19

 湯船に浸かりながら、啓兄を後ろから抱きしめる。濡れた啓兄の髪から滴った水滴が、水面にぽつぽつと落ちる。
 浴室は温かいが、外はもう真冬だ。舞い降りる雪が小窓にちらつく。
 最近、啓兄の元気がない。考え込むようにぼーっとしている事が多くなった。
 相談してくれればいいのに、俺にはそんなに信用がないのだろうか。
 俺は啓兄を慰めるように、首筋に唇を落とす。
「…なぁ、周」
「なんだ?」
「俺、今すっごい幸せなんだ」
「あぁ、俺もだ」
「でもさ……」
「でも、何だ?」
「…いや、何でもない」
「なんだよ、気になるだろ」
 俺に出来ることなら、啓兄の悩みを解消してあげたい。
 啓兄は逡巡するように、口を開く。
「…俺は、このまま幸せになってもいいのかな」
「何だよ、それ。いいに決まってるだろ」
 俺は今、啓兄と二人で暮らせて、幸せすぎるほどだ。でも、幸せすぎて、逆に不安になる事もあるかもしれない。
 俺は啓兄を安心させるように、髪に口づける。
「…周は黒川たちの事、どう思ってる?」
「どうって、…なんとも思わないけど」
 唐突な質問に戸惑うが、素直に思ったことを答える。
「…そっか」
 啓兄は沈んだ顔をしていて、いつもの優しい微笑が浮かぶことはなかった。


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