10 僕は刑務所に入らなくてもいいらしい。保護観察処分とかいうやつになった。僕にはよく分からないけど、これからも啓兄と一緒にいられるから良かった。 電車の車窓に僕たち二人の顔が反射している。ビルや住宅街が広がっていた風景が、次第に畑や田んぼに変わっていく。 僕らは膝にリュックを抱えて、電車に揺られている。 「啓兄、大丈夫?」 「うん、大丈夫だよ」 リュックを抱きしめる啓兄の手が少し震えている。閉ざされた場所が嫌いな啓兄は、電車に乗るのも嫌いだ。 そっと啓兄の手を握りしめると、啓兄は安心したように微笑み、段々と震えが収まっていくのが分かる。 僕たちはこれから遠い親戚の家に行く。他に身寄りのない僕らには、そこしか行く場所がないんだと啓兄が言っていた。 僕は啓兄と二人だけで暮らしたいと言ったけれど、子供だけじゃ暮らしていけないらしい。 僕にはもう啓兄を守れるほどの力がある。これから一緒に暮らす人が、どんな人たちかは分からないけれど、もし啓兄を傷つけるような真似をしたら、僕は容赦しない。 啓兄の手を握りしめる手に力が入る。 「大人になったら、僕たち二人だけで暮らそうね」 僕は啓兄を傷つけたりは、絶対にしないから。 「うん、そうだな。そうなったら楽しそうだな」 啓兄は嬉しそうに笑う。 「啓兄は、どんな家に住みたい?」 「んー、広い家かな。家の中に風が吹き抜けるような、息苦しくない家」 「分かった。僕、頑張って見つけるから、絶対一緒に暮らそうね。約束だよ」 「うん、約束」 二人で指切りげんまんをする。 しばらくすると、ごーっという音がしてトンネルに入る。耳の奥がぎゅっと押さえつけられるような感覚がする。途端に心配になって啓兄を見たら、啓兄は苦しそうに唇を噛みしめていた。僕は啓兄のつらい思いを少しでも和らげようと、僕は啓兄の背中をさすってあげる。 やがて暗いトンネルを抜け、景色が開ける。すると外には、真っ青な海が広がっていた。 「啓兄!海だ!」 僕は嬉しくなって、すぐさま窓にへばりつく。初めて見る光景に目を奪われる。 海水は太陽の光を反射して、きらきらとした輝きを放つ。海の上にたくさんの金平糖をばら撒いたみたいだ。海がうねるたびに、金平糖がいろんな色に変化したり、大きくなったり小さくなったりする。 「啓兄…、きれいだね」 「うん、本当にきれいだ」 横を見ると、啓兄も目を輝かせて海を見ている。 「毎日こんな景色が見れたら、幸せだろうな」 そう言って啓兄は嬉しそうな笑顔でこちらを振り向いた。 その笑顔は海よりも美しく光り輝き、その目はガラス玉みたいに、純粋に煌いている。 啓兄の方が何倍もきれいだ。漠然とそう思った。 この笑顔をいつまでも見ていたい。 啓兄とずっと一緒にいられたなら。 「きっと幸せだよ」 僕がこの笑顔を守るんだ。 -家庭内密事- -彼の衝動- |