休みの日。朝から晩まで何をせずとも支障のない、完全な非番の日。普段ならば少しでも仕事につけていただろう審神者だったが、この日は違った。朝餉を済まし縁側でぽかぽかの陽気に当たっていると、審神者にしては珍しく、体を動かしたくなったのである。


(……外に出てみようか)


特に必要な物はないが、何か買いたいものを探してぶらりとするのもたまには良い。町へは以前加州清光と共に万屋へ行ったきりなので、今度は二度目となる。用事もないけれどのんびり町を歩く。そんな珍しい体験に、審神者はワクワクしていた。









審神者は身なりを整えると、もう一度、荷物の確認をする。といっても、持ち運ぶ物は財布だけ。それも着物の中にしまっているので、手ぶらのようなものである。買い物するのであれば、身軽な方がよい。以前は清光がそばにいて荷物を持ってくれたが、今日は己一人で運ぶ必要があるのだから。手間が増えているにも関わらず、どこかドキドキしてしまう。審神者は門に向かって歩きながら、何を買おうかと思いを馳せる。


(一人で町まで行くのは、初めてだな)


清光に声をかければついてきてくれたかもしれないが、残念なことに、清光はただ今遠征中だ。

買い物が楽しみな反面、清光のいない非番の日に一人でいると、どうにも忘れ物をしてしまっているような感覚がしてしまう。それは、普段から審神者が清光に頼り切ってしまっている証拠だった。


(清光が喜びそうなものがあれば、買っていこう)


だからか、真っ先にそんなことを思う。


(そうだ、爪紅はどうだろう。清光は爪先の手入れに余念がないから)


真っ先に思いついた品を思い浮かべ、それを渡したときの清光の反応を想像する。頬を染めて、喜びにはしゃぐ清光の姿を思い浮かべると、自然と笑みが浮かんできた。爪の手入れなどされていなくとも清光は大切だが、清光が少しでも喜ぶのならば、そのための道具だってすすんで贈りたい。


「主さーん!」


そんな時だった。門の近くにまで来たとき、背後から呼ばれ、審神者は足を止めた。そうして声の方角を見ると、己に手を振っている堀川国広の姿が目に入る。竹箒で庭を掃除していた堀川は、ぱたぱたと早足でかけよってきた。


「お出かけですか? 主さんが一人だなんて、珍しいですね」
「ああ。今日はなんとなく、出かけたくなったんだ」
「加州さんは一緒じゃ――……あっ、そういえば遠征中でしたね」


こくりと頷いてみせれば、堀川は俯いて、ぶつぶつと呟いた。


「ふぅん。じゃあ、今日は主さんは一人なんだ……確か兼さんも今日は……」


そしてぱっと顔を上げて、堀川はにっこりと審神者に笑ってみせた。


「掃除、もうそろそろ終わるんです。僕もご一緒していいですか?」
「ああ、構わないよ。おいで」


そうして告げられた申し出も、断る理由はない。一人で向かうつもりだったが、堀川と一緒に行くのもそれはそれで良いものだ。審神者は頷いて、そう答える。「やったあ」と呟いて、堀川はまた早足で本丸に向かっていく。


「僕、準備してきますねー!」


そう残された声に、審神者は緩く手を振って応えた。






そうしてのんびりと待っていた審神者は、本丸から出てきた二人に気がついた。また緩く手を振ると、審神者に気づいた二人も、手をあげてそれに応えてくれる。大きく手を振るのは堀川。そして小さな動きで気軽に手を挙げたのは、和泉守兼定である。


「兼さんも誘っちゃいました。いいですよね?」
「ああ。構わないよ。大勢の方が賑やかで良い」
「主さんならそう言うだろうと思ってました」


堀川国広を呼べば和泉守兼定も来る。そんな予感はとっくに感じていた。仕える主が同じだったからだろう、二人はとても仲が良い。和泉守は審神者よりも高い目線から見下ろして、上げた手をそのまま審神者の頭の上に置いた。


「よう主! オレも一緒に行くぜ。荷物持ちしてやるから、なんか美味いもんでも食わせてくれよな」


がっしがっしと頭を撫でながら、開口早々無礼講である。和泉守らしいと審神者は目を細め、ふっと微笑んだ。


「いいよ。食べたい物があったらいいなさい」
「さっすが主! 話がわかるじゃねえか」


にいっと白い歯を覗かせる和泉守は、審神者を置いていきそうな足取りで門に向かって歩いていく。そうでなくとも一歩が大きい和泉守である。置いて行かれないようにと早足で続こうとする審神者に、堀川が両手をわきわきさせた。


「主さん、ちょっと御髪を整えましょう」


言われ、己の頭の上に手をやる。触れてみれば、確かに乱れているような感触がした。


「目立つか?」
「目立ちます」
「……頼む」
「はい。少し、屈んで下さい」


審神者は堀川にしたがい、膝を曲げて中腰になった。堀川は遠慮なく審神者の髪に触れ、優しいけれどきびきびとした動きで乱れを直していく。鏡で確認せずともそれが分かった審神者は、世話焼きな堀川に感心する。


「はい、直りましたよ」
「ありがとう。堀川」
「どういたしまして」


にっこりと笑い、スマートに対応する堀川は、やけに大人びている。和泉守のように頭を撫でられたことも、こうして髪の乱れを直して貰ったこともない審神者は、まるで己が幼子のように接されているような気がした。


「おせーぞお前等!」


先の場所で審神者達に叫んだ和泉守に、少し焦りをみせたようで、それでい手慣れているような声で堀川が声をあげる。


「ごめんね兼さん! 今行くからねー!」


そう言って、堀川は審神者に手を差し出した。己に向けられた手のひらの意図を察した審神者は、だからこそ、躊躇してしまう。
ただ手を繋ぎたい、といった風ではない。堀川の手は、迷子にならないように繋げなければいけないのだと、そういった意味合いを含んでいた。


「? 主さん、さあ」


その手を審神者が取らないことが不思議とでもいいたそうな素振りだった。審神者は更に迷ったあげく、結局、堀川の手にそっと己の手を乗せる。すると、手と手が触れた瞬間に堀川は審神者の手をぎゅっと握って、手を引いていった。


(子供扱いされてしまうとは……)


それにペースを合わせながら、審神者はなんとも妙な居心地でいた。







「ところで、主さんは何を買いに来たんですか?」


道中。審神者の手を引いたまま、堀川はそう問いかける。少し前を歩いていた和泉守も後ろを振り向きながら審神者の返事を待っている。


「決めてないんだ。良いものがあったら、とは思っているけれど。でもそうだな……爪紅で良いものがあれば、買いたいかな」


そう言えば、堀川も和泉守も、やっぱりなという顔をする。


「アンタら本当仲良いよな」
「やっぱり、恋仲なんですか?」


そう言われ、審神者は首を傾げた。大真面目な顔をした二人の言葉が、己の中でうまく消化されなかったのである。


「恋仲……?」


辛うじてそれだけを繰り返せば、堀川も和泉守も、お互いの顔を見合わせてから審神者をみる。


「加州さんとですよ。二人はとても親しいから、てっきりそういう関係なのだと……」
「……清光とか?」
「違うんですか?」
「まさか。清光は、近侍として、ずっと支えてくれていたから……感謝の気持ちとして渡したいだけだよ」


否定をしてみせれば、堀川は眉を上げて怪訝そうな顔をする。審神者は否定しているが実際のところは……と、探っているような視線だった。


「だとしてもだ。加州の方は、主をそんな風に見てると思うけどな」
「そんなことはないよ」
「いいや。あれは間違いなく主に惚れてるな」
「和泉守」
「なんだよ。本当のことだろ?」


からかっているだけならばともかく、二人ともやけに真剣な表情を浮かべている。否定はするが、いまいち真面目に受け取って貰えないことに困った審神者は、眉間にしわを寄せてしまう。


「私は審神者なのだから、刀剣に色恋の感情は持たないよ。お前達も、私をそんな対象にはしないだろう?」


どう納得してもらえばいいのか分からず、そんな言葉を出す物の、二人は渋い表情を引っ込めない。


「まあ、それはそうですけど……」
「オレ達がそうでも、加州は違うだろ。だよな、国広」
「うん。僕もそう思うよ」

「清光がそう言ったのならともかく、そうでないのなら、その手の噂を本丸に広めてはいけないよ」


これ以上この話が続くのは困る。そう言って、審神者はこれでこの話題に終止符を打てればと願った。そんな審神者の思惑を察したようではあったが、堀川は確認するように更に問いかけてくる。


