5 突然の訪問者



「やったあ!!」


桜華は思わずそう口にすると、目の前にいた先生に「よかったな」と、くすくすと笑われてしまった。
だけれどもそんな事も今は気にならない彼女は「はいっ!」と満面の笑みで返事をすると、意気揚々と自分の席に戻った。
そんな桜華の姿を見て、隣の席の幸村は微笑みながら彼女に声をかける。


「おめでとう湊さん(本当に嬉しそうな表情してるなあ……可愛い)」

「ありがとう幸村君!これでやっと安心だよー!本当に嬉しい!」


立海は授業をスムーズに進めるため、一日で全ての解答用紙を返却する。
一気に結果を知れるため緊張する時間は短いが、その分出来が悪かった時のショックは計り知れない。
そして今し方、最後の解答用紙が返却されたのである。


「勉強凄く頑張ってたんだ、当然の結果だよ。湊さん、本当に偉かったね」

「うん!こんなにいい結果が出せたのは幸村君と勉強したお陰だよ!……あっ……!」

「ん?どうしたの?」

「あ、いや……えっと……(勉強会の事思い出したらキ、キスの事も思い出しちゃった……!恥ずかしい……!)」


桜華が微かに顔を赤らめて目を逸らすのを見て、幸村は「ああ」と思い出したかの様に言った。


「そう言えば、あの時俺達キ「わわわ、言わないでいいから幸村君!!」


幸村がキスと言いそうになったのを桜華は慌てて言葉を重ね阻止した。
そう、先日のテスト勉強会初日、二人は事故ではあったがキスをしたのだ。
あの時の慌てっぷりも相当可愛かったが、今日の慌てっぷりもなかなか可愛いなんて思いながら、幸村はくすくすと笑って「ごめんごめん」と謝った。
だが彼女は赤い顔のままぷくっと頬を少し膨らませていた。


「(可愛いほっぺ……柔らかそうだな……触ってもいいかな?)」

「……幸村君、あの事は二人だけの秘密だからね?」


桜華は「約束」と言いながら幸村に小指を差し出した。
彼は一瞬何か分からなかったが、彼女のやりたい事をすぐに理解するとゆっくり差し出された小指に自分の小指を絡ませた。
指切りげんまん何て久しぶりにするな……と、幸村は何だか心が和んだ。


「ゆーびきりげんまん、嘘ついたら針千本……は可哀想だから……えっと、お弁当のおかずをくれる事!」

「(おかず?)ふふ、そんなのでいいの?」

「とにかく、絶対に言っちゃ駄目だからね!……恥ずかしいから、ね……?」


最後の言葉を小声で言うやいなや、いきなり桜華はにこっと笑った。
さっき恥ずかしがっていたのはどこへやらと思わせる程の変わりっぷりだ。
何故彼女が急に笑ったかは分からないが、それでも幸村はころころと変わる桜華の表情に面白い……そして可愛いと思うのだった。


「うん、俺達だけの約束……ね?」

「えへへ、ありがとう幸村君!……何はともあれ、赤点もなかったし、これでちゃんと部活に参加出来るー!!」

「ああ、今日から部活再開するもんね。よかった、湊さんが一週間も来られなくなったら大変だったよ」

「え?」

「湊さんがドリンクとかタオルとか用意してくれたりしてるのって、本当に有難いから。皆もそう思ってるよ。まだマネージャーになって間もないけど、もうテニス部になくてはならない存在だって」

「どうしよう、すっごく嬉しい!」

「だから、湊さんが部活に来られて本当によかった。安心したよ」


それは幸村の本心だった。
最近になってだが、桜華の存在にほっとしている自分がいる事に彼は気付いた。
安心出来る存在……家族とは違う、また別の安らぎをくれる人、それが桜華だった。


(部活中に君が見えると何故だか安心するんだ)



