家に帰ると神速がいる

>>夢主と別に「番長さん」がいる

学生から社会人になる時に、引っ越しをしなかったのは楽でよかった。
大した荷物もないのだが職場が学生時代に借りていた部屋に近く、ならそのまま住み続ければいいかなとめんどくさがりが発揮され契約更新するに至り。せめて、社会人ぽい部屋に!と思ったものの、なかなかに忙しく模様替えは遅々として進まず……中途半端に学生仕様の社会人部屋が完成し、結果とある学生たちが入り浸ることとなった。

「ただいま!」
「おう、おかえり!」
「邪魔してるぜ」
「いいもん食べてるじゃん。1本おくれ」
「いいぜ、ほらよ」
仕事から帰ると、玄関には馬鹿でかい靴が2足揃えて置いてあり、神速のふたりが我が家にいる。

彼らは事務所に寄る用事もない、暇な時間があれば合鍵で侵入して我が家のように寛いでいる。事務所にも近い我が家は「事務所に行って暇潰す感じじゃねえな……って時でも、ここにいたら急に事務所で面白いことやるぜ!ってなっても駆けつけやすい」「仕事の急な変更にも対応しやすいしな。番長さんも所在がわかって安心するし」らしく、彼らが入り浸るにぴったりなのだ。そしてその番長さんも最近事務所にいない神速のふたりを探す時私に連絡してくるようになった。「ふたり、今日もいます?」って……「大学に近い部屋を借りると溜まり場になる」説がまさか、社会人になっても通用するとは……

現に私が帰宅すると、朱雀は極細ピッキーを咥えて宿題と格闘し、玄武は壁にもたれて横に積み上げたテキストを読破しているところだった。いつもの格好だ。勝手にお湯を沸かして、勝手に置いてるマグカップでお茶までいれている。いや、べつにいいんだけど……

「名前さん!ここ全然わかんねえんだ!」
「玄武に聞きなよ……古典なんて私もういっこも覚えてないよ」
「玄武!」
「この章終わったらな」
「……名前さん!!」
「活用は表ついてるからそれ見て埋めて……意図を問う系は玄武待って聞いた方がいいよ」
「ぐう……」
朱雀が古典文法のテキストのいちばん後ろの索引を追い始めたので私は残ったお湯でお茶をいれた。ふたりの出涸らしだけどまあ飲めなくはない。

朱雀は、勉強道具はほとんど学校に置いている置き勉派だから(通学カバンがどおりで昔のツッパリ並みに薄っぺらいわけだ。見たことないけど)、私の部屋にある便覧だとかテキスト、辞書を使って宿題をしている。

脚のグラグラが気になるのでクローゼットに仕舞い込んでいた折り畳みテーブルだが、朱雀は色々載せている割に器用にバランスをとっている。しかしやっぱりグラグラしながら宿題するのはかわいそうなので、最近朱雀用の新しいローテーブルでも買おうかなと考えている。こうしてまた物が増え、引っ越しは遠のく……

朱雀が索引から目的の単語を捉えて指でなぞり、ページ数を突き止めるところまでは到達した。宿題なんて適当に埋めときゃいいのよ、と言いたくなるのをグッと抑えて、朱雀が目的のページに向かって紙を捲るのを眺める。我が家にはゲームもいろいろ置いてあって今日はそのうちのひとつで対戦する予定だったのだが、それどころではなさそうだった。
「ぐう……」
「今日ゲームするんじゃなかったの?」
「そうだけど……そうなんだけどよ……」
すでに寝そうになっている朱雀だが、その一因はホットカーペットではないかと思う。地べたにそのまま座るふたりがかわいそうで買ってみたんだけど、これがなかなか好評である。帰宅したらふたりして床で寝てる、なんて弊害もあるが。


「名前さん、これ間違ったところにマルつけてある」
「うわっ見るな!消してくれ!」
「ちゃんと答え合わせしなかったのか?この辺大変なことにになってるぜ」
「うわーー!よせ!」
「世界の食糧情勢は今後どうなっていくと予想されますか。現状より速度を落として増える……どこをどう取ったんだ?世界人口は増加し続ける、を拾ったのか?」
「や!め!ろ!」
玄武が笑って、高校生の私がつけたフニャフニャの丸をなぞった。
「多分、聴きながら寝てたんだろうな」
「うるせー、いつもは間違ってても見逃してくれるのに……」
「筆圧がゼロだから寝てたんだろうと思って」私が高校生の時に使っていたCNNのリスニングテキストを玄武は時事問題の価値もないに等しいだろうに愛用している。英米豪の本物のニュース音声つきのテキストは決して安くないから、玄武は色んな年のテキストを繰り返し使っているようだった。値段なんて気にしていなかった分適当にやってるのがバレると超絶恥ずかしい。

それに、我が家には私の代やそれ以前の版の古い英文法テキストや数学の参考書、物理化学に至ってはレベルの違う参考書が複数眠っており、さらには捨てるタイミングを失った大学時代の生命化学の分厚い教科書まであるので、玄武は朱雀が宿題をする間に片っ端から読みまくっている。箪笥の肥やしもこうやって活用されるなら、肥やしておいた甲斐がある。

「この様子だとふたりともゲームまでまだかかる?着替える前にコンビニ行ってこよっかな」
「オレも……」
「朱雀が行ったらまたゲーム遠のくじゃん……」
「朱雀、昨日言ってた新作でいいのか?」
「玄武も行くのか!?!?」
「気分転換に歩いてくる。流石に身体がかたまった」
「だから直座りやめて、クッションとか使っていいよって言ってるのに……」
脱いだばかりの靴を履き、玄武も馬鹿でかい靴につま先を引っ掛けた。
「ウウ玄武……早く帰ってきてこれ教えてくれ……」
「すぐ戻るぜ、相棒。それまで自分で考えとけよ」
朱雀が極細ピッキーを噛み砕いて唸った。適当にでも埋めてあればいいのよ、今度こそ口から出た私の不真面目な発言を玄武がこら、と咎めた。

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