「じゃあ、小狐丸さんを毎日のように夜伽に呼んでいるというのは? 小狐丸さん本人が言ってましたけど」


まだそんな歪んだ情報が本丸に回っているのか。事実が絶妙な加減でねじ曲げられていることに、審神者は呆れを通り越して脱力した。


「添い寝をしているだけだよ。そんな関係じゃない」


そう言い切るものの、やはりというべきか、堀川はまるで納得している様子がない。ふっと大人びた表情を浮かべて、堀川は小狐丸の声まねをしてみせる。


「寝てるだけ……にしては、小狐丸さん意味深でしたよ。『ぬしさまに毎夜激しく求められては、断れませぬ。私はぬしさまに、心身共に捧げ、仕える身であります故』って」
「ほう、似てるな国広。うまいもんだ」
「えへへ、ありがと。兼さん」

「本当に、寝ているだけだよ。やましいことは何もない」


ちょっぴり照れながらそう口にする堀川と、感心しつつ頷く和泉守。このペースに絆されはいけないと、審神者ははっきりと否定した。


「じゃあ、激しく求められてっていうのはなんだよ。主の方から呼んでんじゃねえのか?」


聞かれ、審神者は首を横に振る。


「確かに、最初に誘ったのは私だ。けれど、それ以降は小狐丸の意思でやっている……はず」


何を言ったわけでもないが、審神者の布団に潜り込んでくるのも、布団の中で待機しているのも小狐丸である。審神者の方から毎日小狐丸を呼んでいることはない。だが、二人にそう言われてしまうと、己がいけないことをしていたかのような気分になってしまう。


「だが……小狐丸には言っておくよ。私がそんな風にさせてしまっていたのかもしれない」


そうしたつもりは少しもないが、知らず知らずの内に、小狐丸に強制をしていたのかもしれないのだ。てっきり小狐丸が審神者に甘えて居るものだと思って何も言わずにいたが、ひどい思い違いだったのかもしれない。
急に現れた可能性を考えると、妙に落ち込んできた。そうして審神者が肩を落とせば、問いつめるような体だった二人の方が焦りをみせる。


「いや、そこまで落ち込むことじゃねえって。小狐丸すげえ自慢気だったぜ」
「そうですよ。あれは自虐風自慢ですよ! 鼻高々でした!」


そのフォローはきちんと意味を持っているのか。二人の気持ちを有り難く思うものの、効果はあまりない。


「……他に似たような噂はあるか?」


あるのならそれも訂正しておかなければ。そう思いながら聞けば、無理矢理浮かべたような笑顔で堀川は手を横に振った。


「ないですないです。大丈夫ですよ! 今のところ、主さんガチ勢は加州さんと小狐丸さんくらいです」
「どっちかっつーと、長谷部もそうだけどな。まあ、主と関わりがあるかっていうと微妙だが……」
「本人は虎視眈々と近侍の座を狙っていますけどね! でも、今のところ噂にはなってないですよ」


また新たに名前が出てきた。


「長谷部……?」


長谷部とは、へし切長谷部のこと。それは分かる。だが、ここで名前が出されることが不思議だった。怪訝に思って眉を潜めれば、今度は二人そろって不思議そうな顔をする。


「長谷部に色々言われたりしてねえのか?」
「特には……ないな。いつもキリッとしているし、執務以外で声をかけられることがあまり……」

「「えっ」」


その発言に、二人は極めて驚愕したらしい。その後言葉を失い、呆然とお互いの顔を見合わせる。


(仲が良いな)


想定していなかった二人の反応のせいか、以外と冷静にそんなことを考えてしまう。ようやく我にかえった二人は距離を縮めて、審神者に詰め寄ってきた。


「マジか主! マジで長谷部に何も言われてねえのか!?」
「っ……ああ。特に何も……」

「近侍になりたいとか、一度も言われてないんですか!?」
「言われてないな。そもそも会話もあまり……」


審神者の返事を聞いた二人は、焦ったような声を出しながら、ひそひそと二人で話し出す。


「どういうことだ、国広」
「多分。本命には嫌われたくなくて言えないんじゃないかな? 乙女心ってやつだよ」
「乙女って面じゃねえだろ。あんだけ主、主っていっといてアイツ」
「びっくりだよね」

「長谷部はそんなに、その……気にしているのか?」


そのひそひそ話は一語も漏れることなく審神者にも聞こえている。二人がここまで驚くほどに、へし切長谷部と審神者に接点がなかったことが意外だったらしい。


「うん……気にしているっていうか……接点がなくても、気持ちは本丸でも上位を争うんじゃないかなっていうか……」
「主が好きすぎるんだよ、アイツは。酒を飲んでは主、主って悪酔いして、そばにいる奴に絡み出すんだ。とんでもねえ泣き上戸だぞ」
「飲んでなくても、主、主ってうるさいくらいですしね。加州さんに近侍を代わってくれって詰め寄ってる光景も、もう僕見慣れてますもん」

「……そうなのか」


知らなかった。そこまでならば、いっそ直接へし切長谷部本人が自分の元に来てくれれば良かったものを。そう考えながら、すぐに審神者は気がついてしまう。


(そうさせる雰囲気を、私が作れていなかったのか……)


そう思うと、息苦しさを感じてしまう。刀剣達と仲良くしようと思って、ある程度自分自身を変わることが出来たと思っていた。けれどまだ、本丸にいる刀剣達とは距離があるのだろう。

まだまだ、変わっていかなければならない。


「長谷部にも、何か土産を持って行こう」


そんな思いからそう呟けば、二人も同意するように頷く。


「直接渡しにいってやってくれ」
「そうですよ。主さんが直接会いに行けば、長谷部さん喜びで卒倒しますよ。外でなく、畳の上で声をかけて下さいね。出来れば、座らせてからお話しして上げて下さい」


その二人の瞳は、へし切長谷部に対する憐憫の感情を宿していた。









そうして町につくと、和泉守は大きな声で感激の声をあげた。


「おー! さっすが、活気づいてんな。美味そうな臭いがするっ」


昼時前というだけあって、町には活気が溢れていた。万屋以外にも茶屋や飯所が並び、堀川は、ぎゅっと審神者の右手を握りしめる。


「主さん、はなしちゃ駄目ですよ。迷子になっちゃいますからね」


爽やかな微笑みでそう言ってのけた堀川に、審神者はしばし反応に困って黙り込む。先ほども感じたことだが、堀川は審神者のことを妙に子供扱いしているような気がする。どうにも、主に対する反応にはみえない。


「……わかった」


こういった反応をされたことはない。弟にするような世話の焼き方をしてくる堀川に言いたいことは色々あったが、堀川はいたって真面目にこれをやっている。ならば、受け入れようと決めたのである。

ぎゅっと手を握り返すと、堀川はにっこりと笑う。


「万屋でもいいんですけど、贈り物に良さそうな小間物屋があるんです。行ってみませんか? 多分、爪紅も置いていると思います」
「それはいいな……是非行きたい。堀川はここに詳しいのか?」
「僕たちはよく来るんですよ。遊びにも来るし、加州さんの付き添いとかでも。小間物屋は加州さん行きつけの店なので、間違いないですよ」
「そうか。それは助かるよ。ありがとう、堀川」


礼をいうと、堀川はえへへと笑って、繋いだ手を緩く振った。そして次に、近くの店を物色していた和泉守の元へ歩いていく。それに連れられ、遅れないように合わせて歩いていく。


(和泉守と手を繋いだ方がいいのではないだろうか……)


うろうろしやすいのは審神者よりも和泉守の方だ。町にきたばかりではあるが、それをすぐに感じ取った審神者はそう思っていた。
和泉守の隣に並んだ堀川は、慣れた様子で声をかける。


「兼さん、主さんの買い物に行くよ?」
「ん? ああ。で、どこ行くんだよ」
「小間物屋」
「はあ〜? 小間物屋だあ?」


つまらなそうに顔を歪めた和泉守は、堀川とは反対側に回ると、遠慮なしに審神者の肩に腕を置いた。


「主。そんなことより、そこの甘味処で休憩しようぜ。見ろよ、期間限定フルーツあんみつ。主も食べたいだろ?」
「……甘いものが好きなのか?」
「美味いものは何でも好きだぜ!」
「そうか……でも、小間物屋には行きたいんだ。お金は渡しておくから、その間あんみつを食べて待っていてくれ」


