06

「レイ、お前に指名入ったぞ」
 店の休憩室でくつろいでいると、店長が俺を呼びに来た。
「いつもの人?」
「いいや、新規の客だ」
「新規で指名するなんて珍しいな」
「とにかく、早く準備しろよ」
「はーい」
 俺は生返事をすると、個室へ向かう。
「キモいおっさんだったらやだなぁ」と呟きながら、バスローブを羽織ってベッドに座って待つ。
 しばらくすると扉が開く。
「やっぱり、雫じゃねぇか」
 源氏名ではなく本名で俺を呼ぶ客の顔を見て、目を見開く。
「お、親父…」
 そこに立っていたのは、俺の実の親父だった。
「なんでここが分かったんだよ」
 俺が15歳の時に家を出てからは一度も会っていなかった。
「この近くを歩いてたら、たまたま雫を見かけたんだ。こんなとこで働いてたんだな」
 十年ぶりに会う親父は昔より白髪としわが増えていた。今はもう50歳を過ぎているだろう。
「今更なにしに来たんだよ。帰れ」
「なんだ、その態度は。俺は金を払ってここに来てんだぞ?」
「お前なんか、客でも相手にするわけねぇだろ。消えろ」
 俺は親父を扉の外に押し出そうとするが、体格のいい親父は年をとっても相変わらず力が強くてびくともしない。
「それが客に対する態度か?」
 俺は胸を強く押され、ベッドの上に尻もちをつく。
「今は男に身体売ってんのか。雫は昔からケツに挿れられるの大好きだもんな」
「そんなわけねぇだろ! 黙れ!」
 親父はそばにあったタオルで俺の両手を背中で縛る。
「雫は縛られるの好きだったろ?」
「うるせぇ! 外せよ…!」
 親父はスラックスの前を寛げると、すでに猛々しく勃起したペニスを取り出す。親父は自分より弱い者を虐げるのが好きだ。昔から嫌がる俺を見て興奮していた。
 逃げようともがくが、親父に強く腰を引き寄せられ、一気に後ろに挿入される。少し前まで他の客の相手をしていたから、俺の後ろは親父の屹立を易々と飲み込んでしまう。
「ぐッ、やめろッ…! 抜けよ…!」
「雫の中、久々だな」
 がつがつと無茶苦茶に中を穿たれる。
 見た目は変わっても、酷くするのが好きなのは変わらない。
「…っ、…ぐっ」
 後ろで縛られた手に体重が乗って痛い。苦痛に顔を歪める俺を見て、胎内で親父のものがぐんっと大きくなる。
「雫の処女を奪ったのは誰か覚えてるか?」
「…ぐ、…うッ…」
 忘れもしない、親父だ。俺は物心ついた頃からずっと、親父の玩具にされていた。抵抗すれば殴られる、地獄のような日々だった。
 親父に腰を振られながら、昔の記憶が蘇る。まだ十歳くらいの俺がぼろい実家の畳の上で親父に犯されている。柔らかい背中に、ささくれだった畳が刺さって痛い。母親は親父に殴られた顔を腫らして部屋の隅に蹲り、耳を塞ぎながら大声で奇妙な歌を歌っている。まるで俺の泣きわめく声を聞きたくないと言わんばかりに。
 そのうち母は家に帰って来なくなり、俺は親父と二人きりの家に置き去りにされた。だからといって、母を恨んではいない。一度も母親らしい事をしてもらったことがないし、いつかは捨てられると分かっていたから、元から期待などしていなかった。
 そうして俺は中学卒業と同時に家を出て、自分の力で地獄から抜け出した。なのに今になってまた目の前に悪魔が舞い降りた。
「やっぱガキの頃の方が悦かったな」と親父が身勝手に腰を振りながらほざく。
「…う、…ぐぇ」
 気分が悪い。母親があの頃に歌っていた奇妙な歌が脳内でわんわんと鳴り響く。胃液が重力に逆らって昇ってきて、とうとう耐えきれずに吐いてしまう。
「ぐぇ…! おぇッ、げほっ…!」ベッドの上に胃液をぶちまける。
「汚ぇな」
 親父は冷めた目で見下し、俺の首に手をかける。ゆっくりと締め上げられ、頭に血が溜まる。
「…ぎ、…ッ…、ァ…ッ」目に涙が滲む。
「やっぱり苦しんでるお前が一番だ」親父は興奮して鼻息を荒くする。
 それから首から手が離れたのと同時に、俺の奥で親父が果てる。胎内に親父の精液が塗り込められる。
「ごほっ、げほっ…!」
 肺に一気に空気が入ってきて、頭がくらくらする。
「雫、けっこう稼いでんだろ? 俺にも分けろよ」
「ふざけんな…! 誰がお前なんかに…!」
「いつまでも反抗的だな。もっと痛くされないと分からないのか? えぇ?」
 親父が俺の耳を引っ張る。
「…っ、離せッ…!」
 耳の付け根からピリッと音がして顎に血が伝う。
 千切れると思った瞬間、扉が勢いよく開き、血相を変えた店長が「お客様!」と叫びながら飛び込んできた。
 店長は急いで親父を俺から引き剥がす。
「暴力はやめてください! そういう店じゃありませんから!」
「チッ、俺が自分の息子に何したって勝手だろう」
「え、息子……?」店長が俺と親父の顔を交互に見る。「…と、とにかく、うちの店では暴力プレイは禁止なので」
 親父は無言で俺を睨む。
「また来るから、金用意しとけよ」そう言って、部屋から出ていった。
「レイ、大丈夫か?」
 店長が俺の傷の具合を診る。
「遅い、もっと早く来てくれよ」
「すまん、気付くのが遅くて…」
 店長は酷い有様になっているベッドを見て顔をしかめる。
「さっきの人、本当にレイの父親なのか?」
「そうだよ。ただのクソ野郎だけどな」
「レイ、どうしてお前は毎回こんな目に……」
 店長が俺の頭を胸に抱き寄せる。温かいぬくもりを感じて、思わず涙が出そうになる。
 とっくに捨てたはずの過去が、いつまでも俺に纏わりついてくる。
 俺は握りしめた拳をベッドに叩きつけた。


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