冬の終わりSS
日中暖かいからとスプリングコートを着たのは間違いだった。夜は寒く、通りを行く人たちは皆足早に地下鉄の駅へと消えて行く。手袋もしてくればよかった。春なのに私の指先はすっかり冷たくなって乾いている。はあ、とため息の代わりに指先に息を吹きかけた。スプリングコートとはいえ一枚羽織っているのに体が冷える。首も寒いからマフラーか何か巻いてくればよかった。まだ来ない。遅いなあ、約束の時間をとっくに過ぎてスマホを見ても彼からの連絡は来ない。いつも使うメッセージアプリに既読さえつかないし、お仕事用で持っているインスタの更新やいいねも特になし。お仕事が延びてるのかもしれなかった。約束の時間からもうすぐ一時間が経つ。
着信音にはっとして顔を上げると朱雀くんから電話だった。電話なんて、使ったことあったっけ。だいたい用事はメッセージアプリですむし、夜とか迷惑かなと思って電話したことは多分なかったと思う。
「目の前の横断歩道!今行くからなあ!!」
「う、うん、まってる」
いつもの薄着に軽く上着を一枚羽織っただけの彼が横断歩道の向こうで電話をかけていた。人混みに紛れてもすぐにわかった。派手な髪を隠す変装用の帽子、黒のフライトジャケットは薄手なのに冬の間も気にせず着ていた。きっと、暑がりなんだと思う。猫抱えていればあったかいしね。ごっつい赤のスニーカーはクリスマスプレゼントに買った。リクエストされた時は誰が履くのこんなすごいやつ!しかも重たい!って驚いたけど彼が履くとすごくよく似合う。前玄武くんと会った時に彼は黒い細身のワークブーツで朱雀くんが例の赤くてでかくて重そうなハイカットを履いてて2人がとなりに立つととてもしっくりきて感心した。
「悪い、撮影が終わんなくてよお」
運動は得意なはずの彼がはあはあと息を切らして横断歩道を走って渡り、そのまま路地裏に入って弁解を聞く。膝に手をついて息を整えていた朱雀くんははっとして薄い上着を脱ぎ捨てて私を包むみたいに肩にかけた。冷えた指先をさすられて乾いた指先がはずかしい。
「寒かったよな……一時間も待たせっちまって……」
冷えてた体は朱雀くんの手が熱くてその温度差でなんだか変な感じがする。スタジオが近かったから走ってきた、先に連絡入れるとかアタマそこまで回んなくてよ……ぎゅうと肩を抱かれて、そのまま肩の骨におでこをぶつけるみたいにして俯くと後頭部に浴びせられるにゃこの肉球タップ。肩にしっかりつかまってるとはいえ慌てた朱雀くんは爆走してきたから随分シェイクされただろうに、慰めるように軽くタップされる。にゃこの飼い主って前々から知ってたけどあほだよね。同意するみたいににゃあとなかれた。
「……寒かったよ」
「うっ……メンボクねぇ!このオトシマエは必ず!」
ぎゅうぎゅうと力任せに抱きしめられ、その上宥めるみたいに左右に揺れるので拗ねたふりもさすがにしてられなくなった。薄手のTシャツにブルゾン一枚で、しかも上着は私に貸してて平気なのかな?と思ったけどこれだけ常時熱放散してるのなら平気なんだろう。熱気と胸板の圧に耐えかねてそっと肩から顔を上げるとにゃこと目が合う。
「じゃあご飯食べよう?あったかいやつ……」
朱雀くんの目が素直にぴかっと光るので私はやっぱり居心地悪くて目線をそらしてしまう。絆されるのが早すぎるのはわかってるけど、好きだから仕方ない。誤魔化すみたいに上着を突っ返したけど朱雀くんは気を悪くしたりしなかった。
この時間ならすぐできる煮込みラーメンとかがいいかなあ。まだ煮込みラーメンのセットが一つ家に残ってたはずだ。足りなそうならもらいもののカステラとかあるし……あとほうれん草ももらったやつがいっぱいあるから悪くなる前に茹でて食べてもらいたいし……
それなら早く帰って作ろうと朱雀くんのポケットに手を突っ込んで路地から出る。突然手を突っ込まれて朱雀くんがビクッとしたけど何も言わずにそろそろとぎこちなくポケットの中に朱雀くんの手が入ってきて、それから若干躊躇する素振りを見せてぎゅっと握られる。
朱雀くんの肩のにゃこと目が合い、お前もあほだよと言わんばかりににゃあとないた。絆されまくりなのは惚れた弱みなのでまあ、仕方ないよ。
紅井朱雀/寒い中待たされる話
漣くんが私の肌を撫でて嫌そうな不審げな顔をした。
「オマエ、なんかざらざらしてんな」
「うう!」
