SS詰め合わせ
>>九郎さんともうすぐ春
下手くそな鶯の鳴き声は聞いてるこっちががっくりくる。というか、惜しい!っていう気持ちになってしまう。上手くホーホケキョ!と鳴けるやつは練習の賜物なのだ。春の前から練習を始めて、求婚の時期にようやく立派に渾身のホーホケキョを披露するというわけで。
今日は少し暖かいものの、聞こえてくるのはまだ下手くそな鳴き声ばかりだ。キョ!で止まれずキョ!キョ!と鳴いてしまうもの、ホーがイマイチ不安定なもの、なんとも微妙な顔になる。春うららかにはまだ遠いか、と思ったところで上手な鶯が一匹。
ぱっと振り向いてその姿を探すと背後に袖で覆ってくすくすと笑う九郎さんの姿があった。
「すみません、あまりにも残念そうにされていたので」
「えっ今の九郎さんですか」
「……お恥ずかしながら」
なんだか意外だな、そういうのはキリオさんの方が得意なイメージがあったなという顔をしていたのか九郎さんは小さい時に練習したので、と恥ずかしそうにした。
「九郎さんにも普通の子供時代があったんですね」
「野点の時にこっそり鳴くと皆さん喜びますので……」
そんな理由ではありますがお弟子さんの中の1人がとても上手くて子供心に憧れたのです、と九郎さんは優しく笑う。一生懸命練習する小さい九郎さんが眼に浮かぶようで私もなんだか笑ってしまう。
「もう一回、今度はやってるとこ見たいです」
九郎さんはまた恥ずかしそうにして両手の平を合わせるようにして手を重ねて口に当てた。少し上を向くその姿が冬の終わりの青い空とまた、よく似合うのだ。
口元は見えないながらにウグイスが鳴く。思わず感嘆のため息がこぼれ、九郎さんは恥ずかしそうにその手を下ろした。
>>律子と彼氏
「リツコ、」
私を呼ぶ声はこちらが恥ずかしくなるくらいに優しく、穏やかだ。表情に乏しいからその声を平坦とかいう風に思う人もいるけど本当は優しい。
彼は大学院で機械か何かを作っている人で、初めてあった時もカフェで突然固まったパソコンをどうにかしようと躍起になっていた私に「貸して」と声をかけてすぐに直してくれた。私だって人並み以上には弄れる人だけどすぐさま解決してくれる彼はとってもカッコ良く見えて「大変だったね」の声に思わず浮かれた声ではいと返事をしてしまったのだ。一目惚れ、なんて意外だねと言われるけど好きになってしまったのだから今更どうこうできるはずもない。
年上の彼はデートの時はリツコの行きたいところに行こう、リツコ無理はするなよ、リツコ前に言ってたあれ買ってきたけど食べるか、リツコはどんな格好しててもかわいいよ、リツコ、リツコ……とこのようにしょっちゅう名前を呼ぶ。思い切って恥ずかしいからやめてくださいと強く言ったが、どうして?リツコはこんなにかわいいのに。といつもの穏やかな顔で言われてしまえば私に打つ手はなかった。
「リツコ、俺は……」
別れる時もそうだった。リツコと優しい声でいつものように呼んでやっと読めるようになった顔に貼り付けられた薄い感情は、申し訳なさそうで私は静かにそうですか、と言うしかなかった。
「私、あなたが思ってるよりあなたのこと好きでしたよ」
「そうか、ありがとう」
リツコみたいな子にそう言われるのなんだか照れるな。
苗字さんはその後ぱったりと消息を絶って、その頃ちょうど私は会社の経営を立て直すためにアイドルの仕事に戻って無我夢中で働いた。ある日、日課のニュースチェックで新型人工知能の誕生を知って思わずあっと声をあげた。リツコ、新しい優しくて強い、人のことを思う人工知能です。少し痩せたような気がする苗字さんは海外の企業に引き抜かれて開発をしていたそうで私はおもわず笑ってしまう。なんだかなあ、そんな方法で今更示されてもなあ、やっぱり少しずれてるんだよなあ。
>>あずささんの女性プロデューサー
「それじゃあ、行ってきますね」
「はい、その辺で見てますので」
「うふふ……いつもちゃんと見えてますよ」
バラエティの収録前、あずささんは綺麗なワンピースに身を包んで私に微笑みかけた。
運命の人を探している、という話は前任者から聞いていたけど特別恋愛ごとにうるさいとかではなくていつもは優しいお姉さんだ。ただ、ある時を除いて。
「名前さん、顔をあげて?」
言葉のままに上を向くとあずささんの柔らかくて白くてしっとりした指が顔に添えられた。甘い吐息が唇にかかり、しっとり潤った唇が徹夜でかさついた私の唇とゆっくり重なる。
あずささんの唇は、あずささんの性格や体そのままに柔らかく優しく、それからいい匂いがする。押し当てられるだけのそれがゆっくり離れて行って、あずささんの髪の後ろに慌てて柱の角に隠れる共演者の姿が見えた。あの衣装は確か、最近売れてる男性アイドルでなかっただろうか。
「今日もおまじない、ありがとうございます」
語尾にハートマークがつきそうなくらい弾んだ声であずささんはにこっと頬を抑えて笑いはみ出た口紅を拭った。
「いいえ。あずささんがこれでお仕事上手く行くなら安いものですよ」
