春の朝南に光る


「どうして俺のこと、好きになったんだ」

名前は日付の変わる少し前に来た俺を迎え入れて飲み物を出して、俺の座るところをあけて、何か用事をすませてそれから隣に戻って来た。いつもは俺がそういうことをしているからいつもと逆だった。
「冬馬くん、お風呂は?まだなら入ってくる?」
一人暮らしの名前は自分の分を沸かしたらあとは栓を抜けばそのまま掃除ができるのに、俺を待ってたんだと思うと悪いなと思うと同時にくすぐったい。悪い、入ってくると声をかけたら「あっ待ってとりあえずお茶飲んで今日の話して」と名前はシャンプーの香りをふわりと香らせて笑った。ちょっと心臓がどきっとして、思わず鎖骨の下で揺れるふわふわのルームウェアのファスナーとか、しっかり乾かされているのにゆるく癖のついた髪とかに目がいってしまう。そういうのを誤魔化そうとして赤い液面に視線を無理やり移した。俺の気まずそうな顔が映っていた。それで、そのまま口を開いて出てきたのがそれだった。自分で言って驚いた。どうしてかなんて何度考えても自分でもよくわからなかったのに。

「どうして……か」
「いっ今のは別にそういうんじゃなくて!あれだ!なんとなく!なんとなく、別に深い意味があるんじゃなくて……」
急に恥ずかしくなって一人で焦ってるのが馬鹿みたいで語尾が小さく消えていった。名前はなんとなく、で出てくるんだから今聞いといたほうがよかったってことなんじゃない、と何気ない様子で俺の言葉を流す。

「どうしてだろうね」
「だっ……だよな!」
「色々あるだろうけど、最後はやっぱり冬馬くんが好きになってくれたからじゃないかなあ」
「俺かよ!」
動揺のあまり陶器のマグカップが手から滑り落ちそうになって慌てて持ち直す。名前は笑ったりしないで手、大丈夫だった?濡れてない?と言いながら布巾を取りに腰をあげ、俺は咄嗟にその手首を掴んで止めた。手首が細いし、白い。その白い肌にぷくりと青い血管が浮いていた。張り付いた視線を必死に剥がして名前の顔をまっすぐ見た。驚いた顔をしている。前も……いつか思い出せないけど前にも見た顔だ。

「濡れてないから……だから」
だから、続き聞きたい。元気のない声だと自分でも思う。こんなのらしくないし、わざわざ今日聞くことでもないと思う。でも聞きたいと思った。それだけで口から言葉が出た。俺の態度に合わせて名前も座り直してまっすぐ見返されてももう居心地が悪いとは思わなかった。

「うーん……付き合う前から私も冬馬くんのこと好きだったけど、なんだろう。そこまでじゃなかったんだよ、言い方悪いけど俺様アイドル!とか言われてたしちょっと怖かったじゃん。テレビ見てても圧倒的強者!みたいな感じで……どこっていうかなんとなくなんだけど。ピリピリしてる風に見えたとかじゃなくて……なんだろう、風格?があったっていうか、売り方が強そうだったっていうか。かっこよかったけどね」
「あ……ああ」
前から好きと言われつつも怖いと言われて若干へこんだ。たしかに……たしかに765プロ相手には威圧的に接してはいたし(あれは黒井のおっさんに騙されていたことで反省はしている)今でもいい態度してるとは言えねぇけど……
「でも好きだって言ってくれた時、全然そういう風に思わなかった。怖い、とか。嘘だと思ったし疑ったりしたけど、ふふ、他のやつじゃなくてあんたがいいって冬馬くん言ってくれたよね。熱い人なんだあって思って。あれで、落ちました」
「……そうかよ」
真っ正直!って感じがしてかっこよかった、と名前は照れ照れして俺は名前の言う通りそのまま正直に自分の気持ちを言ったわけだから、嘘はないはずだが改めて蒸し返されるとやっぱり恥ずかしい。この前も仕事で俺のそのままの言葉を褒められたところだからきっと悪いところではないんだろうが、素直に受け取るには難しい。

「ふふ、なのでどうして冬馬くんを好きになったか?についての答えは冬馬くんが私を好きになってくれたから!です。納得していただけましたでしょうか?」
「おう……」
自分で言っておいて照れたのか名前の顔が赤くなってまたふふふと誤魔化し笑いをして俺のと色違いのマグカップに口をつけた。
「私からもいーい?」
「?おう」
「冬馬くんはどうして好きになったの。私を」
「ぐぅっ!」
それは、それは、それは……言えねぇ!絶対に!……今はまだ!
言葉に詰まる俺をみて名前は「じゃあその答えは私の誕生日にとっておこうかな」とうってかわって余裕の表情で俺の跳ねた毛先をもてあそんだ。

「あっ忘れてた、お風呂入るんだよね」
立ち上がる拍子にゆるい癖の髪が背中からこぼれ、それを見ていて返事が遅れる。
「なあに、疲れてるの?一緒に入ってあげようか」
「間に合ってる!!!」
俺の声にもつまんないのと名前は半笑いで後ろから俺の頭に顎を乗せて髪をかき回した。案外近くて名前のシャンプーの匂いがしてむずむずする。

そのアクセ、かっこいいね。と褒められて名前によく見えるように持ち上げた。
「いいだろ、俺も大人になったからな!」
「そうだねえまた大人になったね」
名前がお誕生日おめでとう、と言って自分で乱した髪を直すみたいに髪を撫でる。もうすぐ特別な今日は終わって、また来年こうして誕生日を迎えるまでにどんなことがあるんだろう。その前に名前の誕生日がくる。
好きになった理由、口の中でそれを転がして息を吐く。気持ちも理由もとっくにわかってるけど今は、まだ。ゆっくり犬でも撫でるみたいに触れる手が気持ちよくて風呂、行きたくねえなと目を閉じた。あと少しでまた今年も、17歳の今日が終わる。


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