3 大丈夫
「桜華が幸村君に抱かれてるって事」
「え……」
頭の中が真っ白になった。
ああ、理解出来ない事に直面した時って人間本当に真っ白になって何も分からなくなっちゃうんだなって。
ブン太が真剣に……でも苦しそうに私を見ながらそう言っていて、私は彼の言葉を必死に飲み込む。
次に出た言葉は、何とも在り来たりなもの。
「何で……知ってるの……」
「前に隠れ家的カフェに行こうと思って歩いてたら、たまたま幸村君の家の前通りかかる所だったんだけどさ……丁度その時桜華が出てきて。何で桜華がって思って……。そしたら桜華、泣いてて」
「(きっと初めて抱かれた時だ……まさかブン太にそんな所見られてたなんて……)」
「俺何だかいけない事知っちまったみたいで怖くなって……桜華に声もかけずに逃げた。ごめん……」
「ううん、むしろそれが正解だよブン太……声をかけないでいてくれてありがとう。きっとその場でブン太にばれたって分かったら私、無理だったかも……」
「そっか……。……その後も、桜華が隠れて幸村君と繋がってるの知ってさ。いつ聞こうかってずっと迷ってたんだけど、聞けなくて……。でもやっぱり、俺桜華の親友だから……放っておけなくて」
「ブン太……」
親友と言う言葉に嬉しくなって、でも改めて言われると何だか照れ臭くて。
だけどそんな事よりもブン太に知られていたショックの方が大きくて、私は泣きそうになる。
誰にも気付かれていないと思っていたのに。
よりにもよって一番近い人にばれていたなんて……しかも、自分が幸村君と身体だけの関係だって言う最悪の事実を。
(本当は軽蔑してるのかな……こんな汚い女、嫌だよねブン太だって……)
そう思ってしまうのは必然で。
この先の彼との関係を考えて、悲しくなる。
もういつもみたいに楽しく話し出来ないのかなとか、お弁当一緒に食べたり出来ないのかなとか……もうガム貰えたりも出来なくなるのかなあって。
そんな私の思いとは裏腹に、ブン太は私を再び見つめて言葉を紡いだ。
「俺、桜華の事軽蔑したりしないから」
「!」
「どんな事情があって幸村君とそういう関係を持っているのか分からねーけど……でも俺は絶対に桜華を軽蔑しない。桜華の親友をやめたりしないから」
「嘘……」
「嘘じゃないって。……だってさ、桜華の事軽蔑したら俺は幸村君まで軽蔑しなきゃいけなくなる。俺にとっては二人とも大事で、大切な友達で。やってる事はいけない事なのかもしれないけど、それでも……」
「……」
ブン太は少し間をおいて、いつもと同じ笑顔を見せながら言った。
「俺桜華の事、大好きだからさ!」
「ブン、太……」
零れ落ちそうになる涙を必死に堪える。
そんな風に言ってくれる人がどれ程いるんだろう。
ブン太は凄いなあ……心がどれ程大きいのか、私なんかじゃきっと計り知れない。
そんな彼と親友でいられる自分が誇らしくて、でも情けなくて。
「ありがとうブン太……私もブン太の事大好きだよ」
「へへ、サンキュ!これから何かあったら俺に相談しろぃ!幸村君との事でさ、何か悩んでるとかあったら何でも聞いてやるから。だから一人で抱え込まない事、いいな?」
「ん、分かった……」
「それでよし!はあ、何か俺もやっと安心出来るって言うか……」
「?」
「ずっと気になって気になって仕方なくて、いつ言おうかって思ってたからさ。……桜華にちゃんと聞けて、俺の気持ちも言えてよかった」
「うん、私も……知られてたって言うのは少しショックだったけど、でもブン太がくれた言葉全部嬉しくて。一人でずっと不安だったから……今は知ってもらえてちょっとほっとしてる」
「それならよかった」
ブン太は笑って私の頭を撫でてくれた。
その笑顔が、手が、私の心を安心させる。
同じ事を思ってしまうけれど、やっぱりこれが本来あるべき彼氏と彼女の姿な気がして。
私とブン太はそう言うのではないけれど、でもきっとこうなんだろうなって。
(ブン太だって、凄くかっこいいもんね……近くにいるから、親友だから慣れちゃってるだけで)
幸村君とはまた違うかっこよさがあるブン太。
