46 新体制スタート
桜華と幸村がランドに行った翌日。
立海では二学期の始業式が行われた。
ただ新学期が始まるだけと言うだけで特に変わった話もなく、学長の長い挨拶と二学期の予定について話されただけだった。
一つあったと言えば、表彰式だ。
テニス部は全国優勝を果たしたので、トリとして盛大に表彰された。
桜華は昨日の疲れが残っているらしく時折欠伸をしていたが、表彰の時だけはしっかりと見ていた。
隣のクラスの幸村は斜め後ろから彼女を発見すると、欠伸ばっかりしているのを見て小さくクスクスと笑った。
長い長い始業式がようやく終わった。
教室への帰り道、たまたま見つけた桜華に幸村は声をかけた。
「桜華」
「精市!始業式長かったねー」
「ふふ、桜華欠伸ばっかりしてたでしょ」
「な、何で知ってるの!?」
「後ろから良く分かったよ?昨日の疲れ残ってるの?」
「流石にちょっと疲れてるけど……でも、幸せな疲れだからいいんだ!」
「昨日は本当に楽しかったもんね?」
「うんっ!」
桜華が笑顔で返事をすると、幸村はやはりその笑顔に癒されるのだった。
隣で理央が「ちょっと幸村!あんた昨日桜華と何処行ったのよ!」と凄い剣幕で言っているが、幸村は聞こえないフリをしていた。
教室に戻った後、桜華が理央にお土産を渡してその疑問は解決するのだが。
そしてあっという間に始業式とホームルームが終わった。
今日は学校自体は午前だけなので、昼からテニス部は部活動を開始させる事になっている。
特に今日は新体制が始まる初日。
二年生はドキドキとしながら今日と言う日を迎えたに違いない。
「では、今日からお前達の世代になる訳だが……まずは新部長、新副部長、新会計を紹介する」
部活が始まった。
夏で一応引退した眞下が引き継ぎのためにコートに来ていた。
毎年前部長から任命を受けるのが通例らしい。
眞下は一呼吸置くと、順番に名前を呼んでいった。
「まず新部長……二年、幸村精市」
「はい」
「(やっぱり精市が部長かあ。眞下部長も精市も全然教えてくれなかったけどやっぱりそうだよね)」
名前を呼ばれてすっと前に出る姿には、すでに部長の貫禄が窺える。
肩に羽織ったジャージが綺麗に靡き、その凛とした姿を更に引き立たせた。
眞下はその後も名前を呼んでいく。
「新副部長、二年真田弦一郎」
「はい」
「新会計、二年柳蓮二」
「はい」
三人が前に出るとやはり壮観であり、同時にやっぱりかという思いになる。
一年の時からレギュラーであり、先輩よりも強かった三人。
三強と呼ばれ二年連続立海を全国優勝に導いたこの三人は、強いだけではなく各々が最もこの役職に相応しい力を持っていた。
幸村は、部員の信頼を得、そして全員を纏め上げる事の出来る統率力。
真田は、厳しい目線で他人をちゃんと叱る事の出来る力。
柳は、冷静に状況を見据え、しっかりとした管理の出来る力。
三人はテニスの実力だけではなく、こうして上に立つ事の出来る力も持っている。
流石と言う他ない。
眞下が「では新部長から挨拶、そして新レギュラーの発表を」と言うと、今まで少しざわついていた部員たちが一斉に静かになった。
辺りが静かになったのを確認すると、幸村はすっと一息吸い、ゆっくりと話し出した。
「新部長に任命されました、幸村精市です。これから一年間、部長として部員全員の事を纏め、しっかりと指導もするつもりです。勿論、真田や柳と一緒に。……立海は全国二連覇を果たした。これは実に栄誉なことだ。しかし二連覇で俺は満足しない。立海三連覇……俺達の代で必ず成し遂げたい。いや、成し遂げる。だから皆、これからよろしく頼む」