無理に小間物屋に付き合わせることはないと、懐に入れている財布に手を伸ばす。すると慌てた様子で、和泉守は審神者の手首を掴んでそれを止めた。


「待て待て、それじゃつまんねえだろ!」
「?」


右手は堀川に、左手は和泉守に。手が塞がれた状態の審神者は、困ったように首を傾げる。そんな審神者の顔を見て、和泉守は困ったような表情を浮かべた。


「……なんかやりづれえよな、主。男ならもっとビシっとしろよ」
「……ビシっと?」


何を和泉守に求められているか分からず、とりあえず、和泉守の言葉を繰り返してみた。そういった審神者の反応が更にやりにくかったのか、和泉守は更に困惑の表情を続ける。


「主さんは厳しいイメージだったから、まさか我が儘聞いてくれると思ってなかったんですよ。兼さん、びっくりしてるんです」


助け船を出すように堀川がそう言うと、和泉守も頷いた。


「今まであんなに無口で無愛想だったくせに、なんでそんななんだよ!」
「そんな……?」


面白くなさそうな表情でぶっきらぼうに言う和泉守は、審神者の体を揺らす。どうやら和泉守は、意見を審神者に却下されるとばかり思っていたらしい。審神者の反応が思っていたものと違ったため、困惑してしまったのだ。道理で訳のわからない反応をしたわけだと納得するが、それこそ、反応に困ってしまう。


「もう少ししゃきっとしてろよ。オレたちの主だろ」
「はあ……すまない」
「謝んじゃねえよ!」

「兼さん」


良くない輩に絡まれているようだ。見かねた堀川が和泉守をとめにかかると、和泉守はふんと顔を背けてしまう。


「いいから行くぞ。さっさと買い物済ませて、あんみつ食べに行こうぜ!」
「和泉守、あまり引っ張られると――」


転げてしまう。そう続ける前に、案の定つまづいてしまう。体重が前に乗って、上半身が地面に向かっていってしまった。


「主!」
「主さん!」


しかし、両側から二人に抱き留められたことで、なんとか転げずに済む。なんとか体勢を戻すと、安堵した様子で堀川がため息をついた。


「駄目だよ兼さん。主さんは得意じゃないんだから……」


何が得意でないのかを明確にしないのは、堀川の優しさだろうか。格好悪いところを見せてしまったと、審神者は罰が悪そうにする。


「大丈夫か主……悪かったな、引っ張って」
「大丈夫だ。気にしないでくれ」


そうだ、この件の原因については審神者の運動神経云々だけの話ではない。だが、この話を早く終わらせてしまいたい一心で審神者は一言で済まし、二人が何かしらの反応する前に続けて口を開く。


「早く小間物屋に行こうか」


言うと、二人は頷いて、審神者の手を引いて歩き出す。堀川はともかく、首に回していた腕をおろし、審神者の左手を掴んで、和泉守まで審神者の手を引いていく。


「……はぐれないから、大丈夫だぞ」


両手をそれぞれ引かれる己の姿は、第三者の目からでは審神者になど到底見えないだろう。そんなことを思いながら発言したものの、二人は一向に手を離そうとはしない。


「ちょっと目を離したら、迷子になるだろ」
「僕も、主さんは迷子になる方だと思います。加州さんも、主さんはちょっと目を離すと視界から消えてるから大変だったと言ってましたし」

「………そう、か」


加州清光がそう言っていたことが決め手であった。己の信用が全くないことに気づいた審神者は、あきらめたようにそう返事をし、もう二人の好きなようにさせておくことにしたのだった。


(連行されているようだな)


どうか本丸の刀剣には見られないようにと祈る審神者の心など知らず、二人は小間物屋に向かってすたすたと歩いていった。










小間物屋にたどりつき店内に入ると、ようやく審神者は二人に手を解放してもらえた。自由になった手に開放感のようなものを感じながらも、審神者は店内をぐるっと回っていく。


「綺麗だな」


簪や手鏡、櫛に手拭い。女性の好みを中心とした品ぞろえは見ているだけで華やかだと、審神者は感嘆の声をもらした。そうこぼす審神者の横で、堀川も同意するように頷いてみせる。


「和泉守はこういうものが苦手なのか?」


きらきらと輝く硝子細工の置物に見とれながらそう聞けば、堀川は小さく微笑む。


「苦手っていうより、興味がないのかもしれませんね。今頃、食事処を吟味してると思います」


小間物屋の空気が合わなかったらしい和泉守は、外で待っていると言って早々出て行ってしまった。こんなに綺麗な品の数々を見ないなんてもったいない。共に見られたら良かったのにと思いながら、審神者は「そうなのか」と呟いた。


「でも、僕は好きですよ。綺麗ですよね」


審神者が手にある硝子細工の置物に目を向け、堀川は言う。そんな堀川を見て、審神者はふっと微笑んだ。同じ気持ちを抱きながら同じものをみることは良いものだ。そんなことをしみじみと思う。


「堀川も、欲しい物があったら言うといい。大抵のものは、買ってやれる」


元々、金遣いは荒い方ではない。本丸で過ごしている以上衣食住にかける金も少なく、審神者への給付金もほぼ使われていない状況だ。個人的な蓄えはそれなり。大人の余裕をみせるように、空いている手で堀川の頭の上に手の平を置いた。


「…………」
「堀川?」


そのまま優しく撫でていたが、堀川は表情筋を一切動かすことなく、その場で固まってしまっている。一体どんな感情をもってそうなっているのか分からずに戸惑った審神者は、そっと手を堀川から引いて、顔をのぞき込んだ。


「……主さんって、やっぱり、変わりましたね」


ぽつりと、そんな風にこぼす。


「前の方が良かったかい?」


問いかけると、堀川は小さく首を横に振った。


「加州さんや小狐丸さんの気持ちが、少し分かった気がします」


そういって微笑むと、堀川は上目遣いで審神者を見上げた。


「じゃあ、主さんが選んで下さい。僕はそれが欲しいです」


にっこりと笑ってそう言うと、堀川は一歩ほど、審神者から距離をとった。


「僕も兼さんと一緒に外で待ってますね。主さんが何を買ってくれるのか、楽しみにしてます」


そう告げた堀川に「わかった」と答えれば、堀川ははにかみながら、店の外へ出て行った。
その姿を見送って、審神者は商品が並べられた棚を見下ろした。


(どうせなら、喜ばれるものを贈りたいな……)


何でも良いというのだから、堀川は特に欲しいものはないのかもしれない。だが、本当にどんなものでも良いとは思っていないだろう。貰って嬉しいもの、そうでないものがあるはずだ。

手鏡や簪は除外する。堀川の髪は短いので、そこまで髪を飾り付けはしないだろうという判断だ。身につける腕飾りや首飾りもあるが、どれも華やかで女性向けである。堀川が喜ぶような気はしない。


「……難しいな」


そんな言葉をこぼしたときだった。視界の端に入ってきたものを見て、審神者は足を止める。目に付いた品に近寄ってみれば、男であっても持ち歩くには違和感がないものだった。


(これだ……)


そう直感で感じ取った審神者は、その中から堀川に似合うものを探す。喜んでもらえたらいいと考えながら品物を選ぶと、何故かわくわくしている自分がいることに気がついた。







そうして買い物を済ませた審神者は、包まれた袋を抱えて店の外に出る。そう大きくない袋を懐にしまいこみながら、外で待っているはずの堀川と和泉守を探す。が、二人の姿が見あたらない。


(待っているといっていたのだけれど……何処だろう)


不思議に思いつつ、審神者は少しの間、店の前で佇む。ここで待っていれば、二人は戻ってくるかもしれないと思ったのだ。もしかすると、二人そろって厠にでも行っているのかもしれない。

そう考えて待つこと数十分。まるで姿を見せない二人に、審神者は困り顔を浮かべる。厠の可能性が段々少なくなっていくにつれて、不安は大きくなる。探しにいくべきか、ここで待つべきか。迷いながら、どうにも落ち着かない心地でいた。


(もう少しだけ、待っていよう。入れ違いになるかもしれない)


