きみの教え
「今から行ってもいいですか?」
そんな思いつめた声音で言われたら、私はどうぞどうぞと返すことしかできない。じゃあ今から行くので、30分くらいと言われてどうやら彼は実家から来るらしい。
そわそわしながらクイックルワイパーをかけて出しっぱなしの服やテーブル上の小物を片付けていたらピンポーンと呼ばれた。旬くんにちゃんと綺麗にしてるんですねって言われたいがためだけに綺麗にした部屋はまあ合格点だろう。はいどうぞーとインターホンに向かって声をかけて鍵を開ける。
「ちゃんとモニター見ました?」
「……あけましておめでとう」
「おめでとうございます。それで、ちゃんと見た?」
「見……てない」
「馬鹿」
「うう」
「そもそもマスクで顔が隠れてるんだからどちら様ですか?くらい聞くべきですよ」
「声でわかるもん……」
「はいはい」
旬くんはケーキの箱を私に持たせて自分はブーツの紐を緩める。手袋、マフラーと順番に外してやってそしたら旬くんがありがとうって立ち上がりブーツを避けてコートの前を開ける。防寒しっかり、風邪予防しっかり、それから変装もしっかり。さすが旬くん。
「ケーキ、ありがとう」
「ああ、実家に寄ったので分けてもらって……」
「お誕生日だもんね」
「ええ、まあ」
旬くんはちょっと顔を赤くして君が好きな店のやつだったからと小さい声で言った。
「いちご?」
「それと、シュー生地のとレモンのタルト」
「嬉しい!」
「だと思った」
ティファールがカチンと音を立てて私はとびきりの紅茶を淹れるべくキッチンに向かい、旬くんは手を洗いに洗面所に消える。
「旬くん、事務所のみんなはよかったの」
「そんなに大きい声を出さなくても聞こえますよ。朝一で事務所に寄りました」
「ハイジョは?」
「仕事始めの後に焼肉してくれるって」
「いいねー肉か」
旬くんはお皿を選び、ケーキを乗せた。
「おいしそう……旬くんさあ、思いつめた声で電話してくるからドキドキしちゃった。よかった、何事もなくて」
「そのことなんですけど」
「うん」
旬くんは電話の通り思いつめた顔をしてるけど背景がキッチンだからなんだかいまいち締まらない。
「あの」
「どうぞ、ゆっくり言って」
「とりあえず、先に紅茶注いでもらっていいですか」
「はいはい」
逃げたな、と思いながら黙って二人分紅茶を注いで注ぎましたよと申告する。旬くんは言おうか言わまいかとひとりで悩みもう一度あの、と切り出す。
「うちに、挨拶に来ませんか」
「……待って、ど、どこに?」
「嫌だったら全然いいんです。僕の家、なんですけど」
「いいいい嫌じゃないですが!!どういう気持ちの変化で!?」
「ケーキ持ってく時にその、ばれてしまって。恋人がいるって」
「うん」
「思いのほか反応が悪くなかったので今度連れて行きますと言ったんですけど」
「そうなんだ……」
「嫌だったらいいんです」
「うん、嫌じゃないから安心して」
「僕がちゃんと紹介しますから、そんな顔しないで」
「大丈夫、びびってるだけ。旬くんがちゃんと一緒にいてくれるなら全然へいき、です」
よかったと旬くんが言って私は思わぬ展開に動揺したけど、旬くんがよかったならそれでいいかなと思った。ご家族の、都合のいい日教えてね。ちゃんといい子に見えるような可愛い服着てお土産買ってくからねと旬くんに言えばその点何も心配してませんと返されてしまい、私はますます旬くんを好きになってしまった。
リクエスト/時々ストレートに物を言う旬
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