12 二人の王子様

「本当に訳が分からないんだけど……どういう事か二人で説明して下さい」

「んー……俺にとってはこれが桜華とする最初で最後のデート。幸村君にとっては桜華との関係を修復するための日ってとこかな」

「益々訳が分からないんだけど……どうしてそこ二人が結託してるの」

「そこはちょっと色々あったんだよ!あれだよ、男同士の友情ってやつ?」

「……?」


何なのそれ。
どうしたらそれを私が理解できると言うのだろう。
でも彼等は至って真面目な雰囲気で。
決してふざけてやっている訳ではないのだと思い知る。


「はあ……もうちょっと色々あり過ぎて頭の中パンクしそうなんだけど……。とりあえず幸村君」

「何?」

「幸村君のした事、許される事じゃないし、本当最低だから」

「……そんな事、分かってる」

「まあそうだよなー。いくら幸村君でもってのはある、うん」


ブン太はうんうんと頷いている。
幸村君も反省しているのか俯き加減で返事をした。
ああもう、こんな幸村君見た事ないし調子狂う。


(最低だから……何て言っておきながら、それでも私は……)


「ねえ幸村君……私ね、幸村君の事が大好きで告白したんだよ」

「……」

「身体だけの関係だって言われても頷いたのは、幸村君の事が好きだったから。幸村君と少しでも繋がっていたいって思ったから」

「そう……」

「でも幸村君が初めから私に好きだって言ってくれてれば、もっと幸せなセックスも出来たはずなのにね……。初めてだったのも知ってたんでしょ?」

「勿論分かっていたさ。桜華が処女だって事なんて。俺だって童貞だった訳だし……いやそんな事はどうでもよくて。あんな風に初めてを奪いたくなかったけど、欲には勝てなかった、可愛過ぎて優しく出来なかった」

「……馬鹿だ幸村君」

「知ってるよそんな事。俺が一番」


幸村君の表情はどんどん暗くなっていく。
まさかこんな彼の表情を見る事が出来るなんて、全く持って世の中何があるか分からない。
中々見られないレアな表情だからもう少し見ていたい気もするけれど……何だか気の毒になってきたので、そろそろ彼に私の気持ちを伝えよう。


(幸村君と同じくらい、馬鹿な私の気持ちを)


「でもね、私も馬鹿なんだよ」

「?」

「色んな事されて色んな事言われて傷付いて……。ブン太に告白されて、きっとブン太と付き合う方が幸せになれるのかなって思ったのに……。それでも、幸村君の事が忘れられなくて、好きで好きでどうしようもなくて」

「桜華……」

「頭の中幸村君でいっぱいで。何をしてても、幸村君の事ばっかり。ブン太といるのに、幸村君の事考えてて罪悪感だって感じてた。……それ位、私の中での幸村君は大きいんだよ」

「……」

「まあセックスもよく考えたら私だって幸村君に抱かれたくて抱かれた訳だし……本当、私達は馬鹿同士だね」


へらっと笑ってそう言うと、幸村君も少し表情を和らげて「そうかもしれないね」と返事してくれた。
結局私達はお互いが馬鹿で。
少しそれが原因ですれ違って……でも、今こうしてちゃんとお互いを理解しようとしている。
もうこれだけで今までの事が全て流れて行ってしまいそうな感覚に陥る。


「……でもあんな事されても好きなのは、幸村君が本当は優しいって事、知っていたからかもしれないなあ」

「どういう事」

「だって心が優しくなかったらあんな綺麗な花は咲かせられないでしょ……?」

「!」

「一年の頃のあの記憶があったから……私は幸村君に何をされても想い続けられたんだよ」

「……桜華」

「わっ」


強く強く抱き締められた。
痛い程だけど、その痛みすら心地良くて。
セックスしている時とはまた違う彼を感じる。


「今更かもしれないけど、本当に本当に……桜華の事が好きなんだ……」

「うん……」

「やり直す事、出来るかな……」

「……幸村君にその気があるなら」

「安心して、桜華以外何て考える余裕ないから……」


そう言って私の顔を自分に向かせ微笑んだ幸村君の顔は何とも綺麗で。
やっぱり彼にはそう言う方が似合うなって。


「ちょっとお二人さん、俺の事忘れてねえ?」

「あっ……ブン太……」


そう言えばと彼の方を向く。
いつもと変わらない表情、声。
今は安心よりも罪悪感の方が勝る。
だけどきっとそんな事もブン太にはきっとお見通しで。
「幸村君ごめん、ちょっと桜華貸して?」と私を自分の方に引き寄せた。