そして放課後。
いよいよ今日から全部活動が活動を再開する。
この一週間程、ぐったりしながら図書館へ行っていた運動部の生徒達も、今日は意気揚々とグラウンドや体育館へと向かって行く。
桜華と幸村も、解放感に満たされながら教室を後にした。
そこでたまたま同じテニスコートへと向かうブン太と仁王に出くわした。


「お、桜華に幸村君じゃん!テストどーだった?」

「ブン太聞いて!全部いい点取れたよー!赤点0!」

「マジ?俺赤点1つあったぜぃ……」

「俺は大丈夫じゃったよ。……ギリギリのは何個かあったけどの。幸村……は、聞くまでもないか」

「ふふ、赤点もギリギリの点数も、取るわけないじゃないか。全部90点以上は取れたよ」

「「「(テニスもあれだけ強いのに勉強も出来るなんて……神の子か!)」」」


この時たまたま三人が思った『神の子』と言う二つ名が、まさか近い将来、全国の中学生テニスプレイヤーに知れ渡り震撼させる事になろうとは、まだ誰も知る由はない。
ちなみに幸村ほぼ全ての教科でクラストップを取り、その容姿に加え運動神経抜群、更に頭脳明晰という事が判明し、より女子達のハートを鷲掴みにしていたのだ。


「でもでも、何とかみんな部活参加出来そうだね!」

「そうだね。後の皆は勉強に関しては問題なさそうだし。特に蓮二と柳生あたり」

「確かに!でも、とりあえずみんなに声かけていこっか!ブン太と仁王もいこ?」


そう言って桜華はにこっと二人に笑いかけた。
すると、何故だかブン太の顔が赤い。
仁王は仁王で、少し目が泳いでる。


(何か二人の様子が変な気が……?気のせいかな?)


桜華は何だか違和感を覚えつつも、皆で真田、柳、柳生、ジャッカルを迎えに各クラスへと出向いた。
各々にテストの結果を聞いたところ、ジャッカルは「ちょっと危ないのもあったけど大丈夫だったぜ」と笑いながら。
柳生は「日頃きちんと復習していたので、その成果が出ました」と落ち着きながら、柳は「造作もない」と凛とした表情で答えた。
そして、最後に迎えに行った真田に至っては、結果を聞いた瞬間。


「無論、赤点などない。さっきから聞いていれば丸井も仁王もジャッカルもギリギリの教科があっただと!?立海テニス部員足るものが文武両道出来ずにどうする!全く、たるんどるっ!」

「全く……真田、少し煩いよ」

「しかし幸村……!」

「いいじゃないか、とりあえずは皆無事に部活に出られるんだし。……まあ、危なかった皆は少し勉強しようね?いつでも付き合ってあげる」

「う……(幸村君ちょっと怖くね……!?)」

「(幸村君目が笑ってないよ……!)」


辺りの空気が少し冷たくなったのを、桜華達はひしひしと感じていた。
綺麗過ぎる幸村の笑顔が氷の様に冷たい。
段々と分かってきた事なのだが、幸村は見た目以上に厳しい所がある。
特に真田には厳しく、そして真田も彼にはなかなか頭が上がらない様子。
昔からのよしみだからなのだろうか……はっきりとした理由は分からないのだが、


(この弦一郎を扱い慣れた感じを見るに、テニススクール時代からこうであったに違いない)


そう柳は分析していた。
データマンとしては、幸村と真田の関係は興味深いようだ。


「ほ、ほら、みんな早く行こうよ!部活遅刻しちゃうよ!ね、幸村君も!」

「うん、そうだね。皆行こうか……再開初日からこんな大人数で遅刻なんてしたら部長に何て言われるか」

「そ、そうだよな!行こう行こう!」

「そうですね、こんな所で油を売っている場合ではありませんね」


そうして一路コートへと向かった。



テニスコートに着くと、多くの部員は着替えを済ませ各自アップを行っていた。
それを見た幸村達は慌てて部室に駆け込んだ。
やはりまだ一年生、遅れるのはいただけない。
桜華も急いで着替えに行き、すでに得意技となった男子より早い着替えを済ませコートに走り出した。


