08

 相変わらず夜遅くに帰宅して、シャワーを浴びてから、自室にこもる。前のような忙しさはないものの、やはり週末に近づくと疲労が溜まっていく。
 圭介とは顔を合わせても、眼すら合わされない。完全に俺は空気扱いだ。
 それもそのはずだ。実の兄に性処理の道具に使われそうになったんだ。心底嫌いにもなる。圭介の事だ。もう以前の関係には修復できないだろう。
 改めて冷静になると、自分の浅はかさに身悶える。
 家族を失うのが怖いと言っておきながら、圭介を失ってしまった。
 全ては自分を律せなかった俺のせいだ。後先考えずに、一時の欲求に身を任せてしまった。今更どう足掻いても、圭介を俺の人生の中に取り戻すことは叶わない。
 以前から胸に在った空虚な穴が、さらに大きく口を開く。圭介は俺のたった一人の弟だ。俺の中での存在は、思っていたより大きかったのかもしれない。だが今更気づいて後悔しても、もう遅い。
 圭介は、今俺が死んだって何とも思わないだろう。むしろ喜ぶかもしれない。それくらい、俺は疎ましくもなるほどに、性欲に汚らしい兄だ。
 自己嫌悪に浸りそうになる頭を振る。
 時刻は深夜の一時を指している。そろそろ寝ようかと、腰を上げようとした瞬間、勢いよく扉が開いて、圭介が駆け込んできた。
「何だよこれ!」
 いきなり胸倉を掴まれ、急な展開に頭が追いつかない。圭介が怒っていることよりも、圭介の瞳に俺が映っていることに驚く。瞳の中に映る俺は、目を丸くしている。
 もう二度と圭介と話すことはないのだろうと、先ほど考えたばかりなのに、その予想はすぐに裏切られた。
 圭介が勢いよく、俺の眼前に突き付けたのは、スマホの画面の中で喘ぐ俺。駅の公衆トイレで集団に犯されている動画だ。先日、例のサイトにアップしたものだ。今までは自慰動画しかアップしていなかったが、もっと刺激が欲しくなったのだ。
 嬉しさが込みあげてくる。圭介が俺の目を見て、俺に対して怒りをぶつけてくる。たったそれだけのことに、思わず頬が緩んでしまうそうになる。すぐさま顔を引き締めて、惚けたように片眉を上げる。
「…何って、セックス動画だけど?」
「てめぇ…!」
 胸倉を掴んだ圭介の手に力がこもる。
「相手が男なら誰でもいいのかよ!」
「溜まってたんだから仕方ねぇだろ。てか、何でお前が怒ってんだよ」
「……っ」
 圭介は歯ぎしりをして、言葉に詰まる。
 本当は構われて、飛び上がらんばかりに嬉しいのに、そんな自分を見せたくないという変な意地が生まれる。弟より優位に立っていたいという、つまらない兄のプライドが邪魔をするのだ。既に兄の尊厳も何もあったものではないのだが、未だに兄のプライドは健在のようだ。
 思えば圭介は、動画の何が気に喰わないというのか。俺がどこで誰とヤっていようが、圭介には関係ない。圭介はそんなこと、知りたくもないはずだ。
 自嘲的な笑みを浮かべて、挑発的な言葉を吐く。
「俺が誰とヤろうがお前に関係ねぇだろ。それとも何か?そのサイト見てるってことは、男同士に興味でもあんのか?」
 言った瞬間、頬に強烈な痛みを感じ、身体が吹き飛んだ。ベッドの角に脇腹を強打する。
「――痛ッ!…ぅぅ…」
 痛む脇腹を守るように、身体を丸める。
 圭介は痛みに身悶える俺の髪を掴んで、顔を上げさせる。頬の内側が切れていて、口の中に血の味が広がる。
「公衆便所のくせに、調子乗ってんじゃねぇぞ」
 低い声で凄む圭介に、一瞬狼狽えそうになる。
「公衆便所か、いい響きだな」
 痛みに冷や汗をかきつつ、無理矢理身体を起こし、圭介をベッドに押し倒す。馬乗りになり、圭介のスウェットに手をかける。
「俺は誰とでもヤる男だよ。突っ込んでくれる奴なら、誰だって一緒だ。なんなら、お前の便器にだってなれる」
 ぬっと圭介の腕が伸びてきた。殴り飛ばされると思い、咄嗟にきつく目を閉じた俺の予想に反し、圭介は俺の腕を引き、態勢を入れ替えた。
「…ヤられたいのは、兄貴の方だろ」
 掴まれた腕の骨がみしりと音を立てる。
 顔を顰めながら見上げると、圭介のこめかみには青筋が浮かんでいる。
