きりの良いところで書類仕事を終わらせた審神者は、玄関へ向かって早足で進んでいた。
(もっと早く歩かないと、入れ違ってしまう)
現在遠征中の刀剣たちが帰ってくる予定は、もうそろそろ。加えて、本丸内に覚えのある刀剣たちの気を感じたのだから、もう既に帰還して、門はくぐった頃とみてまず間違いはない。
審神者は、遠征中の刀剣達の出迎えをしようと決めていたのである。
[chapter:審神者は仲良くなりたいD]
加州清光。乱藤四郎。薬研藤四郎。太郎太刀。次郎太刀。
遠征に出ていたのは、この五振りである。
草履を履いて、外に出る。門をくぐって玄関前に姿を見せる五振りたちを迎える。おかえり、と審神者が言うよりも早く、真っ先に審神者の元へきたのは乱藤四郎だった。
「あるじさん、ただいま!」
「おかえり、乱」
審神者は中腰になりながら、勢いよく胸の中に飛び込んできた乱を抱き留める。ぎゅうっと抱きしめられ、それを同じような力で抱きしめ返す。土のような臭いが乱からするのは、それだけ遠征で頑張ってきた証である。
「怪我はしなかったかい?」
「うん! みんな元気だよ。資材もいっぱい集めてきたからね」
「そうか。よく頑張ってくれたね。ありがとう」
言えば、えへへと笑いながら、甘えるように乱は審神者の首に手を回した。
「ねえねえあるじさん、ご褒美に抱っこしてほしいな?」
嬉しそうな表情でそんなことを言われては、断ることはできない。審神者は「いいよ」と言って、乱の脇に手を差し込んで、そのまま抱えてみせた。お尻の下に腕を置くようにして抱えれば、乱の目線は審神者の顔の上に移動する。
「やったあ。あるじさんって、意外と力もちなんだね」
「そうかい?」
審神者はあまり体格の良い方ではない。乱が驚くことに、審神者は特別驚いたりはしない。昨日堀川国広と和泉守兼定と町へ出たときに知ったことだが、審神者に運動神経がないというイメージはこの本丸に定着しているらしい。そうでもないと言いたいところだが、特別身体能力があるわけではないので、それについては仕方ないという自覚がある。
「うん。あるじさんって、なんだか守ってあげなきゃって感じがするんだ。だから、意外」
「……そう、かな」
とはいえ、二度も意外と表されれば少し反応には困る。
「ボクたちを待っててくれたの?」
「ああ。今日は仕事も立て込んでいないから、出迎えようと決めていたんだ」
「優しいんだね、あるじさん。ボク、とってもうれしい」
審神者の頬にぴったり手のひらを当てて、乱は無邪気に笑う。そして目を細めて――反対側の審神者の頬に、唇を押し当てた。一度ではおわらず、ちゅっちゅっと何度か繰り返されるそれに、審神者は困惑してしまう。
「乱っ、なにを……」
今まで、短刀にこのようなことをされたことはない。短刀に限らず、刀剣全般にいえることだが。それ故に拒絶や嫌悪よりもずっと、驚きの方が勝ってしまう。
「なにって、愛情表現だよ? ボクは、あるじさんがだーいすきだから」
甘えるような声で当然のことのように言われ、自分のやっていることの意味をちゃんと自覚しているのか否か、判断がつかずに審神者は焦る。もしもそうならば、早い内にその可能性は摘んでしまわなければならない。審神者と刀剣の間柄にそういった習慣ができてはいけないのだ。
「遠征の途中できいたんだ。大好きな人には、こうして愛情表現をするものなんだよ。これは挨拶なんだって」
「……確かに、そういった習慣がある国はあるが……」
そう言う乱の反応を見るに、危惧するほどの動機はないようだった。それならば無闇に否定することもないと、審神者は安堵する。この笑顔を崩す必要がなくて良かったと思いながら、優しく乱に声をかける。
「でもね、乱。それは、誰にでもしてよい挨拶ではないんだよ。本当に大好きな人にだけ、やりなさい」
外で下手にこの挨拶をされては、乱によからぬことを考える輩が出てきても仕方ない。それほどまでに愛らしい外見をしているのだから、摘める要因は摘んでおきたい。そんな親心から注意をすると、乱は少しだけ悲しそうな顔をした。
