9 本当は

幸村君との関係が終わってから数日が経った。
私から一方的にさよならした形になったけど、あの日から彼からの連絡は一切来なくなった。
自分から言ったくせに、少し寂しいと思ってしまうのはまだ幸村君の事が好きな証拠の様で。
未だに彼の連絡先を消せないでいる。


「だめだなあ、こんなんじゃ……」


自分の弱さを改めて痛感する。
まだ未練たらたらで、心の何処かでまた彼からの連絡があるんじゃないかと期待している自分がいて。
そんな事を思っていたってどうしようもないのに、心は正直だ。


「はあ……」


一人ついた溜息はすぐに消えていく。
誰もいないこの学校の屋上で、幸村君の育てた花の傍で、私はただ何もせずいる今が一番気持ちが落ち着くような気がした。






「幸村君」

「何、ブン太。練習で何かあったかい」

「いや、部活は全然関係ないんだけどさ……話したい事があって」



突然ブン太に話しかけられた幸村。
部活中にこう言うのは珍しいなと思いながらも返事をする。
いつもなら後にしてくれと言う所だが、彼の表情がその表情があまりに真剣味を帯びていて、そんな事は言えなかった。
幸村は久し振りに胸がざわつくのを感じた。


「それでブン太、話って何だい」

「……桜華の事なんだけどさ」

「!」


桜華。
幸村はその名前を聞くだけで心臓が鼓動を早めるのを感じた。
その理由を知っているのは、彼のみだ。


「もしかして幸村君は知っているかもしれないけどさ、俺は桜華と幸村君の関係知ってたよ」

「ああ、聞いているよ」

「でもさ、桜華がこの間幸村君との関係を終わらせたって言ってて……それは、本当?」

「……そうだね、本当だよ。あの日以来桜華と連絡は取っていないし、セックスもしてないよ」


そう見た目には冷静に言っている幸村。
しかし彼の中のざわつきは収まる事を知らない。
そんな事とは知らないブン太は相手からの答えにほっと胸を撫で下ろしていた。
その姿にさえ幸村はより胸をざわつかせた。


「そっか……よかった」

「ブン太はさ、桜華の事が好きなんでしょ」

「え?あー……うん、好きだよ桜華の事。一年の頃からずっと」

「ふーん……」

「なあ幸村君。……俺さ、二人の関係知ってからずっと変だなって思ってたんだけど」


ブン太はそう言うと再び真剣な表情で彼を見据えた。
一体何を言われるのかと幸村は少し身構える。
いつもならそんな事はしないが、今の彼はそうせざるを得ないのだ。
何故なら、彼は桜華の事に関して誰にも言えない秘密を持っていたから。
絶対に知られたくない、気持ちを。


「幸村君って……桜華の事好きだったんじゃねーの……?」

「!」

「俺、これだけは自信あるんだけど……同じ桜華を好きな人間として、見ててすぐ分かったよ?ずっと、好きだったんでしょ……?」

「っ……」


苦虫を噛み潰したような顔をする幸村。
彼が必死に隠してきたその感情は、ブン太によって暴かれてしまった。
そんなに分かりやすく出ていたのかと思う彼だったが、それでも否定する。


「何を言ってるのかな?……桜華は俺の性欲の捌け口みたいなもので、好きなんてそんな訳……」

「嘘つくの止めなよ……幸村君が嘘ついてるのすぐ分かるから。……なあ、どうしてそんなに桜華の事好きだって事否定すんだよ?桜華は幸村君の事が好きで、だから告白したんだろぃ?それを普通にOKするだけじゃ駄目だったの?」

「……」

「自分の気持ち隠して身体だけの関係になって、それで桜華の心も身体も傷付けて……それって本当に幸村君が桜華にしたかった事!?全然好きじゃないくせに、桜華に告白された後すぐ二人も彼女作ってさ……何してんの?幸村君らしくないから」


幸村はブン太の言葉に何も答えない。
正論を振りかざされて、もはや彼が反論出来る事は何もなかった。
何も言わない幸村に、ブン太は一つ小さく溜息をつくと頭をわしわしと掻いた。


