15

 ホストクラブからすぐ近くのビジネスホテルに連れ込まれ、ベッドに放られる。
「圭介…、……んッ!」
 覆いかぶさってきた圭介に、唇を塞がれる。歯列を割って入ってきた舌の動きは、荒々しい。怒りをぶつけるようなキスに、俺は圭介にしがみ付くことしか出来ない。
「…ぅん…っ…、圭…、ん……」
 流れ込んでくる怒りが怖い。圭介が圭介でないように感じる。
 しがみ付く手に力がこもる。
 舌を絡めとられ、きつく吸われると、背筋を流れる電流のような刺激に、腰が軽く跳ねる。
 まるで俺を喰おうとしているかのようだ。俺を丸飲みにして、圭介の中に取り込もうとしている。
「…ふぅ…ん、……んん…っ…」
 息を継ぐ間もない。呼吸も、胸も、苦しい。
 飲み下しきれなかった唾液が、口端から溢れ出る。その唾液はもうどちらのものか分からないほどに、ぐちゃぐちゃに混ざっている。
「…ぁ、…は、ぁっ…、はぁっ……」
 ようやく解放されたころには、すっかり息が上がっていた。頬を上気させる俺を、圭介はぎゅっと抱きしめる。
「なに他の男に触らせてんだよ…!」
 圭介は痛いほどに俺を抱きしめる。
 圭介が助けに来てくれなかったら今頃、俺はどうなっていたか分からない。笹部先輩の言いなりになって、昔に逆戻りしていたかもしれない。
 そう考えるとぞっとする。
「圭介…。何で助けに来れたんだ?」
「馬鹿かよ。笹部に対して警戒心なさすぎなんだよ。あいつなら絶対復讐しに来るって分かるだろ」
 圭介には先日、笹部先輩のことを全て話していた。それだけで圭介は笹部先輩の性格を理解したのか。
「兄貴の帰りが遅いから心配になって会社に電話したら、とっくに帰宅したって言われて焦った。笹部に捕まったと思ったんだ。俺の思い過ごしなら良かったのに、本当に捕まってんじゃねぇかよ」
「でも、圭介が来てくれた」
「全然間に合わなかった。兄貴は俺が守るって決めてたのに」
「間に合ってるよ。俺、圭介が来てくれてすげぇ嬉しかった。誰も助けになんか来ないと思ってたから」
 圭介の頭を抱きしめるようにして撫でる。
「でも、どうして俺の居場所が分かったんだ?」
「笹部の勤め先がマーシーだって、言ってただろ。そこしか心当たりなかったから。別の場所じゃなくて良かった」
 圭介は俺以上に、俺の事を考えて行動してくれた。それが堪らなく嬉しい。
「でも、どうしてそこまで…」
「それは……」
 圭介は急に言葉に詰まる。
 圭介は身を起こして、俺の眼を見つめる。逡巡するように揺れ動いていた眼は、やがて俺の眼を強くまっすぐに射抜いた。
「兄貴は俺のものだからだ」
 圭介は、笹部先輩に噛まれて血が固まった俺の首筋を、清めるように唇を落として舐める。
「圭介…っ」
 鎖骨に辿り着いた唇は、そこをきつく吸いあげる。ぴりりとした痛みの後に、赤い痕が残る。
「待てって、圭介……っ」
 圭介の肩を掴んで引き離す。
「圭介は勘違いしてるだけだ」
 一時の感情に流されているだけで、それは俺に向けられるべき感情じゃない。
 男に対してそんな感情を抱いたのが初めてだから、勘違いしているだけだ。
 圭介はこちら側に来るべきじゃない。
 圭介にはちゃんと男として当たり前の人生を歩んでほしい。その時横にいるのは俺じゃない。どこかの女の子だ。その子と結婚して、幸せな家庭が圭介には築くことが出来る。
 俺に出来ないからこそ、圭介に託したい。
「どこかの女の子って誰だよ」
「それは、これから出会う誰かだよ」
 圭介にならすぐに見つけられるだろう。圭介に見合った可愛らしい子を。
「そしたら俺の事なんてすぐ忘れる。そういえば若いとき、馬鹿な勘違いしてたなって笑えるよ」
「…泣きながら言うことかよ」
 言われてから頬を拭うと、雫が付いた。
「圭介の横にいていいのは俺じゃない。俺じゃないんだよ……っ」
 溢れ出る涙が止まらなくて、手で顔を覆う。圭介は俺の手を引き剥がして、まっすぐに目を覗き込む。
「この気持ちは勘違いなんかじゃねぇ。どこの誰とも分からない女じゃ駄目だ。兄貴以上の女なんか世界中どこ探してもいねぇ」
 違う、俺じゃ駄目だ。俺と一緒じゃ、圭介は幸せになれない。
「俺には兄貴じゃなきゃ駄目だ」
 男同士なうえに、実の兄弟だ。不毛でしかない。絶対苦しむに決まってる。それでも俺は……、俺は…。
「圭介…っ、…好きだ……っ」
 圭介に抱きつき、ぶつけるように唇を合わせる。圭介も俺をかき抱き、激しくキスを交わす。
 どんな男にどんな風に抱かれても、俺の孤独は埋まることがなかった。笹部先輩と付き合っていた頃も、どこか虚しさが付き纏っていた。それは身体が満たされても、心が満たされていなかったからだ。その空虚さを埋めようと必死になって、俺はどんどんセックスに夢中になった。でもいくら抱かれてもその穴は埋まらなかった。