「……ボクは、あるじさんが大好きだよ。本当に、本当だよ。……あるじさんは、ボクのこと大好きじゃないの?」
「そんなことはない。そんなことがあるものか」
悪い方向に言葉の意味を捕らえられてしまっていることに焦り、審神者は慌てて否定する。すると、乱は少しだけ安堵した表情を浮かべ、それでも不安そうに審神者に問いかけてくる。
「じゃあ、ボクのこと大好き?」
そう聞かれて、否定できるわけがない。審神者は強く頷いて、微笑んでみせる。
「もちろん。大好きだよ」
そう言うと、乱はとても嬉しそうに笑って、審神者の前に顔を近づけてきた。
「じゃあ、あるじさんも‘キス’して?」
言われた言葉に、しばし固まる。そんな審神者の頬を指先でつんとつつきながら、乱は悪戯っぽく微笑んでみせる。
「ただの挨拶だよ。あるじさんの言葉が嘘じゃないなら、してほしいな?」
その言葉に、なんというか、審神者はうまいこと丸め込まれた気がした。けれど、己を審神者として慕ってくれる無邪気で素直な短刀を、今更無碍に扱うことなどできるわけがない。
だが審神者は、審神者と刀剣は肉体的接触を極力控えるべきだと教わってきたのである。最近は、あまり距離をとりすぎることも問題だと気づき始めていたが、唇を触れ合わせる接触はいかがなものかと、無意識のうちに自制の気持ちが出てくるのだ。
(けれど、乱はあくまで親愛をしめすためにキスをしている。だとすれば、私が拒否することはつまり、乱の親愛的好意をはねつけることになる……本人にそんな気もないのに、そのような理由で乱を拒絶して傷つけてしまうことは……)
当人同士にその気がないのであれば、許容範囲かもしれない。むしろあまりに線を引きすぎることは逆効果、これはただの己の自意識過剰だと、そういう気がしてきた。審神者のぐらぐらと揺れる心は、確実に乱に向かって傾いていく。
そのまま数分考えこんだあと、吹っ切ったように審神者は決意をする。
「……わかった」
「やったあ」
何も言わずにじいっと審神者の返事を待っていた乱は、審神者は折れたことに笑みを広げて喜んだ。花が咲いたような笑顔とは、このことである。
「乱。じっとして」
そう言うと、乱は甘い声で「はあい」と返事をして、目をつぶる。審神者はゆっくりと乱の頬に唇を近づけ、ふにっと己の唇を柔らかな頬に押し当てた。そうして離し、気恥ずかしさに上がっていく頬の熱を感じながら、乱に告げる。
「私も乱が大好きだよ。おかえり、乱」
言えば、満足そうに笑った乱は、照れくさそうに審神者の唇が触れた頬に手を当てる。
「ボクも、あるじさんが大好きだからね」
もう何度目かの好き、に、審神者はなんだか照れくさくなってきた。
ゆっくりと乱を地面におろすと、乱は軽い足取りでくるりと後ろを向いて、いつの間にか近くに立っていた四振りに向かってピースをしてみせる。
「えへへ、あるじさんにキスしてもらっちゃった!」
嬉しそうにそう乱が報告して始めて、いつの間にかに残りの四振りが審神者の近くにまできていたことに気づく。今までのやりとりを全て聞かれて見られたのかと思うと、先ほどまでの己の姿が間抜けなような気がしてならなかった。
「主っ! 乱ばっかりずるくない!?」
涙目で審神者に詰め寄ったのは、加州清光だった。帰ってきて早々審神者に詰め寄るだけの元気はあるようで安心したが、こういった反応は少々困ってしまう。
「……挨拶だよ。清光」
そう言うしかない。特別な行為だと言ってしまえば、それこそ問題だ。苦笑いでそう言えば、清光はむうっと頬を膨らます。
「挨拶ならどうしてそんなに照れてるの!? もしかして、主今の初めてだったんじゃ……」
「わっ、そうなのあるじさん。ボク、あるじさんの初めてを奪っちゃった?」
「そ、それは……」
そう言われ、そんなことはない。経験は今までにもある。とは言えない審神者は、言葉に詰まる。実際、そんな経験はしたことがない。逃げ場が徐々に狭くなっていると感じながら口ごもる審神者に、清光の後ろにいた太郎太刀と次郎太刀は驚いたような反応をみせた。
