47 嵐再び




朝下駄箱を覗くと、中がびしょびしょでした。


(何だろうこの前に見た事あるような感じ……)


感じ、ではなく完璧に見覚えのある光景。
それは全くいい思い出ではなく、むしろ思い出したくもなかった去年の同じ時期に起こった私にとっての大事件。
あの時は散々な目に遭って大変だった。
呼び出されて殴る蹴るわで意識飛んじゃったし……でも何でまた?


(私何かしたのかな……?)


そう思うも全く心当たりがない。
以前の原因……って言うのは凄く嫌だけど、いじめに遭った理由はテニス部のマネージャーをしているからだった。
じゃあ今回は?
もうマネージャーやって一年以上経ってるし、今更何か言われる覚えもない。
でも下駄箱の中はびしょびしょで、上靴は履けるものではなくなっている。


「桜華?どうしたの行くよ?」

「あ、うん!……いいよ精市先に行ってて!」

「何かあった?」

「昨日部室に忘れ物してたの取りに行くの忘れてた!」

「そう……じゃあ、遅れないようにね?」

「はーい!」


反対側にいる精市をとりあえず教室へ行かせた。
今日は朝練がなくて、二人でゆっくり一緒に登校してきたのに、どうしてこんな事に……。
私はひとつ溜め息をつくと、とりあえず濡れた上靴を持ちその足で保健室へと向かった。


(職員スリッパ履いて行ったら絶対に怪しまれるからとりあえず保健室行こう……!上靴の一足くらいありそうだし!)


朝から憂鬱だと思いながらも、私は急いで保健室へと向かった。






桜華は無事に保健室で上靴を借りる事が出来た。
この保健室は本当に何でも常備されてるんだなと改めて驚かされる。
借りた上靴を履いて教室に戻ると、同じクラスの柳と仁王が既に登校していた。


「おはよう桜華。先程精市を見かけたのだが、一緒に来たのではなかったのか?」

「おはよう蓮二!うん、一緒に来たんだけど、ちょっと思い出した事があって先に行ってもらったんだ!」

「そうか……(桜華の上靴が借り物である確率100%……また何かあったな)」

「おはよーさん桜華。どうじゃ?元気かのお?」

「雅治おはよう!うん、元気元気だよ!雅治は眠そうだね、すっごく」

「昨日夜遅おまでゲームしとったからの……流石に眠いぜよ」


ふわあ……と欠伸をする仁王に桜華はクスッと笑った。
柳は彼女の笑顔の若干の曇りに気付いていた。
彼の観察眼は侮れない。
上靴が借り物である事も含め、柳は去年のあの出来事を思い出していた。


「(まさか、な……)……桜華、今日の昼は二人で食べないか?」

「どうしたの蓮二?別にいいけど……」

「おーおーどうしたんじゃ参謀。桜華を口説きにかかるんか?幸村に五感奪われるぜよ?」

「そんな事はしない。……とりあえず、昼は屋上で食べよう」

「(どうしたんだろう蓮二……)……うん!分かった」

「(柳の奴何考えとんじゃ……)」


各々疑問を持ちつつも、始業のチャイムが鳴ったため席に着いた。
ちなみに理央は今日は家の都合でお休みだと言う事で、桜華は寂しいと思いながらも少しほっとした。


(理央に迷惑かけたくないし……いないのは寂しいけど今日はよかったかな)


彼女は今日何度目か分からない溜め息をつき、教壇で朝の挨拶をする担任を見やった。





お昼休み。
桜華は先に屋上に来ていた。
とりあえず今のところ被害に遭ったのは上靴だけだ。
それ以上の事はまだ何も起きていない。
教科書がなくなっている事も、手紙が入っている事もなかった。
その事にほっと胸を撫で下ろしつつ、桜華は柳が来るのを待った。


「遅くなってすまない桜華。生徒会の者の話が思うより長引いた」

「ううん!大丈夫だよー」

「早速食べるか」

「うん!」


二人で食べるのは初めてだと思いながら、桜華と柳は弁当の包みを開いた。
一緒にいただきますをして、ゆっくりとおかずを口に運んで行く。
暫くもぐもぐと無言で食べていた二人だが、その空気を破ったのは柳だった。


