6 俺の事も見て


「幸村君っ……何でここに……?」

「ああ、ちょっと人から聞いてね。……で、どうする?俺と別れる?」

「い、嫌だっ……別れたくないっ……」

「ふーん……」

「(この修羅場にいるの辛すぎるんだけど……)」


幸村君が現れて、彼女に別れる何て言うからそこから大変で。
目の前にいる彼女は泣いちゃうし、でも幸村君は平気そうな顔してるし。
この場に私お邪魔じゃないかな?って思うけど、離れられる感じでもなくて……何かもう、嫌だなあと思わず溜息が出る。


「でもさ、俺は君にこれから先も名前で呼ばせないし、手を繋いだりセックスだって絶対にしないよ」

「なん、で……?私って幸村君の彼女じゃないの……!?」

「彼女、か……。ねえ、この期に及んでその肩書本当に大事?必要……?」

「!」


幸村君は怖い位冷たく笑った。
彼女はもう怯えているかの様に震えていて。
とてもこの二人が付き合っているようには見えないし、それに幸村君の言葉はあまりにも残酷だった。
いくら彼氏彼女の関係でいたとしても、この先ずっとそれらしい事を何もしてもらえないし許してもらえないなんて。
それでは付き合っている意味なんて、ないに等しい。


「で、どうするの?……今ここで決めてくれる?」

「ぅ、っ……幸村君……」

「泣いてないで、どっちか決めてよ。……俺はね、君と別れてもいいと思ってるから」

「も、いい……分かったよ……別れるっ……!」

「そう、よかった。今までありがとう」

「っ……」


何これ。
目の前でカップルが一つ破局したんですが。
これって私のせい?どうしよう……。
泣きながら走り去っていく彼女をの後姿を見ながら、自分がとんでもない事をしているんじゃないかって思い始めていた。


(私が幸村君と身体だけの関係を続けているから、こうなったの……?)


罪悪感。
その言葉が一番当て嵌まる気がして。
幸村君はどう思っているんだろう?でもきっと悲しいとかそんな事は全く思ってないんだろうなあ。
さっきの感じ、どう考えたって幸村君が別れたくて仕方ないって感じだった。


「桜華」

「はっ、はい……」

「……勘違いしないでほしいんだけど、俺達はそれでも身体だけの関係だからね」

「うん……分かってるよ……(それ以上を望んだところで、無駄な事位分かってる)」


念を押す様に言ってくる幸村君。
そんな事言われなくても分かっているのに……本当に意地悪だと思う。


「ねえ幸村君、どうしてここにいるのが分かったの……?人に聞いたって言ってたけど……」

「ああ、ここかどうかは賭けだったけど。ブン太が俺の所に来てね、桜華があいつに連れて行かれたって」

「ブン太が……」

「……」


彼が助けてくれたのかと思うと、何だか嬉しくて。
やっぱり持つべきものは親友だなって。
自然に頬が緩むのが分かる。


「ねえ、ブン太と本当に仲がいいんだね」

「え……?うん、一年からずっと一緒だから……腐れ縁みたいな感じで。私とブン太はお互い親友だって思ってるよ」

「……へえ。じゃあ俺達の事も知ってるんだ?」

「知ってるって言うか……ばれてたと言うか……」


幸村君の声は何処か苛々している様に聞こえて。
どうして彼が苛々しているのかは分からない。


「ブン太の事好きなの?」

「好き……うん、好きだよ。さっきも言ったけど親友だし私達……」

「……ムカつく」

「……?」


小さな声で言われたからちゃんと聞き取れなくて。
でもいい言葉じゃないのだけは分かった。
この空気も何だかあんまりいい感じがしないってそう思っていたら、幸村君はさっきよりももっと苛々した様子で私に言った。


「……俺がどうして桜華を抱いてるか分かる?」

「そんなの、分からないよ……」

「教えてあげようか」


真顔で言ってくる幸村君。
だけどどうしてかな……?少し悲しそうな表情に見えるのは気のせい?
どうして私を抱いているのか。
聞きたくても聞けなったその答えを、今幸村君に言われる……?


(怖い……やだな……聞きたくない)


でも私がそう言った所できっと言うのをやめてくれないんだろうから、それを口にはしなかった。


「ただ、面白いからだよ」

「面白いって……」

「気持ちのない俺に抱かれてよがって、声出して感じてる桜華の姿があまりにも滑稽で。今これ以上に面白物なんてないよ」

「何、それ……」

「だってそうだろ?……俺は桜華の事なんて性欲の捌け口以外の何物でもないと思ってるから。じゃなきゃお前みたいな不細工な顔の女抱く訳ないだろ?」

「っ……」


ああ、やっぱり聞くんじゃなかった。
痛い、心がずきずきと痛む。
何かが音を立てて壊れて行くような気がする。
分かっていた事もあった。
性欲の捌け口である事なんて最初から分かっていた、気持ちがないのも承知の上だった。
自分がブスなのだってそんなの自分が一番よく分かっている。
でも、それでも私は少しでも期待したかったんだ。