彼だって相当モテるのだけれど、何故か彼女は一度も作った事がない。
さっき幸村君にも言われていたけれど、理由はよく分からない。
好きな人がいないのか、それか別に何か事情があるのか。
今はそこに突っ込むことはしないけど……。
(こんなに優しくて温かいブン太には、絶対に幸せになってほしいなあ……)
自分とは違う、ちゃんと愛し合った人と幸せになってほしいって心の底からそう思った。
「あ、いけない。職員室行かなくちゃいけないんだった」
お昼休み。
お弁当を食べ終わった直後に思い出した先生からの呼び出し。
ブン太は「早く行って来いよ!」って、口端に米粒をつけながら私に言った。
それにこくりと頷くと、ちょっと駆け足で廊下を進む。
暫く進んだ先、そこに今はあまり会いたくなかった人物がいた。
一瞬足を止めてしまう。
(……ああ、あの子はD組の。二番目の子かあ……朝の子とはまた違う可愛さだよね、うん。彼女になるならあれ位の顔面は必要って事なのかな)
彼は友達が言っていた二番目の彼女といた。
にこやかに笑っている彼は、やはり私といる時とはまるで違くて。
と言うか、彼女達は自分の彼氏に別の彼女がいても平気なのかな。
それか知らないのかな?
自分の事じゃないけれど、何だか複雑な気持ちになる。
「でね、友達が〜……」
「へえ、そうなんだ。いいね楽しそうで」
「もう、幸村君ってばからかって!」
「そんなつもりじゃなかったんだけどね。ごめんごめん」
楽しそうだなあって。
私もあんな風に幸村君と話してみたかったな……そんな事ばかり考えてしまう。
でも私はそんな事よりも職員室に行かなければいけない事を思い出し、また駆け足。
幸村君の目の前を、彼の方は一切向かずに通り過ぎる。
「(気付かれませんように気付かれませんように!)」
「……」
「ねえ幸村君どうしたの?何かあった?」
「え?……いや、何でもないよ」
幸村君の声が聞こえた気がしたけど、気のせいだと思ってそのまま行った。
同じ学校だし同じ学年だから会うのは仕方ないんだけど……本当に心臓に悪い、色んな意味で。
怖いって言う意味でドキドキもするし、会えて嬉しいって意味でドキドキもする……だけどやっぱり前者の方が強くて。
幸村君の事が好きなのに、会うのが怖いなんて。
怖いと言っても、会いたくないって恐怖じゃない……会った時に隣にいるのが今みたいに彼の彼女、と言うのを見るのが嫌なだけ。
結局のところ、自分は身体だけの関係の女なのだと思い知らされるから。
「それでもいいって言ってるのは自分自身なんだけどなあ」
ぽつりと小さく呟く。
口にしたってどうにもならないのに、自分は弱いと思う。
暫くして職員室に着いて先生からの用事を終えた。
帰り道は、幸村君に会った場所を通らなくてもいいように少しの遠回りをして帰った。
その時、ブーっと携帯が震えたのを感じて私は足を止めた。
ポケットから取り出して画面を見ると、そこに映し出されていたのは『幸村精市』の文字。
「さっき俺の前通ったよねって、やっぱり気付いてたんだ……」
気付かれてた。
いや薄々はそうだと思ってたけど、わざわざそんな事で連絡を寄越すなんて。
何か嫌な予感がして、続きを見るため全文を表示した。
「今日はいつもの公園じゃなくて、学校近くの駅で待ってて……って、何?どういう言う事?」
思ったよりも大した事ない内容だった事に拍子抜けしてしまう。
呼び出しには変わりなかったけど、だけどどうして駅での待ち合わせになったのだろう?
という事は、必然的に幸村君と帰る事になって。
そんな所誰かに見られでもしたら……彼はいいのだろうか。
変な噂が立つ可能性もあると言うのに。
だけどそんな事気にしないのがきっと幸村精市で……それでいて私にとって彼からの命令は絶対なのだ。
「何考えてるかよく分からないけど……取りあえず駅で待ってるしかないよね」
帰りの事を考えながら、そっと携帯をしまった。
あとがき
絡みが少なくてすみません。
ブン太はどんな時でも味方でいてくれそうだなと思います。