13
「おかえり、オリヴィア」
楽しかったクリスマス休暇も終わり、ベル達よりも一日はやく学校に戻ってくると、寮の談話室で悪戯仕掛人が集まっていてリーマス先輩を筆頭に先輩達が迎えてくれた。
「リーマス先輩!ただいま!」
「わっ!えっと、」
挨拶をしながらリーマス先輩に駆け寄って抱きつくと、先輩はぎこちないながらも抱きとめてくれる。
久しぶりに先輩に会えたことが嬉しくて、驚いている先輩を無視してこっそりとその胸に顔を擦り寄せてから離れた。
たぶん私の顔は真っ赤だけど、そんなのはもう気にしない事にしたのだ。
「ど、どうしたの?オリヴィア」
「ごめんなさい、つい」
「オリヴィア、僕の所にもおいでよ〜」
戸惑う先輩にしれっと返すと、先輩は少し困ったように、でも嬉しそうに笑ってくれる。
隣からジェームズ先輩が両手を広げてウェルカムしてるのに対しては首をふるふると振った。
「なんでさ!」と、ジェームズ先輩は意図に気付いてるはずなのに大袈裟にショックを受けている。
これはクリスマスパーティの時、皆で考えた作戦だ。
既に手紙でジェームズ先輩達には伝えている。
作戦その1、リーマス先輩だけが特別なんだと知ってもらうこと。
「俺には?」
「ぼ、僕は?」
「久しぶりに先輩達に会えて嬉しいです!」
ジェームズ先輩のノリに乗っかってシリウス先輩とピーター先輩までウェルカムしてくれたけど、心の中で感謝しながらまた首を振る。
ちらりとリーマス先輩を盗み見ると、目の前で起こっていることがちょっとよく分からないという顔をしていた。
なんだか仲間はずれにしてるみたいで少しだけ申し訳ない気持ちはあったけれど、作戦通りと笑みを作ってシリウス先輩とピーター先輩を見れば、二人はこっそりと親指を立てる。
せっかく先輩達が協力してくれてるんだと意気込み、
「でも、リーマス先輩に会えたのが、一番嬉しいんです!」
言った。
もうほぼ好きだと伝えるみたいなことを、リーマス先輩の目をしっかり見て言ってやった。
私の告白じみた言葉に、先輩達は緊張感をもってリーマス先輩をじっと見つめ、ピーター先輩の喉がゴクリと鳴り、この場の全員に見つめられたリーマス先輩は「え?」と洩らして背筋を伸ばす。
「えっと、なんだい?僕の顔に何か付いてるかな...?」
そう言ってぺたりと自分の頬を触るリーマス先輩に、私を含めた全員が肩を落とした。
シリウス先輩がやれやれ、と首を振る。
「リーマス先輩、大丈夫です、なんにも付いてないです」
肩を落としながら伝えると、リーマス先輩は「そうかい?」と言ってポケットから出したチョコレートを齧りはじめた。
私は悟った。
ダメだ、全然伝わってない、と。
「...私、部屋に荷物置いてきます...」
とりあえず今日の作戦が終わり、とぼとぼと女子寮に向かって歩くとジェームズ先輩が目で「ほら、言っただろう?」と伝えてくる。
私も頷いて返した。
なるほど、鈍い。
翌朝、帰ってきたベルと双子におかえりと言えば、三人はただいまも言わずに作戦はどうなったと聞いてくる。
私が詳細を話し、しかし全く伝わらなかったと言うと揃って肩を落とした。
「本当に鈍いのね...」
「ね、意外だわ...」
全員でため息をつく。
「よし!次の作戦にいくわよ!」
気を取り直したエリーが叫んだので、私はグッと両手を握りしめて頷いた。
作戦その2、食事の時はリーマス先輩の隣を確保すること。
大広間に着くと、すぐにトライフルを頬張るリーマス先輩を見つけて駆け寄った。
挨拶をしてから隣に座ると、リーマス先輩も挨拶を返してくれて、そして少し考えるようにしてから口を開く。
「オリヴィア、ピーターの隣に座った方が良いんじゃないかな」
「えっ」
隣に座ったのはまずかったのかと軽くショックを受けながら、逆隣に座るピーター先輩を見ると、その向こうではジェームズ先輩やシリウス先輩をはじめとしたクィディッチメンバーが朝食を食べながら話していた。
よかった、嫌なわけじゃなかったんだ、とホッと息をつく。
「いえ、レオ先輩やニール先輩も居ないし、集合もかかってないから大丈夫です」