「何そのやばいって顔。……なあ桜華、聞いて?」

「うん……」

「俺は桜華の事好きだよ。大好き。今も勿論好き。……でも、桜華は幸村君に幸せにしてもらって。それが今の俺の幸せ。やっぱり好きな子には幸せになってほしいじゃん?」

「っ……」

「あー泣くなよー……。泣かせたくて言った訳じゃねーって。……よしよし、ほら、ガムあげるから元気出せ、な?」

「私、ブン太の事も大好きだよ……本当に好きだよっ……!ブン太とデートしたのも楽しかった……今日一緒にいられて幸せだって思ったよ」

「うん、俺も。……じゃあ、今日のその幸せよりももっと沢山の幸せ幸村君に貰えよな!」


軽く両頬を包まれながらそう言われて、涙が止まるはずもない。
どんどん溢れてくる涙をブン太は優しく拭ってくれる。
彼の優しさに沢山助けられて、ここまでやってこられた。
幸村君と同じくらい、ブン太も大切な大切な人。


「またケーキ食べに行こうねっ……」

「おう!美味しい店また探しとく!」

「私とずっとずっとお友達でいてねっ……」

「はあ?全く……言われなくてもそんなの分かってるっての!桜華が幸村君と付き合おうが何だろうが、俺は桜華と友達だっただろぃ?」

「うんっ……」

「大丈夫、安心して。俺は桜華の事何があっても嫌いにならないから、ずっと味方でいるから。……あ、幸村君にまた酷い事されたら言えな?」

「うん、うんっ……すぐ言う!」

「何それ俺全然信用ない感じ?」

「あははっ、ごめんごめん幸村君!一応念押しってやつ?……次こそちゃんと桜華に優しくしてやってね。強そうに見えて脆いからこいつ」

「分かってるよ。……ブン太、ありがとう」

「どういたしまして!……よしっ、じゃあ最後に桜華からプレゼント貰っていくかな!」

「?」


ブン太はにこっと笑ってそう言ったけど、プレゼントって?
私は思い当たるものがなくて首を傾げる。
幸村君は何かあるのか、「……今回だけだからね」と何かを許可するような物言いをしている。
一体何なの?


(私があげるって展開みたいなのに、当の私が何か分かってないってどういう事?)


そう思っていると、ブン太がすっと顔を近付けてきた。
思わずどきっとして目をぱちくりとさせる。


「え、ブン太……?」

「桜華、好きだよ……」

「!」


ゆっくりと重なる唇。
それはほんの数秒の出来事。


「ブン、太……」

「よしっ、終わり!……ごめんな、いきなり!でもこれが最初で最後だから……許して?」

「っ……ブン太、ありがとうっ……」

「わっ……へへ、こちらこそ、ありがとう」


ブン太の笑みに寂しさが浮かんでいるのは見て分かった。
私もまた泣きそうになってしまうのをぐっと堪える。
ここまでブン太が頑張ってくれてるのに、私がこれ以上台無しには出来ない。
彼の精一杯の優しさをひとつ残らず受け取る……それが今私に出来る事。


「じゃ、俺行くから!あとは幸村君よろしく!」

「ああ……ブン太、本当に感謝するよ。ありがとう」

「いいって!また学校で!あ、桜華、お弁当これからもシクヨロ!」

「うん、また持っていくね……!」

「おう、じゃあなー!」


ブン太は手を振るとあっという間に屋上から居なくなった。
幸村君と二人きり。
少し気まずい雰囲気に戸惑う。


「幸村君、あの……」

「……桜華、これからは俺ちゃんと桜華に素直になるから」

「!」

「演技するのも疲れるんだよね……」

「ああ、あれは演技だったんだね……結構才能あると思うよ」

「一応褒め言葉として受け止めておくよ。……でも覚悟しておいた方がいいよ桜華」

「え……?」

「ある意味前より面倒かもよ、俺」

「(一体どんな幸村君が待ってるんだろう……)覚悟しときます。どんな幸村君でも好きだから、大丈夫だけどね」

「ふふ、言ってくれるじゃないか」


そう言ってふわりと笑った幸村君はやっぱりかっこよくて、綺麗で。
改めて彼を好きだと実感する。
だけどどんな幸村君が待っているのかだけは、少し緊張する。


「桜華、今からまだ時間ある?」

「うん、大丈夫だよ」

「……俺の家、来ない?」

「え……?」

「桜華の事、ちゃんと抱きたい……」

「っ……」


そう言われて、もうそれだけで身体が疼いてしまうのは彼の教育の賜物か。
幸村君の言葉に私は迷わずこくりと首を縦に振った。
ほっとした表情を見せた彼は、私の手を取りゆっくりと歩き出す。
その歩幅に合わせて歩くだけで、何て幸せなんだろうと思ってしまう私はもう末期だ。
だけどそれだけ幸村君の事が好きなんだと、そう思うと嬉しくて堪らなくて。


(もう幸村君に私の好きって気持ち沢山あげてもいいんだよね……)


その日は、幸村君にまるでガラス細工に触れるかの様に優しく優しく抱かれた。
「大丈夫?痛くない?」何て、もうとっくに処女ではない私にどれ程気を使うのかと思う程。
だけどそれはきっと彼が最初に出来なかった事……本当はそうしたかったのだと言わんばかりだ。
だから素直に受け取って返事をして、幸村君の優しさに触れた。