「(精市本当に部長になったんだよね……。何だかすっごくかっこいい!)」
幸村の自信に満ち溢れた挨拶に、部員から拍手が起きた。
隣で聞いていた真田と柳も挨拶の内容に満足したのか、うんうんと頷いていた。
桜華も挨拶を聞いて、改めて彼が部長になったのだと実感し、自分の事のように喜んだ。
「じゃあ、俺から新レギュラーの発表をするよ。人数は補欠も含めた八人」
その場の空気が張り詰めた。
このレギュラー決定は、何もない限りずっと続く事が多い。
なので二年にとってはここが正念場なのである。
全員の緊張した雰囲気を感じ取りながら、幸村は真っ直ぐ部員たちを見据え名前を読み上げる。
「まずは元からレギュラーの俺、真田、そして柳」
「うむ」
「光栄だな」
「そして二年仁王雅治、柳生比呂士」
「ほお……俺もレギュラー入りか。結構嬉しいもんじゃの」
「レギュラーとは恐れ多いですが……これから精一杯頑張らせていただきます」
まず呼ばれた二人が前に出る。
いつも飄々としている仁王だが、今は嬉しさが隠しきれないようで頬が緩んでいた。
柳生は眼鏡をくいっと上げ、表情にはあまり出ていないものの、嬉しさを噛みしめているようだ。
「丸井ブン太、ジャッカル桑原」
「おっしゃー!やったぜぃジャッカル!」
「そうだな!まさかレギュラーになれるなんてな……」
続いて呼ばれた二人も前に出る。
ブン太はもう体中から嬉しさを溢れさせており、満面の笑顔が何とも眩しい。
ジャッカルはそんなブン太の隣で一人ぐっと小さくガッツポーズをした。
そんな彼等の様子に、桜華は本当に嬉しいんだなあ……と表情を緩めた。
「そしてもう一人」
幸村の言葉に全員が息をのむ。
枠はあと一人。
これで呼ばれなかった場合、レギュラーへの道はかなり難しいものとなる。
桜華も緊張し、部員の皆を見守る。
「一年の切原赤也」
「「「!!」」」
先程の静寂が嘘の様に辺り一帯がざわついた。
特に二年生は訳が分からないと言う顔をしている。
それもそうだ。
一年生がレギュラーになる……これは三強以来の大事だ。
当の赤也本人は少し呆気に取られていた。
まさか自分が呼ばれるとは思っていなかったのだろう。
確かに彼は強いが、やはり一年と言う学年での引け目が本人にもあったらしい。
目を見開いて動かない赤也を見た幸村は、少し口元を緩ませると、
「赤也、おいで。お前は俺達が選んだ紛れもない立海のレギュラーだ」
そう言って呼んだ。
やっと我に返った赤也は、「ッス!」と元気よく返事をすると、ジャッカルの隣に並んだ。
これでレギュラー全員が集合した事になる。
「(みんながレギュラー……でもこれは贔屓とかじゃない、精市達が真剣に考えた結果だ。だってみんな実力は確かだもん)」
「レギュラー決定おめでとう。ここで決定だからと言って油断はするな。無断欠席はレギュラー落ちに相当すると考えて欲しい。何かあった場合すぐに交代させる。勿論、実力が伴わなくなった場合は即入れ替えだ」
「「「……」」」
「これから練習はより厳しくなる。弱音を吐きたくなる事もあるかもしれない。だが、その暇があったら練習しろ。俺達の代で必ず立海三連覇を成し遂げるぞ、いいな!」
「「「イエッサー!」」」
全員の声が重なった。
新レギュラーの意気込みをしっかりと感じ取った新部長幸村は、よし、と頷くと「早速練習を始める!」と全員に向かって声をかけた。
少し離れた場所で見ていた眞下も、「やっぱり幸村で正解だな」と安心したように微笑んだ。
「みんな、レギュラー入りおめでとう!」
「おう!いやーやっと俺の天才的妙技を披露出来るんだな!楽しみだぜぃ!」
「まさか俺もレギュラーにしてもらえるとは思わんかったのお」
