03

 恐る恐る入り口に眼を向けると、そこには先ほどの鋭い眼が二つ、こちらを見据えていた。
「……ぁ…」
 這うように後ずさるが、すぐに壁に背が付いた。
 狼が、頭をかがめて洞窟の中に入ってくる。俺の全てを覗き込むかのようなその瞳から、目を離せない。
 天井にとまっていたであろう大量のコウモリが、一斉に洞窟の外へ飛び出していく。
 もう俺に逃げ場はない。退路は塞がれてしまった。
 真っ白な巨体が、俺の前に立ちふさがる。
 左右にぱっくりと割れた大きな口には、びっしりと鋭い牙が生えている。そこから覗く、長く分厚い舌が、俺の頬をべろりと舐める。
 全身の身の毛がよだつのと同時に、俺は死を覚悟した。
 これまでの人生が、走馬灯のように甦る。
 そこそこいい大学に行って、そこそこいい企業に就職して、俺はこのまま平凡で寂しい人生を送って死んでいくんだと思っていた。結婚できないことは分かりきっているし、一人で生きていく覚悟も出来ているつもりだった。
 でも、今になって、北折にまだ気持ちを伝えていないことだけが、心残りだった。フラれて、絶交されるのが怖くて、気持ちなんて伝えられなかったけど、人生で一度ぐらい、勇気を出しておけばよかった。…もう今更だけど。
 狼が大きく口を開ける。ギラリと輝く牙が、ゆっくりと近づいてくる。
俺は顔を逸らし、ぎゅっと目を瞑る。
喰われる……!
 だが、俺が身構えていた衝撃はやって来ず、それとは別の衝撃が俺を襲った。
「――えっ!?」


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-家庭内密事-
-彼の衝動-