03

「…浅井?どうした?」
 浅井の異変に気付いたのか、萩原は身をかがめて、浅井の顔を覗き込む。
「な、なんでもない」
 咄嗟に腕で顔を隠す。これ以上近づかないで欲しい。
「おい、大丈夫か?」
 萩原は浅井の顔を見ようと、腕を引き剥がそうとする。
「……ぁ」
 すると腰から下の力が抜け、ずるずるとへたりこんでしまう。
「浅井?」
「大丈夫だから…」
「気分でも悪いのか?」
 浅井は萩原から顔を逸らそうとするが、萩原は明らかに様子のおかしい浅井を心配し、顔を覗き込んでくる。
「おい、浅井」
 顔を覆っていた腕を、無理やり引き剥がされる。
 浅井と目が合った萩原は、驚きに目を見開く。
 浅井の顔は上気し、息は乱れ、目には薄っすらと涙が浮かんでいる。
「あ、浅井…?」
「違うんだ」
「違うって何が…」
 下に視線をずらした萩原が、はっと息を飲む。
 浅井の股間は明らかに、制服のズボンを押し上げている。
「え、何で…?」
 みっともない姿を見られてしまった羞恥に、頭がショートしそうだ。眼尻から涙が溢れる。
「もしかして、俺らの事覗いてた?見てたからそんな事になってんの?」
「違う!見てない」
「じゃあ何で」
 萩原の声に、軽蔑と苛立ちが混じる。萩原からすれば、何も見ていないのに、勝手に興奮している浅井は完全にただの変態だろう。
「に、匂いが」
「匂い?」
 浅井は言いづらそうに、口をもごもごさせてから、ぽつぽつと話し出した。
「萩原の匂いがだめなんだ。萩原の匂いを嗅ぐと、何か…、変な気分になるんだ」
 話せば話すほど墓穴を掘っていくような気がして、誤解を解こうと余計に饒舌になる。
「別に、萩原のことが好きとかじゃないんだ。俺はホモじゃないし、普通に女の子が好きだよ。でも、何故か萩原の匂いに、…おかしくなるんだ」
「…それって、俺のことが好きってことじゃねぇの?」
「違う。…もう、何でこうなるのか、自分でも分からないんだ」
 頭の中がこんがらがってくる。自分の性癖を誰かに話すのは初めてだった。こんな話をして、軽蔑されて嫌われるのは目に見えている。それでも何とか、蔑視されないための言い訳を紡ごうと、口をあわあわさせるが、諦めて口を閉ざす。確実に変態だと思われた。浅井の気持ち悪い性癖が、学校中に広まるのも時間の問題だ。
 浅井は自分がいじめられ、不登校になるところまで想像して、人生の終わりを予感し、絶望感にみまわれる。
「それって、俺の匂いだけ?」
「…うん」
「他のやつらの匂いには何も思わないのに、俺の匂いを嗅いだ時だけ、えっちな気分になるってこと?」
 完全に面白がられている。浅井は変態だと言い触らされて、浅井はもう学校に来られなくなるに違いない。萩原が言えば、現実味のない話でも、信じる人たちは大勢いるだろう。
 萩原は、黙り込んでしまった浅井の顔を掴んで、自分の方を向かせ、無理矢理視線を交錯させる。
「俺だけなのか?」
 浅井の顔はもう涙でぐちゃぐちゃだ。浅井は半ば自暴自棄になり、叫ぶように言い放つ。
「別に好きでなってるわけじゃない!言い触らしたいなら、言い触らせよ!浅井は変態だって!」
「別にそんなことしねぇよ。俺が浅井のことを言い触らすような、最低なやつだと思ってたのか?」
「そ、それは…」
 恐る恐る萩原の顔を見ると、萩原は軽蔑するでもなく、奇異の目で見るでもなく、お気に入りのおもちゃを見つけた子供のような目で浅井を見ていた。


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