4 どうしても知りたくて
今日俺は、一つ大事な用がある。
それは今目の前にいる湊さんに。
とても個人的な事だけど、それでも凄く大切な事。
「ねえ湊さん」
「ん?なあに幸村君」
「明日って何か用事あるかな……?」
「明日?えっと……確か部活は休みだったはずだし、特にないかな?」
湊さんの答えを聞いてほっとした。
だからと言って次に自分が言う事にいい返事をしてくれるかは分からないんだけど。
「もし良かったら、一緒にどこか出掛けない……?」
「えっ……?幸村君と、私で……?」
「うん、俺と湊さんの二人で。……ダメかな?」
自分らしくないと思うけど、それでも断られたらどうしようとか考えると凄く不安で……きっと表情にも出てたんだと思う。
湊さんは俺を見て慌てた様に首をぶんぶんと横に振ると、次にはにこっと笑ってくれた。
(ああ、可愛いなあ)
「ダメなんかじゃないよ!幸村君から誘ってもらえるなんて思ってなくて、ちょっと驚いちゃっただけ!」
「じゃあ、明日遊んでくれるって事でいいのかな?」
「勿論だよ!私の方こそ是非お願いします!えへへ、幸村君と遊べると思ってなかったから凄く嬉しい!」
「ふふ、そんなに喜んでもらえると思ってなかったから、俺も嬉しいよ。誘って良かった」
俺の言葉に湊さんも嬉しそうに反応してくれて……その一つ一つが可愛く思えて仕方ない。
こんな風に思うのは、やっぱり湊さんにだけなんだ。
だから余計に思う……この感情は何なんだろうって。
(その答えを見つけるための、明日なんだけどね)
きっと湊さんと二人きりで一日居れば、何かが分かるはず。
俺はそう思いながら、明日遊ぶ事への期待を膨らませた。
次の日。
待ち合わせ場所に早く来過ぎた俺がまず目にしたのは、湊さんの姿だった。
彼女を待たせたくなくて、自分でも早過ぎる位早く出てきたと思っていたのに、湊さんはそこにいて。
俺が慌てて駆け寄ると、嬉しそうに微笑む湊さん。
「おはよう、待たせてしまってごめんね……(出だしから最悪だ……待たせてしまうなんて)」
「ううん!実は幸村君と遊ぶのが楽しみで楽しみで凄く早く目が覚めちゃったんだ!だから待ち合わせより早く来ちゃっただけで……それに、幸村君だってすっごく早い!まだ待ち合わせ時間より全然前だよ」
「湊さんを待たせない様にって早く出てきたんだけど、まさかいるなんて思わなかったよ」
「えへへ、幸村君の事驚かせちゃった!」
にこりと、でもどこか悪戯に笑った湊さんがまた可愛くて。
俺は申し訳ないと思いながらも、彼女はきっと何とも思っていないんだろうなという事がすぐに分かって、その気持ちを消す事にした。
だって、そう思い続けてたって面白くないじゃないか。
(今日は折角のデートなんだからね)
デート……と思っているのは俺だけかもしれないけれど、それでもいい。
湊さんの事どう思ってるかまだ全部はちゃんと分からない……だけど、湊さんとデートだって思うだけで幸せな気持ちで心が溢れるんだ。
だから勝手にそう思っておく事にする……湊さんには内緒で。
「ねえ幸村君、今日はどこに行くのかな?」
「ああ、湊さんさえ良ければ水族館何かどうかなって思ったんだけど」
「水族館……!行きたい!」
「ふふ、よかった。じゃあ早速行こう、イルカのショーも観れるみたいだし」
「わあ……!楽しみだなあ、イルカのショーって観た事ないかも!」
水族館何て在り来たり過ぎるかなとも思ったけど、湊さんが喜んでくれたから正解だったかな?
イルカのショーに思いを馳せながら目をキラキラとさせているのがまた可愛らしい。
俺は自然ににやけてしまう表情を必死に元に戻す。
(隣にいる人間が自分の事見てにやにやしてたら流石に嫌だよね)
二人で電車に乗って、水族館を目指す。
湊さんと隣同士に座って、何気ない会話をするこの時間も幸せで。
俺は彼女が楽しげに話しているその姿を見るだけでも何だか満たされる気がした。
「昨日ね、理央から連絡があったから今日幸村君とお出掛けする事伝えたらすっごく怒ってた」
「あはは、自分でも驚くくらい簡単に想像が出来るよ」
「理央ってば、『幸村と二人きりなんて危ない!何かされたらどうするの!?』……だって!何かされるって、理央は何の事言ってるんだろうね?」
「そうだね?(ああ、悠樹さんが考えてる事が手に取るように分かる)」
分からない体で、はぐらかす様に答えたが湊さんはそれに気付いていないようだ。
彼女が言った何か、なんてきっとキスとかそれ以上の事とか、大方そう言う事を指してるんだろう。
俺の返事に、「理央ってばもう、だよね!それでも大好きだけど」と本当に悠樹さんの事が大切なんだと言う様な表情を湛える湊さんはとても綺麗。
そんな湊さんを見て、ああ、悠樹さんが心配するのも分かるなあ……なんて思ってしまう。
(顔がモデルみたいに凄く可愛いとか、そう言うのじゃなくて……だけど、湊さんは何か人を引き付ける魅力があるんだよね)
顔だって俺は可愛いと思うけど、そうじゃないんだ。
湊さんには言葉じゃ表しきれない不思議な魅力がある、本当に。
だからきっと俺もこんなに湊さんが気になって仕方なくて、ずっとどきどきしてしまうんだ。
(こんなにどきどきする事が幸せだなんて知らなかった)
暫く電車に揺られ、目的地に到着。
電車を降りる際、俺はエスコートする様にさり気なく彼女の手を取ると、湊さんは少し顔を赤らめた。
「幸村君……」
「ん?どうしたの……?」
「……な、何でもないっ(何だろう凄くどきどきする……ただ手を握られただけなのに)」
「……?」
父さんはいつも母さんにこうしているから、それが当たり前だと思っていたけれど違ったのかな?
でも、赤くなっている湊さんも可愛いからまあいっか。
それに、少しでもこうして触れたいって思うから。
水族館は駅からすぐの所にあって、到着すると俺はチケットを買って湊さんに渡す。
「お金っ……」と慌てている彼女をあしらうのは簡単で、俺は「ほら、時間がもったいないから早く入ろう?」って言ってはぐらかした。
湊さんは何処か納得していない様子だったけど、それ以上何も言ってこない代わりに「ありがとう」ってはにかんでくれた。
(ああもう、何だろう湊さんには何だってしてあげたくなっちゃうな)
こんな気持ちになってしまうのも、本当に不思議で。
今までになかった感情……家族に向けるそれとはまた全然別なんだ。
俺はもうこれ以上我慢していたら溢れ出しそうなこの感情をどうにかしたくて。
その方法がよく分からなかったけれど、でも湊さんに触れていたらどうにかなるかなって思って。
だから思い切って聞いてみる事にした。
「ねえ湊さん」
「?」
「手、繋いでもいいかな……?」
「えっ!?」
「今日はずっと、湊さんと繋いでいたいって思うんだ……嫌かな……?」
彼女からの返答を待つこの時間がもどかしい。
(こんな事を聞かないでも、繋げるようになれればいいのに……)
俺は心の中でただ純粋にそう思った。
あとがき
本編では水族館は言った事なかったですねきっと。
後少しで終わらせたいので、本編より速い展開でお送りします。
幸村君のお父様はきっととても紳士なのではと思いました。