きっと今の選抜メンバーでの話し合いだろう。
リーマス先輩は昨日みたいに「そうかい?」と言うとまたトライフルを食べ始めたので私もサラダに手を伸ばすと、正面に座っているベルが机の下で私の足をつついた。
分かっている、という意味を込めてベルと目を合わせて頷く。
「あ、あの、リーマス先輩って好きな人とかいるんですか?」
声は若干震えてしまったが、サラダを取り分けながらあくまでも平静を装って聞いてみた。
作戦その3は、恋愛話をしてリーマス先輩に意識してもらうこと、だ。
リーマス先輩はフォークを口に入れたまま目をパチパチとさせてこっちを見ると、戸惑ったように口を開いた。
「え、いないけど、急にどうしたんだい?」
「いっ、いえ、ちょっと気になっただけです」
「そう?」
今好きな人はいないというのが分かって、私は喜んでいいのか悲しんでいいのか分からないまま慌てて返す。
そしてリーマス先輩が楽し気に話を続けたので、今度は私が戸惑う番だった。
「オリヴィアは?」
「え?」
「オリヴィアはいるのかい?好きな人」
まさか本人に向かって、この場で好きな人は貴方ですだなんて言えない。
顔を真っ赤にして言いあぐねている私にリーマス先輩が首を傾げた時、見兼ねたベルが「いますいます!ね、オリヴィア?」と言うので慌てて頷いた。
「そうなんだ、僕も知ってる人?」
「リーマス先輩もよく知ってる人ですよ」
リーマス先輩の視線が私からベルに移ったので息をついて力を抜くと、ベルはこっち見てうっすら笑いながら先輩と会話を続ける。
「ええ?誰だろう。あ、もしかしてカーリー?でも彼は恋人がいたと思うけど...」
名前を出されたカーリー先輩が遠くで顔を上げたのが見えたので焦って「ち、違います!」と首を振った。
「じゃあエドだ」
今度はエド先輩がカーリー先輩の隣で顔を上げた。
そうだろう?と悪戯っぽくこっちを見る先輩に、わたしは泣きたくなって俯く。
全然伝わらないどころか、他の人を好きだと思われるのが悲しかった。
なんて自分勝手なんだろう。
「違います、」
震える声でなんとか返事をすると、リーマス先輩はそんな私の様子に気付いたのか、気遣うように背中を摩ってくれた。
「…どんな人なんだい?」
リーマス先輩が優しい声で聞いてくれるからもっと泣きそうになる。
「…友達想いで、甘いものが大好きで…すっごく優しい先輩です、」
泣かないように目に力を入れながら顔を上げてそう言うと、リーマス先輩は驚いたように目を見開いた。
言ってしまった、伝わってしまったか。
「まさか、」
と思ったら、先輩は目を見開いたままそう呟いてゆっくりと逆隣に座るピーター先輩を見る。
リーマス先輩の鈍さを舐めてた私が馬鹿だった。
「違います!」
ピーター先輩を見た後に勢いよくこっちに振り向いた先輩に向かって怒鳴るように叫んでから大広間を飛び出した。
違うのに、私が好きなのはリーマス先輩なのに、と涙を零しながら走る。
リーマス先輩の中で今の私は、どうやっても自分に対して恋愛感情を持つ対象にはなり得ないらしい。
夢中で飛び込んだ図書室で、声を押し殺して泣いた。
それからどれくらい経っただろう。
気がつけばもうすっかり日が高く登っている。
「…リーマス先輩のばか、」
八つ当たり気味にそう呟いた時、後ろから足音が聞こえた。
カツカツとその存在を証明するような音に、どこの誰かは知らないけど、情けない所を見られてしまったと思って恐る恐る振り向くと、スリザリンの上級生が私の顔を見て歩みを止める。
目があってしまい、反射的に体を縮こめた。
私自身何かされたことはないけれど、いつもジェームズ先輩やシリウス先輩がスリザリン生には気をつけろと言っていたから。
しかし、ハッとしたような表情をしてから近付いてくるスリザリン生の彼は、予想していたよりもずっと優しい声で話しかけてきた。
「…君、どうしたの?」
「え…」
「目が赤い…、泣いていたんですか?」
昨日のリーマス先輩じゃないけど、目の前で起こっていることがちょっとよく分からない。
どうして、スリザリンって嫌なやつばっかりじゃないの?