「あれ?あの子どうしたんだろう……?」


コートに向かう途中、桜華はふと目の前に私服の男の子がきょろきょろと辺りを見回しているのが見えた。
自分より幼い様子を見ると、小学生だろうか?そう桜華は推理しながらそっとそこにいる彼に近付いた。


「君、どうしたの……?」

「!」


急に声をかけられた少年はびくっと肩を震わせながらこちらを向いた。
大きな瞳だが、少しつり目がち。
その目には幼いながら野心が垣間見える。
髪の毛は天然なのかかなりもじゃもじゃと、まるで……


「ワカメ……?」

「ワカメじゃねえ!」


どうやら少年の癇に触れてしまったらしい。
桜華は急いで「わわ、ごめんねっ!」と謝罪をすると、再び少年を見た。
「仕方ねーから許してやるっす」と言いながら少し膨れているのが可愛らしいなと、桜華はくすっと笑った。


(しかし、うーん……なかなかの美少年だなあ……)


見れば見る程将来有望の美少年だ。
背が高くなったらより魅力を増すだろう。
瞳は綺麗な深緑で、とても力強い。
すっと通った鼻筋や引きしまった口元。
まだ輪郭は幼さが抜けないが、それでも整った顔立ちであることに変わりはない。
髪の毛はワカメであるが。


「さっき聞きそびれたんだけど、君どうしたの?小学生……だよね?中学校に何か用かな?」


先程聞きそびれた事を再び聞くと、少年はぱっと顔を明るくして「そーだった!」と思い出した様に言った。
そんな様子がとても可愛らしいなと彼女は感じていた。


「アンタ、テニスコートがどこかわかる?」

「え?コートなら私も今から行こうと思ってたところだけど」


「マジッすか!」と更に顔を明るくする少年。
桜華は、こんな弟がいたらブラコンになっちゃうなあ……何て想像していた。

少しぼーっとしていると、少年は桜華の腕を引いて、「テニスコート、連れて行って下さいっす!」と急かした。
その顔には、早く早く!と書いてあるのが分かる。
そして彼は小さな声で、「この学校、広すぎて分からない……」と、どうやら迷子だった様だ。

桜華はくすっと笑うと、少年のご希望通りテニスコートに連れて行ってあげる事にした。
少年の顔ばかり見ていて気付かなかったが、背中にはラケットバッグが。


(この子もテニスするんだ……まあ、テニスコート行きたいって言うんだからそうだよね、うん)   


小学生まで見に来るなんて、立海の男子テニス部は相当有名だと感じた桜華。
彼女はこの間も月刊プロテニスと言う雑誌の記者が来ていたのを思い出す。
「将来有望な新入生の取材にね」とその記者は楽しそうに言っていた。
当然、仮入部の時点で部長を倒した幸村、そして惜敗したものの同じコートに立った真田と柳も取材を受けていた。

その時の真田の緊張した様子といったら、今思い出しても桜華は笑ってしまいそうになる。
幸村はその様子があまりにおかしくてツボに入ってしまったらしく、珍しくお腹を押さえてひいひい言っていた。
柳は柳で「貴重だ……」とノートにペンを走らせ何やらデータ収集していた。
こんな状態ではとても取材にならないと、記者の人は「次は改めて一人ずつ伺う事にするよ」と言って帰って行ってしまった。


桜華がそんな事を思い出しているうちに、いつの間にかテニスコートに着いていたらしい。
少年は思い切り目を輝かせていた。
まるでお菓子の家を目の前にした子供の様である。


「もう練習始ってるんすね!」

「!」


その一言で桜華は我に返った。
少年に遭遇してからもう大分と時間が経っている、当然遅刻だ。
コートでは既に上級生が打ち合いをし、周りで一年生が球拾いや筋トレ等の基礎練習を始めていた。
桜華は慌てたが、この少年をこのまま放っておく訳にはいかない。
どうしたものかと頭を捻っていると、丁度部長の山倉がやってきた。