「あらあら、安いだなんて」
あずささん、そんな牽制しなくたってあずささんの隣にいる私なんて見向きもされませんよ。何度目かの私の言葉にあずささんはでも、そんなことがあったら困りますからとピンク色の唇からまた甘い息を吐いた。
>>涼と876新人プロデューサー
「おかえりなさい!」
「ただいまー!お味噌汁の匂いがした!」
名前さんはポーンとカバンを投げてスーツの上着もついでに飛ばしてスリッパをつっかけながら僕の方に来てそのまま後ろからハグをした。よくやられることだけど未だに慣れなくてびっくりしてしまう。男らしく、男らしく!僕はお味噌を入れてあとは煮立たせないよう少し混ぜるだけのお味噌汁をぐるぐるかき混ぜた。
「キャベツ?」
「うん、キャベツとお豆腐。あとはご飯と鶏の生姜焼きと昨日の煮物持って来てて……」
「うーん美味しそう!さすが涼くん」
名前さんは嬉しい〜って僕の首に顔を埋めて回した腕にぎゅうぎゅう力を込める。動揺したけどとりあえず火を止めて、ご飯よそりましょうと声をかける。若干裏返ってたかもしれないけど名前さんはおとなしく手を離してお茶碗を二つ、お味噌汁のお椀も二つ出した。あっさり離れた体温が少し寂しくて、お揃いの食器は未だに慣れない。
名前さんは僕が男性アイドルとしての再デビューを決めた後に876プロに他所の事務所から来てくれたプロデューサーさんだ。愛ちゃんたちは日頃レッスンやお仕事で顔を合わせて親しくしているけど、再スタートを切った今315プロでの活動も多い僕とは顔見知り程度だった。そんな距離があった僕たちもなんだかんだあって同じ家で一緒にご飯を食べたりする仲になったんだけど、名前さんのパーソナルスペースの狭さは僕の心臓に悪い。愛ちゃんたちから聞く僕はきっと女の子してた頃のことが多くて多分3人並べて見ているからあんまり男の子だと思われていないのかもしれない。とほほ、再デビューしてカッコいいと言われることが増えたけど好きな人からのスキンシップのレベルは悲しいかな愛ちゃんたちと同列なのだ。
「おいし〜〜い!涼くんのお味噌汁本当に最高!」
「生姜焼きもお代わりしてくださいね」
でも、いい。好きな人がこんなに僕の得意なことで喜んでくれるんだからわがままの言いすぎも良くないだろう。
「あーあ、涼くんがお婿さんになってくれれば毎日涼くんのお味噌汁飲めるのになあ」
「!?」
名前さんは爆弾発言をしたにも関わらず白いお米もおいしい!とにこにこしている。でも僕だってお仕事を重ねて男らしさは日々積み重なっているはずだ。
「名前さん、」
恋愛ドラマに出た時と同じくらい心臓がばくばくしていた(あの時は女の子役だったけど)。名前さんは僕の覚悟も知らないできょとんとしている。
「名前さん、僕あなたが好きです。」
>>輝さんと年下の恋人
目の前を踊るアルファベット、それからただ流れて行く謎の言語に私は目を回しかけた。もっとはっきりしゃべってよ!できれば何回か繰り返して!と叫びたいのをこらえて私はテキストに適当に丸をつけて行く。
「名前、おっと勉強してるのか」
「輝さん!してない!してないです!休憩するところです!」
全く名前は仕方ないなあと輝さんが笑ってコーヒーを置いてくれた。頑張ってたみたいだし、少し休憩しようぜと優しい言葉。
「課題か?」
「ええ、まあ、そんなところです」
適当に丸をつけたリスニングも勘で二択に絞ったリーディングも輝さんに見られるのが恥ずかしい。輝さんはへえーとか言いながらテキストを読んでお!結構読めるな!と笑う。
「輝さんやっぱり頭いいよね……」
「急にどうした?もっと褒めてくれていいぞ」
「……」
「怒るなって!」
無言でコーヒーをすする私を見て輝さんは慌ててわからないとこ見てやるから!とシャーペンを拾った。どこがわからないんだ?とテキストを目で追う姿がめちゃくちゃ頼もしい。
「まず長文が読めない!途中でわけわからなくなる!」
「受験の時に散々やったんじゃなかったのか?」
「もうそんなの忘れました〜〜!!」
ごねる私に輝さんは待て待てこういうのは落ち着いて読んだら案外読めるもんだからと私にもシャーペンを握らせる。
「主題がわかって、ここまで読めたんだから残りも読めないはずがないだろ?」
さっきまで意味不明な羅列だったアルファベットも輝さんがなぞると途端に繋がりを持ち出すのだから腹ただしい。最後まで読み切って、じゃあ問2から間違ってたなあと答えを修正して続きもあっさり正答がわかる。
「な?全部解けただろ?」
「……試験の時も輝さん持ち込みたい」
「そ、それは厳しいだろ」
照れ隠しの一言も輝さんにはお見通しらしく、よく頑張ってるよと頭を撫でて甘やかすサービスまでついてくるのだから私は頑張るしかなくなってしまう。次!と輝さんの元気な声に従って私はあっさりテキストをめくった。
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