私の中の常識を覆すように心配してくれているらしいスリザリンの先輩は、白い綺麗な指で私の目元をそっと撫でた。
「ど、どうして、心配してくれるんですか、」
「……」
「私、グリフィンドールです…、貴方は、スリザリン、ですよね」
私がそう言うと、スリザリンの先輩は整った眉をキュッと寄せる。
あれ、今の顔、誰かに似てる…?
「スリザリン生だからって、1人で泣いている女の子の心配をするのはおかしいですか?」
不機嫌そうに言う先輩に、罪悪感に襲われた。
そうだ、スリザリンは嫌なやつばっかりなんて、勝手な私の偏見じゃないか。
「、ごめん、なさい…」
「…」
「…今のは、ただの八つ当たりです、心配してくださってありがとうございます…」
心から申し訳なく感じて、立ち上がって頭を下げると、先輩は少し躊躇ってからぎこちなく私の頭に手を伸ばして撫でてくれたので驚いて下を向いたまま目を見開いた。
初めて会った人なのに、どうしてこんなに優しくしてくれるんだろう。
そしてその撫で方は、なんというか、慣れていない。
だいぶ混乱したまま顔を上げて先輩を見ると、先輩は頭を撫でるという行為を噛み締めているように見える。
「、あの…」
「…ああ、すまない」
姉弟の中で一番年上な事もあって、あまり頭を撫でられ慣れてない私が恥ずかしくなって声をかけると、先輩は名残惜しそうに手を引っ込めた。
「いえ…」
その行動全てに驚きを隠せない私は、悲しんでいた事をすっかり忘れていたみたいだ。
もう一度「すまない、それじゃあ、」と言ってそそくさと踵を返す先輩に向かって慌てて声をかける。
「あ、あのっ、」
声をかけてから、まだ名前も知らないことを思い出した。
なんて言おうか考えてるうちに、先輩が綺麗な形をした口を開く。
「…レギュラス」
「え、」
「僕の名前です」
まさか先輩から名乗ってもらえるとは思わなかった。
「、私は、オリヴィアです、」
「そう。じゃあね、オリヴィア」
私も名乗ると頷いた先輩は、僕と話したことは誰にも言わない方が良いよと付け加えてから今度こそ図書室を出ていく。
「…レギュラス、先輩」
先輩が去っていくのを見送りながら、不思議な先輩だなと思った。
私は撫でられた頭に自分の手を置いて、少しだけ笑う。
先輩と話していたら悲しい気持ちもなくなって、もし自分に兄がいたらあんな感じなのかなと思ったら、なんだか嬉しくなった。
そして最後に言われた言葉を思い出して、いくら優しいといってもやっぱりスリザリン生だし確かに誰にも言わない方が良さそうだと思い、自分だけの秘密が出来たことに胸がホクホクとした時、外からバタバタと足音が聞こえて、目が合って、私の口が「あ」と開く前に向こうが口を開いた。
「オリヴィア!やっと見つけた!」
「よかった!どこ行っちゃったのかと思った!」
そして息を切らして走ってきた双子にタックルされて、そのままの勢いで倒れ込んで床に頭をぶつける。
「ア、アミー、エリー、痛いわ…」
「「心配したんだから!」」
「ほ、本当よっ、もうっ、だ、大丈夫、?」
「ベル、」
足の遅いベルが双子以上に息を切らしていたので、頭をぶつけた私の心配をする前にベルこそ大丈夫かと言おうとした私の言葉は大きな声で遮られた。
「貴女達!ここをどこだと思っているのですか!騒ぐなら出ていきなさい!」
双子の声を聞きつけた図書室の番人、マダム・ピンスに息を整える間もなく四人まとめて外に放り出された。
「「「「……」」」」
廊下に投げ出された私達は揃ってポカンとした後に誰からともなく笑いだす。
なんだか今日はいろいろあったけれど、優しい不思議な先輩と会えて、親友達も心配してくれて、とってもいい日だなと思えた。
自分の勝手な感情を押し付けてしまったリーマス先輩には寮に帰ったら謝ろう。