長いことお世話になった山姥切さんは、私のことが好きだったらしいです。

くまのぬいぐるみに好きな人寝取られたとか意味の分からないことを言い出したかと思えば訳の分からないままタックルされて、そのまま文字通り私の体ごと壁ドンした上で告白されました。

あとファーストキスも奪われました。

これ怒っていいよね?謀反だよね?
了承得てないのに無理矢理とか駄目でしょ絶対。




勿論、山姥切さんからの告白で何かが代わることはない。私が山姥切さんとおつきあいするということもないです。

とりあえず、あーちゃんから貰った大切なぬいぐるみを目でロックオンしている山姥切さんから死守しながら説教タイムに突入した。普段はわりと放置するタイプの審神者なんだけど、今回は私も真剣に話をしました。

無理矢理良くない。相手の承諾ないと駄目。人間の体になってから山姥切さん長いはずなんだけどね。これ言う私の身にもなってほしい。「きちんと相手の承諾を得ないと犯罪です。他の人にやったら即お縄案件」と説明したら「あんた以外にする予定はないから問題ない」とか言うし、話が噛み合わないんだよねえ。どうしてこうなっちゃったんだろう。育て方間違えたかな……。


「そういう話じゃないから」
「そういう話だろう。俺は、あんた以外に興味がない」
「いやまあ、嫌われてなくて嬉しいよ? 特に何をするでもなくずっと私の部屋にいるから、不思議だったんだよね。なんでいるのか分かってやっとすっきりしたとこもある」
「そうか。それは良かった」
「良かった…かなあ…」


本当に何もしないで私の部屋の隅座ってるし、声をかけても返事はするけど話を切り出すわけでもないし。あーちゃんと電話してるとなんかやたら視線感じてたような気もするけど、もう慣れてきたらそういうインテリアみたいな感覚だったんだよ正直。そういうものだと思って、何か理由があるとか全然考えてなかった。


「ちょっともうやめて……狙わないでくまを……」


私と話しながらもくまのぬいぐるみから狙いを外さないなんて、全く油断も隙もない。今度は放り投げられるだけじゃ済まない気がする。


「俺はそのくまが嫌いだ。いつも俺からあんたを奪う」
「奪われてるわけじゃないってば。あーちゃんの代わりとして、私を癒してくれてるだけだよ。可愛いでしょ? ね?」


ぬいぐるみの腕をとって、ふるふると振ってやる。ほらほら可愛いでしょう?ただでさえ可愛いのに、これがあーちゃんから貰ったってだけで、更に無条件で可愛くなるでしょう幸せになるでしょう?

そんな気持ちで見ていたら、山姥切さんは鼻で小馬鹿にするように笑った。そんな笑い方初めて見たんだけど。


「物言わぬ木偶の坊よりも、俺の方があんたを癒せるぞ」


意外と口汚いな。


「張り合わないでよ……山姥切さんにそういうの求めてないし」


困ってため息をついて、背後にくまのぬいぐるみを隠す。とにかくはっきりと話をつけておくべきだと思うので、心を鬼にしてといいたいところなんだけど、もうどこから手をつけていいのか分からん。というのが本音のところで。

嬉しいも困るもなくって、一言でいえば面倒なんだよね。嫌いとかじゃないし、すきといえばすきだけど、恋愛対象にはならない。っていうかさ、刀剣男士をそういう目で見ている審神者ってそもそもやばくない?だからこそっていうか、私はあーちゃんに癒しを求めているんだと思うよ。たぶんね。


「付き合わないよ」
「何故だ?」
「付き合いたいって思ってないから」
「……俺が写しだからか?」
「写し関係ないよ」


余所の審神者の前ではとても言えないけど、正直私写しがどういう意味かもよく分かってないからね。もうそこは本当にどうでもいい。


「山姥切さんとは長いつきあいだから、写しでも写しでなくても関係ないよ。これからもずっとよろしくね? じゃなくて、私がいってるのはさ、ほら、うーん……」


腕を組んで眉間にしわを集中させる。生まれて初めての告白ではあったけど、正直ぬいぐるみ関連のインパクトが凄くてしっくりきてない。だからこそ返事がちょっと難しくもあり……こんなに山姥切さんのことで悩んだのって初めてのことではないだろうか。