「あっ、ぁ……せーいちっ……」

「は、桜華……これからはセックスの時以外も名前で呼んで……」

「っ……はずかしい……」

「桜華は俺の彼女だから……名前で呼んでほしい……。桜華に名前で呼ばれるの、好きだから……」

「ん……分かった……」

「ありがとう。……好きだよ、桜華」

「あぁっ……ゃっ、んっ……せ、いち……せーいちっ……」

「んっ……もっと俺の名前呼んで……っ」


お互いに感じながら何度も名前を呼び合った。
それだけで幸せで、何も考えられない程気持ちいいセックス。
こんなにこの行為が気持ちいいなんて知らなかった。






「ちょっと聞いてよブン太!」

「どうしたんだよ、今日は一段とご立腹じゃん」

「いや、だってさあ!」

「はいはい、聞いてやるから落ち着けって」


幸村君とちゃんと付き合うようになってから暫くが経った。
仲は良いと思う、一応は。
だけど、演技を止めた彼は私の想像を遥かに超えていて。
それについていつも愚痴を聞いてくれるのは心優しき親友ブン太だ。



「精市ってば恥ずかしいんだよ、昨日だってさ〜……」

「桜華」

「げ、来た」

「何その、げ、って言うの。彼氏が来たのにその反応は酷くないかな。桜華の事大好きだからこうして来てるって言うのに」

「幸村君、今日も相変わらずだな」

「俺はいつだってこうだよ」


穏やかに頬んでいる彼は、見ている分にはそれはもう王子様の様で。
やっぱりかっこいいなあ、好きだなあって思うけど……だけど、私は怒っているのだ。
今はそんな事関係ない。


「精市っ、私は怒ってるんだからね!……昨日だって、あんな人が見てる場所でキスして……恥ずかしくて仕方なかったよ」

「桜華が可愛い顔するのが悪い」

「いつもと変わらない顔しかしてないと思うんだけど……!」

「いつもがそんなに可愛いんだよ?俺は一瞬の表情の変化だって見逃さない。……桜華のふとした表情に心奪われるんだ」

「ブン太、何とかして……」

「ごめん桜華、俺にはどうも無理らしい。それに、幸村君の意見には同意だし!桜華はいつも可愛いよ?」

「はあ……」


こうだ。
幸村君……いや精市は、演技を止めた途端砂糖菓子のように甘ったるい人になって。
いつでも好きだよとか愛してるとか言うし、可愛い可愛いと言っては嬉しそうに笑う。
そして何より、スキンシップの多さ。
私が怒る原因は大抵これで。
人が多かろうが何だろうが、キス位なら普通にしてくる。
言い分はさっき言ってた事何だろうけど、納得はしていない。


「桜華が好きなんだから、仕方ないだろ?」

「あのね、好きでも限度があります」

「……今までの分を取り戻したいんだ」

「う……(それはずるいってば)」

「まあ、幸村君も少しは反省してるだろぃ。許してやれよ、な?……あ、でもあんまり桜華怒らせる様なら俺が貰っちゃうから」

「わっ、ブン太……!」


ぐいっと肩を抱かれる。
ブン太にそうされるのはやっぱりどきどきしてしまうし、そのせいで顔も赤くなる。
きっと目の前の彼はいい気はしてないんだろうけど。


「ブン太、桜華の事離して」

「じゃあちゃんと桜華に謝って?そしたら離してあげる」


そして何かよく分からないけど、ブン太が強くなった気がする。
こうして私の事助けてくれているからなのか……精市の弱み的なものを握ったからなのか。
理由は定かじゃないけれど、でもこうして私の事を守ってれる彼も立派は王子様で。


(二人とも、大切な存在なんだよなあ……)


「……ねえ、精市、ブン太」

「何?」

「どうしたんだよ」

「私の事、好きになってくれてありがとう」


おもむろにそう言ったら二人共少し驚いたみたいだけど、すぐに笑ってくれて。


「これから先もずっとずっと愛してるよ。……桜華は俺の大切な女の子だからね」

「桜華も、俺と友達でいてくれてありがとうな!……でも、いつ俺が桜華の事本気で奪いに行くか分からないから覚悟してろぃ」

「ふふ、はあい」


こうして笑っていられる毎日が、精市とブン太といられる時間がずっと続けばいいのにと心に思い続けながら私は微笑む。


「精市、ブン太、大好き!」




あとがき

一応はこれで終わりです。
最後が何だか締まらないなあと思いつつ、どんどん長くなりそうだったのでこれで。
余裕があれば、ブン太ルートを書きたいです。
そっちはそっちで楽しそうなので!
さて、ここまでお付き合いいただきましてありがとうございました。
またお暇でしたら、他の作品にも目を通していただけると幸いです。