「へぇーやっぱりそうなんだー? 主って初な感じがするから、そうなのかなって薄々思ってたけどさ」
「……やめなさい、次郎。主が困っている」
次郎太刀を窘めつつも、太郎太刀も次郎太刀と似たような表情を浮かべていた。ここで否定しても、おそらく誰も信じない。
「大将」
そんな時、清光と審神者の前に薬研藤四郎が割り込んできた。そして審神者にむかって両腕を広げた薬研は、審神者に向かってにっこりと笑ってみせる。
「俺っちにも、乱と同じことをしてくれよ」
ひたすらにこにことしながらそう要求する薬研に審神者は驚きつつも、話題が変わることを期待して、小さく頷いた。
「わかった」
そう言って、薬研の脇に手を入れて抱え上げる。乱にやったように両腕を尻の下で組むようにすれば、当然、先ほどの乱のように薬研の目線も審神者の上にいく。
「あっ、薬研! 次は俺なんだけど!」
「こういうのは、早いもん勝ちだぜ。愛は戦争っていうだろう?」
「……何処でそんな言葉を覚えてくるんだ?」
乱のキスのことといい、情報源は一体どこなのだろう。今度、こんのすけに頼んで調べてもらおうか。そんなことを思っていた審神者の頬に、薬研の手のひらが触れる。そして近い距離で顔をのぞき込んできた薬研は、すうっと目を細めた。
「愛してるぜ、大将」
そう言って、指先を髪に絡めていく。触れ方が頭を撫でてくれているといった優しいものには思えず、審神者は体を強ばらせた。いよいよ、短刀たちの情報源を捕まえて縛り上げる必要性を感じてきた。
そんなことを考える審神者の顎を、薬研が空いている手でくいっとあげる。舌なめずりをして大人びた表情を浮かべる薬研は、しっとりとした声で囁くように審神者に問いかける。
「大将は、俺のこと、愛してくれているか?」
同じ短刀にも関わらず、言っていることが同じでもここまで意味合いが変わってくることに驚く。そして、髪に触れていた手がするりと首筋に触れ、小さく体が震えた。
「薬研! 主に変な触り方しないでくれる!? 主はやらしいことしたことないんだよ!? 真っ白なんだよ!? 無垢なの!」
「……清光。少し黙りなさい」
「へっ!? な、なんでえ、主……」
庇ってくれているらしいが逆効果である。
清光を止めて、審神者は早く済ませてしまおうと考えた。ここで過剰に反応してはいけない。何事もなかったかのように、終わらせてしまう方が結果的に良いはずである。
「もちろん、愛しているよ。薬研」
審神者として、大人としての余裕を見せよう。
「そいつは良かった」
その一心でそう口にした審神者に、薬研はにんまりと笑った。そして薬研の頬に唇をつけようとした審神者の顎をがっしりと固定するなり、すっと唇を近づける。
「やげ――」
頬を差し出すどころではない動きに薬研の名前を口にしようとするが、最後までは紡げない。それは唇を塞がれてしまっていたからである。温かく、柔らかな感触。それが薬研の唇であること。何を違ったが唇に口づけをされてしまったこと。
「………薬研」
自分でもよく分からない感情に、言葉がついてこない。少しだけ離れて自由になった唇で名を呼べば、すぐ目の前にあった紫の瞳は、楽しそうに揺れていた。
「悪いな。大将の初めては俺がもらったぜ」
審神者から顔を離した薬研藤四郎は、近くで呆然としている清光と乱に向かってぱちんとウインクを決めてみせる。
「…――やげん!!」
「薬研ったら、大胆!」
少しの沈黙の後、清光の悲鳴のような叫びと、明らかに楽しんでいる乱の声がした。呆然としたまま固まっている審神者に、隣に移動してきた次郎太刀が肩を揺すってみせる。
「ちょっとぉ、大丈夫?」
今度は顔の前で手を振りながら、次郎太刀は心配そうに審神者の様子を伺っていた。それでもそれにいつものように反応できなかった審神者は、唇を小さく震えさせている。
「あまり、主をからかってはいけませんよ」