そわそわしながらも、そう審神者は自分に言い聞かせた。焦る気持ちはあるが、うっかりこの場を離れて入れ違いにでもなってしまえば、余計に合流に時間がかかってしまうことだろうとの判断からだ。

今にも足を動かしたい衝動を抑えて待っていると、ふと、横に青年が並んでくる。そしてちらちらと、審神者の様子を伺ってきた。


(……人でも待っているのか。だとしても、こうも見られると、困るな)


居心地の悪さを感じ、二人が早く戻ってこないかと願う審神者だったが、そんな期待を裏切るかのように、隣の青年が審神者との距離を縮めてきた。


「お兄さん、誰か待ってるのかい?」


声をかけられては、無視する理由はない。刀剣以外の者と会話をするのは久々だと思いながら、審神者は静かに口を開いた。


「ああ。外で待っていると言っていたのだけど、どうしてか、見当たらない」
「へえ。こんな色男待たせるなんて、大したお嬢さんだな」
「女性ではないよ。髪の長い青年と、髪の短い利発そうな少年だ。見ていないか?」
「いいや。見てないな」


問えば、人当たりの良さそうな青年は、更に審神者との距離を縮めてくる。


「お兄さん、ずっとここで待っているだろう。だから気になってな。それだけ待っていても戻ってこないのなら、もうしばらく戻ってこないんじゃないか?」


肩と肩が触れそうな距離。初対面の距離にしては近い。警戒心を抱いた審神者は、すっと青年から距離をとった。


「それでも、入れ違いになっては困るからね。待っているよ」


少しつっけんどんにそう言えば、愉快そうに青年は口角を吊り上げた。


「まあ、そう言わず。近くに良い茶屋があるんだ。どうだい? お茶でも」


空けた距離を更に詰めてくる。青年は審神者の腰を抱くと、自らの方へ引き寄せた。思っていたよりも強い力だったそれに、審神者は勢いのまま、青年の胸にぶつかってしまう。反射的に離れようとするも、青年の力に負けた審神者は、不快感を露わに眉間にしわを集めて睨みつけた。


「結構だ。他をあたってくれ」


何が目的かは定かではないが、おそらく、集ろうとしているのだろう。財布をしまっている懐を漁られぬように整えていると、尻をさっと撫でられる。


「っ……!?」


下から上に、さっと撫でられ上げた瞬間、審神者の背筋に冷たいものが入る。無骨な手はそのまま審神者の手首を掴み、乱暴に歩き出す。強く強く引っ張られた腕に抵抗しようと足に力を入れれば、手首を痛めてしまった。


「はなせ!」


顔をしかめて声をあらげてそう言い放つと、目線を審神者に向けた青年はねっとりとした視線を向ける。決して審神者の手首を離さず、がしがし引きずるように歩く青年に、苛立ちを隠せなかったのだ。乱暴に引かれて、足がもつれて転びそうになる。けれど転ばないようにと気をつけてしまえば、抗うことが難しくなり。このままでは、青年に茶屋に引きこまれてしまいかねない。


(何を考えているんだ……!)


暴力沙汰は得意ではないが、このまま大人しくする気はない。このまま素直について行ってたまるものか。けれどそんな審神者の表情に、青年は興奮したようだった。


「そういう表情もそそるねえ」


ねっとりした口調に、嫌悪感を覚えずにはいられない。


「乱暴にはしないよ。お兄さんと仲良くなりたいだけなんだから――…」


強引に歩いていた男の言葉は、そこで終わった。後ろの審神者を気にしていた青年は、前方不注意だったのである。前方にいた人物にぶつかった青年は足を止め、その相手を確認する。


「ああ、悪いな。ちょっと……」


青年の言葉は途中で途切れ、審神者はその様子を見て驚きに目を見開いた。青年がぶつかった相手は、審神者もよく知る人物だったからである。


「和泉守」


そう名を呼ぶが、和泉守は審神者に目をくれない。和泉守の視線は、審神者を連れて行こうとした青年に向けられている。片手で軽々と青年の顎を掴んで持ち上げる和泉守の表情には、鬼気迫るものがあった。ぷらぷらと揺れる青年の足は、宙を浮いている。


「オレの連れになんか用か?」


聞いているのに吐き捨てるような口調の和泉守は、持ち上げられているせいでうまく声を出せていない青年の顎を離して解放する。それと同時に、青年の断末魔のような叫びが審神者の耳に飛び込んできた。


「主さんに触らないで下さい」


いつの間にか青年の手は審神者の手首を離しており、代わりにその腕は捻り上げられている。


「堀川……」


はっとした審神者が名前を呼べば、堀川は申し訳なさそうな顔をする。そのすまなそうな表情とは裏腹に、青年の腕の捻れ具合は非常にえげつない。


「主さん、すみません。待ってるって言ったのに、待たせてしまって……」
「ああ。それは構わないが……それ以上は腕が……」


気を失うのではないかというほどの表情でいる青年を見ながらそう言えば、すまなそうな顔をしたまま、堀川は軽い口調で言う。


「折っておきましょうか?」


あまりにも軽い口調で言ってのけるものだから、審神者も動揺してしまう。


「いや、そこまでしなくても良い……そのまま解放して逃がしてやってくれ」


不躾な青年に苛立ちもあるが、そこまでしなくても良いと思う気持ちの方が大きい。そんな審神者を、信じられないというような目で見る堀川。


「指だけでも折っておきませんか?」


かわいらしい顔をしてとんでもないことを言うものだ。苛立ちもすっかり消え去った審神者は、青年の腕を使む堀川の手を引いて、首を横に振る。


「そこまですることはないよ」


言えば、堀川は不満そうな表情を浮かべてから、しぶしぶ手をはなした。すると青年は堀川の顔と審神者の顔を順にみてから、真っ青にさせた顔で審神者に口を開こうとして――背後の和泉守に首を捕まれて口を閉じる。


「喋るな。一言も喋らずに、消えろ」


凄みのある声で告げられ、今度こそ青年は完全に沈黙を貫く。


「和泉守」


再び青年の足が地面から浮いていたことに気づいた審神者は、窘めるように和泉守の名を呼んだ。本来ならば己がやり返すところなのに、青年を庇う立場になるとは、妙な話である。


「……はあ。離せばいいんだろ。離せば」


言いながら、和泉守は青年の首から手を離す。地面に足をつけた青年は、和泉守の言うとおり、何も喋らずに、逃げていった。時折足をもつれさせ、転びそうになりながら去っていく背中を見つめながら、審神者はいっそ青年のことを不憫に思った。


「主さん、怪我はありませんか?」


微妙な心地でいる審神者に、堀川がそう問いかける。審神者はそれに頷いた。


「ああ。無傷だよ。大丈夫だ」
「でも、尻を撫でられてましたよね? 本当に大丈夫ですか?」


安心させるつもりで言った審神者に、心配そうに追い打ちをかける堀川。うっと言葉に詰まった審神者だったが、何でもないように振る舞ってみせる。よりによってそこを見られていたとは思わなかった。


「ちょっと、手が当たっただけだ。何も怪我はない」


目を放した内に見知らぬ男に尻を撫でられ連れ去られそうになった主。女性ならばともかく、男性の主。

言葉にすれば明確に分かる。なんともいえない心地で、審神者は己の情けなさに恥ずかしくなってきた。


「助けてくれてありがとう。助かったよ」
「主さん……」


感謝をしても、堀川はすまなそうな表情のままだ。おそらく、審神者のことを助けたとは、本人も思っていないのだろう。それどころか、助けたにも関わらず、失態をしてしまったように感じているに違いない。


「和泉守も――……」


和泉守にも感謝を述べようと、振り向こうとした矢先、審神者の手が和泉守に捕まれた。そのまま持ち上げられるようにされて、青年に握られていた手首が露わになる。
青年に乱暴に握られていた手首は赤く指の形が残っており、ダメージはそうでなくとも、一見痛々しそうに見えてしまう。


「……元々、白いからな。跡もつきやすいんだ」


傷だと思われないようにそう告げれば、殺気を身にまとった和泉守は、眉間のしわをより深いものにする。たったそれだけのことで威圧感を感じさせる和泉守に、審神者は困惑してしまう。和泉守のこのような表情を、ここで見ることになるとは思っていなかった。


