45 夢の国へ!【後篇】



並ぶ事一時間弱。
やっと二人の番が回ってきた。
目の前に止まっている乗り物に乗り込むと、すぐに発車し桜華と幸村をムーさんの世界へと誘った。


「見て見て精市!あそこにムーさんがいるよ!」

「本当だ。……木にぶらさがってるね?」

「ああもうそんな所も可愛い……!」


桜華の目の輝きは尋常じゃない。
ムーさんを見つける度に指をさして彼に教えてあげ、「可愛いね!」と言うのの繰り返し。
そんな同じ事の繰り返しにも関わらず飽きずにちゃんと付き合ってあげるあたり、幸村の優しさが窺える。


「何かさっきから甘い匂いがするような……?」

「何かこの中全体がはちみつの匂いがするって、本に書いてた!」

「へえ……あ、ムーさんがいつも食べてるからか」

「そうそう!」


幸村は「桜華は何でも知ってるんだね」と言って頭を撫でてやる。
すると彼女は笑顔で「ガイドブックはいっつも見てたから!」と嬉しそうに答えた。
その時改めて桜華を今日ここに連れてきて良かったと幸村は感じたのだった。

しかしそんなムーさんのアトラクションもあっという間に終わりを告げる。
降りた瞬間こそ桜華は寂しそうにしていたが、出口すぐにあるお土産屋さんを見つけると興奮して中へと入っていった。
幸村はくすっと小さく笑って後を追いかける。
中に入ると、早速お土産を漁っている彼女の姿があった。


「精市これすっごく可愛い!ムーさんのストラップ!」

「ふふ、本当だ可愛いね。……それ欲しいの?」

「でも、携帯にもうくまさんついてるし……うーん……」

「(確かにそれを外す選択肢はないんだろうなあ……)」


桜華と幸村の携帯にはお揃いのくまのストラップがまだついている。
少し汚れてきたものの、外すに外せないらしい。
しかし一目惚れしてしまったムーさんのストラップも欲しいらしく、一人小さく唸りながら葛藤していた。

そんな桜華を見ていて幸村は、一つ提案した。


「ストラップ、カバンに付けたらいいんじゃないかな?」

「あ、そっか!」

「それだったら携帯重くならないしね?」

「精市ありがとう!そうだね、別に携帯にだけって訳じゃないもんね!」


桜華は幸村の提案を聞いて嬉しそうに頬を緩めた。
可愛らしい表情を見ながら、「そうだよ」と言って幸村はさっと彼女の手からそのストラップを奪う。
驚いている桜華を他所に、そのまま彼はレジへと向かった。


「せ、精市!いいよ自分で買うから!」

「いいからいいから。俺彼氏なんだし……それに、今日は桜華に極力お金を使わせちゃ駄目なんだ」

「?」

「朝出る前に母さんが『桜華ちゃんは彼女なんだから、あんたが全部出してあげるのよ!お小遣いあげるから』って。だから気にしないで?お金の心配はいらないし」

「(精市のお母さん……!)」


桜華大好きな幸村母は、息子が家を出る直前に玄関で結構な金額を手渡した。
幸村自身も桜華にお金を出させる気は元々なかったため、母の意見には同意だった。

幸村はすぐにレジを済ませると、袋を桜華に手渡した。
彼女は少し申し訳なさそうにしているものの、ここは幸村の優しさに甘える事にした。
「ありがとう精市」と言う桜華の笑顔は、それはそれは愛らしく、幸村を癒した。


「次はどこに行くの?」

「あのね、思い出したんだけど!」

「?」

「私、耳付けたいんだ!」

「(耳?……ああ、あれか)」


桜華は目の前を通り過ぎる人達の頭上に釘付けになっていた。
幸村が彼女の視線を辿ると、そこにはキャラクターの耳のついたカチューシャ。
ここランドの定番アイテムだ。
彼女は入場後興奮しすぎてうっかり忘れていたらしい。


「買いに行ってもいいかな?」

「いいよ。あ、じゃあ俺もつけようかな?」

「精市も?」

「折角のランドだし……それに、デートだし、ね?」


幸村は言い終わると桜華の手を引いて店の中へと入った。
ちょうど目の前に売っているお店があった。
中に入った二人はカチューシャが売っている所まで来ると早速選び始めた。