「桜華」

「んー?なに?」

「どうして今日の上靴は借り物なんだ」

「!(ばれてる……!)あ、えっと……昨日持ち帰って忘れちゃったんだ!」

「昨日お前が下駄箱に上靴をしまったのを俺は見ていた。持ち帰っていなかったはずだが」

「うーんと……あはは、いやあ、朝下駄箱開けたらちょっと履きものにならなくなってて!」

「……もしかしてまたなのか?」


また。
その言葉に桜華はうっと言葉を詰まらせる。
勿論柳は一年前の出来事を例に差しているのだろう。
彼相手にこれ以上ごまかす事は出来ない。
彼女はまた溜め息をつくと苦笑して、「蓮二には流石に二回は隠せないかな?」と言って話し始めた。


「朝学校来たら下駄箱の中がびしょびしょでした」

「そうか」

「でも一応それ以外は何も起こってないから大丈夫だと思うんだけど。それに原因とかまだ分からないし」

「そう思っていて前回は大変な目に遭っただろう?」

「そうだけど……」

「どうするんだ。精市には言うのか?あいつらにはどうする……」


痛いところを突かれたと桜華はまた言葉に詰まった。
前回の事があった後、皆が必死に俺に頼れと、仲間だと言ってくれた時は本当に嬉しくて涙が出そうになった。
しかし、いざまた起こった後、やはり皆に言うのは気が引けてしまう。
別に皆の事が嫌な訳でも頼りないと思っている訳でもない。
ただ、迷惑をかけたくないという思いがやはり脳内を支配する。


「(こう思って言わないでおく方が皆に後々迷惑かけるって分かってるんだけど……)……まだ言えない。原因も本当まだはっきりしてないし……ちゃんと言うべき時にったら言うよ」

「そうか。……では、俺にだけは話してくれないか?」

「蓮二にだけ……?」

「ああ。俺はもう知ってしまったしな」

「そうだよね……うん、分かった。蓮二には何かあったら言うよ」

「よろしく頼む」


二人はその後暫くこれからの事について話した。
ご飯を食べながらだったためあまり話は進まなかったが、とりあえずは様子を見る……と言う事になった。
桜華は何だかんだ蓮二に話を聞いてもらえて安心したようだ。

そろそろお昼休みが終わると言う事で、二人は屋上を出た。
教室に向かう時、その後ろ姿を幸村が見つめていた。
それはとてもとても辛そうな表情で。






昼休みの光景が離れない。
どうして蓮二と桜華が二人でご飯を?
俺が誘いに行ったら二人がいなくて、仁王に聞いたら「二人で今日は食べるんじゃと」と答えた。
それは蓮二が誘ったようだが、理由が全く分からない……こんな事は初めてだった。

別に苛々している訳ではないけれど、心に渦巻く気持ちの悪い感情。
駄目だ駄目だと思いながらも、俺は丁度コートから戻ってきた蓮二に声をかけた。
きっと酷い声を出していたに違いない。


「蓮二、ちょっといいかな?」

「どうした精市」

「話があるんだ……部室まで来てくれるかい?」

「構わない」


蓮二はいつもと変わらない様子だった。
それが余計に俺を腹立たせた。
何でそんなに普通にしていられる?
……お前は、桜華と二人きりお昼ご飯を食べて何がしたい?
逸る気持ちを抑えて蓮二を部室の中に誘った。


「……ねえ蓮二。俺が蓮二と今話したい事、蓮二なら分かると思うんだけど」

「何故昼休み桜華と二人で昼食を取ったのか……だろう」

「やっぱり分かってるんだ。……で?どうして二人きりで?そんなこと今まで一回もなかったじゃないか」


俺は捲し立てるように言葉を発した。
自分でも子供っぽいと思うけど、だけど止まらない。
蓮二はやっぱりいつもと変わらない。
ただ、少し答えに迷っているようにも見える……何故迷う必要がある?
俺には言い辛い事なのか?
蓮二の次の言葉までの時間がもどかしい。