最悪!さすが最強大天才!冬も終わりそろそろ春だし顔だけでいいかなあとボディの保湿をサボった途端にこの発言。やっぱりまだ寒かった。乾いた肌は触り心地は良くないのはもちろん痒みまでもたらすので最悪なんだけど追い討ちをかける漣くんの素直な疑問。
そんなことを言い訳混じりで漣くんにいうと大して興味なさそうにしていた。だよね、あんまりわかんないよね、最強大天才の漣くんは頑張って導入とかパックとか化粧水とか乳液とかクリームとか塗らなくてもすべすべだもんね……いつも暗い中寄せられるほっぺはびっくりするくらいすべすべだしどこもかしこも白くて羨ましい。「オマエも白いだろーが」と言われても私のはいろんなものに頼って頑張った結果の白さなのだ。
仕方ない、お風呂から出て時間かかったけどもう一回丁寧にやろうと背中を向けて服を脱ぐ。肩に指がかかって、嫌な予感がする。
「漣くん、何」
「オレ様がやってやるよ」
「いやいいよ平気だよ」
「ハア?オレ様がわざわざやってやるって」
「はいはいはい!お願いします!」
めんどくさそうな予感がしてあっさり一任すると漣くんは思ったより嬉しそうにしていた。ンな面倒なこと誰がやるかよ!と言われるかと思っていた。
「じゃあ背中、お願いします……これ適当に手に出して塗っていただければ……」
漣くんは返事もしないで、でも言われた通りに手に出してからそれをペタペタと背中に塗った。この隙に私は前面を塗る。適当にババっと塗られるかと思ってたら何回か私が脱衣所でやってるのに遭遇したからか案外地道に塗ってくれていた。
「おいオマエ、これ邪魔」
パチン、と漣くんが下着の紐を弾いた。このあとコンビニに行ってアイス買おうと思ってたので下着をつけていて、肩紐と背中に回ってる部分が邪魔らしかった。そのままそこを避けて塗ってと言う前に漣くんが下着のホックに気づいて外そうと苦心しているのが伝わった。これは外し方を説明するべき?若干力任せな部分があるので慌てて漣くんを止めた。可愛い下着は安くない。
「あのね、こことここ持ってちょっとこうして……外すの」
抵抗なく外れたそれにフーン、と漣くんは返事をして下着のホックを留め直した。それからもう一度、今度は簡単に外す。雑な仕草で肩紐を左右落とされて、ようやく漣くんの前にまっさらな背中が広がったことだろう。
漣くんは無言で塗り進めていってそれが終わると乳液をまた手に出してペタペタ塗っていった。学んだのか今度は上から塗り始めた。
「オマエ」
「なーに」
「前」
「前は自分で塗ってるからいいよ」
「……」
顎を掴まれ後ろを向かされて目の前に黄色い目がくる。俺様のいうことがきけねぇのか?と言わんばかりにらんらんと光り、嫌だなー嫌だなーと思いつつも痛くしないでねと前置きして体ごと漣くんの方を向いた。
「フン、オレ様がンなことするかよ」
そういえば明るいところで漣くんにカラダを晒すの初めてだなあ、と変に恥ずかしくなった。漣くんは何にも気にならないみたいでまた乳液の瓶を逆さにして振っている。そろそろ終わるから新しいの買わなくちゃ。
「上向け、上」
大人しく上を向くと蛍光灯の光が眩しい。漣くんの掌が首の下の方に触れてそこから下へ塗り広げられていくのがなんだか不思議な感じだ。丁寧とは言えないけど、優しい。あっ漣くん、首も、首も塗って欲しい。調子に乗ってそう言おうと喉を震わした時、その感覚に息が止まった。
かぷっなんて優しいものじゃなかった。ガブ。ガブっていった!
恐る恐る目だけで見れば漣くんが獲物を食らうライオンみたいに私の喉を噛んでいた。やっぱり。喉笛、食いちぎられるなんてことある……?彼氏に……声を発したら歯が突き刺さってしまうんじゃないかと思って私は黙って静かにしていた。あぐあぐと2回ほど歯を立てられる恐怖の後、漣くんは満足したのかあっさり離れてまた乳液を足して肩とか胸のを方を塗り始めた。
「漣くん、今の何……?」
「ンだよ、オレ様のやり方に文句があんのかよ」
「そうじゃなくて、首!」
漣くんはようやく納得したらしく黄色い目を細めて「ヨかったって顔してんなァ」と笑った。ぜ、全然ヨくなかったです、むしろ怖かったよ。漣くんはヘン、って鼻で笑ってまたべたべたと私の保湿を進めていく。胸のとこ塗ってても全然変なことしないのに、どうして首ではするかなあ……せっかくあったかくなったのにしばらくまた首を隠せる服を着なくちゃになった。
/牙崎漣 保湿の足りない話
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