06

「あぁ〜、やっと終わったなぁ」
 隣のデスクで森本が伸びをする。机の上に山積みだった仕事は粗方片付き、ようやく山場を越えた。毎晩のように徹夜続きで疲れ切った身体がぎしぎしと軋む。
「梶井さん、良かったらどうぞ」
 女性社員が缶コーヒーを恥ずかしそうに手渡してくる。
「あぁ、ありがとう」
 優しく微笑むと、彼女は顔を真っ赤にして頭を下げる。
「森本さんも、良かったら」
「おう、ありがとう」
 彼女は森本にも同じ缶コーヒーを手渡すと、逃げる様に走り去っていった。
「俺は完全についでだよなぁ」
 森本がぼやきながらプルトップを開ける。俺も一息吐くためにコーヒーを口に含む。カフェインの苦い味が口いっぱいに広がる。
 あれから仕事の忙しさがピークに達し、数日が経った今もまだ、一度も圭介と顔を合わせていない。まぁ、向こうは俺と顔を合わせたくもないだろうが。
 ずっと仕事続きでさすがの俺も限界だ。
「俺は先に失礼するよ。お疲れ様」
「おぉ、お疲れ」
 周りにも一声かけてから、会社を出る。日はとうに沈んでおり、道行く人も少ない。
 歩きながらあの夜のことを考える。
 圭介と俺の身体の相性は抜群にいい。今までに抱かれたどんな男よりもだ。一度抱かれただけで確信しまうほどに。
 俺は圭介の弱みを握れればそれで良かった。そのためにセックスするのは一度で十分だ。それなのに俺は、あの夜のことが忘れられない。もう一度でいいから抱かれたいと身体が願ってしまう。
 今までこんな事は一度だってなかった。ヤれれば誰でも良かったし、突っ込んで腰振ってくれていれば、誰のちんこでも一緒だった。
 でも今は圭介を欲してしまう。圭介のモノで貫かれている自分を想像するだけで燃えてくる。あの汚物を見るような目で射殺してほしい。後ろがひくひくと引き攣るような感覚に襲われて、一刻も早く自分を慰めたいという欲求が胸のあたりに渦巻く。
 家に着くころにはすっかり呼吸が浅くなり、下半身が既に主張し始めていた。
 玄関で靴を脱ぐのももどかしい。音を立てないようにするのも忘れて、圭介の部屋へと誘われる。
 圭介は案の定すでにベッドの上で寝息を立てている。俺は鞄を床に放り投げ、息も絶え絶えに圭介の布団に潜り込む。
 素早くスラックスとパンツを脱ぎ捨て、圭介のスウェットとパンツを下ろしにかかる。
 目の前に、数日間焦がれ続けていた念願のモノが現れる。俺は期待に胸を高鳴らせてそこに顔を埋める。
「…ふっ…、…んぅ……」
 夢中でしゃぶりつきながら、自分の前を扱く。溢れ出る先走りを掬い、後ろに塗り付ける。つぷりと指を一本挿入していく。早く圭介のモノを受け入れたい。あの快感をもう一度味わいたい。俺の脳内にはこの数日間その事しかなかった。他のことが何も考えられなくなるぐらいに、圭介を欲していた。圭介のモノに舌を絡ませ、育てていく。これが俺の後ろにもうすぐ挿れられるのだと思うだけで、呼吸が荒くなる。
「…んぅ…、………痛ッ!」
 髪の毛を引っ張られて、夢中でしゃぶりついていた口を引き剥がされる。
「てめぇ!何してんだよ!」
 いつの間にか起きた圭介が、怒りに身を任せて、思いっきり俺の髪を引っ張る。
「何って、…フェラだけど?」
 とぼけるように片眉を上げた顔が、頭皮の痛みに引き攣りそうになる。それでもつまらない意地で、痛みを顔に出さないように、余裕の笑みを作る。
 圭介は怒りに顔を引きつらせる。俺を自分のモノからなるべく引き離そうとでもいうように、髪を思いっきり引き上げる。ぶちぶちと、何本か髪の毛が千切れた音がした。
「そういうこと言ってんじゃねぇよ」
 低く唸ると、圭介は俺の首に両手を回して締め上げてきた。
「…おい、…けぃ…ッ……」
 圭介の目は完全に瞳孔が開いている。本当に絞め殺されかねない恐怖が湧いてくる。息が出来ない。頭に血が溜まって、膨張していくのが自分でも分かる。目の前に砂嵐がかかって、意識がどんどん遠のいていく。
 声にならない声をあげる俺を、圭介はいきなり突き飛ばすようにして手を離した。