「雅治もいつも頑張ってるし、実力あるもん!別に変な事ないよ!」
「桜華先輩!どうしよう俺レギュラーになっちゃったっす!」
「よかったねー赤也!一年でレギュラー入りは精市達以来だよ」
「へへっ!俺頑張る!」
「うん!来年の全国大会に向けて今以上に頑張っていこうね!」
赤也の本当に嬉しそうな表情を見て、桜華はつられて笑顔になった。
その笑顔を見て赤也は「やっぱり桜華先輩可愛いッス!」と一人照れていた。
そこに新部長としての初めての仕事をこなした幸村がやってきた。
「あ、精市!……部長就任おめでとう。あと、お疲れ様」
「ふふ、ありがとう。思っていたより緊張したよ」
「そんな風には見えなかったよ?……でも、教えてくれても良かったのに、部長になる事」
「ごめんごめん、ちょっと驚かせようと思って」
「驚いたけど……でも何となくそんな気はしてたから」
「でも、本当に俺なんかでよかったのかなってまだ少し思う所もあるよ」
「精市じゃなきゃ駄目なんだよ。信頼もあるし、実力もあるし……何より眞下部長がすっごく安心そうな顔してたから」
「そっか……それならよかった。眞下部長には色々お世話になったしね」
幸村はクスッと笑うと、「これからも俺の事支えてねマネージャー?」と彼女を見つめた。
その言葉に桜華は胸を張って「もちろん!全力でマネージメントさせてもらいます部長!」と言った。
そんな頼もしい発言に幸村は期待と信頼を込めて、彼女の頭を優しく撫でた。
新体制がスタートした部活は、今日一日無事に終える事が出来た。
初めての事だらけだった三強はずっと気を張っていたせいか、いつもより疲れが見える。
レギュラーになったメンバー達も、急に厳しくなった練習にどっと項垂れていた。
しかしその表情には未だに喜びが溢れている様で、決して練習が辛くて嫌だと思っている訳ではなさそうだ。
「ねえ皆」
「何ですか幸村君?」
「この後、焼肉に行かないかい?」
「焼肉ッスか!?」
「ほお、肉か……」
「焼肉!やべえテンション上がってきた!」
「(精市がお肉なんて珍しい!……ああでもきっと、皆がお肉好きだからだろうなあ)」
幸村の発言に全員のテンションが上がる。
「レギュラー入り記念にね」と彼が付け加えると、余計に全員のモチベーションが上がったようで、口々に行く行くと先程の疲れはどこへやらである。
「桜華も来るよね?」
「行ってもいいの?」
「当たり前でしょ?駄目な理由なんて何もないよ」
「じゃあ、行く!」
「ふふ、じゃあ全員参加だね」
焼肉は秘かに幸村真田柳で計画していたのだ。
勿論、全員参加を見込んでばっちり人数分予約済み。
「予約の時間があるから、皆急いで着替えてね」と幸村が言うと、全員がささっと部室に入っていった。
桜華も急いで着替えに行く。
彼女に至っては、言わなくてもいつも誰よりも着替えが早いので問題ないのだが。
いつもの倍以上のスピードで着替えを済ませた新レギュラーと三強、そして桜華は皆で焼肉店へと向かった。
きつい練習で相当お腹が減っているらしく、ブン太と赤也はぐーっとお腹を鳴らすと「早く食べてえ……!」と待ちきれない様子だった。
学校近くの焼肉店に到着すると、「予約していた柳です」と伝え個室に案内してもらった。
広い座敷の部屋に入ると、全員荷物を端に置き続々と座っていく。
桜華は勿論幸村の隣。
もう片側の隣には赤也がちょこんと嬉しそうに座った。
すぐに店員がいくつか予約の際に伝えてあった肉を運んできたので、柳はすかさず焼きに入った。
「じゃあ改めて……皆、レギュラー入りおめでとう」
「本当にみんな凄いよ!でもみんながなるんじゃないかなって思ってた!だって誰よりも頑張ってたもん!」