「………あーちゃんしか眼中にないから?」


別にあーちゃんが恋愛対象なわけじゃないけど。でも私の脳の70%はあーちゃんのことを考えて過ごしているようなものだ。それは審神者として過ごす中で唯一親密な関わりのある似た年齢の人間っていうのも大きいけれど、純粋にあーちゃんの人となりが今までの人生で関わってきた人の中でも抜群に好きってことが一番の理由。

瞬間、ぴりりとしたものを感じ、私はハッとする。いざというときは本能というものが働くということである。急いで背後にぬいぐるみを避難させた。


「だめだめだめ! ステイステイ! 座って! そこに!」


案の定腰をあげてぬいぐるみに血走った目を向ける山姥切さんに声をかける。大人しく私の声に耳を傾けてくれる素振りはなく、じりじりと距離を縮めようとしてくる山姥切さん私の話全く聞いてないじゃん!


「あーちゃんはいつも俺の邪魔ばかりする……それを寄越してくれ主。熊鍋にしてやる…」
「綿だから! 食べられないって!」
「なら燃やしてやる」
「燃やすのダメ!」


山姥切さんこんなに血の気多かったかな……。今までとはまた違う一面だ。こんなはた迷惑なところがあるとは知らなかったし私がそんな好かれてたってことにもびっくりだよ。好きなら好きってもっとわかりやすくしておいてほしい。部屋に居座るだけじゃわかんないってわかるわけないじゃん。


「……乱暴な人は好きではないかなぁー」


ダメもとでそんなことを口にしてみる。山姥切さんがどの程度私のことが好きなのかは知らないけど、これで少しは大人しくしてくれればいいなあとか、やってること自分でも寒いなって思うけど、効果あったらいいなあくらいの気持ちだ。

……だったのだけれど。


「……!」


ぎくりとしたような素振りをした後、山姥切さんはいそいそと座り直した。足を緩く開いた正座をして、背筋をのばしたまま、控えめな声で私に問いかけてきた。


「――なら、あんたは、どういう奴が好きなんだ」


なんやかんや勢いで被れてなかった布を再度被りながら、視線を下に向けてそうやって聞いてくる山姥切さんは、昔初めて顔を合わせた親戚の子を思いださせた。初めて顔を合わせたとき、照れくさそうにお母さんの足の後ろに隠れて、膝の裏に顔をぐりぐりさせながら私の質問に答える感じ。可愛かったなあ微笑ましかったなあ。

成人男性の見た目でもこの可愛いは通用するんだなあ凄いなあ。
軽く現実逃避をしながら、私は脊髄反射で返事をする。


「あーちゃん」


ああもうこれダメだわ。

ぴたりと、山姥切さんの動きが止まる。あ、やべっと思ったのは一瞬のことでしたが、とはいえ私もそこまで頭がアレではないので、ここから挽回も可能です。


「――優しい人が好きかな」
「あんたはあーちゃんが好きなのか。女が好きなのか?」


はいダメでした。知ってた。


「いやあーちゃんはそういうのじゃないです。ベストフレンドです」
「べす…何だ?」
「最高のお友達です。大好きだけど、結婚したいとかじゃないです」
「結婚したいとかいってなかったか? 嫁にほしいと」
「いうけど本気じゃないっていうか、それくらい好きってだけ。恋愛対象じゃないよ」
「………そうか」


そう答えて、また山姥切さんはもじもじしだす。ひとまずぬいぐるみは死守できたということでいいだろうか。私はほっとして、背後のぬいぐるみを胸に抱きしめた。ところでこの話どこで終着させたらいいの。


「……なら、俺は……どう、だろうか。あんたの恋愛対象になりうるだろうか…?」


ならないです。とは答えられない。かといって無駄に期待を持たせるのも悪いと思う。こういうことはばっさり終わらせて長引かせないに限る。私は思案して、どう答えればいいのか悩み出した。特殊すぎる。相手は血の繋がっていない身内でそもそも人ですらない。大切なのはどうやって断るかだよねえ。


「うーん………山姥切さんをそんな目で見たことないからなんとも……っていうか私のこと好きって知ったのもさっきだからねえ。逆に聞きたいんだけど、山姥切さん何で私のこと好きなの?」


好かれるのはまあ審神者としては本望みたいなとこあるとしてだよ。そこが謎なんだよ。尽くしたりとか一切してないし、正直あんまりかまい倒してもないんだよね。本当何で?仲悪い訳じゃないけど、みんな良い感じの距離感で接してるよ。ほわほわしてる雰囲気の本丸で、何故山姥切さんだけそうなの?