「かはっ…ッ、…げほっ、げほっ」
 肺が酸素を取り戻そうと、必死に働く。急に血が下がった頭がくらくらする。涙目になりながら圭介を見ると、感情のない目がこちらを覗いていた。
「気持ち悪ぃんだよ。何なんだよお前」
 首を絞められていたにも関わらず、俺のモノは先ほどよりも反応して、すっかり硬くなっていた。圭介は手に絡まった俺の髪の毛を振り払う。パラパラと数本の髪の毛がベッドの上に舞う。
「首絞められて気持ちいいのかよ」
 先ほどは、ほとんど完全に勃ち上がっていた圭介のものは、今はもう完全に萎えてしまっている。
「なぁ、圭介。お前のが欲しいんだよ。お前のじゃなきゃ駄目なんだ」
 わだかまった腰の熱が、ぐずぐずと燻っている。
 懇願するように縋り付く俺を、圭介は虫けらのように扱う。
「弱みを握るためにセックスした次は、自分が気持ち良くなりたいからってだけで弟とセックスするのかよ。とんだご都合主義だな」
「…お前の動画、ネットに上げるけどいいのか?」
 俺の脅迫に、圭介は嘲笑する。
「前と脅しの条件変わってるじゃねぇか。本当にお前には付いて行けねぇよ」
 圭介は呆れたように脱力する。呼吸が落ち着いた俺は、圭介のモノに、そろそろと手を這わせる。
「殺されそうになったのに、まだ欲しいのかよ。救いようがねぇな」
 抵抗する気力もないのか、口を近づける俺を圭介は脱力したように見守る。
 舌や唇で奉仕すると、すっかり萎えていた圭介のモノは再び硬さを取り戻していく。
「どこでそんなの覚えたんだよ、クソが」
 吐き捨てられた言葉に、背筋が震える。もっと蔑んでほしい。この淫乱が、とごみのように扱ってほしい。
「……んんっ!?…うぐッ…」
 俺の心情を知ってか知らずか、圭介は俺の頭をむんずと掴んで、無遠慮に揺さぶり始めた。
「ちゃんとやれよ」
「…ぅぐ……、うぇ…ぁ…ッ…」
 喉奥に圭介の硬いモノがんがん当たって、えずいてしまう。生理的な涙が溢れるが、同時に腰に熱が渦巻いていき、先走りが溢れる。
「集中しろ」
 自分の後ろに持っていこうとした手を制され、圭介への奉仕に加えられる。手で根元を扱きながら、舌で必死に奉仕する。圭介のモノが大きくなればなるほど、俺のモノも反応して硬くなっていく。自分の前を弄りたい衝動に駆られるが、我慢して圭介のモノにむしゃぶりつく。後で思う存分、圭介のちんこを後ろに咥えられると思うと、自慰を自制できた。
 弾けんばかりになったモノから口を離そうとすると、圭介は俺の頭を持って、奥まで咥えさせ、喉に精液を叩き付けた。
「…んんんんッ…、………ぇほっ、ごほっ」
 精液が喉に絡みつき、口内には独特の青臭い苦みが広がる。
 苦しいだけの行為のはずなのに、俺は圭介の精液を飲んだと同時に達してしまっていた。その証拠に布団には染みが出来ている。
 だがこれだけでは物足りない。俺の後ろへの欲求は何も満たされていないのだから。
「圭介…っ」
 熱い吐息と共に圭介に跨ろうとする。
「待て、もう終わりだ」
「え?」
 圭介はティッシュで自分の身体を清めだす。
「おい、ちょっと待てよ、まだ―」
「俺のちんこが欲しかったんだろ?もう十分やっただろうが」
「こんなんで足りるわけねぇだろ」
 不満を訴える俺を無視して、ベッドから降りようとする圭介の腕を掴んで引き留める。だが、圭介の態度は揺るがない。
「セックスさせてくれなんて頼まれた覚えはねぇからな」
 そう言って圭介は呆然とする俺に一瞥もくれずに、乱雑に俺の腕を振り払うと、さっさと部屋を出て行った。
 確かにセックスさせてくれと直接的に言ったわけではないが、雰囲気で分かるだろう。肩すかしを喰らって、急に気持ちが冷めてくる。雰囲気もぶち壊しになった今では、圭介を追いかける気にもならない。
 ふつふつと沸き起こる怒りと、中途半端に腰に溜まった熱を持て余しながら、俺はすごすごと自室に引き返すしか成す術がなかった。


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