05

 相変わらず仕事は嫌いだが、最低限のサービスってやつを学んだ。
 客の顔と名前を覚える。顔はなんとか覚えられるが、名前を覚えるのには時間がかかってしょうがない。それから、相手とちゃんと会話をする。これは結構得意だ。あとは、相手の反応を見ながら自分も動くこと。これが一番苦手だ。マグロだった時の方が疲れなくて楽だった。
 だがその努力のおかげか、着々と指名客も増えて少しずつだが借金も返せている。
 だが下藤の一件が落ち着いてからというもの、桐渕は店に顔を見せなくなった。下藤を捕らえて、もう店に来る必要がなくなったからだろう。
「店長、桐渕ってどこに住んでんの?」
 閉店後、店の受付カウンターに肘をつきながら店長に話しかける。
「はぁ? そんなの俺が知るわけないだろう」
 店長はそう言いながら、レジの金を数えるのに夢中だ。
「じゃあ、事務所ってどこ?」
「あー、恵比寿のほうだよ。案外、一等地のオフィス街にあるんだとよ」
「そうなんだ…、ありがと」
 パッと席を立つと、店長が顔をあげる。
「もう帰るのか? いつもは飯ねだってくるくせに」
「桐渕に会いに行ってくる」軽くそう言うと、店長が慌てる。
「おいおい、事務所に行くつもりか? 相手にされるわけないだろ、やめとけ」
「ここで待ってても来ないだろ。俺、そろそろギャンブルしないと死にそうなんだよ。そんじゃ、行ってくるわ」
「おい待て、レイ!」
 後ろで店長が喚くのを無視して、さっさと店を出る。
 電車賃も持ち合わせていない俺は、店に停めてあった店長のチャリを勝手に借りて恵比寿へと向かう。途中で通行人に道を尋ねながら漕ぎ続け、30分かかってなんとか桐渕の事務所のビルの前に辿り着いた。
「あー、疲れた![V:8193]足が痛ぇ。なんで電動じゃないんだよ」
[V:8193]自転車を歩道の端に止め、ビルの中を覗き込む。早朝だからか、扉の鍵も閉まっていてまだ誰も来ていないようだ。小綺麗なオフィスで、一見普通の一般企業に見える。ここがヤクザの事務所だとはにわかに信じ難い。
 これは店長から聞いた話だが、桐渕は三年前に29才という異例の若さで若頭になったらしい。こんな一等地に自分の事務所を構えられるぐらい稼いでいるやり手なのだ。
[V:8193]桐渕は何時に来るのだろうか。さすがにノープランすぎたかもしれないと思いながら、扉の前に座り込む。
「ま、そのうち来るか」
[V:8193]このままここで桐渕が来るのを待つことにする。
[V:8193]数時間前まで客の相手をしていたから、瞼が重い。俺は昇っていく朝日を見つめながら、ついうとうとしてしまった。


「――ぃ、おい」
「……ぁ?」
[V:8193]そのまま寝てしまっていたようだ。眠い目をこすりながら顔をあげると、人相の悪い男が俺を睨みつけていた。
「お前、ここで何してる」
[V:8193]桐渕の舎弟だろうか。三人のスーツを着た屈強な男達が俺を取り囲んでいる。
「ここがどこが分かってんのか?」
「知ってるよ、ヤクザの事務所だろ」
「知ってんなら話は早ぇ。さっさと失せろ」
「嫌だよ、俺は桐渕に会いに来たんだ。あいつまだ来ねぇの?」
「てめぇ![V:8193]桐渕さんに何の用だ!」
 桐渕の名前を出した途端に激昂した舎弟が、俺の胸ぐらを掴む。
「俺の事買ってもらいに来ただけだって。いつも買ってくれてんだよ」
[V:8193]今にも殴りかかってきそうな勢いの舎弟に慌てて弁解する。
「買ってもらう…?」
[V:8193]舎弟たちが顔を見合わせて、こそこそと相談を始める。
「もしかしてこいつ、桐渕専務のイロか?」
「専務のイロが男なわけないだろ」
「いや、でも最近ゲイ風俗に通ってるって聞いたぞ」
「美山の店か?」
「馬鹿、あそこは社長の頼みで探り入れてただけだろ」
[V:8193]困惑している舎弟達に「俺は美山店長のとこでボーイやってるレイだよ。いつも桐渕に指名して可愛がってもらってるんだ」と少し嘘を交えて言う。
[V:8193]舎弟達は俺の顔を見てから、また顔を突き合わせて「やっぱり専務のイロじゃねぇのか?」とこそこそ言い合う。そうしてしばらく話し合ってから俺の方を向き直ると、「付いてこい。中で待ってろ」と事務所の中へ促された。
 案外ちょろいなと思いながら、扉をくぐる。


