04

 一心不乱に走って、家に飛び入る。
「啓兄?どうしたんだよ、その格好」
 玄関で膝に手を付き、肩で息をする俺に、周は目を見開いて、駆け寄ってくる。
「バイト飛び出してきたのか?」
 言われてから、居酒屋のティーシャツのままだったことに気付いた。
「…あ、あぁ」
「何があったんだよ。とりあえず中に入れ」
 周は俺の肩を支えて、ダイニングのソファに座らせてくれた。
「顔、真っ青だぞ。大丈夫か?」
 周が入れてくれた水を一気に飲み干す。
隣に座った周が、背中をさすってくれる。
「大丈夫だよ、ありがとう」
「大丈夫じゃないだろ」
 小刻みに震える手を、目ざとく見つけられる。俺が拳を握りしめて、震えを誤魔化そうとすると、周がそっと手を取って、なだめるようにさすってくれる。
「何があったんだよ。俺でよかったら、話聞くぞ?」
「ごめん。…本当に、大丈夫だから」
 周の気持ちは嬉しいが、さすがに話せる内容じゃない。男に襲われただなんて、人には言えない。男の沽券に関わる。ましてや弟に、言えるはずがない。
 それよりも、今はシャワーを浴びたい。店長に触られた部分が、虫が這っている感触がして気持ち悪い。
 俺はそっと周の手をどけて、そそくさと浴室へ向かった。



    *



 豆電球に切り替えて、ベッドに入る。もちろんドアは開けている。
 早く眠ろうと目を閉じるが、瞼にはまだ店長の顔が焼き付いている。どこにでもいるような、ぱっとしない男の俺が、店長に今までずっと性的な目で見られていたのかと思うと、ぞっとする。
 ぞわぞわするのを押し殺すように、かけ布団を肩口まで上げて、瞼を閉じる。
 何度も寝返りを打つ。
 布団に入ってから、どれくらい経っただろうか。不快な感覚がいつまでも居残って、なかなか眠れない。
 無理矢理眠ろうと、瞼を閉じていると、店長の顔がだんだんと父さんの顔に変化していく。耳元で啓太郎、啓太郎、と父さんが俺の名前を呼ぶ声が聞こえてきて、息苦しくなってくる。
 暗闇に押しつぶされそうな圧迫感に、冷や汗が出る。俺は起き上がって窓を開け、電気を点けた。
 再びベッドに横になると、少し呼吸が楽になった。
 深呼吸をして、気持ちが落ち着いてきたころに目を閉じると、やっと眠りが近づいてきた。
  明るくしないと眠れないなんて、いつぶりだろうか。
 もう父さんはいないのに、俺はいつまでも父さんの恐怖によって、がんじがらめに縛られている。物置に閉じ込められることなんてもうないと分かっているのに、いつまで経ってもあの時の恐怖が抜けない。


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-家庭内密事-
-彼の衝動-