02

「やばい、遅刻だ」
 寝坊してしまい、二限目が始まった頃に登校した浅井は、小走りで教室に向かう。
 昨日、夜中までゲームをしてしまったから、今朝は目覚ましをかけていたにも関わらず、全く起きれなかった。
 もうすでに二限目の授業は始まっているだろう。廊下を急ぐ。
 ちょうど空き教室の前にさしかかったとき、急に目の前で空き教室の扉がガラッと開いた。
「最っ低!」
 そう叫びながら飛び出してきたのは、ブラウスの前をはだけさせた女子生徒だった。
「え…」
 男子高校生には刺激的な光景だ。女子生徒は、すぐそばで驚いて固まっている浅井には一瞥もくれず、泣きながら走り去っていった。あれは確か、美人で有名な三年生の上坂先輩だ。
 駆けていく上坂先輩の背中を呆然と見つめる。
「痛ってぇ…」
 そう呟き、頬をさすりながら、後から出てきたのは、萩原だった。萩原はブレザーを着ておらず、羽織ったワイシャツは前のボタンが全て外されている。
 乱れた服装から、上坂先輩と萩原が何をしていたかを察する。
「あ、ご、ごめん」
 咄嗟に謝ってしまう。赤くなった顔を隠すように俯き、その場から逃げようとすると、急に萩原に腕を掴まれ、空き教室に引きずり込まれた。
「えっ、な、何…」
「シッ」
 閉めた扉に押し付けられ、萩原は口元に人差し指を立てる。
 浅井が口を閉ざすと、廊下をこつこつと誰かが歩いてくる音が聞こえてきた。必要以上に足音を立てて歩いてくるのは、おそらく生活指導の熊沢だろう。
 浅井が熊沢に見つからないように、助けてくれたのだろうか。親しくもないのに、わざわざ助けてくれたことに困惑する。
 萩原と共に気配を忍ばせる。
 浅井が見上げたすぐそこに、萩原の顔がある。芸能人と比べても遜色のないほど、その作りは整っている。だが、今は左の頬が少し赤く腫れている。上坂先輩が泣いていたことから察するに、上坂先輩が怒って叩いたのだろう。
 萩原が近い。服がはだけているからか、少し汗の匂いが混じった、いつもより濃度の高い萩原の香りをダイレクトに吸い込んでしまう。咄嗟に鼻と口を手で覆って息を止めるが、この教室には既に萩原の匂いが充満していて、否が応でも萩原の香りが浅井の肺を満たす。
 廊下に鳴り響く足音が遠ざかっていく。
「熊沢だ。あいつにサボってんの見つかったら、ねちねち説教されて、めんどくせぇからな。お前もサボり?」
「いや、遅刻…」
「そうか。熊沢に見つからなくて良かったな」
「う、うん」
 近い。萩原が近い。
 萩原の香りが肺に充満し、甘いエキスが身体中に染みだしていく。
 浅井はもともと、匂い敏感な体質だが、今まで他人の匂いでこんな風になってしまうことはなかった。それなのに、なぜか萩原にだけ反応してしまう。
「そういえばさっき、上坂先輩見ちゃったよな?言い触らさないでもらえると助かるんだけど」
「うん…、誰にも言わないよ」
 萩原は腫れた頬をさすりながら、ばつが悪そうにしている。友達でもない浅井を熊沢から助けたのは、上坂先輩のことを口止めするためだったのだろう。


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