「選んでくれてサンキューな幸村君!真田も柳も!桜華も、サンキュ!」
「まさか俺を選んでもらえるなんて思わなかったっす!……一年だけど、俺、絶対に負けないっすから!」
「うむ、いい返事だ赤也。期待しているぞ」
「っす!」
「これから大変になるのお……」
「レギュラーとしての自覚を持って日々精進ですよ仁王君」
「何だかみんなが輝いて見える……!」
「俺は桜華先輩が輝いて見えるけど!」
「とりあえず食べるか。もう肉は焼けている」
柳の一言に全員が一斉に箸を取り、網の上の肉を取り出す。
全員が勢いよくどんどんと肉を取っていく。
ブン太は箸ではなく「妙技トング取り!」と謎の技を繰り出し一気に肉をかっさらった。
桜華はそんな彼等の勢いに圧され少したじたじとしていた。
「(全然取れない……!)」
「(桜華一枚も取れてないな……)桜華、どれが食べたい?」
「え?えっと……あそこにあるやつ!でもなかなか取れなくて……」
「これ?はい皆、それ桜華の分だからその辺り取っちゃだめだよ絶対にね」
「「「イエッサー……!」」」
「いい返事だ」
幸村は肉を突きあっているメンバー達に言うと、すっと彼女のお皿に取ってあげた。
「はい、どうぞ」そう言って笑いかける幸村に、桜華はありがとうと言って受け取る。
やっと手に入った目の前にあるお肉が何とも美味しそうで、彼に感謝しつついただきますとお肉に箸をつけた。
「美味しいっ……!」
「ふふ、よかった。桜華も沢山食べてね」
「うん!」
「あ、ほら……タレがついてるよ」
「え!どこどこ?」
「俺が取ってあげる」
「んっ……」
幸村は小さく笑った後、ちゅっと桜華の口端にキスを落とし、そして少し出した舌でぺろっと舐めた。
いきなりの行動に彼女は口をぱくぱくさせ顔を真っ赤に染めた。
「はい、とれたよ」と楽しそうに言う幸村は、まるで悪戯っ子の様だった。
近くで見ていた真田は桜華と同じ位顔を赤くして照れていたとか。
焼肉を食べていても甘い雰囲気を醸し出せるこの二人に、周りは流石と思うほかなかった。
そんな事もありつつ、どんどんと食べ続け次々となくなっていく肉。
流石食べ盛りの中学生、食べる量が半端ではない。
桜華も幸村の手伝いがあって満足いく量を食べる事が出来た。
そして全員がやっとお腹を満たした所で店を出た。
全員が満足そうな表情を湛えている。
レギュラー入り記念の焼肉と言う事もあり、それは格段に美味だったに違いない。
駅で別れる事となり、全員が今日以上に厳しくなる明日から練習の気合を入れ合い別れた。
桜華と幸村は、彼が桜華を家に送るため一緒なのだが。
別れた直後、桜華は彼等にもう一度
「本当に本当におめでとう!!」
そう叫ぶと、全員振り返り
「「「これからもよろしくマネージャー!」」」
と返事をした。
その言葉に、桜華は少し目を潤ませ、大きな声で「うんっ!」としっかりと返事をした。
(精市、何だかすっごく嬉しかったさっき!)
(ふふ、皆桜華が必要なんだよ)
(そっか……私、ちゃんとみんなのマネージャーとして認めてもらえてるんだね!)
(当たり前。まあ、俺専属のマネージャーっていうのもありだけどね?)
(精市専属……?)
(あ、でもこれってなんか変なプレイみたいになりそうだね)
(ぷ、ぷれい……?)
(あ、何でもないよ。気にしないで?)
((すっごく気になる……!))
((まあ桜華はもう俺の彼女だし同じようなものか))
あとがき
遂にフルメンバーです。
皆で焼き肉楽しそうですよね。
彼等は焼き肉の王子様に参加していないので、どんな感じなのかとても気になります。