50 海原祭!
幸村が台本を渡してからが大変だった。
まずは出された明後日までに台詞という宿題をクリアしなければならなかった。
柳や柳生、真田あたりの真面目組にとっては至って簡単な事だったのだが、その他はと言うとかなり苦戦していた。
桜華は幸村と一緒に休み時間などを使って台詞を必死に頭に叩き込んだが、油断するとすぐに抜けてしまいそうで大変だった。
そんな彼女を見て、必死な所も可愛いな……と幸村は小さく笑った。
それから本格的に練習が始まり、そこで驚くべき幸村の技量が発揮された。
本当に何でも出来るんだなと思わせる程幸村の演技力、そして指導力は優れており、それはもしかして演劇部以上かもしれないと思わせる程。
(精市は本当にそつなくこなせちゃうんだなあ……)
桜華はそう感じながらも、自分の演技の出来なさにがくっと項垂れた。
劇の練習をしている時に起こった事は沢山あった。
「柳生とブン太!そこはもっとこう……皮肉を込めた感じで」
「しかし桜華にそんな事は……」
「そうだぜぃ幸村君!何か言い辛い……」
「演技だから大丈夫だよ?気にしないでよ二人とも!こうガツンと来て大丈夫だから」
「そうですか……?では……」
「な、泣くなよ?」
「そんな柔じゃないよ!」
おろおろと桜華に罵声を浴びさせる事を躊躇う柳生とブン太。
しかし桜華はどんと来いと二人を安心させ、更に役に入れ込ませた。
「幸村部長ー俺もっといい役ないんスか!」
「赤也はこの役が適役だと思うよ。ほらほら文句言わずにちゃんと練習して!」
「ッス……」
「全く……困ったなあ」
未だに自分の役に納得出来ない赤也。
幸村からの喝にもやはり納得出来ないようだったが、仕方なく練習していた。
そんな後輩の様子に、幸村はふう……と溜息を一つ。
「ふむ……本当に踊りではないのだな」
「これなら真田にも出来るだろ?いつもやってる事だし」
「物足りない感じもあるが……確かにこれなら俺にも出来そうだな」
「頼りにしてるよ」
不安に思っていた真田が幸村の演出に納得していたり。
踊りは確実に真田には無理だと考えた幸村の策はどうやら大当たりだったようだ。
「……と、こんな感じかの?」
「流石仁王だね。完璧だよ」
「まあ、これくらいはお安い御用じゃ」
「台詞案外多いし出番も増やしちゃったけど、大丈夫そうだね」
「最初は憂鬱じゃったけど……今は結構楽しんどる」
「ふふ、きっと演劇部からオファーが来るよ」
「幸村程じゃなか」
面倒くさがっていた仁王が練習する度にやる気を出していたり。
彼の演技力はかなりのものだ。
この演技力が後々仁王のテニスを変える事になる事は、まだ本人も知らないのだが。
そして一番大変だったのが、言わずもがな桜華だった。
台詞は誰よりも多く、未経験のために全てが手探り。
「えっと、次はなんだっけ……」と必死に台詞を思い出しながらの練習が続いた。
「桜華、だいぶ出来るようになってきたよ」
「本当?うーん……こんな棒みたいな演技じゃ恥ずかしいなあ」
「大丈夫、俺がフォローするから」
「ありがとう!でももっと練習するね!出るからにはちゃんとやれるところまではやりたいし!」
「そっか、じゃあもう少し一緒に頑張ろうね」
「うん!」
だいぶ大変なようだが、桜華もやる気を見せており幸村は安心した。
彼女はその後授業中も一人台詞の練習をしたりと、必死になっていた。
そこから海原祭まで毎日少しずつ練習は続けられ、衣装合わせも終わり、ついに海原祭当日となった。
流石年に一度のお祭りと言うところか、立海の敷地内は大いに賑わっていた。
土日を使い行われるこのお祭りは、一日目は学内の生徒のみで行われ、その後二日目は一般にも開放される。
そのため二日目は他校生に生徒の家族、近所の一般の方々まで様々な人が訪れる。
生徒達の気合の入り方も半端ではない。