 圭介は俺の孤独を満たしてくれる。それは圭介が俺を心から求めていて、俺も同じように圭介を心から求めているからだ。身体だけでは埋まらない空白を、圭介は温かい愛情で満たしてくれる。
 圭介は俺の胸の突起を口に含み、舌先で抉る。
「…ぁあっ…、圭介…っ…、ぁ…」
 もう片方も、指の腹で転がされる。圭介に触られる部分は、過敏なほどに敏感になる。胸への愛撫で、俺のモノはだんだんと首をもたげていく。
 俺も圭介を満たしてあげたい。圭介には孤独であることのどうしようもない寂しさを感じて欲しくない。圭介の隣にいるのは、いつだって俺であって欲しい。他の女じゃ嫌だ。
「圭介…っ、圭介……っ」
 何度も名を呼ぶと、圭介は胸から口を離して、俺の顔を覗き込む。そうして宥めるように俺を額や目元にキスを降らせる。
「俺以外、……抱くな…っ」
「当たり前だろ」
 圭介は嬉しそうにくすりと笑う。
 圭介は俺の先走りを掬って、後ろに塗り付ける。つぷりと指が入ってくる。
「…ぁ…っ…、はっ…、…ん…」
 腸壁が指を飲み込むように蠕動する。圭介の指が前立腺を掠める。その度に腰が揺れて、先端からは蜜が溢れる。
 身体が熱い。圭介に触れられた部分が熱を帯びたように火照る。
 後ろを穿つ指の本数が増やされる。中で三本の指がそれぞれバラバラに動き、予測のつかない動きで俺を翻弄する。見る間に蕩けていく後ろは、もう女のそれと変わらない。
「…はぁ…ッ、…ぁ、圭介…っ…、んぁ…」
 圭介は快感に喘ぐ俺の顔を、恍惚とした表情で見つめる。
「…見んな、っ…」
 快感でぐちゃぐちゃに蕩けきった顔を見られるのが恥ずかしくて、手で顔を覆う。
「ちゃんと見せろ」
 圭介は俺の腕を頭上で一纏めにしてしまう。食い入るように見つめられ、顔が火を噴くように熱くなる。
 俺のモノは完全に勃ち上がり、張りつめている。快感が散する場所を求めて、腰で重く渦巻いている。指が中途半端に前立腺を掠めていくのが、もどかしい。
「圭介…っ」
 耐えきれなくなって、圭介に眼で欲しいとねだる。それでも圭介は指での愛撫をやめようとしない。
「ちゃんと口で言えよ」
「…あ、っ…、んん…」
「どうして欲しい?」
 圭介の指の動きが止まる。俺は自ら快感を追うように腰を揺らす。
「圭介…っ、早く…ぅ」
 腰の動きが止まらない。身体がもっと、もっと、と求めて止まない。自分の手で前を扱きたいが、圭介はそれを許さない。
 指だけじゃ足りない。乾いた砂漠で水を求めるように、絶頂へと誘うあの絶対的な刺激を求める。
「早く…っ、圭介の、ちんこ…、ぶちこめよ…ッ」
 圭介は興奮に息を荒げ、俺の腰を掴むと、自身で一気に俺を貫いた。
「――あああぁぁっ………!」
 最奥を突かれ、俺のモノが弾ける。白濁がぱたぱたと俺の腹を汚す。待ち焦がれていたものをようやく手に入れた嬉しさから、俺の中は歓喜に湧き、圭介を締め付ける。
「…ぐっ」
 圭介は強い締め付けに、低く呻く。
「…あ、あ、あ……っ」
 絶頂に達した感覚がなくならない。精液を全て吐き出した今でも、まだ絶頂にいる。脚がガクガクと震え、背中が反る。
「…あああぁ…っ、ああ…」
 終わらない。頂点に達したまま、一向に降らない。
「兄貴…ッ」
 圭介の声は興奮に染まりきっている。俺の脚を肩に担ぎ、俺を折り曲げるようにする。さらに深まる結合に、俺の中は歓喜に蠕動する。
「兄貴の中っ、絡みついてくる…っ」
 圭介が腰を使い始める。信じられないほど奥まで届く。前立腺への刺激に、頭がおかしくなりそうだ。イったばかりなのに、俺のモノは再び反応を示している。
「…やぁ…、や、けい、すけ…ッ、んぁ…」
 怖いくらいに気持ちいい。頭の中は気持ちいいの文字で埋め尽くされる。
 圭介の背中にしがみつく。
「何が、嫌、なんだよ…っ、気持ちいいん、だろ…っ」
「…や…、むり…、はぁ、ん…ッ…」
 頭の中が真っ白になる。おしっこが出そうな感覚に襲われた瞬間、俺の先端からは透明な液体が勢いよく噴き出た。
「――あ、あ、ああぁぁ…ッ…ッ…!」
 絶頂を通り越して、もう訳が分からない。だらしなく開いた口からは涎が零れ落ちる。眼からは生理的な涙が溢れて止まらない。
 このまま昇天してしまいそうだ。
 俺に強く締め付けられた圭介も、最奥で欲望を爆発させる。どくどくと注ぎ込まれる愛液に、びくびくと身体が震える。
 このまま孕んでしまいたい。
 潮を出し切ると、急に脱力感に襲われる。身体を弛緩させる俺の身体に、圭介がキスの雨を降らせる。
「かわいいよ、兄貴…」
 混濁した意識の中、部屋にはいつまでも自分の喘ぎ声が響いていた。


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