49 神の子の思い付き



「えー、そろそろ海原祭の期間に入るんだが……」


桜華達のクラスでは担任がこの先行われる一大イベントについて説明をしていた。
担任の言葉に教室がにわかに色めき立っている。
それもそのはず。
海原祭と言えば立海全体が誇る一大イベント。
中学から大学までが一斉に行うため、かなりの規模でのお祭りだ。


話を聞きながら桜華は、今年もこの季節か……!と目を輝かせていた。
担任が話す海原祭の話に興奮し、現在隣の席の仁王に声をかける。
欠伸をしていた彼は「なんじゃ……?」と眠たそうに答えた。


「今年も海原祭の季節になったね!」

「あー……そうじゃのお。……桜華は相変わらず嬉しそうじゃの」

「だって海原祭だよ!お祭りだよ?何かもう楽しみでうずうずする!」

「俺は面倒臭いぜよ……」

「えー雅治もっとやる気だそうよ!去年すっごく楽しかったじゃん!」


去年。
その言葉に仁王はもう忘れかけていた当時の記憶を辿った。
一年の時の海原祭は大変だった。
仁王含め、幸村やブン太、柳に柳生達は大量の女子生徒に囲まれた。
海原祭は他校生も参加して良いので、これを機会にと噂を聞きつけた他校の女子が群がったのだ。
相手にしなくても着いてくる女子達に全員心底うんざりとしていた。
結局あまり楽しむ事も出来ず、追いかけられた可哀想な仁王達はただ疲れに行っただけとなってしまった。
桜華はそんな事とは知らず、呑気に理央とたこ焼きを食べたりと心底エンジョイしていたのだが。

そんな経験がある仁王は、人が大量に集まる海原祭を煙たがっていた。
むしろ今年は欠席したいくらいだと思っている。
思い返した去年の海原祭に何もいい事がなかった事を改めて痛感すると、仁王ははあ……と深く溜息を吐いた。


「今年は来たくなか……」

「駄目だよ一緒に楽しもうよ!」

「……桜華には幸村がおるじゃろ」

「いやそうじゃなくって!ほら、クラスでの出し物があるでしょ?」

「出し物……あー、考えるだけで憂鬱じゃ、憂鬱」

「去年私のクラスは展示だったけど、今年は二年生だし食べ物屋さんが出来るし何になるのかなあ……?」

「何でもよかー」

「もう雅治っ!」

「ピヨ」


桜華の叱咤を軽くかわすと、仁王は窓の外へと目をやった。








「今年の海原祭はテニス部で出し物をしようと思ってるんだ」


急遽レギュラーミーティングとなった部活中。
幸村はいつもと変わらない口調で言った。
その場にいた全員が「え!?」と思わず声をあげる。
桜華も驚いた様で、目を見開いている。


「ちょ、待ちんしゃい幸村……出し物っていきなり何じゃ藪から棒に」

「いやね?何か記念を残しとこうかなって」

「また唐突だな精市」

「実は前から考えていたんだけど、そろそろ海原祭の期間に入るし言っておこうと思って」


幸村は実に楽しそうに言った。
仁王はいきなりの提案にかなり面倒くさそうな表情を湛えている。
まさかテニス部で出し物をするとは思っていなかったのだ。
幸村の提案したものをサボることは、イコールその後の部活での練習量等様々な事に影響を来たすに違いない。
無駄に頭の回転の速い仁王は海原祭と今後の部活を天秤にかける事なく、即決で後者を選んだ。


(海原祭はすぐ終わるが、部活はまだ一年近くあるしの……ここで幸村に逆らうのはいただけん)


仁王が心の中でそう呟いている中、幸村は提案に対する返事を聞いていた。


「って訳で、皆いいかな?」

「俺は全然構わないぜぃ!でも何すんだよ幸村君。やっぱ食べ物系?」

「ブン太は本当に食べ物ばっかりなんだから!」

「桜華先輩、いつもの事ッス!」

「仕方ねーだろぃ!桜華だって期待してるくせに!」

「そ、そんな事ないよ!」

「(期待している顔が隠しきれていないぞ桜華)……で、どうするんだ?」

「うーんそれなんだけどね……」


その場にいる全員が幸村の次の一言に集中する。
桜華とブン太に至っては食べ物系の出し物を期待しているようだが。
幸村は少し悩んではいる様だったが、今考えている中で最も有力な案を言い放った。