私の質問に山姥切さんは胸のあたりの服を掴んで、汗をとばしながら話し始めた。


「……あんたといると、安心する。見ているだけで幸福感があるんだ。だが、あんたがあーちゃんのことばかり構っていると……おもしろくない。ここが、もやもやする。俺はおかしいのかと兄弟に相談したら、これは恋で間違いないと……」
「なるほど……」


うーん否定するにはちょっと微妙な内容だな。恋にも思えるしただの嫉妬にも思えるな。飼い主が自分以外を可愛がって嫉妬する犬みたいな。もう少し材料がほしいところです。困り顔でそう返した私に、山姥切さんは続けた。


「とにかくアタックあるのみだと言われた。いつ仕掛けようか思っていたが……やっとだ。アタック出来て良かった……下手に逃げられないように、とにかく不意打ちでアタックあるのみだと」
「物理」


言ってないけどあのタックルからの壁ドンサンド背中普通に痛かったよ。痛かったよ。やめてよ物理的にくるやつ。絶対それ物理的な話じゃないし。タックルしてどないすんねんって話。私関西人じゃないけど突っ込みたくなるよ。


「いや多分堀川くんそういう意味で言ったんじゃないと思うんだけど〜」
「いや、山伏の兄弟だ」
「マジで!? 嘘でしょ!? いや言われてみれば確かに……っぽいな」


脳筋という単語が浮かび上がる。ごめん山伏さん。でも山姥切さんの奇行はなるべくしてなったんだなあと思いました。いやこれどうするの本当に収集つかないよ。毎日タックルされたんじゃ身が持たないよ本当に。

もう面倒になってきた。これ普通に断って良いかなあ。結局のところ、これが一番相手を傷つけない方法だと思うんだよねえ。下手にまどろっこしいことなんてしたら、それ結局相手を振り回すだけ振り回して余計に傷をつけちゃうようなものだと思うし。


「残念だけど、山姥切さんとはお付き合いしないです。先にいっておくと写しとか写しじゃないとか関係ないです。そういうところでお付き合いを決めるような人じゃないです」


私の言葉に目に見えて肩を落とす山姥切さん。胃が痛い。背中も痛いし何コレ本当にしんどいものがある。


「……なら、俺に何が足りないというんだ」


今にも崩れ落ちそうな声で聞かれて、私は困り切ってしまった。理由なんてない。そもそも対象じゃないから不満とかない。けどこれ今はお付き合い考えてないとか言ったら、じゃあいつかは、とかならない?下手に期待もたせることにならない?私の自意識過剰かなこれ。


「山姥切さんは山姥切さんだよ。足りないものはないし、ありのままの山姥切さんが、私もすきだよ。恋愛じゃないけど」
「! ……なら、どうすれば恋愛対象になれる?」


ならなくていいです。なんだ、恋に恋してる感じなのかな。
山姥切さんを傷つけずに断る言葉が思いつかなくて、長考した末に、私はもう面倒になってこう答えることにした。


「審神者は主として刀剣男士をまとめる役割があるので、私がもしも山姥切さんと恋人になったら、どうなると思いますか?」
「? ………何か問題があるのか?」
「はい、私が刀剣男士とお付き合いすると私がお縄にされます。逮捕されます」


そう答えたときの山姥切さんの表情たるや。いきなり岩石顔に投げつけられたみたいな表情だった。びっくりして痛いのまだきてないけどなんか痛いことは確信してるみたいな。意味分かんないたとえだろうけど私も言っててちょっと意味分かんない。なんだこれ。


「そうなのか……そんな話は聞いたことがないが……」
「基本的に審神者にしかこういう伝達こないんだよ。むかーし悪い審神者が悪いことを刀剣男士にしたからさあ、そういうとこ厳しいんだよこの仕事」
「そんな……なら、俺は主と恋仲にはなれないのか…」
「そうなんだよ。残念だけど、決まりは決まりだね」


