10 彼の計らい

「精市、今日は二人で帰らないか?」

「え?」


部活中、突然の蓮二からの申し出に驚いてしまう。
だって、二人で帰るって?どうして?
たまたま今日は湊さんとのテニスの練習がないから断る理由もないんだけど。


(……ないと言うか、湊さんから今日は用事があるからって断られたんだけどね。仕方ないけど残念だ……)


「いいだろうか?」

「うん、構わないよ。でもどうして突然……?」

「お前に少し話したい事がある。悪い話ではないと思うぞ」

「……?」


蓮二の話したい事って何だろう?
でもきっと今この場では言えない事何だろうな……二人きりじゃないと言えない事……。
それが全然思い浮かばなくて、頭の中が疑問符で一杯になる。


(悪い話じゃないって言うから、身構える必要はないんだろうけど……)


そう思っていても、結局蓮二の話が気になって気になって部活に集中出来なかった。
何とかばれない様にこなして、待ちに待った?帰り時間。
先に準備を終えた俺は部室の外で蓮二が来るのを待つ。


(そろそろかな……?)


「すまない精市、待たせた」

「大丈夫だよ、気にしないで」

「……では帰るとするか」

「そうだね(ああ駄目だ緊張するな……)」


蓮二が出てきて、いよいよ一緒に帰る事になった。
暫く無言で帰り路を歩く俺達……少しだけ気まずい。
俺から話題を振った方がいいのかと迷っていたその時、先に口を開いたのは蓮二の方だった。


「精市、先程の話の事だが」

「!(きた……!)」

「桜華についての事だ」

「湊さん……?」


湊さんの事だと分かった瞬間どきっとしてしまった。
蓮二から湊さんの話題……それも悪い話じゃないって……?
全然予想が出来ないけれど、それでもただただ心が逸るのを抑えられない。


「精市、お前は桜華の事が好きだな」

「えっ!?いきなり何……」

「違うのか?」

「……違わないよ、湊さんの事、今は恋愛対象として好きだと思ってるよ」

「まあそれは見ていればすぐ分かる事だが」

「(聞いといて何なんだ!)」


蓮二の不躾な質問に少しイラッとする。
だけどきっと彼の事だ、この先の話に関係のある事なのだろうと何とか自分の中で収める。
そして蓮二は続けた。


「今日の昼休み、職員室から帰って来た桜華が泣いていた」

「えっ……どうして……(あの後何かあったのかな……)」

「本人も何で泣いているか分からないと言ってな……ただ、聞いているとどうやらお前に会ったらしいと」

「うん……湊さんが廊下から教室を覗いているのを見つけて、声をかけたんだ」

「ああ、知っている」


蓮二の表情は変わらない。

……湊さんが泣いていた?俺に会った時は泣いていなかったのに。
もしかして俺が何かしてしまったのかな……思い当たる節は何もないけれど。


「それで……?」

「精市、今日の昼は誰と食べていた」

「昼?えっと……ああ、クラスの女の子だよ。どうしても一緒に食べてほしいってせがまれてね……断れなくて」

「桜華はそれを見たそうだ」

「俺がその子と食べているのを?」

「ああ。……それを見た桜華は、ずきっと胸が痛み心が苦しくなったそうだぞ。……この意味が精市に分かるか?」


少し悪戯に微笑んで見せる蓮二。
その表情の意味と、そして彼の言葉の意味を合わせて考えてみる。
俺が女子と一緒にいるのを見て湊さんは傷付いた……それはどうして……?


(あれ?そう言えば俺もそんな気持ちになった事があった様な……)


思い返すあの日の事。
俺は湊さんが知らない男子と楽しそうに話しているのを見て苦しくなったんだ。
その頃はまだ好きとか分かってなくて……だけど凄く嫌だったのだけ覚えている。


(湊さんがあの時の俺と同じ気持ちに……って、まさか……)


みるみる赤くなっているであろう俺の顔。
蓮二は先程よりも悪い顔をして俺の事を見ている。
出来れば今は見ないでほしい……恥ずかしくて堪らないから。


「どうやら分かったようだな」

「ねえ、俺自惚れてもいいって事だよね……」

「ああ、そう言う解釈でまず間違いないだろうな。本人はまだ気付いていないようだが」

「どうしよう、俺……今まで生きてきた中で一番嬉しい事かもしれない」

「まだ情報だけだぞ。それくらいでそこまで喜んでどうする」

「だって……初恋が実るかもしれないなんて夢みたいじゃないか」

「ほお、精市の初恋なのか」


再びニヤニヤする蓮二。
駄目だ、今の俺は何を喋ってもぼろが出てしまいそうで。
とにかくこの赤くなっている顔をずっと見ている彼にお願いをする事にした。


「……ねえ蓮二、あまり今の俺を見ないでくれるかな。恥ずかしいよ……」

「貴重なお前の赤面だ、データの為に観察させてもらおう。この情報の礼だとでも思ってくれ」

「(何の役に立つんだそのデータはっ……)」


心の中で悪態をついて暫く。
俺は一つの疑問が浮かんだ。
それは、俺に彼女の情報をくれた蓮二の気持ち……。


(ちょっと待って、蓮二って確か……)


「あのさ、蓮二……」

「蓮二も湊さんの事が好きなんじゃ……と、お前は言う」

「そう、そう言いたいんだけど……ねえ、君はそれでいいのかい……?」

「何の事だ」

「もし俺の考えが間違ってなくて、その……告白して付き合う事になったりしたら……」

「いいと思うが」

「君は何とも思わないのかい?」


すると蓮二はふっと綺麗に笑った。
同性であってもその表情には目を奪われてしまう。


「俺は、桜華が幸せであればそれでいいと思っている」

「蓮二……」

「俺に気持ちを向けてほしくないとは言わない。だが、俺は今の桜華との関係が好きだ。俺を信じ、兄の様に慕ってくれる……このままが俺にとっての幸せなのかもしれないな」

「そっか……蓮二は大人なんだな」

「いや、臆病なだけだろう」


そんな事はないと否定する。
彼は強い……俺ならそんな事はきっと言えないだろう。
どんな手を使っても自分に気持ちを向けてみせると、彼女の心を奪うのにきっと必死になってしまう。


(俺ももう少し蓮二を見習おう)


「ただ」

「?(何だろう……)」

「精市、お前が桜華を傷付け泣かせた場合……俺は容赦しない。全力でお前から桜華を奪いに行くから覚悟をしておけ」

「!……分かったよ、君程怖いライバルはいないだろうからね」

「肝に銘じておくと良い」


蓮二は真剣な眼差しで俺を見つめてそう言った。
ああ、蓮二も本当の所は……と、彼の本心を垣間見たような気がして。
だけどそれでより自分の中での決意が固まった。
信じて俺に湊さんを託してくれた蓮二に恥じない様に。


(ちゃんと告白して、そして……誰にも文句を言わせないくらい湊さんの事を愛するから)





あとがき

柳君の計らいで桜華さんの気持ちを知った幸村君。
そろそろ終わりに近づいています。