「……悪かった。主。目を放しちまって」


そう申し訳なそうに言う和泉守に、審神者は更に困惑する。審神者は子供ではないのだから、そんな風に気にされてしまうのは本意でない。そうだ。困る。非常に困る。


「気にすることはない。こう見えて、私も強いんだ。二人がこなければ、一人で彼を追い払っていたよ」
「そんな力ねえだろ」
「あ、あるさ。少しは……」
「ない」
「言い切らないでくれ……」


真っ向から否定する和泉守は、今にも崩れてしまいそうな表情をする。普段の和泉守ではありえない表情である。和泉守は、悔しそうに静かに目を細めた。


「そんな心配されるほどのことじゃない。ちょっと変な奴に絡まれてしまっただけだ。ああ、でも、和泉守と堀川のおかげで、助けられた」


和泉守に、出来る限りにこやかに微笑んでみせる。そうして、続けた。


「ありがとう。和泉守」


言えば、和泉守は、目を伏せてから、ため息をつく。そしてそのまま審神者の手を自身の手と繋ぎなおした。


「疲れたろ。昼餉にしようぜ。向こうに美味そうな店があった」
「ああ、そうだな。行こうか」


何でもないようにそう言ってみせた和泉守に、審神者はぎこちなくそう返事をする。その間も、その後も、和泉守は決して審神者の手を離そうとはしなかった。







「頼みがあるんだ」


和泉守が目をつけた食事処は、そば屋だった。そこそこ混んでいた店内でようやくテーブル席に座れた審神者は、注文を済ませたあとに二人にそう切り出した。審神者を囲むように隣に座る堀川と、前に座る和泉守。二人は、一体何だといった目で、罰が悪そうな表情をする審神者に目をやる。


「今日のことは、黙っておいてくれないか? というよりも、その……なかったことにしてほしい」


審神者から離れている間に絡まれたせいか、堀川も和泉守もどこか沈んでいるように見えた。なんとか何でもないように振る舞っているらしいが、それが分かってしまうため、審神者はどうにもやりにくかったのである。

だから、先ほどの出来事は忘れてしまってほしかった。
加えて――…


「男に声をかけられたことですか? それとも、連れ去られそうになったこと?」
「それか、野郎に尻撫でられたことか?」

「両方……いや、全部」


…――情けなくてしかたがないのである。

からかっている風ではなく、真面目な顔でそういってのける二人は、じわじわと審神者の首を絞めてしまっていることに気づいてはいない。


「先のように声をかけられたことは初めてだ。別に、普段からあのような目にあっているわけじゃないんだよ。そこは、誤解されたくなくてね」


弁解するように言い切って、審神者は出されたお冷に口をつけた。そんな審神者の様子をじっと観察して、怪訝な表情を浮かべて堀川が口を開く。


「主さん。町まで来たのは何度目ですか?」
「今日で二度目だよ。最初に来たときには、こんなことはなかったんだ」
「その時は一人で?」
「いや……その時は、清光が一緒だった」


その返事でどうにも納得がいったらしい、和泉守がため息をつく。


「そりゃあ、加州がずっと目を光らせてたんだろ」
「和泉守。だから私はそこまで……」
「加州はずっと主のそばにいたろ。別行動したことはあったか?」
「それは……そういわれると、ないな」
「だからだろ」


あくまで審神者が輩に絡まれやすいことを疑ってもいない二人に、焦りを感じる。とはいえ、一人きりで出歩いたことがない以上、反論できる材料はなかった。


「なら、少し別行動をしてみるかい? 先は偶然に偶然が重なったが次は――」
「「駄目だ(です)」」


提案の途中で遮られ、声を揃えた二人は次々に言う。


「危なっかしいです。実際に絡まれてたんですから、今日は僕たちから離れないで下さい」
「ああ。知らなかったが、主はどうにも、男受けをする顔らしい」

「そんなたった一度のことで……」


これからずっと男好きされる顔というレッテルを張られてしまう恐怖に、審神者は顔をしかめてみせた。


「とにかく、本丸の皆にこのことは……」


せめて本丸の皆には、そんな風に思われたくない。重ねて頼めば、隣に座っていた堀川はくすりとわらってみせた。


「言いませんよ。安心して下さい」
「そのかわり、一人で町に来るなよ。必ず一人はオレたちの内の誰かを連れて行け。それが約束できるなら、黙っといてやる」


ニッと笑って、和泉守も堀川に続く。二人の表情が先ほどよりも柔らかくなったことは嬉しいが、主であるというのにここまで言われる己自身が、どうにも、情けなくて仕方なかった。


「……わかった。約束する。……心配性だな」


青年に尻を撫でられたことよりもショックである。
肩を落とす審神者は、そう言うだけで精一杯だった。







食事を済ませて店から出ると、和泉守は大きく背伸びをした。


「美味かったなー! やぱりオレの勘に間違いはねえ」
「そうだね。とっても美味しかったよ」


外で交わされるやりとりを聞きながら会計を済ますと、審神者も二人を追いかけて店から出ていく。太陽の光に当たると、和泉守と堀川は審神者を挟むようにして身を寄せた。


(心配しすぎだ)


うら若き乙女でも、疑うことを知らない幼子でもない。
このような扱いを受けることは一種の辱めのようなものだ。だがそんな思いも、二人の満足そうな顔をみればどうでもよくなってしまう。


「主さん、御馳走様でした」
「おおっ、ありがとよ。主」

「それは良かった」


色々あったが、喜んでもらえたのなら何よりだ。この際羞恥心は捨て置こう。


「で、次はどこに行くんだ?」


審神者の左でそう言う和泉守に、審神者はうんうんと考えこむ。他に何か入り用なものといえば生活用品だが、細々としたものが多くかさばってしまうだろうから、出来れば後の方に購入したいものである。あんみつが食べたいと和泉守が言っていたので、その後か、前ほどぐらいに済ませたい。


「行きたいところは色々あるが……荷物がかさばってしまうから、後に回したいな。二人は、行きたいところはないのか?」


そう言うと、二人は考え込むように黙り込んだ後、和泉守が思いついたように口を開く。


「なら、良いところを知ってるぜ」


そんな和泉守に、堀川と審神者もきょとんとする。
和泉守のいう良いところがなにか、検討がつかなかったのである。









狭い路地をすすみ、影で覆われた、薄暗い道を進む。前方に和泉守、間に審神者、後方に堀川の陣形だ。


「和泉守。その良い店とやらは、この道で間違いないのかい?」
「だと思うけどな。オレも陸奥守に聞いただけだ。行ったこともねえし、何を売っているのかも知らねえよ。ただ、すっげー良いものが売ってるっていうからよ」
「それは、大丈夫なのか……?」

「まあ、危険なことはないですよ。僕も兼さんもついてますから。安心して下さい。主さん」
「そこは心配していないよ、堀川」


良くない予感がする。そう思いつつも、審神者は和泉守の背中を追っていく。そうして進んでいくと、急に和泉守が立ち止まった。前方不注意で和泉守の背中にぶつかりそうになったとき、後ろから堀川が審神者の腹部に手を回してそれを阻止してくれる。


「ここだここ! 間違いねえ」


そう言って、和泉守は戸を指さす。その建物を見ると、何の看板もない、ただの古びた建物に見えた。同じことを考えているのか、堀川も審神者の腰に手を回したまま、隣に移動して審神者と同じ場所に視線を向けた。


「兼さん、ここ、違うんじゃないかな」
「そんなことねえよ! 陸奥守のいってた店はここで間違いねえ。特徴も一致してるし、看板がないってのもその証拠だ」
「仲が良いわけじゃないのに、陸奥守さんの言うことを信じるなんて珍しいね」


言いながら、堀川は審神者の腰から手を離す。訝しげに建物を見上げる堀川の心配をものともせず、和泉守は勢いよく扉を開けた。立て付けが悪いようでスムーズに開くことのなかった扉を乱暴に開けるなり、「邪魔するぜー」と言いながら足を踏み入れる。もしもの時は主として己が責任をとらなければと決意し、和泉守に続いて審神者も建物に足を踏み入れた。