 圭介は俺の下半身から衣服を取り去ると、いきなり後ろに指を差し入れてきた。
「――痛ッ!」
 潤滑剤もなく、慣らしもしていない後ろが、異物感に引き攣ったように痛む。思わず腰をずり上げた拍子に、脇腹に鈍痛が走る。
「圭介っ……、痛ぇんだよ…っ」
 痛みに喘ぐ俺を見て、圭介は無造作に指を引き抜くと、そのまま指を俺の口に突っ込む。
「うぐっ!」
 人差し指と中指の二本の指を、俺の舌に押し付ける。
「舐めろ」
 高圧的な物言いに、背筋が震え、後腔がひくつく。
 こんな状況でも期待してしまう俺の身体は、漂う淫靡さにどうしようもないほどに反応する。
 恐る恐る圭介の指に舌を絡ませる。唾液に濡れた指が口内でぴちゃぴちゃと音を立てる。
「…んっ…、ぅんん…」
 まるでフェラをしているように思えてきて、情欲をそそられる。
 圭介は早くしろと言わんばかりに指を舌に押し付けてくる。
 指が十分濡れたところで、圭介は再び指を俺の後ろに差し入れる。先ほどより痛みはないが、指の形が分かるほどに腸内は窮屈だ。圭介は腸壁を押し広げるようにして、指の本数を増やしていく。乱暴そうに思われたその動きは、探るような手つきで、嫌に丁寧だ。
 指が前立腺を掠めるたびに腰が軽く跳ねるが、絶対的な刺激がないために、熱が重く腰に溜まっていくだけで、じれったさに身を焦がす。
「おい、…圭介っ、もう、いいからっ…、早く…!」
 会陰を伝っていった先走りのおかげもあり、後ろは十分に解れ、濡れた音を立てている。
「…早く、挿れろ……!」
 俺の腰はひとりでに揺れており、これから受け入れるであろうモノを待ちきれないでいる。
 それでも圭介はまだ指を引き抜こうとしない。腰でくすぶる熱を持て余し、自ら刺激を求めようと、腰が大きくくねる。待ちきれなくなった俺は、急かすように圭介の耳を軽く引っ張る。
 圭介は軽く舌打ちをすると、俺の腰を掴んで自身を宛がう。
「…――ぁぁああっ……!」
 凶暴に猛ったモノに、一気に深く貫かれた瞬間、目の前が真っ白になって、早くも達してしまう。脚がびくびくと痙攣し、口端から涎が垂れる。
 だが、息を吐く間もなく圭介が腰を使い始める。
「待て…っ、まだ……ぁっ、…」
 達したばかりで中は敏感になっており、少しの刺激で早くも再び快感の波に飲まれていく。波はすぐに俺を渦の中へ引きずり込む。神経が鋭敏になり、与えられた刺激がシナプスを伝って脳に伝達したころには、全ての信号が快感を示す。
「…やぁ…っ、……んぁッ…」
 圭介は俺の制止にかまわず、腰を振る。浅い所を素早く擦られたかと思うと、いきなり奥まで貫き、奥をゆっくりと往復する。
 止めどなく生まれる快楽が、とどまるところを知らなくて、急に怖くなる。自分がどうなってしまうのか分からない。強すぎる快感に身を震わせることしか出来ない。上ずった声が、きつく唇を噛んでいても、漏れ出てしまう。身体がふわふわと浮いて、現実からどんどん遠のいていくようで怖い。
 咄嗟に圭介の背中に手を回してしがみついていた。圭介の動きが、驚いたように一瞬止まったが、またすぐに律動を再開する。
「…ぁっ、……んっ、ぅ…、けい、すけ…っ」
 圭介の頭を掻き抱いて、力の入らない手で髪をかき混ぜる。
 俺の不安を感じ取ったのか、圭介はなだめる様に俺の頭を撫で、額にそっと唇を押し当てる。そのまま唇は頬を伝って、下へと降りてくる。
「…やめろ、……優しく、すんな…っ」
 圭介の胸を腕で押し返す。絞り出す声が震えてしまう。
 優しくされると調子が狂う。一晩だけ相手をしてきた男達で、キスをしてくる相手は少なかった。性器を直接刺激した方が手っ取り早い。キスなんてしたって、虚しいだけだ。
 もういっそ乱暴に抱いてほしい。俺を罵ればいい。俺のことを公衆便所だと言ったのはお前じゃないか。俺に気遣わずにガンガン突けばいい。なのに、どうして優しくするんだ。
 俺にとってセックスは性欲を満たすだけのものでしかない。だから快感以外に余計な要素はいらない。
 圭介は力に任せて俺の腕を頭上で纏め、唇を合わせてくる。
「…ふぅっ……、…んん、っ……」