「演劇にしようかと思ってるんだ」

「え、演劇って……舞台の上で何かするのか?」

「勿論。それ以外に何かある?」

「いやねーけど……俺やった事ねーよ」

「大丈夫だよジャッカル。練習期間はまだあるから」

「いいですね、シェイクスピアなどどうでしょうか」

「うむ、俺は時代劇がいいな」

「俺はこうバシっと敵を倒す感じのやつが良いッス!」

「しかし精市。演劇にしても脚本や衣装、演出はどうするんだ」


柳の質問はもっともだ。
演劇部はこの時期自分達の出し物の練習に忙しいだろう。
かと言って、この部で演劇に携わっている者はいない。
流石にその状況ではまともな舞台になる確率は0%だ。

幸村は柳の質問に「それなんだけど……」と答え始めた。


「衣装はとりあえず後にして、脚本と演出は俺がやろうと思う」

「精市出来るの!?」

「やった事はないんだけどね。ちょっと面白そうだから」

「(大丈夫なのかな……?)」

「精市、言っておくが面白そうで出来ることじゃ「大丈夫、何とかなるよ」……そうか」


柳の心配もあっさりと撥ね退ける幸村。
「演劇にしたいと思ってる」なんて言っていたが、思っているだけではなく実は相当やりたいらしい……全員がそう悟った。
彼等が同じ事を思っている中、幸村は「異論ないみたいだし決定ね!」と嬉しそうに言った。


(精市楽しそうだなあ……みんな頑張れ!)


そう、桜華は一人呑気に他人事の様に思っていた。









幸村の思いがけない発表があってから数日後。
「お昼休み、屋上に集合ね」という幸村の招集により、レギュラーと桜華はお昼を持って屋上に来ていた。


「一体何の話なんでしょうか」

「恐らく海原祭の出し物の件だろうが……」

「みんな大変だねー演劇なんて難しいのに」

「(先日から桜華は何故他人事のように話しているのか……この後の反応が楽しみだな)」

「というか、当の幸村はまだ来んのか」


幸村以外の全員が集合してから数分。
招集をかけた本人が未だ来ていない。
ブン太は「お腹空いたあ!」と喚きだし、真田に喝をいれられていた。


「すまない、皆待たせたね」


真田が丁度「丸井、たるんどる!」と言いかけたその時、やっと幸村が屋上にやってきた。
手には何かを持っている。
全員は手元を見るも、あえて何もつっこまなかった。
その形から何かがすぐに分かったからだ。


「今日皆に集まってもらったのは他でもない、海原祭の出し物の事なんだけど」

「……で?」

「やっと台本が完成してね」

「「「(やっぱりそれは台本か……)」」」


幸村が手に持っていた物は、紛れもない台本だった。
それを嬉しそうに前に出し、「ちょっと印刷に手間取ってね」と至極楽し気だ。
桜華は精市楽しそうだなあ……とお弁当を口にしながらやはり呑気に思っていた。


「それで、どんな話になったんだ精市」

「うん、色々考えたんだけどね……シンデレラにしたんだ」

「シンデレラ……」

「まあ、ちょこちょこっと弄りはするけどね」

「何か幸村君の考えてる事が手に取るように分かるぜぃ……」

「俺もじゃブン太……」

「?」


桜華はブン太と仁王が言っている言葉の意味が分からず首を傾げた。
同時に、誰がシンデレラ役をするんだろうと疑問が浮かんだ。
それを素直に幸村に聞く事にした桜華は、食べている手を止め問いかけた。


「精市精市」

「ん?どうしたの?」

「シンデレラって、誰がやるの?」

「……え?」

「え?何でそんな表情?」

「……ここにいる中でシンデレラが出来る人なんて一人しかいないじゃないか」


幸村は一瞬驚いた表情を浮かべたものの、すぐに微笑み彼女を見つめた。
少し混乱する桜華。
しかしこの中で出来る人物、そう聞かれて思い当たるのは一人。


「ブン太だ!」

「何で俺なんだよ!」

「いや、ブン太可愛い顔してるから」

「全然嬉しくねー!」

「違うよ桜華、ブン太は別の役があるから」

「じゃあ誰?もしかして精い「違うよ?」……えー、じゃあ誰なんだろう」


うーんと唸り、未だ分かっていない桜華。
その場にいる彼女以外の全員はもうとっくに分かっている。
あまりにも答えが出ない様子に幸村はクスッと笑って、「しょうがないな」と言って答えを教えてあげる事にした。


