07

 特に考えもなしに街へ出た。横から差す西日が眩しい。一歩足を踏み出すたびに、ザリ、ザリ、とサンダルがコンクリートと擦れる音がする。
 すれ違った誰かと肩がぶつかり、よろめいた拍子に尻もちをついてしまい、チッと舌打ちを返される。当てもなく歩いていたが、いつの間にか駅前の通りに出ていたようで、道行く人の無数の足音が響く。
 立ち上がる気力もない。膝を抱えて俯くと、目の奥がツンとした。どのくらいじっとしていたのだろうか。雑踏のがやがやとした雑音が、思考を放棄した頭を満たす。
「……兄貴?」
 びくりと身体が硬直した。
「…兄貴だよな?」
 最悪の事態を思い浮かべながら、恐る恐る顔を上げると、そこには学校帰りなのか、制服姿の聡が立っていた。
「兄貴!いままでどこ行ってたんだよ!」
 聡は鞄を放り出して屈み込み、俺の肩を掴んで揺さぶる。
「――離せっ!」
 反射的に聡の腕を振り払って、逃げようとしたが、すぐに二の腕を掴まれた。
「離せよっ!」
 腕を振り払おうとするが、聡は俺の腕をがっちりと掴み、びくともしない。
「何で逃げるんだよ」
 悲哀な声で訴えかけてくる聡の顔を見ると、目の下にうっすらとクマが出来ていた。
「これ以上俺を振り回さないでくれ…!」
 必死に腕を振って逃れようとするが、腕を握る力は益々強くなる。
「おい、放してやれよ」
 そこに割って入ったのは隆介だった。突然のことで怯んだ聡の腕から、一瞬力が抜けたのを見逃さずに、隆介は俺から聡を引きはがし、俺を庇うように背に隠す。
「事情はよく知らないけど、暴力はよくないよ、弟くん」
「お前に関係ないだろ。部外者は黙ってろ」
 隆介は温和な表情を浮かべてはいるが、目が笑っていない。対する聡は、高圧的な態度を隠しもしない。低く絞り出された声は、威圧的だ。こんなにも怒っている聡を見たのは初めてかもしれない。
「一旦落ち着いた方がいい。今の君は渡に危害を加えそうだ」
「黙れ。善人ぶるな。兄貴をこっちに渡せ」
 聡は今にも殴りかかりそうな勢いだ。俺は見ていられなくなって、説得しようと口を開きかけた隆介を制する。
「隆介、もういいよ。俺行くから」
「渡…!」
 心配そうに引き留める隆介を安心させるために軽く微笑む。少し引き攣った笑いになってしまったかもしれない。
「ちゃんと二人で話し合うから。ごめんな」
 隆介の横を通り過ぎると、すぐに聡に腕を掴まれ、ぐいぐいと引っ張って行かれた。肩越しに振り返った隆介は追いかけてこようとしたが、俺が目で制すると、納得のいかない顔をしながらも、その場に踏みとどまった。


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-家庭内密事-
-彼の衝動-