途端に、鼻につく埃っぽさに、袖で鼻を覆う。薄暗いため、目を凝らして中を見渡すと、どうやら書物がたくさん置かれているようだった。


「なんっだこれぇ……!」
「……本屋だったのか」
「陸奥守さんにしては意外だね」


店内を見渡し、各々反応をみせる。


「……そーだな。ったく、来るんじゃなかったぜ。あの野郎、面白いもんがあるなんてホラ吹きやがって」


予想と違い、がっかりした様子の和泉守を一瞥して、審神者は近くにあった書物を手に取り、ぱらぱらと開いてみた。和泉守は書物にがっかりしているようだが、審神者は書物は嫌いではない。


「書物も良いものだよ。ましてや陸奥守の勧める本屋なんて――……」


楽しみじゃないか、とは続かない。

期待に胸を膨らませて開いた冊子のページを見た審神者は、挟むようにして勢いよく冊子を閉じた。パシンと音を立てた冊子を閉じたまま、審神者はしばしの間固まってしまう。


「主? どうした?」
「主さん……?」


二人に呼ばれ、我にかえる。審神者は急いで冊子を元の場所に戻すと、平静を装って二人をみた。


「何でもないよ。さあ、店を出よう。店主も見あたらないし、ここにいるべきではないだろう?」


二人の聞きたいことは答えないという態度で、審神者は二人の腕を掴んで店から出ようとする。冊子の中身を見てしまった今、一刻も早くここから去らなければならないと思ったのである。


「っ……! さあ、出よう…!」


けれど二人は審神者の力ではびくともせず、不思議そうな表情で審神者の様子を見るのみだ。二人は床に足をつけたまま、少しも動かずにいる。


「一体どうしたってんだよ、主。本に何か挟まってたのか?」


言いながら、和泉守は空いている方の手を伸ばして審神者が手に取っていた冊子を手に取る。審神者はその様子を見て焦り、間に合わないと察すると和泉守の手を離し、堀川の視界を覆うように抱きしめる。


「っ!? 主さん? どうしたんですか?」


困惑する堀川を胸に押しつけるようにして、ぎゅっと抱きしめる。堀川は動揺しているものの、審神者を突き放すような真似はしなかった。


「うおっ! なんだこれ!」


和泉守から上げられる声は、興奮を含んでいる。遅かったと審神者は顔をしかめ、ため息をつく。なんとか堀川の視界は己自身の体で隠すことが出来たが――和泉守にはもう隠し通せまい。


「堀川。店を出よう」
「主さん、一体どうしたんですか? というか、苦しいです……」
「すまない。我慢してくれ」
「えっ、ええ……?」


その状態のまま堀川を外に出ようとすれば、堀川からそんな言葉こぼされる。確かに体勢は堀川にとって苦しいものかもしれないが、必要なことなのだから仕方ない。


「見てみろよ国広! これすげえぞ!」
「和泉守。やめなさい」


冊子を開き、見せつけるように掲げる和泉守を窘める。
和泉守の開いた冊子の中は、とてもいかがわしい絵が詰まっていたのである。


「堀川に悪影響だ」
「おいおい……大袈裟すぎるだろ、主。たかが春画じゃねえか」
「和泉守!」


抱きしめたまま、審神者は堀川の両耳を手のひらで覆うとする。けれどやはり何も聞こえないように耳を塞ぐには体勢に無理があったらしい。


「ああ、そういうことか」


全てに合点がいったらしい堀川がそうこぼすが、それでも堀川をはなすことは出来なかった。


「あのなあ。そんなナリだが、国広はアンタよりも長く生きてんだぜ。別に隠すことなんざねえよ」


呆れたように言いながら、更に開いた冊子を見せつけるように寄せてくる。


「和泉守」


審神者は冷ややかに目を細めながら、もう一度、言い聞かせるように、和泉守を呼んだ。それにため息を吐いて、和泉守は今度はそれは横に揺らす。


「主も男なら、ちったあ興味あるだろ?」
「ないよ」
「いや嘘つくなよ。そんなはずが……」

「私は審神者だよ。そんなものは必要ない」


それでもなお引かない和泉守に吐き捨てるように言えば、和泉守は不満そうに口を閉じる。


「第一、そんなものを部屋に置いていたら、清光が嫌な思いをするだろう」
「そんなものって何だよ、大袈裟だな」


堀川の体を解放し、代わりに堀川の目を覆う。


「行くよ。堀川」
「えっと、はい。見ないので、離してもらえますか?」
「念のためだよ。堀川にはまだ早いからね」
「えー? まあ、いいですけど……」


いまだ冊子を持っている和泉守に目を向けると、審神者は告げた。


「私と堀川は外で待っているよ。遠慮せずに選んでおいで」
「オレには何も言わないのか?」
「言わないよ。好きにしなさい。けれど買っても、短刀や脇差には見つからないようにね」
「なんだそりゃ……言っておくけどな、年は国広の方がオレより上だぞ? ちょっとぐらい別にいいじゃ……」
「駄目だよ。まだ、堀川には早い」


念を押してそう言うなり、審神者は目隠しをしたままの堀川を連れて店を出る。後ろ手で扉を閉めて、やっと堀川を解放した。


「主さん、短刀ならともかく、僕はそこまで注意することはないと思いますけど」


怒っているとも悲しんでいるとも違う、ただただ呆れた表情を浮かべて、堀川はそう審神者に言った。はあ、とため息までついて。審神者はそれを受けて、首を横に振る。


「堀川には、まだ早いよ。内容が酷くただれていたからね」
「どんなものだったんですか?」


問われて、審神者は眉間にしわを寄せる。


「興味があるのか?」


問えば、堀川は慌ててぶんぶんと手を振った。


「そういうことじゃないです! ただ、主さんにとってのいかがわしいって、別にそんな大したものじゃないんじゃないかと」


遠回しに貶されているのか、そう言われた審神者はしばし口を閉じて考える。素直に審神者に従って店を出てはくれたものの、堀川もああいったものに興味はあったらしい。けれど言葉にして先ほど目にした春画の説明をするつもりのない審神者は、困ってしまう。


「だからあれは、堀川にはまだ早――」
「僕は主さんよりも年上ですよ? 何百年と生きてきましたから」
「それでも、人の体を得て一年ほどだろう? 子供のようなものだよ」
「それをいったら、兼さんだってそうですよ」


どうにも面白くなさそうな表情で、だんだんと堀川はヒートアップしていった。


「僕は主さんを守る刀ですよ? あまり、子供扱いしないでもらいたいですね」


どうやら、話の焦点はそこらしい。そう言われてしまうと、返す言葉もすぐには思いつかない。うっと言葉に詰まった審神者に、堀川は静かに距離を詰めた。


「主さん。失礼します」


そういうと、堀川は審神者の脇に手を差し込み、思い切り高く持ち上げた。返事をする間もなく、一気に足が地面から浮いてしまった審神者は、ぽかんと口を開けたまま固まってしまう。


「ほら。主さんには子供に見えるかもしれませんが、僕は人じゃありません。人と違って、主さんを簡単に持ち上げることも出来ますよ」


そういって、ゆっくりと堀川は審神者を地面に降ろす。ようやく浮遊勘から解放された審神者は少しの間をおいてから、そっと堀川に問いかける。


「重くなかったか? 腕を痛めたりは……」
「してないですよ。信じられないなら、もう一度……」
「ああ、いや、いい」


今度は俵のように抱えられない。焦ってそう言った審神者は、静かに深呼吸をする。驚きを消化するまでに、あともう少し時間がほしかった。


(そうだな……堀川は外見がいくら幼くとも、中身はそうではないのだ)


人の身では出来ないような戦にも望む堀川を、あまり子供扱いしてはいけない。軽率な行動をとってしまったことで、審神者は堀川の自尊心を貶してしまっていたらしい。

頭を冷やして、審神者は肩を落とす。


「すまない。頭に血が上っていた」
「へえ、血がのぼるとあんな風になるんですね」


そう言えば、堀川は感心したようにそう呟く。そんな堀川に、審神者は手を伸ばす。


「少し触ってもいいだろうか?」
「どうぞ」


了承を受けてから、審神者は堀川の細腕に触れてみる。ぎゅっと力をいれてみたり、逆にふにふにと揉んでみたり。


(こんな柔らかい腕で私を抱えたのか……)


