17

 庭は薄っすら雪が積もっている。遥か前方には海が見渡せて、ここからでも、波のさざめきが聞こえる。
 小高い丘の上に建った、この日本家屋は、長年住む人がいなかったために、少々傷んでいる。それでも、開放的で海も見える。俺たちにとっては何不自由ない家だ。傷んでいる箇所は修繕すればいい。
 俺たちは大学を中退した。過去のしがらみを全て捨てて、ここに来た。仕事もないし、お金もない。無謀すぎる行為かもしれないが、俺はここで、一からやり直すつもりだ。
 大家には、兄弟二人で住むと言ったら、まだ若いのに何でこんな辺鄙な場所にと不審がられたが、深くは詮索されなかった。
「周、寒いだろ。中入れよ」
「あぁ」
 障子を開けて居間に入ると、啓兄が炬燵でみかんを剥いている。俺は啓兄が座っている炬燵の一辺と同じ辺に入る。かじかんでいた手先が暖かさにじんと痺れる。
「何で隣に来るんだよ。狭いだろ」
 啓兄は頬を膨らませる。
「いいだろ。暖かいんだから」
「隙間が空いて寒いんだよ」
 啓兄は炬燵カバーを引っ張って、隙間を埋める。そしてまたみかんに向き直って、白い筋を丁寧に取る。俺はそれをじっと眺める。
「なぁ、周」
「なに?」
「駄菓子屋やろうよ」
「なんで駄菓子屋なんだ?」
「昔さ、二人でよく買いに行っただろ。父さんに貰った百円玉握りしめて、なるべくいっぱい買おうって言って、走って行ってただろ」
「懐かしいな」
「だろ?だから俺もさ、子供たちの思い出になるような場所作れたらいいなって思ってさ。いきなり来た部外者が始めても、煙たがられるだけかもしれないけどさ、周となら何とかなると思うんだ。根拠なんてないけど」
「でも俺は子供の相手なんて出来ないぞ」
 子供は苦手だ。わがままで無鉄砲な生き物の扱い方は知らない。
「俺が接客するから大丈夫だよ。周は座ってるだけで多分、万引き防止になるよ」
 啓兄はくすくすと笑う。
「啓兄だけに、やらせるわけにはいかない」
「じゃあ、周は仕入れ担当な」
 啓兄は楽しそうに店の内装や、展開するお菓子の種類について夢を広げる。
 俺は啓兄の手を取って、指を口に含んだが、すぐに吐き出す。
「…苦い」
 爪の間にみかんの皮が挟まっていた。
「そりゃあそうだろ。みかん剥いてたんだから」
 啓兄はしれっとした顔で言って、実を一粒口に放り込む。
 俺も食べようかなと思い、炬燵の上に積まれたみかんに眼を遣ると、啓兄がそっと唇を重ねてきた。啓兄の舌が俺の唇をつつく。俺が薄く唇を開け、啓兄の舌が滑り込むように入ってきたかと思うと、すぐに出て行った。
 舌の上にはみかんの実が一粒残っている。軽く歯を立てると、薄皮が破れて果汁が口の中で弾ける。
「おいしい?」
 啓兄はそう言って、悪戯っぽく笑う。
 俺は炬燵を脇へ押しやって、啓兄を畳に押し倒す。
「寒いよ」
 文句を言う啓兄の唇を塞ぐ。
「すぐに熱いって言わせてやるよ」
「ははっ、変態」
 幸せそうに笑う啓兄の唇を、優しくついばむ。


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