10 君の事が


「桜華!今度の休みデートしよ?」


ブン太にそう言われたのは本当に突然の事で。
今まで彼と二人で遊びに行った事は何度もある。
でもデートと言われた事はなくて……ブン太の気持ちを知っている今、何となくその言葉に照れてしまう。


「デート何て言い方恥ずかしいなあ」

「いいじゃん!で、予定は?」

「次の休みだよね?えっと……うん、大丈夫!今の所予定はないよ」

「じゃあ決まり!行く場所は俺が決めてもいい?」

「ブン太にお任せします」

「オッケー!任せろぃ」


ウィンクしながら楽しそうに言ったブン太が可愛くて。
思わずくすくすと笑ってたらブン太も一緒になって笑ってて。
こうして自然に笑えるから、ブン太といるのは楽しくて、安心できて……。
何度だって同じ事を考えてしまうのは自分の悪い癖だって分かってるけど、でも考えるのを止められない。


(こうして幸村君とも普通に笑い合える関係ならよかったのに……)


未だに彼への未練たらたらな自分がブン太とこうしているのさえ本当は罪悪感でいっぱいなはずなのに。
縋ってしまう、ブン太の優しさに。
彼が自分の事を好いてくれていると言う、その気持ちに。


(駄目な女だよ?ずるい女なんだよ私……ブン太は本当に分かってる?)


口にはしないけど、心の中ではずっとそう思ってる。
今はずるくても何でも、彼に甘えるしか自分の感情を抑える術がなくて。
私は幸村君の事を片隅で考えながら、ブン太とのデートに思いを馳せた。



そして次の休日。
ブン太との待ち合わせ場所に来ているけれど、彼はまだ来ない。
ブン太が遅れてくる事はいつもの事なので、特に気にしたりはしないけど。


「わりー!弟達の相手してたら遅れちまった!」

「ふふ、大丈夫だよ。そんな所だろうと思ってたから」

「流石桜華、理解があって助かる!……じゃあ、行こっか!時間が勿体ねーしな!」

「遅れて来たブン太がそれ言う?」

「いいだろ別にー!」


にかっと歯を見せて笑うブン太に、私もつられて笑ってしまう。
きゅっと手を握られて、ああデートなんだったと思うけれど、今日どこに行くのかは全く知らなくて。
ブン太は一体何処に連れて行ってくれるのか、期待が膨らんだ。


「ねえブン太、今日は何処に行くの……?」

「何処だと思う?」

「分からないから聞いてるのー!」

「まあまあ、着いて来れば分かるって。変な所じゃないからさ」

「(益々気になる……!)」


結局教えてくれないまま、電車に乗って着いた先はとあるデパート。
何でデパート?美味しいケーキが出るカフェでもあるのかな……?
私はブン太イコールケーキの考えだけで考えてしまっていた。
しかしその予想は全く外れてしまうのだけれど。


「プリザーブドフラワー展……?」

「そう!桜華花見るのが好きだろぃ?だから、どうかなと思ってさ!」

「わあ……こんなのやってたんだ!知らなかったなあ……凄く嬉しい!ありがとうブン太!」

「どういたしまして!早速入ろ?」

「うん!」


まさか、ブン太が私の好みで行き先を決めてくれていたなんて。
その心遣いに胸が高鳴る。
嬉しい……私の心の中にあるあのはただそれだけだった。

中に入ると、色とりどりの花が綺麗に飾られていて。
プリザーブドフラワーだから生花とは少し違うけれど、その違いもまた魅力的で。
ブン太が隣にいる事も忘れる位、私は思わず魅入ってしまった。


「綺麗なもんだなあ」

「ブン太も花の魅力に気付いた?」

「うーん、綺麗だしいいなとは思うけど俺はやっぱり花より団子だな!」

「言うと思った」

「だろぃ?」

「もうブン太ってば……ふふ」


こんな場所でも変わらないブン太に笑みが漏れる。
でもそれもブン太のいい所で。
どこにいたって、何をしてたって、ブン太はブン太なのだ。
そんな所も私がブン太を好きな理由の一つ。


(いつも優しくて、変わらないブン太……。今日だって私の事を考えてここに連れてきてくれて……。私、ブン太の事だけ考えていたら幸せになれるのかな)


幸村君への気持ちを捨てて、ブン太への気持ちを大きくした方がいい。
そう誰かに囁かれているような気がするけれど、それでもやっぱり幸村君がちらつかない事はない。
飾られている花を見る度に、幸村君の顔が浮かんで離れない。


