04

 店で働き始めてから一カ月ほど経った頃、いつものように出勤すると事務所に店長と桐渕がいた。最近はなぜか店に桐渕がいることが多い。二人は店の監視カメラの録画映像を見つめて、なにやら深刻そうな面持ちで話をしている。
「なに見てんの?」と尋ねると、「お前には関係ない」と桐渕に一蹴される。
 店長は俺がイラっとしたのを敏感に察して、俺が口答えをする前に「レイは準備してきな」と優しく促す。
「…なんだよ、二人して」
 俺はぶつくさと文句を言いながら事務所を出た。


 時々店に現れる桐渕は、店長との用事を済ましたついでに俺を抱く。
 全裸で店のベッドに横たわる俺に、桐渕が千円札を手渡す。
 後で競馬でもしようかなと胸を踊らせながら、「どうも」と軽く言って札を受け取る。
 いつもなら身だしなみを整えたらすぐに出ていく桐渕だが、今日はなぜかすぐには出ていかず、ごろごろしている俺を見つめている。
「なに?」
「お前の客の中に、下藤って男がいるだろ。そいつに何か妙な事言われなかったか?」
「下藤? 誰それ」
 きょとんとする俺を見て、桐渕が苛立って顔を歪ませる。
「チッ、もういい、忘れろ。お前に聞いた俺が馬鹿だった」
「はあ? 自分から聞いといて酷くね?」
 桐渕は聞く耳を持たず、さっさと部屋を出ていった。
「んだよ、あいつ。…まぁいいや、久しぶりに競馬でもしようかな」
 俺は鼻歌交じりにシャワールームへと向かった。


 桐渕に身を売ってようやく稼いだ千円が、一瞬にして溶けてしまった。
 今日は競馬で一発当てて、十倍にする予定だったんだ。なのに結果は惨敗。再び一文無しになってしまった。
 沈む夕陽を浴びながら、路上に蹲って大きくため息をつく。
 ネオンで煌めく繁華街を行き交う目の前の人々が、すごく華やかに見える。あれはホストだろうか。派手なスーツを身にまとい、隣には若い女を連れて歩いている。俺と同じ世界に生きているのに、どうしてこうも違うのだろうか。
 店でも俺を指名する常連客は一向につかない。店長には「見た目はいいのにマグロだから駄目なんだ」と毎回怒られるが、おっさん相手に頑張る気なんて起きやしないし、一銭も貰えない仕事にやる気もくそもない。こんな調子で、借金を返し終わる日は本当に来るのだろうか。
「パチンコ行きてぇなぁ…」
 またあのヤクザに奉仕して金を貰うしかないのか。でも千円しかくれないし、どうにかしてもっと貰えないかなぁ。
 悶々と考えていると、目の前のアスファルトに影が落ちる。
「レイちゃん?」
 源氏名を呼ばれてパッと顔を上げると、額に脂汗を浮かせた小太りのおっさんが立っていた。
「あ? 誰?」
「下藤だよ。覚えてないかな、何度かお店に行ったことがあるんだけど」
「あー、そうなの? 悪いけど覚えてねぇな」
 客の顔なんていちいち覚えていない。どの客も同じ顔に見えるし、わざわざ覚えようとしたこともない。下藤という名前にはなんだか聞き覚えがあるような気がするが、思い出せない。頭を使うのは嫌いだから、すぐに考えるのをやめる。
 絡まれたのがウザくてさっさと立ち去ろうとしたが、「待って」と慌てて下藤に呼び止められる。
「もしかしてレイちゃん、お金に困ってるの?」
「は? なんで?」
「馬券を持って落ち込んでるようだったから、負けちゃったのかなと思って」
「確かに負けたけど…、そんなのお前に関係ねぇだろ」
 負けたことを見透かされたのが恥ずかしくて、少しムッとする。
「もしよかったら儲かる仕事があるんだけど、興味ある?」
「儲かる仕事?」
 俺でも稼げるのかと、興味が湧く。
「レイちゃんにしかできない仕事なんだ」
「どんな仕事?」
「それは後で説明するよ」
「ふーん…」
 俺にできるのなら、多分簡単な仕事なんだろう。
「いくら貰えんの?」
「日給三万円だよ」
「まじで!? めっちゃいいじゃん! やる!」
 破格の金額に、自然と声が弾む。
 三万円あればギャンブルもできるし、女だってホテルに誘える。他にも何をしようか、想像が膨らむ。
「やっぱり、レイちゃんならそう言ってくれると思ったよ」
 そう言って下藤はにっこり笑った。
[V:8193]俺はこれから店の仕事があることも忘れて、下藤の後を足取り軽く着いて行った。


