02

「―――ッ!」
 痛みに顔をしかめながら、上を仰ぎ見ると、そこには見知らぬ男の顔があった。
 30代前後だろうか。にたにたと嗤う男の顎には剃り残したヒゲがあり、伸びた髪はぼさぼさでだらしない。身に着けているジャージの上下のよれよれだ。
 男は俺の耳元でそっと囁く。
「きみ、女の子だよね?なんで男子トイレにいるのかな?」
 男のねっとりとした声に耳元からぞわりと鳥肌が立つ。俺は急いで男の手を口から引き剥がす。
「なんだよ、お前!入ってくんじゃねぇよ、気色悪ぃ!」
 俺は男を押しのけて、出て行こうとするが、男はそれを阻み、後ろ手で扉の鍵を閉めてしまった。
 何なんだ、この男は。一緒の個室に入って来るなんて、どうかしている。
「僕の質問、聞いてた?」
「はぁ?」
「女の子なのに、なんで男子トイレにいるの?」
 気味が悪い。顔に笑顔を張り付けてはいるが、その目の奥は笑っていない。
 得体のしれない恐怖が、じわじわと足元から這い上がってくる。
「お前に関係ねぇだろ。どけよ」
 一刻も早く個室から出たい。
 男を再び押しのけようと腕を伸ばすが、今度はその手を掴まれ、再び壁に押さえつけられる。
「何すんだよ、じじい!」
 掴まれていない方の腕で、男の顔面を殴ろうとするが、こちらも易々と捕えられ、両手を纏めて頭上の壁に押し付けられた。
「離せよ!」
 逃れようと必死にもがくが、男の力は俺よりもはるかに強く、びくともしない。
「きみ、男の子なの?すごく可愛らしいけど、声は男の子だよね?」
「だったらなんだよ。お前に関係ねぇだろ!」
 自分よりも体格が勝る男に意味も分からず拘束されている状況に、本能的に危険を感じる。
 すると急に、男は俺の股に脚を割り入れ、太腿を俺の股間にぐっと押し付けてきた。
「―――なっ!何すんだ、やめろっ!」
「ほら、やっぱり男の子だ」
 男は浮かべる笑みを深くし、太腿をぐりぐりと押し付けてくる。
 強烈な嫌悪感に、全身の毛が一気に総毛立つ。
「やめろよ…!」
 このじじい、まじで頭おかしい…!どういうつもりなんだ、この男…!


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-家庭内密事-
-彼の衝動-