3 個性溢れる



仮入部より一週間。
一部ではあるが、お互いの事をいつの間にか名前で呼び合う様になった頃、やっと本入部の日となった。
仮入部初日に交わした約束通り、朝一緒に入部届けを出しに行った桜華と幸村。
幸村の入部届は勿論、桜華のマネージャー希望としての入部届も無事に受理され、彼女はほっと胸を撫で下ろした。

そして放課後、いよいよ本格的に部活が始まる。


「緊張するなー……大丈夫かなあ」

「大丈夫大丈夫、とりあえずリラックスして?」

「桜華、とりあえず部長に挨拶に行ったらどうだ?どうやら今年のマネージャー志望は桜華だけの様だしな」

「うむ、それがいいだろう。何事も最初が肝心だ」

「そうだね!ちょっと行ってくる!」


部活が始まる少し前。
柳と真田に促され、桜華は部長に挨拶に行く事にした。
部長はコートの脇にあるベンチに座って、何か考え事をしている様子。
少し声をかけ辛い雰囲気はあったものの、ここまで来たのだからと意を決して声をかけた。


「あの、山倉部長……今お時間よろしいでしょうか?」


前に部員が「山倉」と呼んでいたのを聞いていた桜華はそう声をかけると、呼ばれた山倉は慌てて顔を上げ、そこにいる人物を捉えると優しく微笑んだ。


「ああ、構わないよ。どうした?」

「あの、今日からマネージャーをやらせていただく湊桜華です。部活が始まる前に挨拶をしようと思って。テニスは全くの初心者で、ルールとかもこれから何ですけど……沢山頑張るので、今日からよろしくお願いします!」

「うん、良い心掛けだね。こちらこそよろしく。もうすぐ部活を始めようと思ってるから、湊さんもマネージャーだけど気合入れといてね?部活の初めで湊さんの事も紹介するから」

「はい!……あ、何か考え事をされていたところに急にすみませんでした」

「いいんだよ、大した事じゃなかったから」


山倉は桜華を安心させるように小さく笑うと、彼女の頭をぽんぽんと叩いた。
桜華も山倉のその行動に安心し、「ありがとうございます」と言い笑みを見せた。

桜華の部長への挨拶が終わり暫くすると、山倉の「集合!」の掛け声とともにいよいよ部活が始まった。
呼ばれた部員達は、三年生、二年生、一年生の順に綺麗に並び、各々が真剣な表情で山倉の話を聞いている。
ある程度の話が終わったところで先程まで真剣だった部長が少し表情を和らげ、脇にいた桜華を引っ張ってきて部員達に紹介した。


「今日から俺達のサポートをしてくれる事になった湊だ。皆よろしくしてやってくれ」

「きょ、今日からマネージャーをさせていただく事になった湊桜華です!最初は色々分からない事だらけでご迷惑をお掛けするかも知れませんが、精一杯頑張りますので、よろしくお願いします!」


緊張して少し上ずった声で自己紹介をした桜華だったが、皆優しい表情で「よろしく」と返してくれた。
ほっとした彼女は、そのままお辞儀をして元いた場所に戻った。
それからすぐ話は終わり、先程山倉から伝えられた練習メニューへと切り替わる。


「えっと……まずはドリンクを作るんだね!」


桜華は山倉から貰ったマネージャー業一覧表を見ながら、手探りながらも仕事をこなしていった。
かなり詳しく書いてあったため、初めてにしては順調に。進める事が出来た。

仕事の合間にコートをちょっと覗くと、体操服を着た一年生のほとんどが球拾いや素振り、筋トレをしている中、幸村と真田、そして柳だけはコートで先輩たちと打ち合いをしていた。
仮入部の時からだったが、この三人は三年の先輩に匹敵する程の実力の持ち主であり、即戦力として今日からレギュラーメニューを行っているのだ。


(みんな頑張ってるんだし、私も頑張らなきゃ!)


桜華は心の中でそう思うと、また仕事に戻った。

沢山の仕事をしているうちに日が暮れ、部活終了の時間となった。
また最初のように山倉の号令とともに整列し、連絡事項が伝えられた後、一年生以外は解散となった。
一年生はコート整備の仕事があるため、各自道具を持って最後の一仕事をこなす。
マネージャーである桜華も、幸村達に教えてもらいつつコート整備に励んでいる。


「コート整備って大変だね!皆疲れてるのに、最後にはこれをしなきゃいけないなんて……」

「そんなな事ないよ。慣れたらどうって事ないさ。コートは大切にしなきゃいけないしね」

「そうだな。コートをそのままにしておくと、プレイに支障が出ないとも言い切れない」

「コートは神聖な場所だ。使った後に綺麗にするのは礼儀とも言えるだろう」

「そっか……じゃあ皆が気持よく使えるように、しっかり綺麗にしなきゃね!」

「ふふ、ありがとう湊さん」

「なあなあ!」

「?」


コート整備をしながら雑談をしていた四人に、誰かが後ろから声をかけた。
彼女達はその声に気付きぱっと振り向いた。


「あー……マネージャーの、えっと……なんだっけ名前……」

「湊さんだ。全く、お前は本当に物覚えが悪いな」

「ジャッカルに言われたらお終いじゃのお」

「どう言う意味だ!」

「まあまあ、落ち着いて下さい。言い争うほどの事ではありませんよ」


四人に声を掛けてきたのは、赤い髪の可愛らしい顔の子と、ハーフと思われる子、銀色の髪でどこかの方言を話す子に、眼鏡をかけた物腰の柔らかそうな子だった。
その中の一人、赤い髪の毛の子が四人に向かってにっと笑いかけながら言った。


