はい悲報。あーちゃんが婚約しました。





「主さん、そろそろ泣きやんで下さい。兄弟が可哀想じゃないですか」
「ううっぐ、だっで、だっでぇ…!! あっ、あーぢゃんっ!!」
「もー! いい加減、あーちゃん離れして下さいよ。おめでたいことじゃないですか」


ひんやりと冷やされたタオルを私に差し出しながら、堀川くんが呆れたように言う。気遣いのできたそれは嬉しいけれど、刀剣男士のみんなですら心配を通り越して引くほど泣いていた今の私にはあまり効果はなかった。

あーちゃんとのお出かけでルンルンだった私が帰ってくるなり大号泣したときは、最初はみんな、なんだなんだどうしたと心配してくれてたけど、次第に状況を把握すると「お、おう…」みたいな反応になって一人、また一人と解散していった。大したことじゃなかった!はい解散!みたいなノリだった。

そんな中、私のそばにいてくれたのは堀川くんと山姥切さんだけだった。山伏さんは例の如く山籠もりで不在だけど、多分本丸にいたら一緒にいてくれたと思う。多分。


「でっ、でもっ、あーちゃんがっ……!」


ぐずぐず泣きながらそれだけを言う私に、堀川くんはもっと呆れたような顔をした。心配もしてくれていると思うんだけど、それよりも堀川くんは、牛の鳴き声のような嗚咽をあげて山姥切さんの布に顔を押しつけている私を見かねているんだと思う。今も両手で山姥切さんの布をホールドしているから。


「あーちゃんさんって、箱入りのお嬢様なんでしょう? 小さい頃から刀剣男士に可愛がられて、相手の人も交際を許してもらうのに苦労したって話でしたよね。あそこの歌仙さん、厳しいっていってたのに、よく許して貰えましたね」
「ああ。何でも、歌仙に許可を貰うために、百日通いだの恋文だの、とにかく奮闘したらしい。その熱意を認めて、晴れてお付き合い――からの、婚約だそうだ」


私の代わりに喰い気味で堀川くんに返事をする山姥切さん。声が活き活きとしている。どこからでたのそんな声初めて聞いたけど。


「――めでたい! 相手は中々に骨のある男らしい。主、お祝いは豪勢にしてやろう!」


布を私の涙やら鼻水やら涎やらでぐちゃぐちゃにされているのにも関わらず、山姥切さんはとても満足気であった。


「山姥切さんのばかー!」


普段からあーちゃんを敵視していた山姥切さんは、あーちゃんの婚約が決まったと聞いて、目に見えるほどの喜びようを見せた。膝から崩れ落ちる私の真ん前で高らかにガッツポーズを決めていた山姥切さんは、今にも踊り出さんばかりの勢いである。
あれだけ嫌ってたくまのぬいぐるみにもおめでとうと言ってたかいたかいして和睦していた姿は、なんだか妙に目に焼き付いている。いや本当に微笑ましいけど普段からそれやっててよもう本当に言葉にならない。


「良かったね、兄弟。これで恋敵が円満にいなくなったよ」
「ああ。これで障害は何もない!」
「そうだね! 主さんはモテる方じゃないからね! これでもう安心だね!」
「だな!」


だなじゃないよ秒で頷くのやめて。

なんか色々突っ込みどころあるんだけど、もう突っ込む気力もないです。反論代わりに、泣き唸っていた私は山姥切さんの布を勢いで引っ剥がして、その場でうずくまる。まるでだんごむしである。


「もう…泣いたってしょうがないでしょう? あーちゃんさんが好きなら、お友達なら祝福してあげましょうよ!」
「っ……わかってるし! おめでとうっていったもん!! でも、でもさあ……そういう問題じゃないし!!」


