05

唐突ではあるが、ツナはとても寝起きが悪い。
そんなツナに昔から奈々さんは手を焼いていて、比較的早く起きる俺に偶にでいいから起こしてくれないか、と白羽の矢を立てたのは必然だった。
それからは本当に偶にだが、ツナを起こす役割を担っている。
小学3年まではほぼ毎日が通例だったが、その時からツナ本人から起こさなくていいと拒否を受けたため、今では本の偶にだ。
気分的には反抗期の弟を相手にする兄の気分である。

「母さん、ツナ起こしにいくから今日はご飯いらない」
「あら、分かったわ、ついでにこの前奈々さんから貰ったご飯のお礼、玄関に置いてあるから渡して頂戴」
「はーい」
母の言った手土産とバック、菓子パンを持って家を出る。
いつものようにツナの家に入ろうと顔を上げた時だった。

「ちゃおっす」
玄関先の塀の上、その場所にこの前出会った黒い赤ん坊が仁王立ちで立っていた。
人気のない朝方だというのに、異様に存在感を放つその子に思わず眉を寄せる。
けれどまぁ、無視するわけにもいかないので仕方なしに口を開いた。

「Ciao、赤ん坊は眠ってる時間の筈だろ」
「生憎と、普通の赤ん坊じゃないんでな」
「…………まぁそれは見て分かるけどさ」
ニヒルに笑う赤ん坊に訝し気な視線を送り、何か用かと次を促した。
俺の問いに再度深めた笑みに何やら嫌な予感が背を駆ける。

「九重夜天、お前ツナの率いるファミリーに入れ」
「…………ぁーーーーーー」
赤ん坊からの突然の申し出に小さくため息を吐く。
昨日これからどうしようかと悩んでいた矢先にこれだ。
赤ん坊の言葉に、前世での俺の環境でなら二つ返事で了承していただろう。
俺の予想が正しいなら、ツナはボンゴレの関係者であり、此奴もその系譜に近いと思われる。
けれど、今の俺は普通の男子高校生だ、前世のように、搾取されるような存在では決してない。

今の俺は『ただの九重夜天』なのだから。
「断る選択肢があるなら、その申し出は今は断りたいかな」
「ほう、なんでだ」

きらりとした黒曜石の瞳がこちらの心を見透かしているようで、少し気分が悪くなる。
「……今の俺には何もない」
「武器なら用意するぞ」
「いや、物理的な話じゃなくて……というか君物騒だな」
「武器が何たるかを理解しているお前も相当だぞ」
「急に、上げ足をとりよる……、武器の話じゃなくて」

一度、無意識に握っていた掌をゆっくり開いて息を吐く。
ほぼ初対面の赤ん坊に何言ってんだろ、と自虐が浮かぶが、何故かこの赤ん坊は俺の話を無碍にはしないと、そう思った。

「覚悟が、足りない。今の俺じゃぁ」
「覚悟」
「一日、二日でどうにかなるんだったら、俺もこう悩んでないよ。昨日知ったばっかだし」
「ふーん、お前はツナの事情を、知っているんだな?」
「…………何となくは」
だから、まだ、入れない。

絞るように出した答えに、赤ん坊はニヒルな笑みを隠しもせず、寧ろ一層笑みを深めた。
え、何、怖いんだけど。

「…………取り合えずツナ起こしに来たから、家入っていい?」
「ん、いいぞ、まぁ問答無用でお前もファミリーに入れるけどな」
「さっきまでの俺の話聞いてた?横暴かよ」

赤ん坊の横を通り、流れでインターホンを押す。
いつものように出迎えてくれた奈々さんに挨拶し、早速ツナの部屋へ向かうといつも閉じられている扉が今日は開いていた。
勝手知ったるなんとやら、これ幸いと中途半端に開いている扉を開ける。

「ツナー、起きろー、幼馴染様が起こしに来―」
「だ、駄目だ夜天!開けないで‼」
「ーえ」

なんだ、ツナ起きてたのか、と軽口を言う暇もなくカチリと軽い音が耳に届く。
ツナの絶叫も同時に聞こえ、視界が黒い煙に包まれた。