「俺、丸井ブン太!よろしくな!これから同じテニス部同士、仲良くしていこうぜ!」

「うん、よろしくね丸井君!改めて私は湊桜華です、こちらこそ仲良くしてね」

「俺は幸村精市だ。よろしく」

「柳蓮二だ。よろしく頼む」

「真田弦一郎だ」


それぞれが自己紹介をすると、残っていた三人も自己紹介を始めた。


「俺はジャッカル桑原。ブラジル人とのハーフだ。桑原ってのは呼ばれ慣れてないから、ジャッカルでいいぜ」

「仁王雅治じゃ。よろしくなり」

「私は柳生比呂士と申します。これから同じテニス部員同士、どうぞよろしくお願いします」


全員の自己紹介が終わった頃、他の一年生によってすっかりコート整備は終わっていた。
その事に気付き、少しがっかりする桜華。


「わっ、整備終わってる!うーん、今日はあんまり綺麗に出来なかったなあ」

「大丈夫、明日またちゃんとすればいいよ。だから落ち込まないで?」

「……うん、そうだよね!帰りが遅くなるし、道具片づけて着替えに行こっか!」

「ああ、そうするとしよう」


七人に増えた仲間と共に道具を片付けに行き、部室前で桜華は一旦男子達と別れる。
女子は別に更衣室があるため、そこに行かなくてはならないのだ。


「着替えたらここにおいで?もう日も暮れてるからね、一緒に帰ろう」

「うん、ありがとう!早く着替えてくるね!」


桜華はそう言うと、更衣室まで走って行った。
そして本当に急いで着替えてから、幸村に言われたとおり部室前に戻ってきた。


「あ、まだみんな出てきてないや。早く着替えすぎたかな?」


桜華が着くとまだ誰も外には出ておらず、中から幸村達の声が聞こえていた。
なので暫くそこで待っていると、ようやくドアが開き中から二人出て来た。


「あれ?もう来てたのかよ!早いな湊は」

「女子は着替えに時間がかかるもんじゃが……湊は別らしいのう」


出てきたのは、丸井と仁王だった。
どうやら、他の五人はまだ中で着替えているらしい。


「うん、待たせるのは嫌だったから早く着替えてきたんだ!丸井君も仁王君も着替えるの早いんだね」

「あー何かそれすっげぇ違和感!湊、俺の事はブン太でいいぜ!そっちの方がいいや!」

「なら、俺の事も雅治でよか」

「そう?えへへ、分かった!じゃあ、私の事も桜華でいいよ!」

「やり!じゃあ、桜華って呼ぶな?」

「俺も桜華って呼ぶぜよ」

「えへへ、何だかさっき知り合ったばっかりなのにすごく仲良くなれたみたいで嬉しいな!……ブン太、雅治!」

「!(なっ……ちょっと桜華可愛くね!?やっべえ……超きゅんとした!)」

「(ほお……不覚にもどきっとしてしまったぜよ……。桜華、か……)」


三人がそんなやり取りをしていると、やっと五人が部室から出てきた。
桜華の姿を見るなり、皆少し驚いた顔をしていた。
どうやらもう彼女が来ているとは思っていなかったらしい。


「湊さん、早かったんだね?ごめんね、待たせちゃって」

「ううん、大丈夫!ブン太と雅治とお話してたし」

「女性を待たせてしまうとは……紳士失格ですね」

「紳士……?」

「桜華、柳生はの、紳士を目指しとるんじゃ」

「へえー!紳士かあ……!すごいね、何かかっこいいね!頑張ってね柳生君!」

「かっこいいと言われたのは初めてですね。はい、頑張ります」

「(あれ?なんだろうこれ……またもやもやする)……湊さん、帰ろっか。ほら、どんどん暗くなってきてるし」

「あ、そうだね!皆も一緒に帰ろう?」

「おう!桜華がそう言うなら一緒に帰ろうぜぃ!」


「何かいいな、こういうの!青春って感じで!」とブン太が言うと、桜華も「本当だねっ!」と楽しそうに笑った。
そんな二人の姿を見ていると、何故か酷く寂しく思えた幸村。
だけどそれがどうしてなのかは、今の彼にはまだ分からなかった。


(何だこれ……変な俺)


こうして、結局八人で帰る事になり、桜華にとっては楽しい下校となった。
しかしその時幸村が抱いていた感情は、彼女とはまるで違っていた。
それが何なのかを彼が知るのは、もう少し先のお話。



(ねえ湊さん)
(どうしたの幸村君?)
(……ううん、何でもない。今日は初日だから疲れたんじゃないかなと思って)
(そうだねー……でも、みんなが頑張ってるのに私だけ疲れたなんて言ってられないよ!明日も頑張らなきゃ!)
((こうやって二人で話してる時は何ともないのにな……何だろう、本当))
(桜華ー俺は疲れたぜよー)
(わっ!雅治ってば大丈夫!?(お、重いっ……!))
(……仁王、湊さんから離れなよ)
(ピヨ)
((幸村君なんか顔が怖いよ……!!))




あとがき

やっとみんな出てきましたね。赤也以外ですが。
ここまで来ないとなんだか始まった気がしません。
加筆修正で幸村君、ブン太、仁王の感情部分を増やしました。