 下藤に連れてこられたのは汚い雑居ビルだった。なんのテナントも入っておらず、ろくに掃除もされていないのか至る所に埃が積もっていて、今は使われていないように見える。
「こんなとこで仕事すんのか?」
「まぁ、いいから付いてきてよ」
 さっさと建物の中へ入っていく下藤の後を追う。錆びついた階段で二階に上がると、そのまま細い廊下を通って一番奥の部屋の扉へと通される。
 会社の事務所に使われるような部屋なのだろうが、事務机などは一切なく、なぜか部屋の真ん中にキングサイズのベッドだけ置いてある。部屋は薄汚いのに、ベッドだけ真っ白の綺麗なシーツがかけられていて、この部屋には不釣り合いだ。
「なにここ?」
 下藤の方を振り向こうとした瞬間、下藤が突然俺をベッドの上につき倒す。
「おわっ! いきなりなにすんだよ、おっさん!」
「お仕事するんだよ。ほら、三万円」
 下藤が放り投げた三枚の万札が、俺の頭上に降り注ぐ。
「はぁ?」
 どこから湧いて出たのか、ベッドの周りにはいつの間にか40〜50代くらいの知らない男が五人も立っている。五人とも白いバスローブを着て、にたにたと下卑た笑いを浮かべている。腹が出ていたり髭が生えていたり、薄汚い男たちだ。
「おい、誰だよ、こいつら」
「今からレイちゃんのお相手をしてくれる人たちだよ」
 そう言うと下藤は俺に馬乗りになって、俺の服を無理矢理剥ぎ取ろうとする。
「おい、なにすんだよ! やめろ!」
 殴ってやろうと突き出した腕は易々と捕まえられて、代わりに顔面に拳をいれられる。口の中に血の味が広がる。
「大人しくしてて。かわいい顔だから、あんまり傷つけたくないんだ」と下藤がいけしゃあしゃあと言う。
 負けじと暴れる俺を男達が抑えつけ、半ば破かれて全ての服を脱がされてしまった。
 そのまま息をつく間もなく頭を掴まれ、俺の顔の真横にある男の股間が、俺の口内に無理矢理突っ込まれる。
「あがっ…!」
「噛んだら殺すからな」
 振り上げた手を掴まれ、両手もそれぞれ周りに群がる別の男の股間を握らされる。
 大の男達に捕まえられ、息をつく間もなく凌辱される。
 全員手慣れているとしか思えない。人間のどこを押さえれば抵抗できなくなるのかを心得ている。
「…っ、ぐ、ぅ…、う…」
「やっぱりレイちゃんはかわいいね」と下藤に耳元で囁かれ、かかる吐息に鳥肌が立つ。
 尻の後ろに冷たいローションをどろどろと垂らされる。
「…っ、お前、やめろっ…!」
 はちきれんばかりに勃起した下藤のペニスを後ろに宛がわれる。
「レイちゃんのアナル、いただきます」
 ろくに慣らされてない後ろにめりめりと硬い棒が挿ってくる。
「…ぐぁ、アっ、…痛ってぇッ」
 後ろでぴりっと裂けた音がする。
「レイちゃんの中、あったかいよぉ」
「…う、ぐぅ…」
 下藤が腰を動かすたびにローションと血が混ざりあって、ぐちゅぐちゅと嫌な音が響く。
「はぁ、かわいい、かわいいね、レイちゃん」
 身体が自分の物じゃないみたいだ。玩具のように弄ばれ、男達の欲望に飲み込まれて穢されていく。
 喉奥にはペニスをがつがつとぶつけられ、そのまま精液をぶちまけられ噎せる。
「…ごほっ、げほっ…!」
 喉にべたべたした精液が張り付いてうまく息ができない。
 噎せながら下を向くといつの間にか両乳首に貼り付けられたピンク色のローターと、萎えきった自分の股間が視界に入った。
「レイちゃんの厭らしい姿、もっと色んな人に見てもらおうね」と下藤にねっとりと耳元で囁かれる。
「…ぇ?」
 涙目で周囲を見渡すとベッドの周りには三脚を使ってカメラが数台取り付けられており、俺に向けてレンズを光らせている。さらに俺に群がる男の一人は、ハンディカムを俺の尻に向けて結合部を撮っている。
 動画を撮って映像を売りさばくつもりなのか。悪趣味にも程がある。
「…ぐ、ぅ…、やめ、ろ…ッ…!」
 男達が入れ替わり立ち替わり俺に挿入し、容赦なく中に精液をぶちまけていく。
「レイちゃん…! 中に出すからねっ…ッ!」
 下藤が俺の中で何度目かの射精をする。
「レイちゃんの中、精液でぐちゃぐちゃだよ。きっと、妊娠しちゃうね」と下藤が愛しそうに俺の下腹を撫でる。
「ぅ…、ぅ…、…」
 下藤のものが出ていくと、すぐに別の男のものが挿入される。ひっきりなしに出し入れされて、もう後ろの感覚がなくなってきた。
 男が腰を振るたびに、中で混ざりあって誰のものかも分からなくなった精液がかきまわされる。身体中も下藤達の精液にまみれてべとべとだ。
「…ぁ、…ぅ、ぅ…」
 終わる気配のない責め苦に耐えかね、だんだんと意識が遠のいていったその時、扉がバァンと大きな音を立てて外れた。
 驚いて下藤達の動きが止まる。
