11 大好きだったんだ


「どうして、ここに……?」


私を呼んだのは、幸村君だった。
彼はただ私の事を見ながらそこに立っているだけで。
でもその表情は少し緊張している様にも見えた。
一体何だと言うのだろうか。


「……ちょっと来てくれないか」

「え?いや、ごめんなんだけど、あの私ブン太と一緒だから……」

「ブン太なら大丈夫だから。だから着いて来て」

「わっ……え、ちょっと待って幸村君っ」


ぐいっと腕を引かれる。
その手に加わる力がいつもみたいに強くなくて……あまつさえ小さく震えている様にも感じられて。
さっきの表情と言いこの震えと言い、本当に訳が分からないと思いながらもこれ以上拒否する事が出来なくて……私はされるがまま着いて行く事にした。

そして連れて来られたのは、デパートの屋上だった。
そこには数脚のベンチが雑然と並べられているだけで、あまり活気がある様には見えない。
人もまばらで、いるのは休憩しに来たのであろう熟年夫婦らしき人達だけ。


「こんな所に連れて来てどうするの……?それにブン太なら大丈夫ってどう言う意味……」

「……桜華に言いたい事がある」

「……?」


幸村君は私の手をパッと離すと、目は合わせずに話し始めた。


「この間言った事……」

「この間って……(あれかな……ばいばいする前の日の事かな……?)」

「……ごめん」

「!?」


思考が追い付かないとはこの事なのかな。
幸村君が、あの幸村君が私に謝っているなんて。
突然の謝罪は、あまりにも衝撃が強すぎた。
私がそんな事になっているなんて知らないであろう幸村君は、更に喋りだす。


「あんな事、言うつもりじゃなかった」

「……」

「俺に抱かれている桜華の姿が滑稽だなんて、そんな事思った事は一度もない……不細工だと思った事もない。そんな事、思うはずもない」

「幸村君……?」


訳が分からない。
あれは彼の本心じゃなかったの?
じゃあどうしてあんな事を言ったのか……そう思ってみても自分の考えだけじゃ答えは出なくて。


(早くその答えを聞かせてよ幸村君……)


そう思って幸村君の顔を見つめていると、その色が段々と変わっていくのが分かった。
それは、りんごのように赤い赤い色。
私は驚きながらも、何故彼の顔が赤くなっていくのかまだ理解出来なかった。

だけど次の彼の一言で、その変化の意味が分かった。


「……俺は桜華の事が好きだから」

「え……?」

「っ、だから桜華が好きなんだよ!」

「好きって……は……?」


開いた口が塞がらない。
好きって言った?幸村君が私の事。
いや、そんな事ある訳ない。
冗談でもこれは今までで一番タチが悪い奴だ。
もしかしたら目の前の彼は前にブン太が言っていた誰にでもなれちゃう詐欺師の仁王君なんじゃと思ってしまう。
それ位、あり得ない事。


「幸村君、いくら何でもそう言う冗談はいけないと思うんだけど……」

「冗談でこんな事言う訳ないだろう……」

「じゃあ、貴方は幸村精市君じゃなくて、テニス部の仁王君とか……?」

「仁王な訳もない。……俺は、俺だよ」

「そっか……」


いっそ仁王君であってほしかったと思ってしまう。
だって、彼が本当に幸村君なのだとしたら……彼の好きが益々分からないから。
夢なら醒めてほしい。


「……今更好きって、それ本気で言ってるの……?」

「本気以外で告白なんかしないから」

「それじゃあ、いつから私の事が好きだったの……?」

「……一年の頃、屋上庭園であった時から気になってた。桜華はもう覚えてないかもしれないけどね」

「!」


再び驚いた。
幸村君があの時の事を覚えていたなんて。
しかもその頃から気になっていたって?
じゃあ、実質私達はずっと両想いだった事になる。


(なのに、どうして?)


「覚えてるよ……屋上の事。私もその頃から幸村君の事が好きだったから」

「そう……」

「でもじゃあどうして?私が告白した時、ちゃんと返事してくれなかったの……?どうして身体だけの関係何て言ったの……?」

「はあ……やっぱり言わなきゃだめだよね」

「聞かないと納得できない」


幸村君は大きな溜息をついて、髪を掻き上げた。
そんな姿が様になっていて、こんな時でさえ胸がきゅんとしてしまう。
それに、目の前の彼はいつものあの意地悪い感じはなく、ただただ羞恥心に苛まれているんじゃないかと言う様な顔をしている。


(こんな顔初めて見るなあ……なんて)


この状況でさえ少し可愛いと思ってしまう私はもう駄目なんだと思う。
私がそんな事思っているとは露知らずの幸村君は、ゆっくりと恥ずかしそうに話し出した。


「……桜華に告白されて、嬉しくて。俺も好きだよ、いいよって言えればよかったのに……嬉しすぎて、恥ずかしくて、どうしたらいいか分からなくなって……」

「……?」

「っ、気付いたら身体だけの関係なんて言ってて……。言って後悔したけど、桜華も流石に断るだろうって思ったらそれを受け入れて……何て言うか、後に退けなくなって」

「何それ……じゃあ、幸村君が照れ隠しで思わず言っちゃっただけって事……?」

「そうだよ……」


そんな事あるのか。
勢いで言っちゃっただけだなんて……いや、それを私が受け入れてしまったのも今回の原因の一つなんだよね。
でもまだ残る疑問。
全部解決してからじゃないと、私は彼の気持ちを素直に受け取れない気がした。


「……彼女は?どうして作ったの……」

「あれは、桜華にああいう事言って凄く後悔してた時に同じタイミングで二人に告白されて……。その日たまたま桜華がブン太と楽しげに話してるのも見て嫉妬してて……だから、俺に彼女が出来たってなったら嫉妬してくれるかなとも思ったし……」

「……」

「断るのすら面倒だって思った所もあるけどね。……あの二人が隣にいたところで、俺の視界には全く入っていなかったし。……あ、もう一人のあいつとももう終わってるから」

「(何だか可哀想だ……)名前で呼ばせなかったのは……?」

「桜華以外に呼んでほしくなかったから。それにキスもセックスも……桜華以外とはしたくなかった」


駄目だ、何か聞いてるこっちが恥ずかしくなってきた。
これが彼の本心なのであれば、私は相当彼に愛されていたらしい。
少し歪んでしまっていたけれど。


「……身体だけの関係って言ったからって、本当にする事なかったじゃん」

「ブン太にも同じ事を言われたよ。……仕方なかったんだ、俺も男だし……桜華と部屋で二人きりになって、恥ずかしそうに瞳を潤ませながら可愛く見つめられて……我慢なんて出来る訳なかった」

「そうなんだ……(何それ本当に恥ずかしい。……ん?ちょっと待って今……)ねえ幸村君、今ブン太って……」

「ああ、ブン太は全部知ってるよ」

「どう言う、事……」


そう思っている中、柱の陰から現れたのはブン太で。
彼はいつもと変わらない表情をしていて。
もう何が嘘で、何が本当なのか……。


「ごめんな桜華、騙すつもりはなかったんだよ」

「ブン太、これはどういう事……?」

「……幸村君と計画したんだ。桜華に本当の事伝えられるようにって」

「え……?」

「あと、俺の思い出作りっ!」


二カっと歯を見せて笑ったブン太のその笑顔に、歪みは一つもなかった。





あとがき

まだ終わらなかったです。
でもやっとネタ晴らし?まで来たのであと一歩。