」
二人が手を繋いだ瞬間、乗り物が動きだした。
桜華は一瞬ビクッとしたものの、その後は「いつ落ちるのかな!?」と幸村の方を見て楽しそうに話しかけていた。
そして乗り物はどんどんと進み、いよいよ最後のお楽しみへと突入。
段々と上がっていく度に彼女の心は踊る。
思わずぎゅっと幸村の手を握り、握られた方の幸村はやっぱりここまで来ると怖くなるのかな?と心の中で思った。
瞬間。
目の前が明るくなった事に驚いている暇もなく、急降下。
桜華はすっかり写真の事なんか忘れて思い切り叫んでいた。
下り切った先で、思い切り水しぶきを浴びる。
夏の暑さを忘れられる冷たさに、桜華も幸村もどこかほっとした。
しかし、ほっとしたのも束の間。
幸村が「桜華大丈夫?」と声をかけようと彼女の方に目をやった。
そんな彼の目に映ったのは、少し刺激的な光景。
「うわあ……びしょびしょだ。でもすっごく気持ちいい!」
「!」
「精市?」
「桜華、ちょっと動いちゃだめだよ?」
「?」
桜華の動きをとりあえず止めさせると、幸村は鞄の中からタオルを出して彼女の身体を拭いた。
身体……というよりは、主に胸元を。
その行動に決してやらしい気持ちはない。
今彼の胸にあるのは、心配の二文字だ。
「ど、どうしたの……?」
「……下着透けてる」
「!?」
「白いワンピースだから濡れて透けちゃったんだね……暑いからすぐ乾くと思うけど……」
「ありがとう精市……うう、恥ずかしい…」
「大丈夫だよ、とりあえずはこのタオルで押さえてて?」
「はあい……」
「(全く、こんなタイミングで……はあ)」
幸村はそのままタオルを桜華に渡すと優しく頭を撫でた。
彼女はタオルで胸元を抑えたまま潤んだ瞳で彼を見た。
その表情に幸村がきゅんとしたのは言うまでもない。
降りたすぐに、写真販売のコーナーがあった。
二人でどの写真かと探していると、一番新しい写真に自分達が写っているのが見えた。
その写真を見て桜華は「うわあああ」と小さな悲鳴を上げた。
「酷い顔……!写真の事すっかり忘れてた!」
「でもこれは記念に買うからね?と言うか別に酷い顔じゃないよ、可愛いじゃないか」
「精市は何でこんな爽やかな顔してるの!?凄いよ……!(落ちる時でもかっこいいってどういう事!?)」
「ふふ、これでも少し怖がってたんだけどな?」
「(そんな風に見えない……!)」
彼女がそう思うのも無理はない。
幸村の表情はいつもと変わらない穏やかな表情、そしてカメラ目線。
恐らく今画面に出ている写真の中で一番いい顔をしているに違いない。
桜華がそう思っている中、幸村はしっかりと写真を購入していた。
もちろん、彼女の分も。
未だ乾かない桜華の服だが、彼女は時間が勿体ないからとそのまま移動する事にした。
次は、桜華が楽しみにしていたムーさんのアトラクションへと向かった。
「うわあ……!ムーさんがいっぱい……!」
「可愛いね?」
「うんっ!ふかふかしてて可愛い!」
「(桜華の方がずっとずっと可愛いけどね)」
二人でまた列に並ぶ。
この列は結構長く、先程より時間がかかりそうだ。
ただ、桜華はそんな事全く気にならない様で、常に笑顔だった。
「あ!」
「?」
「服、乾いた!」
「本当だ。やっぱり暑いから早かったね。よかった……」
「タオルありがとう精市!でもびしょびしょになっちゃった……」
「大丈夫だよ、もう一枚あるし。とりあえずそれは袋に入れるよ」
「ごめんね……」
「気にしない気にしない。タオルが役に立ってよかったよ」
幸村は用意していた袋に濡れたタオルをしまうと、そのついでに桜華に飲み物を渡した。
「飲む?」と言うと彼女も丁度喉が渇いていたらしく嬉しそうに「飲むっ!」と言って飲み物を受け取った。
こくこくと喉を鳴らして飲むあたり、よっぽど喉が渇いていたのだろう。
「ぷはあ……美味しかった!」
「ふふ、それはよかった。凄く喉乾いてたんだね?沢山飲んでる」
「流石に暑くてカラカラだった!ありがとう精市」
「どういたしまして。俺も飲もうかな」
幸村は言うと彼女からペットボトルを受け取り、そのまま一口喉に流した。
所謂間接キス。
いつも普通にキスをしているにも関わらず、桜華は何故か恥ずかしくなって、少し顔を赤くした。
幸村は勿論間接キスを狙っていたのだが。
「水分補給はちゃんとしないとね?」
「私後で自分で飲み物買う……!」
「俺のがあるから大丈夫だよ。なくなったらまた買うし」
「(だって間接キス……!)で、でも……!」
「……間接キス、だもんね?」
「!」
耳元で小さく囁かれた言葉に、桜華はより顔を赤くした。
彼女のその反応を見て楽しそうに微笑む幸村。
二人の甘い空気に、前後の人達が桜華と同じ位に顔を赤くしていたとか。
そして列は進む。
彼女の大好きなムーさんまで、あと少し。
(精市ムーさんまでもう少しだよ!)
(うん、楽しみだね?)
(乗ったらもっと沢山ムーさんがいるんだよねどうしよう!)
(本当にムーさん好きなんだね)
(だってくまさんだもん!)
((ああ、なるほど)……じゃあ、ムーさんと俺はどっちが好き?)
(え?………精市!)
((今の間は……)よかった。俺も桜華のことす)
(あー!あのムーさん可愛い……!)
((好きって言えなかった……。……何だかムーさんに負けてる気がするな))
あとがき
夢の国です、某ランドとは別物ですご理解ください。
補足ですが、幸村君と桜華さんの母は接触済みです。
偶然帰り道で遭遇し、幸村君があっさり暴露。
彼の見た目と礼儀の正しさに母はとても感心し、安心して桜華さんを送り出している様です。