あーちゃんから前はドタキャンしてごめんね?ご馳走するから甘いもの食べにいこ?って言われて日にち決めなおして計画立ててお洒落して髪型も乱ちゃんにセットして貰って加州さんにネイルもお願いしてデコって貰ったし可愛いよって燭台切さんに褒めて貰ったし不満そうにチベットスナギツネみたいな顔してた山姥切さんの横をウキウキで素通りして特別な日になる予感に胸躍らせてたらまさかの婚約発表だったよ。おめでたいことは重々承知の上で、でも、そういう話を聞きたかった訳じゃなかったし、会えなかった分楽しみたかったのに、これから色々とやることが増えるからしばらく会えないかも〜ってそりゃないよって思ったよ。

でも満面の笑みで言ったよ!おめでとうって!自分のことみたいに嬉しい!幸せになってって!その気持ちだって、嘘なんかじゃなかったよ!


「っ……ちょっと、ざびしいだけだもん…!」


ずびずびと泣き続けていた私の肩を抱いて、布と私の顔の間に差し込むように冷たいタオルが入る。堀川くんが持ってきたタオルである。私が受け取らなかったそれを無理矢理押しつけようという算段だろう。抵抗する気力もなく、されるがままの私は大人しくそれを受け入れた。ただし手にはとらなかった。そんな気力はない。


「その寂しさはよく分かる。俺はいつもそうだった。好いた相手をとられてばかりだ」
「だからあ、あーちゃんはそういうんじゃないし…今ほんとそういう話しなくていいよお…」
「同じ事だ。ほら、これで鼻をかめ」


言われて、ほんのちょっとだけ顔をあげる。

そこでやっと気づいた。タオルを押しつけていたのは堀川くんじゃなくて山姥切さんだったみたいだ。山姥切さんはタオルで私の顔を吹いて、今度はちり紙を鼻に当ててきた。山姥切さんに釈然としないものを覚えながら、言われた通りに鼻をかんで、そのゴミを丸めてゴミ箱に放った山姥切さんに何だか思うところがあって、少し落ち着きを取り戻す。


(なにをさせてるんだろ……)


へたりこんでいるといったほうがぴったりな有り様なんだけど、それでも私は座り直した。


「ごめんね、山姥切さん……洗って返すね、布」
「気にするな。アンタになら、いくら汚されても気にならん」
「またそうやって……」


かるく言うよねえ。山姥切さんから告白されてからは、山姥切さんも隠す気がなくなったというか多分それほど隠してもなかったというか、こういう台詞を言うようになっていた。少しなれつつも、そうやって好意を向けられていると面倒に思う反面、ちょっと嬉しい気もするから困ってしまう。言ったら山姥切さん暴走して変な方向にいきそうだから言わないけど。

自然に頭の上に大きな手のひらを乗せてわしわしと撫でられる。その手は温かいけれど、ちょっとへたくそで、された後は手直しが必要になる。要らん知識を入れるよりも、こういうところを堀川くんには指導して頂きたいものです。


「そんなに落ち込むなら、気晴らしにお出かけでも行ってきたらどうですか? あーちゃんさんは忙しくて、どっちにしても会えないんでしょう?」
「えー……」


耳に痛い堀川くんの言葉に、鼻をすすって悲壮感を漂わせながらそうだねえ、どうしようかなあと呟いた私は、熱い視線を山姥切さんから向けられていることに気がついた。聞くまでもなく一緒に行きたいと訴えられているのだ。


「今日はパス。ごろごろする。何もしたくない」
「出不精なんだから…主さんこもってばかりじゃないですかあ」
「これでいいんだよ、私もう動かないもん。寝ます」


座り直してから時間は経っていないのに、ごろんと横になる。呆れたように「仕方ないなあ」と口にして、堀川くんは部屋を出ていった。去り際に山姥切さんに私をよろしくねと言っていたけれど、そこまで心配されるほど今の私はぼろぼろなのかな。