悲恋だなあ。これはこれで後引きそうな終わり方にも思えるけど、まあある意味傷つかない終わり方なのではないだろうか。私はくまのぬいぐるみを抱きしめたまま肩を落とす。

仕方のないことといえ、私の方も気が重い。あーちゃんのドタキャンからのダブルパンチは辛い物がある。


「……わかった……だが……」


長い沈黙の後、ぽたりと、山姥切さんの布の中から滴が落ちた。それが山姥切さんの膝に染みを作り、私の顔から血の気が引いた。おそるおそる、布の中をのぞき込むように体勢を変えると、やっぱりというかなんというか、涙を目にいっぱい浮かべた山姥切さんが目に入った。


「そんな理由で……あんたに好いてもらえないのは、かなしい」


そこまでいって、あふれるようにぽろりと涙が一粒落ちる。それきり、布に包まって顔を隠してしまう。
そのまま無言で、でも必死で堪えるような小さな嗚咽が聞こえてくるので、泣いていることは凄く分かる。分かってしまう。

ぐっと耐えた。ここ乗り切らないとこの先もっと困ることになる。んだけどこれめっちゃしんどい。本当無理泣くとか無理胸が痛い無理。ちょっとなんでこんなことになるの本当にやめてマジでほんとお願いもうやだおなかいたい。


「……すまない。迷惑をかけた」


ぬいぐるみ抱えたまま上半身を右往左往させている私とは目を合わせないように、山姥切さんは立ち上がって、駆け足で部屋を出て行こうとする。非番の日は大体入り浸っていて出て行こうとしなかった私の部屋を、である。本気でショック受けてるやつである。


(泣くのはずるい〜〜〜!)


このまま山姥切さんを外に出してはいけないと思った私は、ぬいぐるみを放り投げ、両手を使って山姥切さんの足を掴む。私の力だけで山姥切さんの歩みを止めることは難しく、三歩ほど畳の上をひきずられたけれど、そうした甲斐があって山姥切さんの足も止まる。


「……?」


鼻をすすりながら不思議そうに私を振り返る山姥切さん。畳に鼻面をぶつけて低い鼻が更に低くなったような気がする私ではあったけれど、そのまま構わず山姥切さんを見上げた。


「……ごめん。嘘。刀剣男士に乱暴しちゃ駄目だって言われてるけど、特に恋愛禁止とかないです……」
「! ……なら、俺と」
「いやそれは嘘じゃないっていうかお付き合い出来ないの変わんないですごめん」
「………」


私は、キッと強い視線を山姥切さんに向けた。


「でも、山姥切さんのことは嫌いじゃないよ! 変な理由出して振り回したくなかったっていうか、とにかく恋愛とか考えてないんだよう。今はお友達と過ごしたいっていうか……じゃあいつかはとか期待させるのも違うし……とにかく山姥切さんが嫌なんじゃないよ!!」


声を張ってそう宣言すれば、ぽかんと目を丸くした山姥切さんが言った。


「! ……友達と……」


妙なところに食いつくなと思いつつ(私が伝えたいのそっちじゃなかった)、山姥切さんはなにやら考え込んだあと、しゃがみこんで、私の肩に手を置いた。赤くなっている目元と鼻が、畳に這っている私の視界にもばっちり入ってきた。


「なら、友達にはなれるか。俺が、あんたの……」
「! なれるなれる! なろう! 山姥切さんそれでいい?」


うわーい丸く収まりそう!

そんな一心で、私は即答する。山姥切さんのいっていることって、つまりはこういうことでしょう?恋人になれないならせめて友達として親しくしたいみたいな、そういうことでしょう?大丈夫大丈夫それなら全然大丈夫!