コスプレをして客を呼び込む者や、大道芸のようなものを披露している者、大声で宣伝をする者。
多種多様な出店も魅力的であり、どの屋台も賑わっていた。
そんな今日は二日目。
桜華達のクラスは満場一致の意見でわたあめ屋を開いていた。
理由はそんなに難しくなく甘いものも必要だろうと言う事から、それに決定したのだ。
一日目の売り上げは上々。
二日目はより忙しくなるため、更なる売り上げが期待出来る。
桜華達は午後からテニス部の演劇発表があるため、午前中にクラスの出し物の担当をしていた。
「わたあめは本当に楽でいいわね」
「そうだねー割り箸くるくる回してすぐ出来るもんね!」
「たまにつまみ食いも出来るしの」
「それは駄目だよ雅治!」
「そうだぞ仁王。その時はきちんと代金を支払ってもらう」
「あーあー冗談じゃ、冗談」
現在担当しているのは桜華、理央、仁王に柳のメンバーだ。
テニス部を纏め、理央は桜華と一緒が良いと言ったためにこのメンバーになった。
仁王と柳がいるためか、女子の客が圧倒的に多い。
仁王が「……どうぞ」とそっけなく渡しても、女子達は「キャー!仁王君に貰っちゃった!」と嬉しそうにしていた。
その光景は予想通りと言うか何というか。
彼女達の甲高い声に理央は「煩い……!」と少しキレかけだ。
するとその時。
「おーおーやってるね!」
「わあブン太!いらっしゃい!」
「何だ、仁王もちゃんとやってんじゃん」
「女子は煩いが、まあ楽しいぜよ」
「明日は雪でも降るんじゃね?」
ブン太がくすくすと笑うと、仁王はブン太に「お前には売ってやらん」と言い放った。
その時のブン太の表情と言ったらない。
目を思い切り見開き、「そ、それだけは……!」と必死になって謝っていた。
その場にいた全員がどれだけわたあめが食べたいんだ……と心の中で呟いたとか。
「全く食に関してはほんに真剣になるのブン太は……ほれ、わたあめ」
「おおお……!サンキュー仁王!」
「よかったねブン太!」
「おう!……あーうめえ!やべえ桜華もう一つくれぃ!」
「食べ終わったらね?」
「了解!」
ブン太は早すぎる勢いでわたあめを食べ終わると、もう一つを桜華から受け取った。
その様子を見ていた理央は、「彼糖尿になるんじゃ……」とブン太の身体を心配しつつ若干引いていた。
二つのわたあめをあっという間に完食すると、ブン太は「また後でなー!」と言って行ってしまった。
桜華はこんな時でもブン太はブン太だ!とぷっと吹き出した。
その後暫く女子の客が続いたが、少し列が途切れた頃に男子が一人やってきた。
何やらもじもじしている。
桜華はその男子の態度に少し首を傾げた。
「いらっしゃいませ、わたあめ一つでいいですか……?」
「あ、あの……!」
「はい?」
「この後俺と回りませんか……!」
「!」
どうやら彼は桜華を誘いに来たようだった。
顔を赤らめ桜華を誘った男子は、なかなかのイケメンだ。
そんな突然のお誘いにおろおろとしながら、彼女は周りにいる三人に助けを求めた。
しかし面白がっているのか、全員綺麗に無視している。
「(みんな意地悪だ……!)あ、ごめんなさい……この後はテニス部の劇に出なくちゃいけなくて……」
「それまででいいんで……!俺じゃ駄目ですか……?」
「(うーん、困ったなあ)」
「お願いします……!少しだけでいいんでっ……!」
必死に頼んでくる男子に、桜華は困った。
彼の顔に見覚えはないが、ここまで必死だと無下にするのはとても悪い気がする。
桜華はどうしよう……と少し俯き加減で頬に手を当て考えた。
「俺の彼女に何か用かな?」
「!」
「あ、ゆ、幸村……!」
その時、丁度幸村がやってきた。
タイミングが良いのか悪いのか。
桜華を誘っていた男子は、突然の幸村の登場に顔面蒼白だ。
それを知ってか知らずか、幸村はニコニコと笑いつつ、「用がないならごめんね?俺の彼女だから」と緩やかに、しかし確実にけん制していた。