(幸村君も、こういうの好きなのかな……)


「桜華!どうしたの?大丈夫?」

「え?あ、えっと大丈夫だよちょっとぼーとしちゃっただけだから。ごめんね」

「そっか!なあ桜華が満足したならそろそろ行かねえ?この展示会、カフェが併設されててさ!花がモチーフのケーキとかドリンクとかがあるんだってさ!どう?気になるだろぃ?」

「何それすっごく気になる……!行く行く!行こうブン太っ!」

「おう!」


ブン太の提案にさっきまでの考えを、幸村君の顔を無理矢理に消し去って笑った。
そう、それでいいんだ。
何にしたって今はブン太といるのに、幸村君の事を考えているなんて彼に対して申し訳ない。
今はブン太といる事を楽しまなきゃいけない。
今幸村君の事を考えていたって、そんな不毛な事はないのだから。


「ここ!雰囲気もいい感じじゃん」

「本当だ!うわあ……花がいっぱいで可愛すぎる」

「よし、早速入ろうぜ」

「うんっ」


カフェは花で飾られていてとても綺麗だ。
周りにもカップルが多い様に思う。
私とブン太も、そういう風に見えるのかな?

席に着いて、私は店員さんのおすすめケーキとドリンクのセットを注文。
ブン太はいつもみたいにいくつも頼まないで、ケーキ一つとドリンクだけを注文した。
珍しい事もあるんだな……なんて思ったけど、もしかしたらダイエットでもしてるのかもしれないと思いそっとしておく事にした。

頼んだものはすぐに運ばれてきた。
食用なのか花が飾られているのがまた一層の可愛らしさを演出している。
とりあえず写真を撮ってから私とブン太は食べ始めた。


「んー美味しい!見た目だけじゃないのがいいね」

「本当!こういうカフェって見た目重視で味は……って事多いけど、ここはケーキも美味いって始まった直後から評判だったんだよ」

「流石ブン太、そういう情報はよく知ってるね」

「ま、ケーキの食べ歩きは生活の一部みたいなもんだからな!」

「ふふ、ブン太って本当に……」

「ん?」

「何でもない」

「あ、そう言うのずりー」


ちょっと膨れているブン太。
その顔がまた可愛くて笑ってしまう。
ブン太も一緒になって笑う。


(やっぱりこれが一番なのかな……これが私の幸せなのかな)


そう思っていると、突然ブン太の表情が変わった。
それは寂しい様な、悲しい様な……だけど私を見つめる瞳は真剣で。
思わずどきっとしてしまう。


「どうしたの、ブン太……」

「俺さ、今日桜華とデート出来て本当に楽しかった」

「私も凄く楽しいよ?て言うか、まだ始まったばっかりなのにその言い方は変じゃない?」

「え?ああ、そっか!いやあ、何か色々込み上げてきてさ!」

「変なブン太」


何処かおかしいなと感じつつも、あえてあまり触れない様にする。
だって、これ以上私は何かを失うのが怖いから。
ブン太まで私から離れて行くかもしれないと思うと、それだけで心が冷たくなって震えてしまいそうになる。


(こんなのきっとずるいんだろうけど)


「桜華にはさ、絶対に幸せになってほしいよ俺」

「どうしたの急に」

「本当は俺が幸せにしたかったんだけど……」


小さな小さな声で呟かれたその言葉は耳には届かなくて。
聞き返そうかと思ったら、再びブン太が話し始めた。


「……桜華の事、俺は何があっても好きだから」

「!」

「って、これだけは本当ずっと変わらないから!覚えておいてほしい」

「ブン太……」

「あ、ごめんちょっとトイレ行ってくるから!待っててな」

「うん……」


ブン太、何か逃げる様にお手洗いに行った気がする。
少し不安になる。
本当に彼は帰って来るのだろうかと。


「さっきのブン太本当にどうしたんだろう……いつものブン太じゃなかったなあ……」


そう思いながらストローで甘い甘いリンゴジュースを飲んでいた。
それだけでもブン太を思い出すというのに。


「桜華」


次に私の名前を呼んだのは、今思い描いていた彼ではなかった。





あとがき

次で終わらせられたら……と思いながらもしかしたら増えるかもしれない?
ブン太にはいつもこんな役目ばかり……好きなんですけど。
必ずブン太が報われる話を書きたいです。
残る疑問は次回に持ち越し。