言いながら、審神者が抱えている薬研を太郎太刀が引き離すように持ち上げる。そうして太郎太刀が薬研を地面に降ろすが、全く悪気のない顔をした薬研は、むしろ、自慢げな表情を浮かべていた。
「太郎太刀の旦那も、してもらうといい。大将の唇は、柔らかいぜ?」
「薬研――! もう絶対ゆるさないからなあっ!!」
顔を真っ赤にして怒っている清光が、薬研の胸倉をつかんでぶんぶんと揺らしている。その頃になって審神者はやっと我にかえり、触れてしまった唇を手の甲でおさえた。
「薬研」
そうして審神者が薬研の名を呼べば、その場にいた全員が審神者のことをみる。そうして、審神者は少しだけぼやける視界で全員を見ながら、震える声でこう告げた。
「っ…くちびるは、だめだ」
冷静であれ。刀剣たちを率いるものとして、節度を守り、凛として毎日を過ごす。そんなモットーがあった審神者には、色々な意味で衝撃だったのか、己の中で上手に処理することができず、そんな拙い言葉しか出てこない。
「「「「「…………」」」」」
あわあわとしながらそれを言えば、全員が口を閉ざして黙り込む。
しばらくそんな空気が続いた後、審神者の視線が一気に高くなった。
「っ……じろう」
「はいはーい! 綺麗な次郎で〜す!」
胸の高さに次郎の頭があること、残りの四振りの姿が視線の下に見えること。時間差で、次郎太刀に抱えられていることに気が付いた。そんな審神者のことに、まるで幼子をあやすときのように上下に揺らしながら、次郎太刀は優しい視線を向けている。
「よしよし、びっくりしたね〜。主」
違う。幼子をあやすようではない。正にあやしているのだ。
「次郎……私は子供ではないよ」
「まあまあ、お堅いことはいいっこなしだって」
大太刀である次郎太刀は身長が並外れて高い。そんな次郎太刀に抱えられれば、とんでもなく目線は高くなるのだ。
「もう! ありえない! ホントありえない! 何してんのもおおお!」
「はははは! 恋は弱肉強食っていうだろう? 気を抜いてるとあっという間に横取りされちまうぜー?」
「なっ……やっぱり確信犯じゃんこの短刀詐欺ー!」
見下ろせば、薬研を揺らす行為を再開している清光とそれを軽くあしらう薬研の姿が入る。
「わー! あるじさん、いいなあ」
「よかったら、私が抱えましょうか?」
「え? いいの? 太郎太刀さん!」
「ええ。では……」
それから、審神者の抱えられている高さを羨ましがる乱を抱える太郎太刀。太郎太刀に抱えられたお陰で目線が高くなった乱は、きゃっきゃと無邪気にはしゃいでいた。
「太郎太刀さんすごーい!」
「喜んでもらえて何よりです」
その乱のはしゃぎ具合を見ていると、少し落ち着いてきた。そんな審神者の様子を見ていた次郎太刀は、にっこりと笑う。
「ほらほら、その調子だよ! かわいい顔してるんだから、笑ってなきゃもったいないだろ?」
そう言う次郎太刀のおかげか、冷静になれた審神者はふっと微笑んだ。そうして本来の目的を思い出すと、次郎太刀の頬に触れて、そっと撫で上げた。
「ありがとう、次郎」
次郎太刀に上目で見られるなんて、これも初めてのことだ。普段しない行動を起こせば、知ったつもりになっていた刀剣たちの、新たな一面を見ることができる。それをしみじみと実感していた。
「遠征、お疲れさま。おかえりなさい」
完全に持ち直した審神者に、次郎太刀はにいっと笑った。
「ただいま!」
そう答えた次郎太刀は、片腕だけで抱えていた審神者を、今度は太郎太刀に近づけた。つまり、太郎太刀の顔がすぐそばにある状態になる。突然の次郎太刀の行動に拍子を抜かれたのか、太郎太刀は小さく瞬きをした。そんな太郎太刀に向けて、弾んだ声で次郎太刀は言った。
「ほら、兄貴もただいまって言わなきゃ!」
「……次郎」
そう言うのは、次郎太刀の太郎太刀への気遣いだ。太郎太刀はふっと微笑んで、審神者に顔を近づける。
「……主。ただいま帰りました」
どこかもどかしい声色だった。照れくさいのか思えば、それとは少し違う。審神者は微笑んで、太郎太刀の頭の上に手のひらを置いた。
「おかえり。太郎太刀」