「シンデレラは桜華だよ」

「ふーん……って、え、嘘!?」

「ふふ、嘘じゃないよ。だって桜華しかいないじゃないか、シンデレラが出来るのなんて」

「劇ってみんながやるんじゃないの?」

「レギュラーとマネージャーでだよ?当たり前だろ?」

「(当たり前なんだ……!)」


幸村は「桜華主役だけど頑張ってね」とにこやかに言った。
桜華は役を演じた事などないにも関わらずのいきなりの主演にあわあわと戸惑っていた。
そんな中柳が幸村に質問した。


「その他の配役はどうなっているんだ」

「ああそうだった。えっと……」


柳の言葉に幸村はゆっくりと台本を開いた。
全員がその台本に集中する。
かなり自分の役が気になるらしい。
あの真田ですら緊張した面持ちで幸村の次の言葉を待っている。


「じゃあ発表するね」

「お、おう!」

「まず蓮二は継母ね」

「その確率は85%だった。まあ妥当と言う所だろう」

「仁王は魔法使いね」

「ほお……まあいいんじゃなか(出番少ないしの……)」

「ブン太と柳生は意地悪な姉ね」

「桜華を苛める役か……」

「あまり気が乗りませんね」

「まあまあ、役だから」


幸村がなだめると、残りの配役を発表するべく続けた。


「残りがえっと……真田とジャッカルと赤也と俺だけど……」

「ど、どうなっているのだ幸村」

「俺は何をやるんスか!」

「(あんまり台詞のない役がいいな……)」


残りのメンバーが幸村を見つめる。
彼はその視線にクスッと笑うと、変わらない口調で言った。


「ジャッカルは王子の付き人ね」

「ああ」

「で、真田と赤也は舞踏会で踊ってる人1と2」

「ちょ、それって絶対超脇役じゃないッスか!」

「お、踊りは出来んのだが……」

「文句は聞かないよ、もう台本作っちゃったし。あと踊りって言っても、俺のシンデレラでは本当に踊らないから。お前らはね」

「どういう事だ?」

「まあそれは追々ね」

「?」


真田は「う、うむ……」と不安そうに返事をした。
そして残ったのは幸村の役。
ここまでで出ていない役で最も重要なもの。
全員はもう分かっていた……いや、もうシンデレラが桜華だと言う時点で決定していた事なのだが。


「ちなみに俺は王子様だから」

「じゃろうな」

「精市が王子様なの!?」

「俺以外誰がいるの?桜華の相手になるんだよ?」

「そうだけど……何だかすっごく恥ずかしい事になる予感がする!」

「ふふ、気のせい気のせい」


幸村は彼女の言葉を軽くかわすと、「全員そう言う事で、これが台本ね」と一冊一冊配っていった。
配られたメンバー達は早速自分の台詞を確認する。
出番が少ないと思っていた仁王だったが、幸村の書いた台本を読むと意外に多い事が判明しすっかり項垂れてしまった。


「練習はお昼休みとか、部活終わった後に少しとか……とにかく時間を見つけてするから、皆サボらないようにね」

「それはいいが、衣装はどうするんだ」

「ああそれなんだけど、何か演劇部の人に掛け合ったら貸してくれるって。丁度いい衣装があるみたいで、それは使わないからってさ」

「それならいいのだが」

「って事で、各自台詞を明後日までには完璧に覚えてきてね」


幸村からの宿題に、桜華はどうしようどうしようと焦っていた。
記憶力が悪いらしい彼女は、明後日までに覚えられる自信がないようだ。
幸村はそんな気持ちを知ってか、「大丈夫だよ、俺も手伝うから」と優しく頭を撫でた。


(シンデレラなんて私に出来るのかな……うう、無理な気がする……!)


こうして桜華は、楽しみにしていた海原祭の前に一つ大量の台詞を覚えなくてはいけないと言う試練に立ち向かう事になってしまった。






(精市、本当に私がシンデレラ……?)
(ああ、そうだよ。これはもう決定事項だから)
(それで精市が王子様……?)
(うん。桜華がシンデレラなんだから、王子役は俺以外あり得ないよ)
(……ぶ、舞台上で変な事しちゃだめだからね!)
(ふふ、変な事って?)
(な、何か色々!)
(まあ、その辺りは当日のお楽しみでね)
((いい予感がしない……!))







あとがき

去年は飛ばしてしまった海原祭です。
原作年表では先に修学旅行があったのですが、三年に延ばします。
原作とリンクしていない事改めてご理解お願いいたします。