桜華は見ていてはらはらとしたが、男子は「ごめんっ……!」と言って走ってどこかへ行ってしまった。
少し可哀想だ。
「精市どうしたの?」
「クラスの担当が終わったから来てみたんだ。どう?売れてる?」
「うん!雅治と蓮二がいるから上々だよ!」
「……桜華、さっきみたいな人は初めて?」
「え?あ、うん……いきなりでびっくりしちゃった!」
「(危なっかしいな……)そっか……あ、いつまでここにいるの?」
「えっとそろそろ終わり……だよね蓮二?」
「ああ、今暫くで交代が来る頃だな」
柳が時計を見やると、時間は丁度正午前。
桜華達の担当は正午までなので、あと数分で交代がやってくるだろう。
「じゃあ桜華暇になるよね?一緒に回ろう?」
「うん!」
「ではもう行くといい、後少しだしな」
「ありがとう蓮二。そう言う事だし、甘えさせてもらおうよ」
「いいの蓮二?」
「構わない。精市と劇まで楽しんでこい」
「ありがとう!」
「あ、その前にわたあめ貰おうかな?一つもらえる?」
「毎度ナリ」
幸村は桜華のクラスの売り上げに貢献すると、彼女の手を握った。
理央は「幸村あなた桜華を連れていく気!?」と憤慨していたが、幸村はいつもの如く軽くスルーし桜華を連れ去った。
彼女は幸村に手を引かれながら「ごめんね理央ー!」と叫んだ。
「全くクラスが違うって言うのは困るよ」
「そうかな?」
「だって桜華を常に見てられないし……さっきみたいな事あるし……」
「精市って心配性だよね」
「彼女が他の男に誘われてたらそりゃ心配にもなるよ」
幸村はそう言うと、「でも今は安心」と言って改めて彼女の指に自分の指を絡めた。
桜華はドキドキしながらも嬉しそうに彼を見つめて、「それならよかった」と笑った。
「あ、このわたあめあげるね」
「精市食べないの?」
「俺は一口でいいから。元々桜華にあげるために買ったんだし……食べたかったでしょ?」
「うん!……じゃあ、いただきます」
「ふふ、どうぞ」
一口ぱくっとわたあめを口に含む。
ざらめの甘みが口の中に広がり、桜華を癒す。
いつもの様に幸せそうな表情をして食べている彼女を見た幸村は、「じゃあ俺も一口……」と言って、桜華が持っているわたあめを一口食べた。
「ん……やっぱり甘いね」
「美味しい?」
「うん、凄く美味しいよ。桜華の幸せそうな表情見ながらだからより美味しく感じるよ」
「へ、変な事言わないでいいからっ」
「だって本当の事だしね?」
「(周りの視線が痛い……!)」
「あ、でも桜華の唇の方がもっと甘いし美味しいけど」
「な、何言ってんの精市っ……!」
「(顔真っ赤だ……やっぱり桜華は素直で可愛いな)」
桜華と幸村の甘ったるい雰囲気は周りに伝染しているようで、ちらちらとこちらを見ては顔を赤らめている人が多数いた。
幸村はそれを分かっていてやっているのだが。
最早この二人のラブラブっぷりは立海の名物になりつつあると言っても良いかも知れない。
「ねえ桜華、どこか行きたい所ある?」
「うーん……とりあえずみんながいる所には行きたいかな?」
「じゃあ、まずは真田の所から回ろうか」
「うん!」
幸村は再び桜華の手を引くと、その足で真田のクラスの出し物へと向かった。
(弦一郎の所のたこ焼き美味しいね!)
(そうだね。真田のエプロン姿も面白かったし)
(何か可愛かったよね!……んーやっぱり美味しい!)
(ふふ、桜華、ソースついてるよ?)
(え?どこどこ?)
(ここ)
(あ、ありがとう……!(指で取るだけでいいのにそれ舐めちゃうなんて……は、恥ずかしいっ))
(どういたしまして(あ、照れてる照れてる))
あとがき
学園祭、いいですね。
幸村君は色んな女子からのお誘いがあったものの華麗に躱してきました。
彼の頭の中は桜華さんでいっぱいです。