「なんでこいつがここにいるんだ」
[V:8193]出社してきた桐渕が、お茶を飲みながらソファに座っている俺を見て舎弟達を睨みつける。
「茶まで出しやがって…」
[V:8193]舎弟達は身を強張らせ、声を震わせながら答える。
「す、すみません…![V:8193]レイさんが専務の大事な人だとお聞きして、お通ししました」
「こいつが大事なわけないだろ。なにをどう解釈したらそうなるんだ?」
[V:8193]桐渕の額にビキビキと血管が浮かび上がり、舎弟達の顔から血の気が引く。
「す、すみません…!!」と舎弟が全員声を揃えて謝る。
「チッ、もういい。こいつと話があるからお前らは出ていけ」
「は、はいッ!」
[V:8193]舎弟達は勢いよく返事をしてから、一目散に部屋から出ていった。
 桐渕は煙草に火をつけながら、俺とは向かい側のソファに腰掛ける。
「お前、事務所にまで来てどういうつもりだ?」
「いつまで経ってもあんたが店に来ないから、俺の方から行くしかないだろ」
 桐渕はゆったりと煙を吐く。
「そんなに俺に会いたかったのか?」
「そんなわけねぇだろ。でもお前がいないとギャンブルができない」
「そんなことだろうと思ったよ。随分とギャンブルにご執心のようだが、ギャンブルの神様には見放されてるんだな。ずっと負けっぱなしだろう」
「うるせぇな。俺だって勝ったことくらいある」
「借金作っておいて、説得力がないな」
 桐渕はいちいち俺の気に障ることを言う。わざと怒らせたいのかと思う程だ。
「ちゃんと働いて借金は返してるんだから、文句ないだろ。そんなことより早く抱けよ」
「お前はムードってものを知らないのか?」
 桐渕はテーブルの上の高級灰皿で煙草の火を揉み消す。


「…っ、…ぁ、ンぅ…」
「指だけでこんなぐずぐずになって、ちゃんと仕事できてんのか?」
「う、うるせぇ…!」
 桐渕に尻を向ける形でデスクに腕をつき、後ろから桐渕に尻の穴を拡げられる。まだ指しか入っていないのに、俺のものはとろとろと先走りを零している。店ではこんなに乱れないのに、なぜか桐渕を相手にすると身体がいうことをきかなくなる。
「……ぁ、うぁ、ッ…、んぅ…ッ」
 指が中の壁を擦る度に、甘い快感が押し寄せてきて声が漏れる。
「挿れるぞ」
 桐渕の猛ったものがゆっくりと挿ってきて、思わず「――アぁッ」と嬌声がこぼれる。
「チッ、きついな」 
 桐渕はゆるゆると腰を動かす。
「…あぁ、…んぁ…っ、…ァ」
 背中にびりびりと電流のような快感が走る。胎壁が性感帯に変わってしまったのだろうか。擦られる度に、気持ちよくて堪らない。
「…ァ、…んア…っ、はぁ…ッ」
「もうちょっと声を押さえろ」
「…ん、むりッ…、ァ…っ」
 がつがつと腰をぶつけられ、どんどんと高まっていく。
「…ぁ、出るっ、出るッ…! ―――アぁぁッ…!」
 ぱたぱたと精液がデスクに飛び散る。
 桐渕は一度俺の中から出ていく。そして俺をデスクの上で仰向けにさせると、息をつく間もなくまた挿入した。
「…アっ、…むりっ、イったばっかだから…!」
「俺はまだイってないんだよ」
 腰を打ち付けられながら、乳首を吸われる。
「吸うな…ッ、んぁ」
 しばらく吸ってから、やっと胸から顔を離した桐渕が、今度は俺の目を見ながら腰を進める。
「…ッ、見んなよッ…」
 冷酷なその目の奥底に密かに宿る熱を感じてゾッとする。これが恐怖と快感のどちらから来るものなのか分からない。その視線から逃れるように身体を寄せて、桐渕の背中に手を回す。
「…んぁっ、…ぁ、…んぅ…、あ…」
「…少しはサービスできるようになったじゃないか」
「うるせぇッ…! 黙れ…ッ」
「フッ」
 桐渕は鼻で笑うと、俺の感じやすいところを執拗に突き始めた。
「…ぁ、そこ、やめろッ…! アぁっ…、んぅ…ッ」
「随分とかわいく相手できるようになったもんだな」と桐渕がからかうように言う。
「馬鹿にしやがって…っ、…ぁッ」
「中に出すぞ」 
 桐渕が強く腰をぶつけた瞬間、俺の股間が爆ぜた。強い刺激に背中がのけぞり、「アぁぁッ…!」と叫ぶ。後ろが勝手に桐渕の屹立を締め付ける。
「……っ!」
 桐渕も俺の奥で果て、中にどくどくと精液を流し込まれる。
 桐渕のものが後ろからずるりと出ていく。その弱い刺激にも、思わず身が震える。
「…はぁ、…はぁ」
 まだ中に桐渕のものが挿っている感覚がして、身の火照りが収まらない。俺はデスクの上で身を丸めて、自分を落ち着かせる。
 桐渕はさっさとスーツを整え、財布から千円札を取り出してデスクに置く。
「あとの始末は舎弟の玄野にやらせる。お前はさっさと帰れ」そう言って桐渕は部屋を出ていった。
「……ムードないのはそっちだろ」
 しばらくそのまま身体を丸めていると、タオルを抱えた玄野が部屋に入ってきた。
 裸の俺を見ると顔を赤らめ、顔を逸らしながら「どうぞ」とタオルを手渡してくれる。
「どうも。あ、これ、俺の店のタオルより絶対いいやつじゃん。肌触りいいし」
「専務は使う物にもこだわりのある方なので、安いのは使われないんです」
「ふーん、確かに、何か神経質そうだもんな」
 家でも靴下を脱ぎ散らかしたりしなさそうだ。
 タオルで身体を拭いていると、玄野が床に落ちた俺のズボンを拾いながら、「あの…」と気まずそうに声をかけてきた。
「なに?」
「その、レイさんは専務の何なんですか?」
「何って?」
「大事な人じゃないなら、何なのかなぁと思いまして…」
「…さぁ、なんだろうな。俺にも分かんねぇ」
 言われてみれば、桐渕ならわざわざ俺を買わなくったって、タダでヤらせてくれる相手がいくらでもいるはずだ。どうして桐渕は俺のわがままの相手をしているのだろう。


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