「蓮二……何とか言ったらどうなの」

「……桜華には、絶対に言わないと約束出来るか」

「何それ……」

「約束出来るのなら、お前にも話そう」

「……分かったよ」


訳がますます分からない。
桜華に言うな?どうして?
と言うか、桜華は蓮二と一緒に食べていたのに、言うなと言うのはどういう事だ。
俺は眉間に皺を寄せ蓮二を睨んだ。


「……今日、朝桜華の下駄箱の中が濡れていたそうだ」

「!」

「去年の事、覚えているだろう。丁度この時期だった」

「まさかまた……」

「今のところ被害は下駄箱と上靴だけのようだが、エスカレートする可能性は極めて高い。原因はまだ分かっていないようだが」


蓮二の言葉に愕然とした。
桜華の下駄箱が濡れていた?
そんなの、イジメ以外の何物でもないじゃないか。
……そう言えば朝、桜華は忘れ物をしたと言って俺を先に行かせた。
その時、桜華の上靴は既に水浸しだったに違いない。


「俺は何で気付かなかったんだ……」

「精市の下駄箱からでは分からないのだ、仕方ないだろう」

「でも桜華、普通に上靴を履いて……」

「あれは保健室で借りたようだ。スリッパでは怪しまれると思ったのだろう」


ショックだった。
桜華がイジメにまた遭っている事に……それに、一番に気付いてあげられなかった事に。
クラスが違うから何ていい訳にならない。
去年はクラスが一緒でも気付かなかった……それが今でも俺の中では悔まれて仕方ない。

ただ、去年の全く気付かなかった時の事を考えると、今は初期の時点でこうして気付く事が出来た。
自分自身で見抜いた訳ではないのが少し悔しいけれど。
今なら被害を大きくせず桜華を守る事が出来る。
原因なんて分かる。絶対にテニス部のファンの女子だ。
桜華は恨みを買うような人物じゃないし、虐められるような子じゃない。
俺はぐっと拳を握った。


「っ……今すぐ桜華を呼んで話をっ!」

「精市、約束を忘れたのか?桜華には言うなと言っただろう」

「でもっ……!」

「冷静になれ。……まずは原因だ。大方去年と変わらないのだろうが、きちんと把握しておかなければならない」

「っ……」

「それと、桜華は言うべき時になれば言うと言っていた。それを信じてやれ」

「蓮二、俺はどうしたら……」

「とりあえず何かあったら俺には話す様に言ってある。桜華から聞いた事は逐一精市に報告しよう」

「すまない……頼んだよ」


俺は下唇を噛んだ。
何で俺じゃなく蓮二なんだ……そう思う気持ちがどこかにある。
でも今は蓮二に任せるしかなさそうだ。
そうじゃないと、俺が桜華を傷つけてしまう可能性もある。

だけど何もしないのは無理だ。
俺は……俺は桜華を守ると去年誓ったんだ。


(黙って見ているだけなんて出来る訳ないじゃないか……!)


「蓮二……俺は俺なりに桜華を守る。……去年そう自分に、桜華に誓ったんだ」

「そうか……それは精市のしたい様にすればいい。ただし、桜華により被害が及ぶような守り方はするな」

「わかってるよ」


俺はふっと笑った。
蓮二は「主犯をすぐに調べておく」と頼もしい事を言ってくれた。
テニス部が誇る参謀に任せておけばそっちはなんとかなるだろう。
俺は俺のやり方で桜華を守ってみせるから。


「精市蓮二ー?二人とも部室で何してるの?」

「桜華!……いや、何でもないよ、ちょっと部活の事で相談してたんだ」

「すまない桜華、何かあったのか?」

「ううん、姿が見えないから探しに来たの!あ、赤也が三人と試合したいって」

「ふふ、全く赤也は懲りない奴だな」

「……そろそろ行くか。話はまた後ほど」

「そうだね。ありがとう蓮二……よろしく頼む」

「気にするな」

「?(何かあったのかな……?)」


桜華のきょとんとした表情はいつもと同じだ。
だけど心の中ではきっと苦しんでいるに違いない。


(……でも絶対去年みたいに、泣かせたりはしない)


俺は改めてそう誓うと、蓮二と桜華を連れて部室を出た。







あとがき

再びです。
しかし今回は特に物語の重要部と言う訳ではないのでさくっといきます。