「どれがいいかなあ……沢山あって迷う!」

「そうだね、うーん……」

「……あ!」

「何かいいの見つかった?」

「精市は……これ!」


桜華は手に取ったカチューシャを少し背伸びをして幸村の頭に付ける。
ちょうどあった鏡を見た彼は、少し顔を赤くした。
そんな事とは知らず、桜華は嬉しそうに言った。


「花婿さん見たい、これ!」

「(桜華って本当いきなりそういう事言うから……。でもこれがあるってことは……あ、あったあった)……じゃあ、桜華はこっちね」

「え?あ、わわ!」


幸村も同じ様に彼女に付けてあげる。
そして頬を撫でながら優しく囁いた。


「俺が花婿なら……桜華は花嫁さんだよね?」

「せ、せーいちっ……」

「ふふ、まだ未来の話だけど」

「……?」

「……桜華は俺の花嫁さんになってくれるでしょ?っていうか、桜華以外は嫌だしね」

「花嫁さん……?」

「そう、俺だけの花嫁さん」


そう言って微笑む幸村。
二人が着けたカチューシャは、ウェディングを思わせるデザインのもの。
幸村の方には、耳と耳の間にシルクハットが。
桜華の方には、花と短いがヴェールがついている。
ランドのキャラの耳のカチューシャだとしても、彼女にこのカチューシャをつけてもらった幸村は心底嬉しかったようだ。
桜華は桜華で、いざ自分に付けられたとなると照れてしまったらしい。


「……精市のお嫁さんになってもいいの?」

「桜華以外なんて考えられないから」

「じゃあ、精市が私の旦那さん……」

「必然的にそうなるね。……まあ、俺以外は認めないけどね」

「えへへ、嬉しいな……ありがとう精市」

「(ああもう何で桜華ってこんなに可愛いのかな……)」


二人とも仄かに赤い顔のまま見つめ合い、そして笑った。




結局そのカチューシャを購入し、二人で着けながらランドを周る事になった。
桜華の乗りたいものには大方乗れた。
やはり空いているのがよかったのか、どのアトラクションも大した待ち時間なく乗れ、ムーさんに至っては二回乗った。
そうしているうちに段々と辺りが朱色に染まりだした。
夕方になりつつあるのだ。


「もうこんな時間かあ……楽しい時間って過ぎるの早過ぎるよ」

「そうだね……あまり時間もないし、やりたい事とか乗りたいのとかあったら何でも言ってね?後悔しない様に」

「うーん……そうだ、写真撮ってない!折角来たのに……!」

「そう言えば乗るのに夢中になってあまり撮れてなかったね?じゃあ、誰かに撮ってもらおうか」

「うん!」


二人がいる場所は丁度フォトスポットであるお城の前。
絶好の写真撮影スポットだ。
幸村はきょろきょろと辺りを見回すと、近くにいた同い年くらいの男の子に声をかけた。


「あのすみません、写真を……って……」

「え?……あれ、立海の幸村じゃないか。こんな所で奇遇だね」

「青学の不二……」


振り返った少年に幸村は一瞬目を見開いた。
まさかの見知った顔……偶然にも程がある。
いつもの様に綺麗な微笑みを湛えている不二は、「写真、撮るよ?」と携帯を受け取ろうとした。
しかしそれを幸村は阻止する。


「いいよ、別の人に頼むよ」

「どうして?僕こう見えても写真が趣味だから普通よりかは上手いと思うよ?」

「いいって」

「ねえ精市?どうしたの?」

「(あー……来ちゃった)」


なかなか戻ってこない幸村を心配して桜華が近付いてきた。
その姿を見た不二は「君の彼女かい?」と何処か面白そうに言った。
幸村は「そうだよ」と答えたものの、表情は少し曇っている。


「あれ?どこかで……」

「僕の事知ってるの?」

「えーっと…あ、そうだ!大会の会場で見た事ある気が!」

「そっか。僕は青学の不二周助、よろしくね?」

「私は湊桜華って言います!よろしくお願いします!」


不二がすっと差し出した手を躊躇なく握る桜華。
その光景は幸村にとって不愉快でしかない。
まず、二人がこうして顔を合わせてしまった時点で彼にとっては不愉快なのだが。