言えば、少し戸惑いを見せた後に、太郎太刀はぎこちなく目を伏せてしまう。けれど表情が太郎太刀の気持ちを物語っていたので、審神者はそれを嫌とは思わなかった。
「あるじさん。ボクも、ボクも」
「ああ。いいよ」
太郎太刀に抱えられた乱も、審神者に頭を向ける。それを受けて審神者は乱の頭の上に手のひらを置いて、優しく撫でた。そうすれば、乱はとても嬉しそうにして、ふふっと笑ったのだった。
そして次郎太刀に地面に降ろして貰った審神者は、今度は次郎太刀を見上げてそう問いかける。
「重くはなかったかい? 次郎」
「そんなわけないじゃん! かるいかるいっ!」
そんな審神者の質問を笑い飛ばす次郎太刀は豪快で、けれど気の優しい部分を知れた審神者は、なんだか嬉しくなって笑った。
そして、最後にまだ面と向かって出迎えているとはいえない清光に両腕を広げる。
「清光」
薬研の首に腕を回していた清光は、審神者に呼ばれたことで薬研を解放する。涙目で薬研に激怒していた清光は、そのまま泣き出してしまいそうなくらいにふにゃふにゃした表情を浮かべている。
「あるじー……」
「ああ」
呼ばれているだけだが、そんな返事をする。それで成立しているような気がするのだから不思議だ。
「おいで。清光」
そう言うと、うるうると瞳を揺らして、清光は飛びつくように審神者を抱きしめた。審神者の背中に手を回し、ぎゅっと、息が苦しくなるくらいに強く強く抱きしめる。それに負けじと清光を抱きしめ返すと、たまらないといったような声で清光が耳元で囁いた。
「主。俺がいなくて、寂しくなかった?」
不安そうに聞かれる質問の返事なんて、決まっている。
「寂しいに決まっている。ずっとお前の顔を見たくて仕方なかったよ。清光」
ぽんぽんと、清光の背中を叩きながら、そんなことを言う。そう審神者が伝えた後、清光はぐすぐすと泣き始めたようだった。顔が見えなかったが、それはすぐに分かった。
「お、俺も、ずっと主に会いたかったよー!」
そうして意地でも離れないといった様子の清光を、審神者は会えなかった分、たくさん甘やかしてやりたくなった。
「……?」
それを察したのか、審神者と意味深な視線を交わした次郎太刀が、ぱっちんとウインクを決めてみせる。そして太郎太刀と視線を合わせると、太郎太刀は抱えていた乱を。次郎太刀は事を見守っていた薬研を抱えて審神者と清光の横を通り過ぎていった。
「アタシたちは先にいってるからね〜」
その一言だけを残して建物の中に入っていた四振りに、審神者はくすっと笑う。気を遣わせてしまったらしい。そんな四振りの気遣いに気づいているのかいないのか、清光は未だに泣き続けている。
「主のばかぁ。なんで薬研とキスしちゃうの」
息苦しさを感じるほど力を込められて清光に言われると、耳に痛い。まさか乱との話の流れで、唇にされてしまうとは予想できなかった。
「すまない。油断してしまった」
「いつも言ってるじゃん! 主はもっと警戒心持ってって!」
「いや、でもまさか薬研がするとは……」
「あいつは見た目がかわいいけど中身短刀じゃないからね! 中身は大太刀だよ!? 一番油断ならない」
「大太刀……」
ものすごい表現の仕方だ。その表現では、大太刀への風評被害もありそうである。そんなことを思いながら、審神者は清光の頭を優しく撫でる。何か気の利く言葉でもかけてやりたいが、こんな時にどんな言葉をかけていいのか分かるほどの人生経験は積んでいないのだ。
「……主」
審神者から距離を空けて、清光は審神者の顔をのぞき込んだ。それを受けた審神者は、清光が浮かべていた涙を指で優しく拭った。
「清光は泣き虫だな」
優しく言えば、清光はむうっと唇をとじ合わせる。
「主のせいだからね」
そう不満そうに言う清光に、審神者は笑った。確かに、そうかもしれない。審神者のことになると、清光はとても感情が乱れてしまうらしい。申し訳なさもあるが、やはりそういったところが愛しいと思ってしまう。
「すまない、清光」
