5 隣にいるだけで
「いいよ」
聞き間違いじゃなければ、確かに湊さんはそう言った。
少し照れながら、頬を染めながら……だけど俺の目をしっかりと見て微笑んで。
その一つ一つが俺の胸をきゅうっと締め付ける。
だけどそれが何だか心地良い。
「本当?……嬉しいな、ありがとう」
「ちょっと恥ずかしいけど、幸村君が繋ぎたいって言ってくれたの何だか嬉しくて……!だから、私なんかで良ければ繋いで下さい」
「ふふ、むしろ湊さんとしか繋ぎたいって思わないんだけどな?」
「!」
湊さんはより頬を赤くして照れた。
その姿に可愛いと言う言葉しか出てこない……本当に、可愛いって思う。
にやけそうになる表情を必死に堪えながら、俺は折角いいって言って貰えたのだからと早々に彼女の手を取る。
さっきも思ったけど、やっぱり小さくて、柔らかくて、気持ち良い。
(テニスやってるからマメはあるけど……それでも、それさえも湊さんの手なら可愛いって思えるな。何でなんだろう……)
手を繋ぎながら考えるけれど、答えは見つからない。
でも今はそんな事よりも、ただ湊さんと手を繋いでいられると言う事実が凄く嬉しくて堪らなくて。
それに加えて、隣で湊さんが「男の子とこんな風に手を繋ぐのなんて初めてだなあ……」何て言ってるのを聞いて、内心ほっとした。
(俺以外にこんな可愛い手を繋いだ男がいないと思うと、何だか優越感だな)
俺は再びにやける顔を戻しながら、湊さんをエスコートしながら水族館へと足を踏み入れた。
「うわあ……!凄い、見て見て幸村君!おっきい……!」
「ふふ、本当だ。何て言う魚なんだろうね?……ああ、あれがマグロなんだって」
「へえ〜!マグロかあ……切り身とかでしか見ないからなあ……あんなに大きいんだ……!」
「生きて泳いでる姿はこういう所でしか見られないしね?」
「うん、だからすっごく新鮮!楽しい!」
目を輝かせて水槽の中で泳いでいる魚達を見る湊さん。
小さな魚にも大きな魚にも、もう全部に反応してるんじゃないかってくらい俺に話しかけてくれる。
それがとても嬉しくて、楽しくて……俺も全部に返事をして、彼女との会話を楽しむ。
(湊さんと話すの、何でこんなにも楽しいのかな……小さな事でも、本当に楽しくて仕方ないや)
「幸村君……?(何だかすっごく見られてる……!?)」
「えっ?」
「どうしたの?……何だか私の顔ずっと見てる気がして……」
「ああ、えっと……ごめんね、湊さんが可愛くて、つい」
「!?(恥ずかしい……!)わ、私なんかよりも魚の方見よう!?」
「見られて恥ずかしい……?」
「だ、だって……!」
「ごめんね?でも湊さんの事も見たいって思うんだ俺」
魚よりも湊さんを見ていたいなあ……なんて思ってたからか、ついずっと彼女の顔を見ていたらしい。
声をかけられてやっと気付く程に、湊さんの事見てたなんて。
俺の言葉に顔をまた赤くして見つめてくるのも可愛いな……なんて思ったりして、俺はもう本当にどうかしてる。
(早くこの気持ちの正体を知りたい)
暫く魚を見てから、イルカショーの前に腹ごしらえをする事にした。
水族館のオリジナルメニューがあるレストランに入ると、湊さんが今日一番テンションが上がった気がした。
うきうきわくわくって顔に書いてあるみたい……それくらい分かりやすくて、思わず小さく吹き出してしまう。
「ふふっ」
「ゆ、幸村君!?(何で急に笑い出したの……!?)」
「だって、メニュー見た湊さんがあまりにも可愛くて……はははっ」
「あ、また笑った……!」
「ごめんね?でも可愛いんだもん、本当……湊さんといると飽きないな」
こんな風に笑ったのは久し振りだなあ……なんて。
自然に笑えるって言うのかな……素の俺を出してもいいんだって、出しても湊さんなら受け入れてくれるって自然に思える。
それにやっぱり今の湊さんは最高に可愛い。
(絶対にそれを選ぶと思ったけどね)
「それ、食べたいの?」
「えっ!……えっと、その……可愛くて、食べたいなって思っちゃった……」
「じゃあ、それにしよう?イルカとかペンギンとかいて可愛いもんね?おまけもついてくるし」
「うん!ここのオリジナルだし、記念に食べたいなって……!美味しそうだし、おまけも可愛い!」
「そうだね、じゃあ俺もそれにしようかな?」
「幸村君も?」
「何だか湊さんと同じものが食べたくて」
「(幸村君はすぐそう言う事言う……!)」
湊さんが選んだのは、イルカ達の形をしたおかずやデザートがプレートに乗った、この店オリジナルのプレート。
何とおまけに小さなマスコットまでついてくるらしい。
お子様ランチの様なそれだが、湊さんと同じものが良くて俺もそれを食べる事にした。
プレートを二つ注文し、席に座り運ばれてくるのを待つ。
湊さんはずっとそわそわしてる……隠してるつもりなんだろうけどバレバレでそれがまた可愛らしい。
俺は自然に綻ぶ表情をそのままに目の前の彼女を見つめた。
「お待たせ致しました。スペシャルプレートでございます」
「わあ……!ありがとうございます!」
「ふふ、写真と同じで可愛いね?」
「本物はもっと可愛い……!」
運ばれてきた料理は写真で見るのと同じで。
湊さんは目の前に置かれたそれにより目をきらきらとさせて嬉しそうに笑っている。
俺はそんな湊さんを見て微笑む。
「おまけのマスコットですが、ランダムとなっております。こちらからお選び下さい」
「えっと……じゃあこれ!」
「俺はそうだな、これにしようかな?」
「ありがとうございます。マスコットにはそれぞれ意味があり、それを記載した紙も一緒に入れてありますので参考にして下さいね」
「そうなんだ……!うわあ、楽しみだなあ」
「では、失礼致します」
店員さんが行った後、湊さんはちらちらと俺の事を見てきた。
どうしたんだろう?
首を傾げた俺に、湊さんはやっと口を開いた。
「幸村君」
「ん?」
「ご飯前なんだけど、その……」
「(ああ、もしかして……)」
「これ、開けてもいいかな……?」
少し上目遣い気味になりながら俺に尋ねる湊さんはまた可愛い。
どうしてもすぐ中を確認したいらしい。
一人で勝手に開けないで、ちゃんと確認を取る所も、彼女の魅力の様な気がして。
ああもう、湊さんはどうしてそういちいち俺の心をくすぐってくるんだろう?
今日一日持つか、不安になって来た。
(だって湊さんの一挙一動全てが可愛過ぎて、俺の心が持つ気がしない)
「ふふ、いいよ」
「本当!?えへへ……よかったあ」
「湊さんが開けるなら俺も開けようかな。実は気になってたんだ」
「幸村君も?同じだね」
「うん、同じ」
同じって言葉だけでも嬉しくなる。
誰かと同じでこんなに嬉しいと思うなんて……今まで感じた事はなかった。
それも、こんな小さな事で。
(湊さんといれば、ずっと幸せだって思える気がする)
あとがき
幸村君がずっと湊さんを可愛い可愛いと言っているお話ですね。
二人とも鈍感なのです。
想定よりかは長くなる、かも……?