感心の気持ちとともに、申し訳なさを感じてしまう。
審神者は堀川にすまないことをしてしまったと思い、本当は嫌だと思いながらも、扉の方に目をやった。


「すまない。干渉しすぎてしまった。……もう止めはしないから、和泉守と共に本を見ておいで」


そう言うと、堀川は困ったような、苦い表情をする。


「別に、春画が見たいわけじゃないです」


それに首を傾げれば、ゆったりとした目を審神者に向けて、堀川は乾いた笑みを浮かべる。


「興味が全くないってわけじゃないですけど。それより、今は主さんがいますから。主さんは隙だらけだから、目を離すとどこかに行っちゃうでしょう? 僕がついていないと」
「行かないよ。連れ去られたりもしない」


訴えるが、堀川はとりあわず、ごまかすようにニコッと笑ったきり、何も言わない。またも子供扱いをされている気がする。そう思いながら、審神者は堀川の隣で、壁に背を預けた。


「僕たちは主の為に刀を振るいます。時間遡行軍と戦い、歴史修正主義者の企みを阻止する使命もありますけど、僕たちにとって一番大切なのはそこなんです」


そう切り出した堀川は、壁から背を預ける審神者の正面に移動する。そして真剣な表情を浮かべると――審神者の顔の横に、乱暴に手をついた。耳の横を掠ったそれに審神者は瞬きを忘れ、唇を動かして、堀川の名前を口にする。


「あんまり子供扱いすると――怒りますよ?」


まっすぐと青い目で射抜かれ、審神者はすぐに言葉を出すことが出来なかった。


「そうだな……堀川も、立派な刀だったな。すまない。子供扱いしないように、以後気をつけるよ」


少しの間を置いてから、ようやくそんな言葉をこぼす。


「分かればいいんです」


そう言ってようやく、満足そうに目を細めた堀川は、なるほど、大人びた表情を浮かべていた。審神者は完全に白旗をあげている状態だ。

審神者の隣に移動して壁に背を預けた堀川は、今度は子供のような目で審神者を見上げる。


「ところで……主さん、ああいうの本当に興味ないんですか? 人の身なら、ああいったものはむしろ好きで当然なんじゃ……?」


その目は真剣で、審神者をからかっているようには見えない。堀川を甘くみてしまっていた負い目のある審神者は、その質問を突っ返すことが出来ず、視線をつま先に落として、静かに口を開く。


「……そうだね。けれど、審神者には必要なことではないよ。ずっとそう教わってきたから、これといって興味はわかない」
「教わってきた……? 主さんって、もしかして……」
「ああ。幼い頃に霊力を確認されてからずっと、審神者になるための教育を受けてきたんだ。他の本丸の審神者のように、審神者以外の仕事に就いていたこともない」


審神者には二通りがある。普通に生きてきた途中で霊力を確認されてスカウトされるタイプと、幼い頃から霊力があると判断されて審神者になるべく育てられるタイプ。多くは前者。審神者は、あまり数のない後者のタイプである。霊力のある人間は貴重なため、政府も人材育成には力を入れているのだ。


「聞くだろう? ある程度審神者ではない人生を過ごしてから、途中で審神者に抜擢された者が度々起こす問題を」
「……話には、少し」
「なまじ俗なものに触れていると、間違いを起こしやすいんだ。だからこそ、そのようなものとの関わりは徹底して断つ。それが正しい形だ。少なくとも、私はそう教えられた」


そうして育てられれば、俗なものはなくて当然の生活を送ることになる。だがはじめからそれを知らなければ、それを不便に思うことはないのだ。


「だから、私には必要のないものなんだよ」
「主さん……」


これで終わりだと、審神者は堀川に微笑んでみせる。深刻な話をしているわけでは決してない。そう示すためだった。


「とはいえ、私以外がどうしようと何とも思わないよ。というわけで、堀川が店に入っても、これ以上は何も言わないから、安心してくれ。さあ、楽しんでおいで」


ぽんぽんと、堀川の頭を撫でてそう言えば、堀川はきょとんとした表情をした後――やけに威圧感を伴った笑みを浮かべた。張り付けたような笑みとはまさにそのものだと考えた後、審神者は堀川の気を損ねてしまったことに気が付いた。


「分かりました。主さんが全然分かっていないことが、よく分かりました」
「堀川……?」


両手をわきわきさせながら、静かに近づいてくる堀川に、逃げるように距離をとる。困惑する審神者の心を知らず、堀川はとても楽しそうな足取りでゆっくりと距離を縮めてくる。何をされるかは分からないが、ろくなことではない。そう感じた審神者の心をあざ笑うように、堀川はじりじりと迫ってきたのだった。慈悲はどうやら、ないようである。









「ほ、ほりかわ……もうっ…」
「さあ、主さん! 次はもっと高く投げますよ!」
「な、なげっ……待ってく、わっ、ほりかわあっ!」


「……お前ら何してんだ…?」


――堀川に高い高いされている審神者を、店から出てきた和泉守が見つけるのは、もう少し後の話である。









度重なる高い高いでふらふらする足を引きずり、かさばる生活用品を買い終わった後、三人は甘味処で一休みしていた。町に来たときに和泉守が食べたがった、あんみつの店である。和泉守はフルーツあんみつ、堀川は抹茶あんみつ、審神者はいちごあんみつを頼み、店員が持ってきてくれるのを今か今かと待っていた。

昼餉の時と同様、審神者を囲むようにテーブルについていた三人は、機嫌も良く、まだ見ぬあんみつを待ちわびる。


「しっかし、買ったな主」
「ああ。和泉守が持ってくれるから、ついつい買いすぎてしまった。重くはなかったか?」
「軽い軽い。まだまだ余裕だぜ」
「それは頼もしいな」


腕を組んでそういう和泉守は、本当にそう思っているのだろう。どこか誇らしげだ。無理をさせていなくて良かった。そう思いながら審神者は笑みをこぼした。


「なら、皆にお土産を買っていこうか。和泉守の好きなものを選んでいいよ」
「マジか! やったぜ!」


ふふっと笑うと、隣の堀川が審神者にむけて口を開く。


「それで、加州さんの爪紅は買えましたか?」


堀川にそう切り出され、審神者は「あっ」と声を漏らす。そういえばと思い返せば、一番買いたいと思っていたものは、加州清光への土産となる爪紅だった。


「しまった……忘れていた」


にも関わらず、堀川たちへの贈り物を選ぶことに夢中になった審神者は、すっかり頭からそのことを忘れてしまっていた。そうこぼす審神者に、和泉守は顔を歪める。


「おいおい……それじゃ、また買いに行くのか?」


面倒くさい。和泉守の顔にははっきりとそう書いてあった。気持ちはよく分かる。審神者も、和泉守にたくさんの荷物を持たせている以上、また小間物屋に戻るつもりもなかった。


「いいや。また今度にするよ。爪紅は、清光と一緒に買いに行けばいい」


清光もおそらく、誘えば喜んでついてきてくれる。そんな気がしてならなかった審神者は、その光景を想像して、ふっと笑みをこぼした。清光がどのように喜ぶのか、想像するだけで、胸がとても温かくなるのだから不思議だ。


「じゃあ、何買ったんだ?」
「…っ! そうだ……」


そう聞かれ、贈り物の存在を思い出した審神者は懐に手を伸ばした。色々なことがあって渡すタイミングの逃していたが、今ならばちょうどいい頃合いだ。


「これを」


懐から出した小さな紙袋を取り出して、封を開ける。中には二つの袋が入っており、審神者はそれを堀川と和泉守にそれぞれ手渡した。


「渡そうと思って、買ったんだ」


和泉守はそれをぽかんとした顔で受け取り、堀川は事前に知っていたためか、嬉しそうに受け取る。


「オレたちにか?」
「ああ。似合いそうだと思ってね」

「嬉しいなっ……主さん、ありがとうございます!」
「ああ。こちらこそ、今日は付き合ってくれてありがとう」
「開けてもいいですか?」
「勿論」


聞くまでもなく既に袋の中に指を突っ込んでいた和泉守と、きちんと審神者の返事を聞いてからゆっくりと袋を開ける堀川。正反対の行動に和みながら、反応を待つ。


「うわあ、とっても綺麗ですね!」


先に反応をしてくれたのは堀川だった。青い石と小さな鈴を黒い組み紐で留めた根付けを目の上に掲げ、きらきらと瞳を輝かせる堀川の反応は、可愛らしかった。本人は子供扱いをいやがってはいるが、こうして見ると、子供のように邪気のない表情を浮かべている。


「それなら、邪魔にもならないだろうと思ってね。色も、堀川のイメージで選んでみたんだ。綺麗だろう?」
「ありがとうございます! これ、衣装につけますね」


指にひっかけ、ちりんちりんと揺らす堀川を微笑ましく思う。
そしてそのまま和泉守の方を見れば――和泉守は惚けていた。手のひらの上に堀川に渡した根付けの色違いの、赤い石のついた根付けをのせながら、何も言わずにそれを見つめている。


(和泉守には合わなかったか……?)