誠意はあまり感じられないだろう声でそう言えば、清光はすんと鼻をすすってから、審神者の頬に手のひらを当てる。最初はぎこちなく、そしてすぐに、優しく頬を撫で始める清光に、審神者は目を細めた。そのまますりすりと清光の手のひらに頬を寄せれば、清光は喉を上下させた。
「主。……俺も、良い?」
それが何を示しているのかに気づくのは、そう難しい話ではなかった。おそらく、乱にしたような触れあいのことだろう。審神者は少し迷ったものの、先ほどの清光の泣きそうなほどの反応を思い出して、ゆっくりと頷く。
燃えるような情熱を秘めた赤い瞳が、すぐそばに近寄ってくる。
(……綺麗な色だ。まるで、宝石のよう)
そんなことを思いながら、審神者は清光の唇が頬に触れるのを待った。清光は真剣な表情で、少しずつ、少しずつ、吐息まで感じられるような距離に近づいてくる。
その時になってようやく、清光の唇が、審神者の唇にせまっていることに気が付く。
「きよみ……」
「黙って。主」
おかしいと思って清光の名を呼ぶが、最後までは紡げない。そっと、審神者の唇に親指を当てられて、唇を閉ざされたのである。
「っ……」
そのまま、つうっと唇をなぞられる。ぞくぞくとした感覚を得て、審神者は言葉を失う。けれど何故か清光を突き放すことが出来ず、清光から目を逸らすことも出来ないままでいた。
清光の吐息が、唇に触れている。この距離で抵抗しなければどうなってしまうのか、鈍い審神者にも分かっていた。それなのに、頭がぼうっとして、体が動かなくなってしまう。まるで、がんじがらめにされているかのように。
――けれど、清光の唇が審神者に触れることはなかった。
すっと審神者から距離をとった清光は、切なそうな表情を浮かべて、自嘲するように笑う。
「っ……ほら、言ったでしょ? 主は隙が多いってさ」
「……清光?」
「言ったばかりなのに、主ってばすぐに手を出されそうになってさ。そんなだから、薬研に好き放題されちゃうんだよ?」
離れて行ってしまった清光に、審神者は何と形容すればよいのか分からない感情を感じた。安堵したような――残念に思ったような。そんな感情が己の中にあったことに、あってしまったことに、審神者は身を震わせる。
「……そうだな。清光の言う通りだ。私は審神者として、まだまだ未熟だ」
そんな感情を間違っても清光には感づかれてしまわれたくない。審神者はぐっと感情を押し殺すように笑ってみせた。
「てっきり私は――……」
けれど、うまく笑えない。審神者は困ってしまって、清光から目を逸らすように目を伏せた。言葉を見失って黙り込む審神者のことを清光がどのような目で見ていたのか、当然、審神者には見えない。
「主。中に入ろうよ。遠征結果の報告しなきゃ」
言われて、審神者はゆっくりと顔をあげる。清光は、いつものような笑顔を浮かべていた。それを見て、審神者は理解した。清光が、もう話を終わらせてしまったこと。深く追求する話ではないと、遠回しに審神者に言っていること。
「……そう、だな」
そう呟くように言えば、清光は静かに審神者の手をとった。その手を引いて玄関に向かう清光の背中を目で追いながら、少し遅れて足を動かして後に続く。
繋いだ手がとても熱く感じた理由が、清光にあったのか己にあったのか、審神者には分からなかった。
「なに、騒がしいね」
「あっ、おかえり清光。報告終わり?」
「うん。今さっきね。で、この騒ぎなんなの?」
「いや、今さ、すごいよー? 薬研が主の‘初めて’を奪ったって、本丸中大騒ぎ。阿鼻叫喚。[[rb:主ガチ勢 > 小狐丸と長谷部]]がとくにひどい」
「は!? ……はあっ!?」
「いやあ、これ、多分薬研に続きたい刀剣がひっきりなしに出るんじゃない?」
「なっ、ちょっ、薬研こっち来い! 俺まだ許してないんだからねー!」
そう叫んで、清光は騒ぎの中心に乗り込んでいく。
今後安定の言葉通りになるかどうかは、まだ未定である。
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