3 鈍感


「幸村君っ!」

「湊さん」

「蓮二に用事があったのかな?」

「え?……ああ、まあそんな所かな?ね、蓮二(本当は湊さんを見ていたなんて言えないけど)」

「ああ、部活の事で少しな(全く面倒臭い奴だ)」

「そっか!えへへ、幸村君がいたから嬉しくて来ちゃった!」

「!(何それ可愛過ぎない?)」


ふわふわとした笑顔を見せながら恐ろしく可愛い事を言う湊さん。
俺を弄んでいるのかな?
いやそもそも、何で俺はこんなにも弄ばれているの?
だって湊さんはただの友達で……こんな風に思うのだって変な事のはずなのに。


「あ、そうだ」

「ん?」

「幸村君も後で一緒にお弁当食べよう!」

「お弁当を……?」

「うん!実は今日ね……」


そこまで言いかけたと思ったら、後ろから聞き覚えのある声。
どうしてと思う間もなく、彼等は話し始めた。


「桜華!」

「ブン太、雅治も!」

「通りかかったら何じゃ知っとる顔が固まっとったけ、声かけるってブン太が」

「先に行くって言ったのは仁王だろぃ!?」

「そうじゃったかのお?」

「え。丸井も仁王もどうしてここに……?って言うか湊さん、二人と知り合いなの……?」


恐る恐る尋ねると、俺のそんな気持ち全く分かってないであろう湊さんの嬉しそうな表情、そして返事。
ああ、またもやもやする。


「うん!この間二人が蓮二の所に来た時にお友達になったんだ!」

「へえ……」

「何だ幸村君も桜華と知り合いだったの!?桜華テニス部の知り合い多くね?」

「そうかな?蓮二といると皆来るからそれでかもね?」

「俺は桜華にだけ会いに来たいぜよ」

「ふふふ、雅治ってば!」

「本当の事じゃき」


何だこの雰囲気。
目の前でいちゃつかれている様な感じ……気に食わない。
それにさ、丸井も仁王も気になるんだよね。


「……何で二人とも湊さんの事名前呼びなの」

「え?ああ、だって友達だしな俺達!」

「そうじゃそうじゃ」

「うんっ!ブン太が丸井は何か気持ち悪いから〜って言って、それに合わせて雅治の事も名前で呼んでるんだ」

「そうなんだ……」

「幸村君?」

「……いや、何でもないよ(ああ……苛々するな……)」


俺は今最高に酷い顔をしているんだろうな。
絶対に蓮二がほくそ笑んでデータ取ってるのが目に見えるからあえて彼の子とは見ない事にするけど。
この感情って何なんだろう?
湊さんが俺よりも丸井や仁王と仲が良いのが嫌で嫌で仕方ない。
蓮二の事はもう諦めているけど……。


(チームメイトにまでこんな風に思ってしまうなんて、俺は本当にどうかしてしまったんだろうか。湊さんの事になるとどうして俺はこんなにも……)


「あ、ねえねえ幸村君!さっきの話の続きなんだけど……」

「え、ああ、何だっけ?」

「お弁当、このメンバーで食べようってなってるんだけど……幸村君も一緒に食べたいなって!」

「(そんな話してたっけそう言えば……)……ごめんね、お昼は少し美化委員の予定が入っているんだ」

「そうなんだ……委員会大変なんだね。じゃあまた誘うね!その時は一緒に食べようね?」

「うん、ありがとう湊さん。また今度、楽しみにしてるね?」

「うんっ!私も幸村君とお弁当食べるの楽しみにしてる!」


ずきんと痛む。
嘘をついてしまった……湊さんに。
美化委員なんて本当はないんだ。
だけど、どうしてもこんな気持ちのままこのメンバーで昼食なんてとても食べられる気持ちにはなれない。
そんな自分が今、最高に嫌いだ。


(こんな気持ちになる自分も、その原因が分からない自分も、大嫌いだ)





「はあ……」


一人で食べる昼食。
湊さんと食べたかったな……なんて今更思っても空しいだけ。
溜息ばかり出て、中々箸が進まない。
母が朝から作ってくれたお弁当に申し訳なさが募る。
美味しく食べる事が、作ってくれた人への最高の感謝の仕方だと言うのに。
心の中で母に謝りながら、ゆっくりとおかずの一つ、ご飯の一口を口に運んでいく。


「精市」

「!?」

「どうした、そんなに驚かなくてもいいだろう」

「だって……どうしてここに?蓮二も湊さんと一緒にお昼だったんじゃ……」

「ああ、その予定だったがお前の事が気になってな」

「気になったって……」

「まあいい、とにかく隣失礼するぞ」


何事もないかの様に俺の隣に腰掛ける蓮二。
あまりにも自然過ぎて最早何も言えない。
だけどどこかほっとしてる自分がいて……蓮二が来てくれて少し安心したんだ。


「して精市」

「何?」

「……お前、自分の気持ちに気付いていないのか?」

「何の事……?」

「やはりな……」


突然の蓮二の問いかけに首を傾げる。
自分の気持ち?何の話だ?
全く訳が分からないと言う事を言葉と表情で表すと、彼はそれも全てお見通しだと言わんばかりの返事をする。


「……俺は、桜華が好きだ。友人としてではなく、一人の女の子としてな」

「はっ!?……えっ、ちょっと蓮二いきなりどうしたの!?(そんな事突然言う!?)」

「本当の気持ちを精市に伝えただけだが?何かいけない事でもあったか?」

「いやいや、どうしてそれを俺に……?湊さんの事が好きだなんて、そんな事……」

「俺が桜華を好きだと言っても、精市は何も思わないのか?」

「……」


俺は答えられなかった。
だって、蓮二の気持ちを知った瞬間嫌な気持ちになって……嫉妬とは違うまた別の感情……上手く言葉に出来ないけれど、それでも気持ち悪くてドロドロとした何かに心が支配された。
そんな事本人にはとてもじゃないけれど言えない。


(どうしてこんな気持ちにならなきゃいけないんだろ……)



「……これでもまだ気が付かないようだな」

「え……」

「精市は思った以上に疎いらしいからな。データをより修正する必要がありそうだ」

「疎いとかデータとか本当何なの……」

「まあいいだろう。……しかし気付いてないからと言って、無意識に周囲に敵意を向けるのは良くないな」

「それはどういう……」

「桜華に話しかけている男子を見るお前の顔が怖いと言う話だ」

「う……」

「チームメイトにも向けているのは気付いているか?……気を付けろ」

「ああ……忠告ありがとう」


蓮二にそこまで言われても、俺は自分の気持ちが分からなくて。
だけど一つだけ分かった事は、湊さんは俺にとって何かが特別だって事。
その何かはまだ分からないけれど、それでも……。


(大切なんだって、それだけは分かるんだ)





あとがき

柳さんはここでもいつもの役割を果たしていますね。
ライバルだと認めているからでしょうか。
それかただデータが欲しいからでしょうか。
まだ少し続きます。