04 殴った拳がじんじんと痛む。 家を出てすぐにティーシャツを脱ぎ、それで乱雑に身体を拭き、そのまま通りがかったコンビニのごみ箱に捨てた。 ちょうど朝の通勤時間帯で、すれ違うサラリーマンがぎょっとしてこちらを振り返る。 俺は怒りで頭がいっぱいで、そんなことは気にしていられない。 今まで俺が夢だと思っていたのは全て現実だった。聡の夢は何度も見た。内容ははっきり覚えていないものがほとんどだが、現実では言えないような恥ずかしい事を言った記憶はうっすらとある。あれを俺は現実に聡に向かって口にしていたのだろうか。 そう考えただけで自分でも分かるほどに顔が赤くなった。道端だが、発狂したい衝動に駆られる。 聡が俺に悪戯した理由も分からない。性経験がほぼ皆無な俺をからかうためか、それともただの興味本位か。恐らく前者だろう。だとしても酷すぎる。冗談にしては度が過ぎている。 気づくと俺は隆介の家のアパートの前に立っていた。俺が頼れる相手といえば隆介ぐらいしかいない。 インターホンを押そうとして、ふと気づいた。もし親が出てきたとして、ドアを開けると上半身裸の男が立っていたら怖すぎやしないか。 インターホンの前で逡巡していると、いきなりドアがガチャリと開いた。 一瞬息を飲んだが、中から顔を出したのは隆介だった。 「…何してんだ?お前。……とりあえず入れよ」 怪訝そうな顔で俺をじろじろと見てから、尻込みする俺の手を掴んで、半ば無理やり部屋に引き入れた。 「何で裸なんだよ」 玄関を入ってすぐ横の部屋に導き入れられた。隆介の部屋は前来た時とあまり変わらず、物が多くてごちゃごちゃしてはいるが、整頓されていた。名前は分からないが、壁には隆介の好きな日本人サッカー選手のポスターが貼ってある。 「とりあえずこれ着とけ」 ベッドに座らされ、収納ボックスから取り出したティーシャツを渡された。着終わると、隣に座った隆介に顔を覗き込まれた。 「何があったんだよ。ちゃんと説明してくれ」 「あぁ……」 とは言ったものの、身に起こったことをそのまま話せるような単純な話ではない。 視線をうろうろさせる俺に、隆介はため息を吐く。 「最近元気ないのと何か関係あんの?」 「それはそうなんだけど…」 なかなか口を開かない俺に痺れを切らしたのか、隆介は部屋を出て行った。 一人になったら疲れがどっと押し寄せてきて、ベッドに倒れこむ。怒らせてしまっただろうか。だが、まだ自分でも現状を整理できていない。 深くため息を吐くと、ドアが開いて隆介が帰ってきた。 「これでも飲んどけ」 そう言ってローテーブルに湯気の立ったマグカップを置いた。 ベッドから半身を起こして覗き込むと、ホットミルクが入っていた。 「とりあえず今日は学校休め。先生には俺が言っとくから。親は旅行行っててしばらくいないし、家にある物好きにしていいから」 隆介はそう言いながら、指定のブレザーを羽織る。 「俺は部活の朝練あるから学校行くけど、何かあったらすぐ連絡しろよ。なるべく早く帰って来るから」 「…ありがと」 礼を言うと、閉まるドアの隙間から、隆介が背中越しに手を挙げて応えるのが見えた。 -家庭内密事- -彼の衝動- |