酒でも買った方が喜んだかもしれない。そんなことを考えていた審神者は、和泉守の表情をよく見て、その考えを訂正する。


「………!」


どうにも、和泉守の目はきらきらとしていた。桜が周りに舞っているような幻覚さえ見えそうな表情。それで喜んでもらえたことを察した審神者は安堵する。


「趣味にあっただろうか?」
「ま、まあ……悪くねえな」


意地悪かと思いつつもそう問いかければ、和泉守はぶっきらぼうにそう返事をする。それが照れ隠しだと分かっている審神者はふっと笑う。同じように堀川も和泉守を温かい目で見ており、その視線に和泉守は居心地悪そうに、ふいと顔を逸らしてしまう。


「んだよ、国広」
「ううん。何でもないよ。兼さんともお揃いだなあって思って」


そういう堀川の周りにも、桜が舞っているように見えた。


(喜んでもらえてよかった)


そう思う審神者の心は、手元から物がなくなっただけのことなのに、逆に手元にあるものが増えたような気がして、やけにぽかぽかとしていた。

あんみつが来るまで、二人は根付けを手から離さなかった。








「主さん、いちごが好きなんですか?」


そうして運ばれてきた待望のあんみつ。審神者の前に置かれたトレーの上のあんみつを見た堀川は、そんなことを聞いてきた。


「そういうわけではないけど、色がきれいだろう」
「なんだよ、そりゃ」


審神者の返事に笑いながら、和泉守は目の前に置かれたフルーツあんみつに早速手をつける。ぱくっと一口食べて嬉しそうにする和泉守に、自然と笑みがこぼれてしまう。青年に分類される外見だが、仕草が子供のようで中々に愛らしい。堀川に言っては高い高いされてしまいそうな発言は、心の中にとどめておく。和泉守に高い高いされてしまえば怪我をしてしまいそうだ。

ふと、じっと堀川からの視線に気づいた審神者は、その意図を察して匙を持つ。


「堀川」


いちごあんみつから、いちごと小豆とアイスを匙ですくい、堀川の口元まで運ぶ。広間で皆と食事をするときには、一口をせがまれることが多々あるため、そういう意図で見られていたものだと信じて疑わなかった。


「へっ…?」


けれどどうやら違ったようで、堀川は鳩が豆鉄砲を受けたような表情をする。違ったのか、と思いつつも、迷惑でなければこのまま一口あげようと思った審神者は、更に堀川の唇に匙を近づける。

しかし、堀川は匙の存在に少々戸惑っていたようだった。


「食わねえならオレが貰っちまうぞ」
「っ…た、食べるよっ」


和泉守の言葉に押されたのか、堀川は慌てて匙を口にいれる。そしてあんみつを咀嚼して飲み込むと、少し照れくさそうに視線を落とした。


「えっと、ありがとうございます」
「ああ」


微笑ましく思う審神者に、今度は和泉守がテーブルの上に前のめりになる。


「主。オレにはねえのか」
「ああ。少し待ってくれ」


言われ、審神者はあんみつをまた一口分匙に盛った。そして和泉守の唇の前に持って行けば、かぶりつくように和泉守はそれを口に入れる。餌をもらった雛のようで、やはり微笑ましい。


「美味いか?」
「美味い! ほら、主にもやるよ」


そう言って、匙にこんもりとアイスと果物をのせて、審神者の前に持ってくる。


「……いいのか?」


そう呟くと、和泉守は「当たり前だろうが」と返してくる。


「いいから出してんだよ。ほら」


和泉守もそういったことをするのか。なんて思いながら、おずおずと審神者は口を開けて匙を口に含む。ゆっくりと匙は引き抜かれ、後に口に残るのはひたすら甘い味だ。飲み込んで、ふふっと笑った。


「……美味しいな」


言うと、今度は堀川が審神者の袖を引っ張った。それに気づいて堀川を見れば、堀川も抹茶アイスと白玉を乗せた匙を審神者に向けている。


「こっちもどうぞ、主さん」


気恥ずかしくて、けれど気持ちは嬉しくて、審神者は堀川の匙を口に含む。今度は抹茶のほろ苦い甘みともちもちした白玉が口の中に残った。飲み込んで、反応を待つようにじっと見ている堀川に微笑む。


「美味しいよ」


言えば、堀川はパッと表情を明るくした。そしてそれをごまかすようにえへへと笑う堀川に、どうにも、撫でてあげたい欲がわいてくる。それを我慢して、審神者は己のいちごあんみつにも手をつけることにしたのだった。







そして、本丸にいる刀剣たちへのお土産を買って帰り道を行く途中のこと。

当然のことのように審神者の手を握って歩いている堀川は、片手に荷物を抱えた状態で審神者にこう切り出した。


「主さん。実は僕と兼さんからも、渡したいものがあるんです」
「渡したいもの?」


言われ、審神者は堀川の顔と、和泉守の顔を交互に見る。二人は、何か企んでいるような表情で審神者のことを見ていた。


「小間物屋で、僕たち席を外していたでしょう?」


堀川は審神者の手を離すと、その手でポケットから小さな紙袋を取り出した。


「主さんが小間物屋で買い物をしている間に、兼さんと選んでたんですよ」
「そうだったのか……」


そしてそれを審神者に渡しながら、すまなさそうに笑う。小間物屋を出たときに二人がいなかった理由が分かった審神者は、納得がいったとそう呟いた。


「そのせいで、主さんがさらわれてしまいましたけど」
「さらわれてないよ、堀川。話が大きくなっているね」

「下心丸出しの男に、あんな卑猥なことされちまって……」
「そんな卑猥なことはされていないよ。一刻も早く忘れなさい」


気に病んでいるのか、逆に楽しんでいるのか。後者の可能性を感じ始めながら、審神者は包みを開ける。


「これは、組み紐かい?」


そして中から出てきた組み紐に、笑みが広がる。淡くて柔らかな色のそれは、とても綺麗だった。審神者の反応に満足したのか、堀川と和泉守は顔を合わせてにっと笑った。


「手首や足首に、お守りみたいにつけるんです」
「髪を結うにも使える。まあ、主は結えるほど長くはねえから……とりあえず、身につけるなら手首か?」


それを聞き、審神者は早速右手につけようとした。けれど左手ではうまく身につけることができず、悪戦苦闘してしまう。そんな審神者を見かねたのか、堀川はくすくすと笑って口を開く。


「焦らなくても、本丸に帰ったらつけてあげます」
「……そうか? じゃあ、お願いしようかな」


恥ずかしいところをみられてしまったと、丁寧に袋に戻して、大切に懐にしまう。


「――ありがとう。堀川、和泉守。とても嬉しいよ」


こうして贈り物をもらうことは初めてのことだ。どんな反応をしていいのか分からないくらい、不思議な心地に包まれてしまう。ドキドキして、今にも二人を抱きしめたくなるのだ。


「こうして贈り物をもらったのは初めてだ。大事にするよ」


手首につけるのもいいが、この機に髪を伸ばすのもいいかもしれない。そう思った審神者は、この組み紐で髪を結うのが楽しみで、その日は笑顔がずっと消えなかった。



――へし切長谷部への土産を忘れていたことに気づいたのは、その日の夕方のことだった。











「ねえ兼さん。主さんって、かわいいところあるよね」

「……そーだな。前まではいつ見てもぶすっとしてたってのに、なんか変なものでも食ったんじゃねえか?」

「多分、あれが素じゃないかな。加州さんも言ってたでしょ。主さんは審神者らしくなるために頑張ってただけで、最近、やっと肩の力を抜き始めたんだって」

「ふーん。まあどっちにしても、今日ぐらい抜けてた方が可愛げはあるな」

「素直じゃないなあ、兼さん。ねえ、また主さん誘って行こうよ。美味しいものを食べに」

「だな。誘ってやるか。美味いものくれるしな」

「うん! 次の非番はいつか、後で主さんに聞いておかないとね」



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