「桜華、どうしたんだ?遅刻なんて珍しいな……ん?」

「すみません山倉部長、その……」


山倉はの隣にいる少年に目をやると、はて?と首を傾げた。
その視線に気付いた少年は山倉を見上げ、小学生とは思えぬニヒルな笑みを浮かべ彼を睨んだ。
その笑みに益々山倉は疑問符を浮かべる。


「あ、あの、この子は……!(視線が挑発的すぎる……!)」

「アンタ、もしかしてテニス部で一番強い人?」


いきなり敬語もなしに話す少年に桜華は焦って「こら!」と叱った。
先程の可愛さは何処へ行ったのか。
ただでさえ山倉は部長であり、何より年上なのだ。
小学生だと言って許されるものではない。
桜華からのお叱りも耳に入っていない少年は、更に続けた。


「俺と勝負しろ!」

「?」


びしっと音が聞こえてきそうな勢いで少年は山倉を指差した。
先程から敬語じゃないだの睨むだの、おまけに指を差すだの、失礼極まりない。
教育はどうなっているのかと桜華は、思わずはあ……と溜め息をついてしまう。
しかし、勝負を挑まれた山倉はははっと笑って、もじゃもじゃとした特徴的な頭をぽんぽんと叩いた。


「君まだ小学生だろ?」

「そんなのカンケ―ねえ!俺と勝負しろ!」

「うーん、それは無理なお願いだなあ。部外者をテニスコートには入れられない。……それに」


山倉は少し悲しそうな、悔しそうな表情を一瞬だが浮かべ、その後すぐにいつもの穏やかな表情へ戻した。
桜華は、この表情を前にも一度見たことがあった。


「(初めて挨拶に行った時と同じ表情……)」

「俺はこの部で一番強い訳じゃない」

「!」


山倉の言葉に桜華ははっとした。
あの時、桜華はてっきり彼が何か考え事をしているのかと思っていた……いや、実際していたのかもしれない。
しかし、それ以上に山倉には思う事があったのだ。


(相当悔しかったんだ。幸村君に負けたことが……)


負けた時は皆の前だったから出さなかっただけであって、本当は泣きたい位辛かったんじゃないか。
部長としてのプライド、上級生としての威厳、これまでの努力、それを仮入部の一年生との一試合で全て崩壊された様な感覚。
しかも、足の怪我まで見破られていたのだ……きっと幸村は手加減をしたに違いない。
その事も分かって、山倉は更に悔しかったのだろう。
桜華はそう思った。

山倉はとても強いと上級生が言っていたのを桜華は聞いていた。
確かに彼は強い……素人目で見ても分かる。
恐らく全国でもトップクラスだ。
先日までは彼に勝てる者は誰もいなかったらしい。

そんな部長でも、この部の一番ではなくなったのだ。
新入生とのたった一試合によって。


そして今、部で一番強いのは言わずもがなその彼を倒した人物。


「今このテニス部で一番強いのはあいつだよ、ワカメ少年」

「俺はワカメじゃねえ!……えっ!?」


ワカメと呼ばれ憤慨しながらも少年は山倉が指差した方向へと目をやった。
その指の先には、背はまだあまり高くなく華奢な体つき、ゆるやかなウェーブを描いた濃紺の髪の毛を靡かせボールを打ち返す少年。

幸村精市がいた。


「あ、あれがこのテニス部で一番強い奴!?嘘つくなよ!」

「嘘じゃないよ少年。俺は彼と試合をして負けたんだ。……まあ、彼に負けるまでは一応一番強かったんだけどね」


山倉はへらっと笑いながら頭を掻いた。
少年はまだ信じられない様で、自分が騙されているだけだと信じて止まない。


(あんな……あんな俺と大して変らなさそうな奴が全国常連校の立海テニス部の中で一番強い!?そんな訳ない!コイツ、俺が小学生だと思ってからかってる……!)