目を閉じて、ぼうっとする。

すると、ぽんぽんと、やけに肉厚なものを叩いているような音がした。目をうっすらと開けて音を追うと、山姥切国広さんの太股が叩かれている音だった。細身だけど筋肉質な山姥切さんの太股である、音の元はこれで間違いない。


「……なに?」
「使って良いぞ。膝を貸してやる」
「えっ……ええー…?」


絶対堅い奴じゃんそれ。嫌だなあと感情を露骨に出したら、失礼なやつめ、と言われて、でも譲る気はないのか、もう一度弾力を感じさせる音を立てながら太股に誘い込もうとする。スパァンって音した。


「膝枕より枕がほしい」
「枕よりも膝の方がいいぞ、ぬくいぞ」
「ぬくさは枕に求めない……」


言いながら、でも、もうどうでもいいかと思う。少しだけ移動して、渋々と膝の上に頭をのせる。かったいな。やっぱり、かたいよこれ。っていうか位置が、位置が高い。枕としてはきっついです正直。

しょうがないと、私は仰向けは諦めて、横向きに寝ることにした。自分の腕を枕にすると、さっきよりもずっと体勢は楽になった。


(でもこれ、なんか泣きついてるみたいでやだなあ……)


いやまあ、実際泣きついてるに近いんだろうけど。そんな風に思っていると、山姥切さんは私の頭をなでなでと繰り返し、やめてという気力もない私はされるがままでいる。実際山姥切さんのスキンシップがやけに増えて、もう気にならなくなったという理由もあるけれど。

物理的にアタックされるよりかはマシだよね。ある意味健全だよ。


「……意外と、面倒見良かったんだね」
「あんたにだけだ」
「…………そっか」


もう何も言わない。下手に突っ込んだら面倒なことになりそう。


「……あーちゃんさあ、幸せそうだった」


あーちゃんの笑顔、可愛かったけど、あんな笑顔なんて見たことなかった。きっとその婚約相手の人のこと、あーちゃん大好きなんだろうなあ。大好きなあーちゃんは何も変わってないのに、なんだか遠くに行ってしまったみたいで、寂しかった。


「おめでたいことなのに、こんな風に泣くなんて、みっともないね」


ぽつりと呟くように続ければ、山姥切さんは何も言わずにくしゃくしゃと、今度は前髪あたりをなでていった。そのせいで自然と視界が広がって、何にも遮られることなく山姥切さんの顔を下から見上げる形になった。布はまだ私が握ったままだから、山姥切さんはいつものように顔を隠すことが出来ずにいて。

そうしてまっすぐと目を合わせた山姥切さんは、そっと私の額に手を当ててて、柔らかな声で告げる。


「それだけ、大切に思っていたんだろう」


たった一言だったけれど、なんだかその言葉が沁みて、じんわりと目尻に涙が浮かんだ。そうしたらタオルでやさしく拭ってくれて、またよしよしとなでてくれる。へたくそだけど、心地いいって思っちゃうのは、私が今弱っているからだろうか。それとも、私が山姥切さんに絆されてしまっているからだろうか。


「……うん」


もうどっちでもいいや。そんな気持ちで、私は山姥切さんに甘えることにした。どうせ放っておいてもいいって言ったところで、多分山姥切さんここ梃子でも動かないと思うし。

正直言うと、もっとなでててほしいって気持ちもある。
山姥切さんが私のこと好きっていって、やたらと甘やかして絆してこようとするから、なんというか慣れたというか、ほんとうになんといったらいいのか。


「――…今日はもうやだけどさ、今度、あーちゃんにお祝いのプレゼント買いにいくから……それで、良かったらだけどさ、一緒に出かける?」


ちょっとだけ、近づいてもいいかもって思っちゃったんだろうなって。
そう言ってみたら、山姥切さんは目を丸くして、少しの間を置いてから、感動したように口を開いた。


「弱ったところを優しくすればいちころだという話は本当だったんだな!」
「そういうの思ってても口にしない方がいいよ」


うーんやっぱり気の迷いかもしれない。



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