「あーもう!こう言う時の幸村君本当にめんどくせー!いつも余裕綽々って涼しい顔してるくせに、こう言う時は全然じゃん!それがもう物語ってるって言ってんだよ!」

「ブン太も言うようになったね……?」

「はぐらかすなって!……桜華に好きって言ってやんねーの?本当にこのまま終わらせるの?」

「……ブン太、君桜華を好きだって言ってたのに、どうしてそんなに俺と桜華を?言ってる事とやってる事おかしくないかな?」


そう言われたブン太は少し寂しそうにへらっと笑った。
諦めの様な、悔しさの様な、そんな複雑な感情が見え隠れするそんな彼の表情を幸村は初めて見た気がした。


「桜華はやっぱり幸村君の事が好きみたいでさ!……幸村君に傷付けられて泣いてる桜華に告白したし、関係終わったって聞いて、じゃあ俺の事見てくれるかなって期待したけど……」

「……」

「でもやっぱり心の何処かで桜華はずっと幸村君の事を考えていて。たまにぼーっとしてる時は、ああきっと幸村君の事考えてるんだなって。……桜華ってほら、分かりやすいじゃん?」


笑いながら言っているもののやはり寂しさを隠しきれていないブン太。
幸村はただただ黙って聞いているしかなかったが、それでも彼の気持ちが痛い程に分かった。
自分の胸に突き刺さるそれは、あまりにも鋭利だ。


「どうして幸村君は桜華に本当の事言わねーの……?それが知りたい」

「……」

「なあ、教えてよ。じゃないと桜華をあそこまで傷付けた意味が全然分かんねーし、許せねーから……」


へらっと笑っていた彼が今日何度目かの真剣な表情をする。
幸村は最早彼に黙っている事は不可能なのだろうと心の奥底で悟った。
言わなければいけないのか……そう思うと自然に漏れる溜息。


「……分かった、言うよ」

「おう」

「……分からなかったんだ。桜華に告白されてどうしたらいいか」

「……?」


ブン太は首を傾げる。
分からなかったとはどう言う意味なのだろうかと。
お互い好き同士なのだから、そのまま気持ちを伝えればいいだけなのでは?そう口にせず思うブン太を他所に、幸村は続けた。


「桜華の事ずっと好きだったから、告白されて凄く嬉しくて。だけど、余りにも嬉し過ぎて、何だか無性に自分の気持ち伝えるのが恥ずかしくなって……」

「は……?なあ幸村君それって……」

「っ……」

「ただ桜華の告白が嬉しくて、でも恥ずかしくて照れ隠しで身体だけの関係〜……何て言っちゃったって事?」

「……だから言いたくなかったんだ」

「何だよ、それ……」


彼の思わぬ告白に呆気に取られてしまうブン太。
テニスをしている時の彼は神の子なんて呼ばれているくせに、何て間抜けなのだろうと。
恋愛に対してはあまりにも子供で、無知で。
好きな子に告白されて戸惑って、自分の気持ちを伝えられなかったただの幼い少年。
目の前で顔を赤くしている幸村に、ブン太は段々と込み上げてくる感情を抑えきれない。


「ぷっ……あははは!何だよそれ、幸村君可愛過ぎ!」

「笑わないでくれるかな……これでも物凄く後悔しているんだから」

「だってこれが笑わずにいられるかっての!いや、それであれだけ色んな事したり言ったりして桜華を傷付けたのは許される事じゃねーけど……でもさ、まだやり直しきくんじゃね?」

「ブン太はそれでいいの?君だって桜華が好きなんだろ?今なら桜華を自分に向けられるかもしれないのに」

「……いいんだ!あ、じゃあちょっと俺にいい考えがあるんだけど……」

「……?」


ブン太からの提案に、彼は了承した。
それが実行されるのは、次の休日。



(幸村君……会いたいな……。私も馬鹿な女なのかな……)

(でもさ、幸村君いくらなんでも本当に桜華の事抱く事なくね?)
(そんなの……身体だけの関係って言った手前仕方ないじゃないか)
(いや、絶対本当は違うだろぃ)
(……抱くつもりは最初はなかったけど、やっぱり好きで可愛くて我慢出来なかった)
(幸村君も普通の男だな)
(俺の事なんだと思ってるの……)
(で、で?……桜華の身体ってどうなの?)
(締まり具合が何とも言えなくてね。毎回イくの我慢するのに必死だよ。それに胸も柔らかくて……)
(……下ネタ話してる幸村君生き生きしすぎじゃね)
(え?そう?)





あとがき

やっとこの話の中での本当の幸村君帰ってきた感じです。
まだ残っている疑問は次辺りで解決出来ればなと。
最後の会話はここ数話やってなかったので長めにしてみました。
下ネタ話して生き生き幸村君可愛いです。