少年は苛々した。
大して歳も変わらない奴に子供扱いされている事……そして多分嘘までつかれてる事に。
彼は頭に血が昇るのを感じながら、もう一度コートを見た。
すると、山倉が指差した彼……幸村は丁度ラリーを終えてタオルで汗を拭いている所だった。
少年は、あんな女みたいな奴が強いなんて信じられないと、彼を見つめた。

じっと幸村を見てた少年だったが、その視線に気付いたのか幸村が少年のいる方を見た。
そして彼は少年に向けて綺麗に微笑んだ。
だが、その瞳は笑っていない。


(何か、怖い……)


少年は悪寒がした。


「どうしたの……?」

「!?」


桜華は少年の動きが止まるのを見逃さなかった。
しかし声をかけると少年ははっとして、何故か桜華を睨んだ。
その瞳が少し揺らいでいた気がするのは気のせいだろうか。


「っ……!!」

「あ、ちょっと……!!」


桜華を睨んだかと思ったら、その瞬間脱兎のごとく走り出した少年……足がとんでもなく速い。
山倉に「ちょっと追いかけてきて」と苦笑気味に頼まれたので、仕方なく桜華はその少年を追いかけた。


「ちょっと待ってよ……!いきなりどうしたの……?」


やっと追い付いた頃には、彼は校門の前にいた。
桜華は息も切れ切れに少年を呼んだ。
すると少年はむっとした表情で彼女の方を向き、「なんすか!」と苛々した様子で言った。


「急に走り出して……何かあったかな……?」

「何でもないっす!アンタにはカンケ―ねえだろ!」


そう言うと少年は校門を出ようとしたので、桜華はせめて名前だけでも聞いておこうと思って再び声をかける。


「ねえ君、名前は……?」


そう尋ねると、少年は立ち止まって少し振り返り、そしてまた前を向いた。
名前は言いたくないのかな……?と、桜華は少し残念だった。

しかし、次の瞬間少年は口を開いた。


「切原、赤也……!!」

「(あ、教えてくれた!)……赤也君、今何年生?」


最後にしようと思ったが意外に素直に名前を教えてくれたので、もう一つ桜華は質問してみた。
すると、少年はちらちら見ながらぽつりと「六年……」と答えた。
案外悪い子ではないらしい事に、先程の態度は取りあえず置いておいて……少しほっとした。


「六年生かあ……。じゃあ、来年テニス部で待ってるね?」

「俺、こんな女みたいな奴が一番のテニス部になんか入んねえ……!」

「人を見た目で判断するのは良くないよ……?」


そこまで言うと、桜華はすっと赤也の目を見据えた。
それに彼は少し緊張した表情を浮かべていたが、桜華は構わずそのまま続けた。


「幸村君は、強いよ。誰よりも」

「!」


赤也はその目から視線を外せなかった。
あまりにも綺麗な、澄んだ目で自分を見てくるそれを。


「赤也君、テニスは見た目じゃない……そうでしょ?まあ、私も偉そうな事は言えないんだけどね?」


そう言うと桜華はふっと笑って表情を和らげた。
その瞬間に何かに取りつかれていた様に動けなかった赤也は、思いっ切り走り出した。
あまりに突然だったので彼女も不意を突かれ、呼び止めた時には時既に遅し……赤也の姿は見えなくなっていた。


「あらら、行っちゃった……」


軽く溜息をついてからテニスコートに戻ろうとすると、後ろから聞こえるバタバタという音。
その音に振り返ると、先程走って行ったはずの少年、赤也がいた。


「どうしたの?」


首を傾げながら桜華は聞く。
赤也は全力疾走したであろうに全くと言っていいほど息を切らしておらず、桜華の目の前で立ち止まるとそのまま見上げ、大声で叫んだ。


「さっきの言葉……撤回するっす!」

「?」


さっきの言葉とはどの言葉だろうか?
桜華はあまりに色々とあったせいか頭の整理が追いつかず、赤也の差す言葉が思い浮かばない。
だがそれはすぐに解決する。


「俺、立海のテニス部に入って、一番強い奴を倒すっす!絶対に!」

「!」


赤也の目は輝いていた。
桜華が今日見た中で一番綺麗な目だ。
決意と闘志に燃えるその瞳を見た彼女は、くすくすと笑って彼の特徴的なもじゃもじゃ頭を撫でた。
赤也は少し顔を赤くして思わず叫ぶ。


