11 気付いてほしくて

「桜華」

「……!?」


ふふ、驚いてる。
流石に気付くよね、いきなり名前で呼ばれたら。
湊さんはまだ驚いた表情をして俺の事を見ている。
でも残念、それも可愛いだけだよ。


「どうしたの?」

「だっていきなり幸村君が……!」

「んー?」

「名前で、呼ぶから……」


顔を赤くして上目遣いで俺の事を見てくる湊さん……今からはもう桜華だね。
そんなに恥ずかしかったのかな?
でも、丸井や仁王達には普通に呼ばせてたのにと思う。


(……これもきっと自惚れていいって事だよね、うん)


「桜華って呼んじゃ駄目?」

「だめじゃない……けど、いきなりなんだもん幸村君っ……」

「驚かせたくて。……桜華」

「も、無駄に呼ぶの禁止っ……」

「無駄じゃないよ、何回でも呼びたいんだ」


照れっぱなしの桜華が可愛くて仕方ない。
でも蓮二の話じゃ、俺への気持ちにまだ気付いてないって言ってたよね……。
無意識にこんなに照れてるなんて、本当……。


(可愛いしか言えなくなるからやめてほしい)


「……幸村君」

「何?」

「…………せーいちっ!」

「!?」


目の前の桜華はどうだっ!って顔をしてる。
でも待って、俺……今名前で呼ばれたんだよね?桜華に。
いやこれは……ずる過ぎないかな……。
嬉しさと恥ずかしさとで自分の顔も赤くなるのが分かる。


(ああもう桜華に翻弄されてる今も幸せだと思っちゃうなんて……俺は相当好きなんだな、桜華の事が)


「あの、えっと……幸村君……?」


声をかけられてハッとする。
桜華は俺が余りにも黙っているものだから心配になったんだろうな。
さっきみたいなやってやったぞ!って表情は消えて、不安げにこちらを見ている。
ころころと変わる表情……それだってただ可愛いだけなんだけど。


「ごめんね、ちょっと驚いっちゃって……」

「ね……?いきなりだと驚くでしょ……?」

「うん、すっごく驚いた。……でも、それ以上に嬉しかったよ。桜華に精市って呼んでもらえて」

「嬉しかったの……?」

「うん。……桜華から呼ばれるの、本当に嬉しい」


そう言って微笑みかけると桜華はまた顔を赤くして……そして嬉しそうに笑った。
その表情を見られるだけでも幸せだ。


「じゃあ、精市って呼ぼうかなあ……幸村君が喜んでくれるなら」

「本当?……あ、でももう少し待って?」

「?」

「……俺がちゃんと男になれたら、呼んでほしいな?」

「幸村君は男の子でしょ……?」

「ふふ、そうだね。だけど、性別的な意味じゃなくて……何て言ったらいいのかな」


上手い言葉が思い浮かばない。
だけど今ここで桜華に告白するのは何か違う気がして……雰囲気も何もないしね。
それにもっと俺を意識してほしい、沢山沢山意識して俺を好きって自覚してほしい。
俺が気持ちを伝えていいのは、きっとその後。



「……俺がちゃんと桜華に自分の気持ちを伝えられたら、その時は返事の代わりに呼んでほしい」

「幸村君の気持ち……」

「そう。……桜華も早く気付いて?」


意味あり気にそう言いながら、彼女の頭をそっと撫でる。
きゅっと目を瞑ってそれを素直に受け入れてくれるのが嬉しい。
……でもそれだけじゃだめだよ桜華。


(早く自覚してくれないと、俺ももっと大胆な事しちゃうからね)


心の中で呟く。
俺って結構好きって分かると大胆な事をしたくなるみたいだ。
自分の愛情を押し付ける訳じゃないけど、俺をもっと沢山見てほしくなって……こんなの子供みたいだけど。


「幸村君」

「うん」

「何だか私には難しくてまだよく分からないけど……でも、でもね……」


桜華はそこで一度言葉を切ると、俺を真っ直ぐ見つめた。
その瞳に、彼女の強い気持ちが篭っている様な気がして逸らせなくなる。


「私も知りたいって思う……自分の気持ち」

「桜華……」

「どうしてこんなに幸村君にどきどきするのか、ちゃんと知りたい」

「ふふ……うん、大丈夫。焦らなくても気付く時が絶対来るから」


俺の言葉に安心したのか、ふにゃっと頬を緩ませて笑う桜華。
ああ、早く気付かないかな……それで俺の、俺だけの桜華になってくれないかな。


(その時はありったけの俺の想いを桜華に伝えるんだ)






あとがき

いよいよラストスパートでしょうか。
思ったより楽しくて長くなってます。