15

 翌朝、俺はベッドで寝息を立てる啓兄を残して家を出る。ぱらぱらと雨が降る中、傘を差し、駅に向かってふらふらと歩き、やがて国道に出る。道路沿いの歩道に一人佇み、車がびゅんびゅん通り過ぎるのをぼーっと眺める。そんな俺を、通りすがりの出勤途中のサラリーマンが不審そうな目で見る。
 この場所は俺が黒川を突き飛ばした場所だ。事故の目撃情報を求める看板が括りつけられた電柱の下には、いくつかの花束が添えられている。ぽつぽつと雨が当たるに伴って、花びらが揺れる。
 俺は啓兄を汚した。
 啓兄は性的な対象にしていいような、そんな存在じゃないのに、俺は自分の欲望を啓兄にぶつけた。
 俺は今まで啓兄を厭らしい目でみる人間を憎悪していたが、それはただの同族嫌悪だったのかもしれない。俺は気づかないうちに、誰よりも啓兄を欲に塗れた目で見ていたんだ。なのにその気持ちに蓋をして、ずっと見ないふりをしていた。心の奥底では、本当は啓兄を汚したくて堪らなかったんだ。
 俺は俺が今まで殺してきたゴミとは比べ物にならないほどに、地に堕ちきった屑だ。俺だけが啓兄の神聖さを理解していると思って、それを理解できない者を駆逐してきた。だが、俺の解釈は間違っていた。
 俺は啓兄を独り占めしたいだけだ。
 神様の慈悲は、俺だけに注がれたい。
 啓兄の隣にいるのは常に俺であって欲しい。だから、啓兄と親しそうに会話する誰かに嫉妬する。啓兄は俺のものであって欲しいから、啓兄に好意を寄せる者が疎ましい。
 俺は自分を制御できない。啓兄を自分の傍に置いておくためだったら、何だってする。誰も殺さないと啓兄と約束したが、本当は守り通す自信なんてない。嫉妬に狂って、きっとまた誰かを傷つける。
 俺は啓兄を守っているつもりで、自分自身を守っていた。啓兄を盗られたくないから、なりふり構わず敵を排除してきた。
 ずっと無垢な啓兄でいて欲しいという思いは、啓兄を守りたいからじゃない。俺の独占欲がぐちゃぐちゃにこじれて生み出した思いだ。俺は純粋で穢れない啓兄を、ずっと穢したかったんだ。他の誰でもない、俺自身の手で。
 車が水たまりを轢いて、飛び散った水滴が俺の脚にかかる。
 啓兄は神様なのに。
 穢していい存在じゃないのに。
 それなのに俺は、どうしようもなく啓兄を汚したい。
 俺は鹿田や黒川たちと何ら変わりない、下賤な生きる価値のない屑だ。
 啓兄を汚す存在はこの世にいてはいけない。
 親父のように啓兄を傷つけるから。
 そんな人間は、滅びるべきだ。
 俺は道路に一歩、足を踏み出した。


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-うみノもくず-
-彼の衝動-