 なんとか意識を保って扉の方を見やると、そこにはなんと桐渕が立っていた。後ろには桐渕の舎弟と店長もいる。
「お前ら、うちの商品になにしてくれんだ」
 桐渕がドスの効いた声を出した瞬間、ベッドにいた男の一人が吹き飛ぶ。そのまま桐渕の舎弟が目にも止まらぬ速さで、他の男達も拳で沈めていく。
「お前が主犯だな」
 舎弟によって床に組み伏せられた下藤に桐渕が詰め寄る。
「ま、待ってくれ…! 動画のデータは削除するから! 助けてくれ…!」下藤が桐渕の足元に縋りつく。
「命乞いか、みっともないな。撮った動画がレイだけなら、まだ命は助けてやったんだが」
 桐渕は床に落ちていたハンディカムを手に取り、中身を確認する。
「この動画」
[V:8193]そう言って桐渕が下藤に見せたハンディカムの画面には、俺とは別の20歳くらいの若い男が下藤ら複数の男たちにレイプされている動画が再生されていた。過去に下藤たちが撮影した動画だろう。
「この子、うちの組長のお孫さんなんだよ」
「…………え?」
 下藤の顔が一瞬で青ざめる。
「お前らが売り捌いてる動画、組み敷かれてる相手が綺麗な顔をした男ばかりだったからな。きっと、レイのことも気に入ると思ってたよ」
「まさか…、僕を見つけるためにレイちゃんを利用したのか?」
「こんな簡単に引っかかるとは思ってなかったがな」
[V:8193]下藤はまんまと桐渕の罠に嵌ったのだ。
「歪んだ性癖を持つことは勝手だが、選ぶ相手を間違えたようだな」
「そんな、…ヤクザの孫だなんて、し、知らなかったんだ!」
「知らなかったで済む問題じゃない。組長は相当お怒りだ。殺される前に、お前には想像もつかない苦痛を与えられるだろうな。早く殺してくれと言っても、きっと一思いには殺してはくれない」
 舎弟が下藤を羽交い絞めにしながら部屋の外へと引きずっていく。
「い、いやだ…! 助けて、助けてくれぇ…!」と叫ぶ下藤の声が、虚しく遠ざかっていく。
 店長が駆け寄ってきて、俺が身を起こすのに肩を貸してくれる。
「ひどい有様だな。大丈夫か?」
「げほっ、うぅ…。ケツが痛ぇ…」
「その怪我じゃあ、しばらく店に出るのは無理そうだな」と店長が俺の顔を見て言う。
 鏡で見なくても、殴られた顔が腫れているのが自分でも分かる。きっと酷い顔になっているのだろう。
 桐渕が床に落ちた万札を拾う。
「ここまでの仕打ちを受けて、報酬はたった三万円か。あんなどうしようもないクソジジイどもに、たった三枚の価値しかないと思われてるんだな」
「はぁ? あんただって、俺のこと千円の価値しかないと思ってるじゃねぇか」
「それはお前の手練手管がなってないからだろう。フェラも騎乗位も下手くそだ。客の相手してりゃあ、少しはうまくなりそうなもんだがな」
「てめぇ…! なにが言いてぇんだよ!」
「どうせ店でもマグロなんだろう。生意気で客にサービスのひとつもしてやらない。そんなんだから指名客がつかないんだよ」
「そ、それは…」図星を突かれてぐうの根も出ない。前にも店長に同じことを言われた「でも下藤がやべぇやつだって分かってて、俺のことを勝手に利用するのは違ぇだろ!」 
「ろくに稼げもしないゴミを利用してやったんだ。お前にはそのくらいしかできないんだから」
「なんだとっ……!」
「人として扱われたいなら、ちゃんと仕事をしろ。お前の男としてのプライドなんて一円の価値もないんだから、そんなくだらないものさっさと捨てちまえ。どんなに気持ち悪い相手でも奉仕するのがプロだ」桐渕は吸っていた煙草を捨てて、靴の裏で揉み消す。「できないなら臓器でも売るか?」
「………確かに、俺は何にもできねぇよ。学校にもろくに行っていないし、まともに働いたこともない。毎日ギャンブルやってストレスを晴らして、どうしようもないクズだって分かってるよ。でも、勝手に人を囮にするヤクザのあんたの方がゴミだろ!」
「おい、レイ」店長が制するが、おかまいなしに続ける。
「いいよ、やってやるよ。キモい客に媚び売って、借金でもなんでも返してやるよ! それでお前に俺がゴミじゃないって認めさせてやるよ!」
「できるなら最初からやれ」
 桐渕が踵を返す。
「あ、おい、その三万返せよ」桐渕の手には三万円が握られたままだ。
「これは今夜、店の仕事をすっぽかした分の罰金だ」
「罰金? 三万も取んのかよ!」
「罰金は五万だ。残りの二万はお前の売り上げから引いておく」
「はぁ? ふざけんなよ! おい!」
 俺の叫びも虚しく、桐渕は三万円を手にしたままさっさと出ていった。
「結局またマイナスかよ!!」
 俺の悲痛の叫びが建物中にこだました。


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