(幸村君が少しでも私を見てくれますようにって……。だけど、そんなのどう足掻いたって無理だったんだよね……)


「そう、だよね……。はは、幸村君が私みたいなブス抱いてるなんて本当、理由それくらいしかないよね」

「……」

「でも、それなら彼女さんを抱いてあげればよかったのに……。変なの、幸村君……。さっきの二番目さん、幸村君に抱いてほしかったみたいだよ。見てて可哀想だったよ……」

「……」

「……ごめんね、私もう行く。次の授業の準備もあるから」


私が走り去っても、彼は引き止める事もなく最後まで何も言わなかった。
こう言う時って涙が出るのもなのかなって思ったけど、案外出ないもので。
私はそんな下らない事を考えながら教室まで急いだ。


「はあ、はあ……」

「桜華!大丈夫だった!?一応さっき幸村君に伝えたんだけどさ……」

「うん、来たよ幸村君……とりあえずは何とかなったけど……。ありがとうねブン太」

「おう(あの時の幸村君、初めて見るってくらい焦ってたな……)」


教室に着くとブン太が出迎えてくれた。
最終的には幸村君に傷付けられてしまった訳だけど、彼に助けられたのも事実でちゃんとブン太にはお礼を言った。
ブン太は何だか少し複雑な表情をしてるけど、今はその理由を考えられる程の心を生憎持ち合わせてはいない。


「なあ桜華、幸村君と何があったんだよ」

「え……?」

「もしかして、気付いてねーの?……涙出てるから、さっきからずっと」

「は?……!?」


思わず顔を触ると、頬が濡れていて。
さっきは出ないな〜何て思っていたのに、実は出ていたらしい。
ブン太に指摘されて初めて泣いてる事に気付くなんて、もうどうかしている。
そんな事にも気付けない位に私の心はおかしくなっていた。


「幸村君に何か言われたの……」

「いや、その……っ、何でもない……」

「何でもない訳ねーだろぃ!……ちょっと来て!」

「え、ブン太っ……授業始まる……!」

「そんなのどうだっていい!」


少し怒っている様な素振りを見せるブン太。
こんな彼は初めて見たかもしれない。
少し驚きながらも、彼に腕を引っ張られて屋上まで連れて来られた。


「ブン、太……」

「なあ桜華、幸村君に何言われたのか……何されたのか教えて」

「え……やだ……」

「俺には話せねーの……?」

「違う!違うけどっ……っ、思い出すだけで今は辛くてっ……これ以上は心が持たないんだ……」

「っ……」


さっき言われた事をもう一度思い出して口にするなんて、心が抉られて取り返しがつかなくなってしまいそうだ。
いくらブン太にも今は言えなくて。
きっと優しい彼は私のために同じ様に傷付いてしまうから。


「そんなに酷い事言われたのかよ……」

「分かってはいた事なんだけどね、それでも……やっぱり改めて言われちゃうとって感じかな……。あはは、私も駄目だね……こんな事で一々傷付いてちゃ……」

「俺なら、桜華の事泣かせたりしないのに。傷付けたりだってしないのにっ……!」

「ブン太……?わっ……!」


それは突然の事だった。
彼が怒ったかの様に言ったかと思えば、次には私の身体を思い切り抱き締めていて。
ぎゅうっと力が篭っているブン太の腕は、きっと私なんかの力じゃ絶対に解けない。
ブン太も男の子なんだなって、伊達にテニス部じゃないよねって。
だけど今はそんな事よりも、彼をどうにかしないと。


「ね、どうしたのブン太っ……」

「もう見てられない、桜華の事……」

「え……」

「俺さ、幸村君と桜華の関係知って、本当は凄く嫌で……。でも桜華がそれでも幸せなら、笑っていられるのならってそう思って今まで見て見ぬふりしてきた……」

「ブン太……?」

「でも今目の前の桜華は全然幸せそうじゃねーし、泣いてるし。俺、桜華がこんな風になるならもう放っておけねーから」

「どういう……」


「やっぱり最初から止めとくべきだった」って呟いたブン太はいつもとは違う真剣な表情で私を見つめた。
その表情に思わずどきっとしてしまう。
こんなブン太は、見た事がないから。

そして、その表情を崩さないままブン太は言った。


「俺、桜華の事が好きだ」

「!?」

「好きだよ、桜華。……もう、幸村君の事で傷付いてほしくない。桜華の事絶対に幸せにするから。だから、俺の事も見て」


私の心は大きく揺らいだ。




あとがき

やっとブン太サイドが動きました。
ここまでくると多分あっという間かなと言う感じで。
ブン太は本当に男前だと思います。