 圭介の舌が歯列を割って入り、逃れようとする俺の舌を絡めとる。切れた口内が痛む。だが舌を吸われると、小さな電流が背筋を流れ、腰が小さく跳ねる。痛みすらもが、脳に行きつくまでの間の神経で、快感に取って代わる。舌が絡むたびに、胸に空いた空虚な穴に、快感でない、何か暖かいものが注ぎ込まれていく。
 圭介の指が胸の突起に触れる。親指で捏ねられると、そこはすぐに硬くなる。
「…んぅ…、ぁあ…ッ……」
 気持ち良すぎて怖い。もう嫌だ、逃げたい、そう思うのに、俺の腰は圭介の動きに合わせて蠢いている。
「…圭介…っ、もう、や…ッ…」
 ようやく唇を解いた圭介の顔は嫌悪に歪んでいた。
 嫌なら抱くな。
 そう言ってやりたいのに、開いた口からは、上ずった嬌声しか出てこない。
 俺とのセックスには嫌悪しか湧かないと、その表情は物語っているのに、圭介の手つきは今までのどんな男よりも優しく俺に触れる。俺のことを心底嫌っているはずなのに。
 行動と感情が伴っていない圭介が、何を考えているのか分からない。
 苦しいほどに胸が痛くなる。
 このセックスには脅しが伴っていない。一回目は口封じのため。二回目は俺が欲求を満たすため。じゃあ、三回目は何なんだ。
 このセックスに何の意味がある。圭介に何の得がある。
 圭介のモノが奥を突く度に、背筋が跳ねる。
 苦しそうな顔で抱くな。
 そう思う俺も、感情と身体が一致しない。
「……ぁん…、……ぅッ…ん…」
 腰はひとりでに揺れ、腕は圭介の頭を引き寄せ、唇を重ねる。
 前立腺は休みなく刺激され、生理的な涙が溢れる。
 ごちゃごちゃと考えていた頭はぼーっとしてきて、余計な考えが霧散していく。
 乳首を軽く噛まれ、もう片胸を手で揉むように撫でられる。俺はもっと欲しいと、強請るように胸を突き出す。早く絶頂に達したくて、身体が激しい愛撫を求める。
 だが、気づいた違和感にさっと顔が青ざめる。額に冷や汗が流れ、ふわふわと浮いた感覚から現実に引き戻される。
「……圭介っ…、待…っ、……や、め…っ…」
 急に腰を擦り上げて、圭介から逃れようともがき始めた俺の腰を掴んで、圭介はぐいっと引き戻す。
「イきそうなんだろ?」
 圭介はするりと俺のモノを撫でる。完全に勃起した俺のモノは、ひくひくと震え、浮いた血管が波打つ。
 違う、そうじゃない。
「…本当に…ッ…、やめ…ぁ…っ…」
 圭介を押し返そうとしても、蕩けきった俺の腕にはろくな力も入らない。
 腰の動きを止めてほしい。これ以上は駄目だ。我慢できない。
「…けいす、けッ…、や、っ、…―――ぁああッ……!」
 全身がびくびくと痙攣して、絶頂に達したように感じるが、俺のモノから溢れ出るのは精液ではない。それはすぐにベッドに染みを作り、独特の匂いを放つ。
「…は、っぁ…、はぁっ…」
 止めようとしても止めらない。放尿しながら、快感と羞恥の涙に顔を濡らす。
「…見る、な…っ、…」
 恥も外聞もなく弟の前で醜態を晒してきたが俺でも、おもらしはさすがに羞恥に襲われる。隠れる様に顔を覆った腕を、圭介に引き剥がされる。
 俺の顔は涙やら涎やらでぐずぐずだ。涙で視界が歪んで、覗き込んでくる圭介の表情がぐにゃぐにゃに歪んで分からない。
「クソ…っ」
 俺の中で圭介のモノがぐんと大きくなる。
「…あぁ…、ッ…」
 一層高まる圧迫感に、嬌声が零れる。
 圭介は苦しそうに唸ると、唇をぶつけるように重ねてきた。
「……ッ、…んん…」
 鼻に着く匂いが、自分が仕出かしてしまったことを再認識させる。死にたくなるほどに恥ずかしい。一刻も早くこの場から逃げ出したいのに、がっちりと俺の腰を掴んだ圭介がそれを許さない。
「…はっ、…二十五にもなって、おもらしかよ…っ…」
 嘲るような笑いに、羞恥を掻き立てられる。
 圭介は羞恥と快感でぐずぐずになった俺の腰を掴んで、揺さぶる速度を速める。
「…あぁ…っ、…は…ぁ…ッ…」
「…俺以外と…ヤったら、殺すからな…っ…」
 強く腰を打ち付けらたと同時に、最奥にどくどくと熱を注がれた。


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