8 あの頃から


「桜華……」


教室に着いたらもうクラスメイトがいたけど、そこにブン太もいて。
朝練なかったはずなのに早いなあ何て考えてたら、何だか彼の顔が凄く辛そうで。
どうしたんだろうって思ったけど、よく考えたらきっと原因は私だ。


(もう少し時間置いてから来ればよかったかな……)


ブン太を見ながら後悔してたら、彼にグイッと腕を引かれて昨日と同じ様に屋上に連れて行かれた。
何だかこの頃腕を引かれてばっかりだなあ、なんて。
目的地に着くと、ブン太は私を見つめてさっきと変わらない表情で言った。


「どうして、そんな泣いた後なんだよ……何があったのか教えて」

「……幸村君にね、ばいばいしてきた」

「!」

「さっきまで男子テニス部の部室で話してたんだ……そこでね、私から終わりにして下さいって頼んだの」

「いきなり何で……いや、桜華がそれでいいならいいんだけどさ。……幸村君の事、本当に好きだったんだろぃ?いいのかよ、それで」

「うん……いつまでもぐだぐだ続けてていい関係でもなかったから。幸村君には本命の彼女さんがいるし、その子を大切にしてって伝えてきたよ」

「そっか……。……じゃあ、俺にもチャンスあるって思ってもいいって事?」

「ブン太……」


ブン太の声は嬉しそうで、でも私に気を使っているのかあまり態度には出さない。
そんな所もまたおかしくて、私はくすっと笑ってしまう。
ブン太は「何で笑うんだよ」ってちょっと拗ねた。


「だって、表情には出さない様にしてるみたいだけどブン太、声がもう……ふふっ」

「し、仕方ねーだろぃ!……嬉しいものは嬉しいんだよ。桜華の事、もう気兼ねせずに好きでいられる事が」

「ありがとうブン太。……昨日ね、ブン太に好きって言われてから何だかブン太にすっごくどきどきして。だから……」


私がそこまで言うと、ブン太はぎゅっと抱き締めてきた。
また甘いりんごの匂いに包まれて安心する。


「それ以上は言わないで」

「……?」

「本当に俺の事好きになったら、続き聞かせてほしい。だから今はまだ……な?」

「うん、分かった……」


そういう所で男前なブン太にまたどきどきしてしまって。
心臓の音がやけに煩くなるのを感じながら、それでもこうしてブン太に抱き締められているのが嬉しくて。
彼の体温が心地良くて、そっと目を閉じる。


(ああ、最初から幸村君じゃなくてブン太に恋していればよかったのかな……?)


そう思った瞬間、記憶がぶわっと溢れだしてきた。





「うわあ……綺麗にされてるなあ」


まだ一年の頃。
屋上に庭園があると知って一人足を運んだ。
こぢんまりしているそこは、とても綺麗に整えられ知ろうと目に見ても凄く素敵で。
私は花壇の前にしゃがむと、花の一つ一つをよく見た。


「凄いなあ、こんなに花って綺麗に咲くんだなあ……なんか感動」

「ふふ、君も花が好きなのかい?」

「え……?」


後ろから突然話しかけられて驚いた。
振り向くとそこには男の子が立っていて……何処かで見た顔だなって思った。
でもそれを思い出す前に彼は私の横に同じ様にしてしゃがむと話を続けた。


「こんな風にまじまじと花壇を見てる人あんまりいないから」

「えっと、花は好きだけどそこまで詳しくはないと言うか、ガーデニングみたいな事はやった事ないと言うか……!」

「そうなんだ」

「でもっ、この花壇は凄く綺麗だと思う!お花の一つ一つが生き生きしてて、枯れてる花も一つもなくて……こんなに綺麗に咲いてる花見たのは初めてかもしれない」

「褒めてくれてありがとう」

「?」


彼は綺麗に微笑みながらそう言った。
鼻の立場になってありがとうって言ったのかな?
その意味が分からなくて、私は首を傾げる。
しかしその答えは彼からすぐに教えられた。


「この花達はね、俺が育ててるんだよ」

「えっ!?」

「とは言っても、美化委員の仕事の一環なんだけど……。でも、この屋上庭園の手入れをしているのは俺だけだよ。これもまた自分の我儘を聞いてもらっているんだけどね」

「すごいね」

「それ程でもないよ」


彼は私を見ながら少し照れたようにはにかむと、再び視線を花に戻した。
彼の横顔と綺麗に咲いた花達が何とも絵になって。
私は思わず見惚れてしまった。


(こんなにも花の似合う男の子も初めて見た気がするなあ)


花と同じくらいに綺麗な彼。
本当に花が大好きなんだって感じさせるその雰囲気は、とても柔らかくて。
隣にいるのが恥ずかしくなってしまう位どきどきとして、顔も赤くなってしまう。


「……ん?どうしたの、顔が赤くなってるけど」

「えっ!?……あのっ、気にしないで!大丈夫だから……!(危ない気付かれちゃった……!)」

「ふふ、面白いね」

「もう、からかわないでっ」


くすくすと笑う彼に翻弄される。
どきどきとしているものの、初めて話したはずなのに凄く楽しくて……彼と話をしているのが嬉しくて。
ずっと話していたいって思った。
こんなに綺麗な花を咲かせられる彼の事を、もっと知りたいって思った。





(ああ、あの時から私は幸村君の事が好きだったんだよね……)


一年の頃からずっと好きだった彼。
私とブン太は接点があったものの、幸村君と私に接点はほとんどと言っていい程なかった。
彼とちゃんと話をしたのも、屋上庭園でのそれが最初で最後の様なもので。
それでも廊下ですれ違ったりすると自然と目で追っていて。
幸村君はきっと私の事なんか忘れていたと思うけど。

月日が経っても好きな気持ちは変わらなかった。
恥ずかしくて、自信がなくて、結局告白するまで二年もかかってしまったけれど。
ずっとずっと、思い続けていた。

彼を見る度心が躍って。
彼の声を聞く度、その美声に聞き惚れて。
彼のテニスをしている姿を見るだけで幸せになって。


(私の全ては幸村君で埋め尽くされてたんだね)


彼を好きでいた事に後悔はない。
告白した事も、抱かれた事も、一つ一つが自分の中での大切な思い出。


「ねえブン太」

「ん?」

「こんな事、ブン太に言うのは違うって分かってるんだけど……」

「何だよ、別にそんな事思わねーから言ってみろぃ」

「私ね、幸村君の事を好きでよかった……」

「そっか。桜華がそう思えるなら、俺はそれでいいと思う」

「うん」


ブン太の優しさにまた泣きそうになっちゃう。
でも幸村君も本当は優しいんだよね、だってあんなに綺麗な花を咲かせられるんだから。






あとがき

ちょっと締まりがない感じになってしまいました。
後2〜3話で終わればと言う思いです。