9 無自覚の涙
「えっと……これを職員室に運んで……」
授業中ちょっと居眠りしちゃった罰として、先生に集めたノートを運ぶ係を命じられてしまった。
うう、重い……。
職員室までは少し距離があるから、二回に分けて運びたい所だったけど無理矢理一回で運ぶ事にした。
(これが終わったら、お弁当!)
昼休みの限りある時間を大切にしたい。
それに、お腹が空いた!
教室で待っててくれてる理央と蓮二の為にも早く終わらせなきゃ!
(二人は手伝うって言ってくれたけど、これはやっぱり自分でやらないといけないよね。私が居眠りした罰何だし)
今となってはその申し出を断った事をちょっと後悔しそうになるけど、だめだめと頭を振って考えを消す。
「あ、そう言えばここ……」
丁度通りかかった教室、よく見たら幸村君のクラスだ。
普段ならあんまり他のクラスの事は見ないけれど、ちょっと気になってちらっと教室の中を覗いてみた。
(幸村君、いるかな……?)
幸村君は目立つからすぐ分かるだろうなあ……なんて思ってたらやっぱりすぐに見つかって。
だけど、嬉しかったのも一瞬。
すぐに胸にずきっとした痛みが走る。
「え……」
幸村君が、楽しそうにお弁当を食べていた。
別にそれだけなら何とも思わない……一緒に食べている人が問題だった。
可愛い女の子、きっとクラスメイト……。
あれ?でも幸村君が女の子とお弁当食べてるくらい別にいいよね?
私だって幸村君とお弁当食べる事あるし……。
(なのにどうしてこんなにもやもやってして、嫌な気持ちになっちゃうんだろう……苦しい……)
逸らしたいのに逸らせない視線。
だめだ、こんなに他クラスの教室覗いていたら本当に変な人になっちゃう。
すぐに走ってこの場から去りたいのに……それが出来ないのは何でだろう。
(幸村君には気付かれませんようにっ……!)
そう思った矢先、タイミングが悪い事に幸村君がこっちを見た。
ばっちりあってしまう視線。
ああもう逃げられない……心臓が緊張からかどくどくと大きな音を鳴らしている。
幸村君は私に気付いた後すぐ、一緒にお弁当を食べていた女の子に断りを入れてこっちに近付いてくる。
きっと酷い顔をしているであろう私……いつもなら笑えるのに、今は笑えない。
笑ってもきっと不自然で、幸村君にはすぐばれちゃう。
「湊さん」
「幸村君」
「どうしたんだい?……そのノートは?」
「えっと、ちょっと授業中居眠りしちゃった罰で運ばなきゃいけなくて……」
「その量を一人で?俺手伝うよ、いくら何でも大変でしょ?」
幸村君は心配そうに私を見てそう言ってくれた。
嬉しいはずなのに、今はどうしても複雑な気持ちになっちゃって……。
どうしてこうなるんだろう……本当におかしい。
「ううん、大丈夫だよ。ありがとう幸村君」
「でも……」
「本当に大丈夫!蓮二達にも同じ事言われたんだけど断ったから……自分でやるよ」
「そっか……湊さんがそう言うなら無理にとは言わないけど。でも、本当にきつくなったら言うんだよ?」
「うん、ありがとう幸村君」
何とか笑って見せてみたけど、どうだろう……?
幸村君はずっと不安そうに眉を下げて私の事を見てる。
だめ、本当今は幸村君の事まともに見られない。
「じゃ、じゃあ行くねっ!……あ、お弁当食べてたところだったのに来てくれてありがとう」
「それはいいんだよ、湊さんに会えて嬉しかったし」
「(幸村君……)でも、一緒に食べてた子には申し訳なくて……謝っておいて!」
そう言って重いノートも気にせずに走り出す。
幸村君が私の事を呼んでいるように思えたけど、聞こえないふり。
だって振り向けない……きっとさっきよりも酷い顔をしているはずだから。
(ごめんなさい幸村君……っ)
「桜華、おかえりなさ……!?」
「……どうした桜華。何故泣いている」
「え……?」
教室に戻って来て、蓮二にそう言われて初めて気付いた。
目元を拭うと、涙で指が濡れる。
いつの間に泣いてたんだろう?
(職員室には先生居なくてノートも机に置いただけだし……その後も誰にも言われなかったからなあ……)
慌てて涙を拭いていると、理央がぎゅうっと抱き締めてくれた。
それも温かくてより涙が出そうになる。
蓮二も近付いてきてくれて、頭を撫でてくれて……優しいなって。
「本当にどうしたの?職員室に行ってる間に何があったの……やっぱり一緒に行くべきだったわ……」
「桜華、良ければ話してくれないか……?流石に心配だ」
「理央も蓮二もごめんね……でも自分でも何で泣いてるのか分からなくて……」
「もう……何それ……」
「……ノートを運んでいる間、何かを見たり、誰かに会ったりしたか?」
「!」
蓮二の質問に思わず目を見開いてしまう。
その表情の変化を彼が見逃すはずがなく……事の経緯を話す事になってしまった。
(やだなあ……何て思われるかな……自分でもよく分からないのに……)
あとがき
桜華さん視点でした。
少しずつ気付き始めます。
無意識の嫉妬程辛いものはないですよね。