「な、何するんすか!」

「ふふ、頼もしいなっと思って。来年必ずテニス部においでね?赤也君の事、待ってるから!」

「へへっ、当たり前っす!」


挑戦的な笑みを浮かべた赤也に「名前、何て言うんすか?」と聞かれたので、「湊桜華だよ」と答えてあげた。
赤也は「そうっすか!桜華先輩かあ……」と何やら顎に手を乗せ考え込んでいるようだ。
そして顔を上げるとにっ、と笑って


「テニス部のナンバー1も桜華先輩の事も奪ってやるっす!アイツから!」


何か勘違いされてない?と、桜華が思った時にはもう彼の姿はなかった。
嵐の様な出来事が終わった事に、取りあえずはよかったと、彼女はふう……と深く息を吐いた。

結局、その日桜華は部活にほとんど参加出来なかった。
事情が分かっている山倉は「明日から頑張ってくれたらいいよ」と言って頭を撫でてくれた。
そして、「あのワカメ、楽しみだな。……ま、来年俺はいないけどな」と何だか楽し気にくすくす笑っていた。




帰り道、いつものメンバーで帰宅しているとブン太がふいに尋ねた。


「桜華、何で今日部活最後しかいなかったんだよぃ」

「ああ、それは色々あって……」

「色々ってなんじゃ?」


桜華は事の一部始終を皆に話すと、ブン太はけらけら笑い、柳は何故かノートに書き込みをしていたり、真田に至っては「小学生が生意気な……捻り潰してくれるわ!」と物騒もないことを口にしていた。


「(私達もちょっと前まで小学生だったんだけどね)あ、それと最後に変な事言われちゃった」

「変な事って?」


幸村が聞き返すと桜華はうん、と言って言葉を続けた。


「テニス部のナンバー1は分かるんだけど、何か幸村君から私を奪うとか……何を勘違いしたのかな?ね、幸村君」


桜華はそう言い終えてから幸村を見ると、何故か彼は顎に手を乗せて「そうか……」と呟いていた。
その様子を彼女は不思議そうに見るつめる
そして幸村は何か思いついたように言った。


「ふふ、そのワカメ頭……いい度胸だね。受けて立ってやるよ」

「ゆ、幸村君……?」


慌てふためいている桜華の横でふふふと笑っている幸村の周りに、冷たい空気が纏っていくのをメンバーはひしひしと感じていた。


「「「(ワカメ頭、ご愁傷様……)」」」


まだ見ぬワカメ頭の少年に全員心の中で合掌をした。
同時に、来年の新入生への期待を抱く。
立海一強いと言われている幸村精市からその座を奪うなんて発言を出来るとは、とんだ大物である。

そんな中一人、別の事を考えている人物が一人。


(精市は気付いたのだろうか……自分が桜華に惹かれている事に)


柳は心の中でふと疑問に思うのだった。





(幸村君、何かすっごく闘志燃やしてる!?)
(俺の癒しを奪おうなんていい度胸じゃないかワカメ頭…存分に可愛がってあげるよ)
(い、痛い事はしちゃだめだよ……?)
(ふふ、分かってるよ。ちょーっとだけ、懲らしめるだけだから。まあ、立海に入れたらの話だけど)
((幸村君目が全く笑ってないよ……!……でも、幸村君ってそんなに私で癒されるんだなあ……不思議だ))
((……湊さんを奪われそうだって思うだけで、こんなに心が苦しくなるなんて。変な気分だ……))




あとがき

赤也出せました。
列伝や公式とはリンクしてません。
幸村君が慌てる姿は想像するだけで可愛いです。