「……ああ、もちろんだ」


山姥切さんはほんのりと微笑んで、柔らかく目を細めた。
そうして、少しだけ照れくさそうに視線を私よりも下の畳あたりに向けた。


「まずはお友達からということだろう?」
「うん! ……うん?」


ちょっと話噛み合っていないか…?困惑する私を余所に、山姥切さんは口元を緩ませながら続ける。


「そうだな。俺も早急だった。まずはお友達から、いずれは恋仲でよろしく頼む」
「なに? よろしく…? え? なに?」
「あんたの心の準備が出来るまで待つ。お付き合いには順序が大切だと、兄弟も言っていた。何事も、段階は踏むべきだと。まずは友達から始めるべきだった」
「……山伏さんに言われたの?」
「いや、これは堀川の兄弟に」
「堀川くんか、まともなことを言ってくれて…」
「あれであんたは情に弱いから、いざというときは泣けば何かしら譲歩してくれるだろうと。いざというときは泣けと言われた」
「ない! えげつない!」


国広兄弟やり方がちょっとおかしいと思います。邪道では?
そこまで言って、私はハッとした。


「えっ!? じゃあ泣き真似なのそれ??」


うっそだろおいもう何も信じられない。がばっと体を起こして山姥切さんの布をひっぺがすようにして詰め寄った。嘘で終わらせようとした私がいうのもなんだけどこれ人間不信になるレベルでは。ものすごく綺麗に泣いてたんですけど……。何を信じて生きたらいいのってなったらやっぱりあーちゃん信者として生きていこうかなってなるよね。あーあーちゃんに会いたい。

悲壮な表情で山姥切さんに問いかければ、山姥切さんは涙を親指で拭いながら、いいや、と答えた。


「……あんたが好きだから、本当に出てきた」
「っ…――ごめん!」


完敗の構え。私は良心に耐えかねて、その場で土下座した。畳の目がおでこにひっつくぐらいぐりぐりと擦り付けた。しんどい。しんどすぎるこれ。


「主……」


けれど気配からいって、なんとなく、山姥切さんの視線は私には向いていないような気がした。


「くまを放って、俺を引き留めたのか……?」


私に言っているのか独り言なのか微妙なラインの声量でそう呟いて、ふっと笑う気配がした。そうして顔の両側から包み込むように両手で押さえられて、そのまま強引に顔をあげさせられた。いきなりすぎて首とれるかと思った。怒りのあまり首もぐつもりなのかと思った。

そこで目があった山姥切さんはまあ嬉しそうに笑っていた。ちょっと表情変わりすぎて何もいえない。どういう感情で笑ってるのそれ。


「許す」


そう言って、ぷにゅっと唇が押し当てられる。正直首が痛いが先行していたので反応が遅れたけど、これキスじゃないの?冒頭でしこたました説教は山姥切さんの中のどこに消えていったの。私の話聞いてなかった?

私の視線に何か思うところがあったのか、山姥切さんは少し考えた末、なんでもないように続ける。


「…………いずれは恋人になる。だから、別に良いだろう」


いや良くないですけど。

すかさずもう一回かましてこようとした山姥切さんに、私は素早い動きでくるりと一回転して拘束から抜け出した。そしてそのままぬいぐるみを掴んで私至上最速で駆けていく。部屋を飛び出す際に障子を正面から蹴破ってしまったけれど仕方ない律儀に障子の開け閉めとかしてたら捕まるからこれは。

ドタドタと荒い動きで全力疾走で向かう先は国広兄弟である。山姥切さんに要らん入れ知恵をした二人にはちょっと全力で抗議してきます。ちょっとこれもう一人じゃ抱えきれない。

あーちゃんにも言えないよこんなこと。

鍋にされたら叶わないので咄嗟に一緒につれてきたくまのぬいぐるみをしっかりと小脇に抱えたまま、私は人生最速記録の走りを更新していた。











「……やっぱりお前は熊鍋にする」


逃げていく審神者と、審神者に連れて行かれたくまのぬいぐるみを見ながら、山姥切はふくれて呟いた。そして立ち上がると、目に残っていた涙を袖で雑に拭い、歩いていく。
ずっと近くにいたのだから、審神者の行動パターンは読めている。行き先は兄弟の元で間違いない。

使おうと思っていたが必要なかった目薬をきちんとポケットにしまって、山姥切はぐっと拳を握った。そうして、報告するようにこう呟いたのだった。


「――言質はとったぞ、兄弟」


お友達から始めるべき。兄弟の言葉を覚えていて良かった。なんやかんや上手くいきそうだった。



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