「(折角今日は二人きりだったのに……)……桜華、写真は別の人に頼むから」

「僕が撮るよ幸村。遠慮しないで。いいよね桜華ちゃん?」

「不二君撮ってくれるの?ありがとう!」

「ふふ、どういたしまして」

「(結局こうなっちゃうのか……)」


桜華がもう写真を撮られる気満々なので、幸村もそれ以上何も言う事が出来なかった。
不二はすっとカメラを取ると、「ほら、並んで?」と二人を促した。


「よかったね、精市のお友達がいて!びっくりだよ!」

「あんまり良くないかな……折角桜華と二人きりだったのに」

「写真撮ってもらうだけだから……ね?そんな顔しないで?折角の思い出なんだから!」

「……不二には気をつけてね?」

「?」


言葉の意味が分からないまま、二人は城の前に並んだ。
少し離れた所から不二が「じゃあ撮るよ」と合図を出したので、桜華はにこっと笑った。
幸村は嬉しそうにピースしている彼女の肩をそっと抱き寄せた。

その瞬間切られるシャッター。
不二が「うん、なかなかいい感じだと思うよ」と二人に近付き今撮った写真を見せた。
そこにはバカップルの様な二人が写っていて、桜華は「わわわっ……!」と顔を赤くした。


「……まあ、不二にしては上出来じゃない?桜華も可愛く撮れてるし」

「写真なら任せてよ。……それよりも」

「?」

「その耳、二人とも良く似合ってるよ。結婚するみたいだね?」

「わっ……ありがとう……!ちょっと恥ずかしいけど嬉しいなあ」

「あ、桜華ちゃん良かったら今度東京においで?」

「え?」

「ふふ、今度は俺とデートしてね?」


不二はくすっと笑って桜華の頭を撫でると、そのまま行ってしまった。
幸村は先程の不二の行動と言動に、「不二……」と少し苛立った様子だ。
桜華は不二の言葉に、冗談が好きなのかな……?と全く本気にしていなかった。




少し変な空気になったものの、またランドを周るとすぐにその空気もなくなりいつもの二人に戻った。
桜華はお土産を買いたいと言い、店に入ってお菓子や理央にあげるお揃いのグッズを見たりした。
幸村も家と部の皆にといくつかお土産を買っていた。


「桜華、はいこれ」

「これどうしたの?」

「俺とお揃い。今日お揃いのもの買ってなかったから……俺からのプレゼント」

「ありがとう……!すっごく大切にするね!」

「そうしてくれると俺も嬉しいよ」


幸村は桜華に内緒でお揃いのペンを買っていた。
受け取った彼女はとても嬉しそうにしており、その顔を見れただけで彼は満足だった。


そして日も暮れてきた頃。
そろそろ帰らなければいけない時間になった。
本当ならもう少しゆっくりしてもいいのだが、明日から学校と言う事を考えると遅くまでは居られない。
しかし桜華の残念そうな表情が見ていて何とも辛いものがある。


「夜のパレード見たかったなあ……」

「また今度来ようよ、ね?その時はちゃんと見よう?」

「うん、そうだよね!絶対また精市とランドに来る!」

「ふふ、約束ね」

「シーも行きたい!」

「じゃあ次はシーに行こうか」

「うん!」


二人はまたここに来る事を約束し合うと、名残惜しい気持ちがありつつも退場のゲートをくぐった。


帰りの電車内。
桜華はいつもより早く起きた事と一日興奮しっぱなしだった事が重なってか、幸村の肩に頭を乗せすやすやと眠っていた。
そんな彼女の寝顔を見ながら、彼は優しく頭を撫でた。


「今日は楽しかったね……絶対にまた連れてきてあげるから。だからずっと俺の傍にいてね……?桜華……」


眠っているため桜華の耳には届いていないが、幸村はそれでも小さな声で囁いた。


「俺の可愛い未来の花嫁さん……愛してるよ」




(今日は本当にありがとう!すっごくすっごく楽しかった!)
(初めてのランドだったもんね)
(初めてを精市と行けて本当によかったよ!……精市)
(ん?何?)
(大好きっ……)
(!?(桜華からキスなんて珍しいな……))
(また明日……!えっと、おやすみなさい……!)
(ふふ、おやすみ桜華。また明日)






あとがき

ランド編終了です。
色々と中途半端かなと思いながら……。
不二君は菊丸君達と来ていました。