君いつまでも


お前さん、これやるよ。雨彦さんが開いた私の手にポンと銀色の輪っかを乗せた。
「なんですか、これ」
「魔除けさ」
「魔除け……」
雨彦さんと出会ってからしばしば聴くもののやはりあまり馴染みのない言葉に呆然とする私を前に、雨彦さんはよっこらせと分厚いラグに胡座をかいて、それから座りなと膝を叩いて呼んだ。渋々、という態度をとりながら雨彦さんの長い足に座る。どうして銀かわかるな?と指輪をこれまた長い指が弄ぶ。

「銀は、魔をはねる……」
「そう、ということで肌身離さずつけておくように」
「えっそんなに効くんですか」
「ん?そこそこってとこだな。もっといいやつはお前さんが大学出てからだなあ」
「ヒェー」
婚約指輪のような繊細さも可愛らしさもない、銀の些か幅の広い輪っか。雨彦さんがなにやらただの掃除屋さんではないとは理解しているつもりだ。よくないもの、というのは周りの男の人だけでなく私にはあんまり見えないもののことを指しているのだという。

雨彦さんのお嫁さんになるのよ、と引き合わされて以来雨彦さんたちが見るという変なものを私は見たことがない。会う前も見たことがあるのかはよくわからないが、雨彦さんに言わせれば「お前さんが見る必要のないものは、見させないようにしているのさ」とのことで何かしらの見えない工夫をしてくれているらしかった。これもその一つということか。大学出てからというのも高校を出てから正式に婚約になったから次は結婚ということだろう。雨彦さんの周りにはどれだけヤバイやつがうようよしているのか。見えないながらにちょっと怖い。

「それで、付け方だな」
「付け方まであるんですか!」
私のドン引きした声に雨彦さんは喉の奥で笑って左手を取り、なんてことなく嵌めた。私の子供っぽい指には不似合いだなあと思った。
「まず、肌身離さず左手の薬指につけること」
「最初っから難しいことを!料理とかお風呂の時とかどうするんですか」
「待て待て、まだ続きがあるから……次に一度外したら必ず愛する男に嵌めてもらうこと」
「無理言う!」
私の悲鳴に雨彦さんは愉快そうに笑い、まず一つ目はお前さんもう大学生だし私服だしいけるな?と確認した。いくら私服登校とはいえ、こんなおしゃれ指輪でもないものを左手の薬指に、というのはどうかなあと思うけどまあいいか。

「風呂とか料理のときは外してもいい。うちの中だしな。ただ、終わったらすぐに嵌めてもらいに来るように」
「お、思ったより大変なんですね……」
何より愛する男が限定されて1人なのが恥ずかしすぎる。こっそり雨彦さんの目を盗んで自分で嵌め外ししようかなと思ったらそれを見越して雨彦さんの目がきらりと光った。
「左手の薬指の意味が二つ、わかるな」
「えっとぉ……」
やっぱり気恥ずかしくて目線を泳がすと仕方ない、と頭に手がのる。いいか、と言い聞かせるみたいな声が優しかった。

「婚姻の意味が一つ。もう一つは、まあ婚姻の意味も元はそこだが心臓に繋がるとされていることが一つ。左手の薬指に銀の輪を嵌めて、伴侶だけがそれを自由にできる……わかったな?」
「はーい……」
それって、雨彦さんだけは私の心臓を好きにできるってことじゃないの?渋々納得した私の声を聞いて雨彦さんは頼むな、と追い討ちをかける。女子大生が左手の薬指に意味深な指輪なんてしてたら絶対面倒になるのわかってるだろうに!ジト目で見るけど雨彦さんはどこ吹く風といった様子で指に嵌めた輪っかを撫でた。風呂から出たら速攻で嵌めてもらいに来いよなんて言うから思わず長い足を蹴る。素っ裸で来いよなんていうのもあれだけどなんか色々嫌な含みを感じたからだ。

「心配しなくとも銀の輪でちゃんとお前さんの心臓を守るよ。不便かけるが許してくれるな?」
意地悪さのかけらもない優しくて甘ったるい声で言われたらはい、と頷くほかないのだ。だって私は初めて雨彦さんと引き合わされてからの十年この人のことだけが好きで、そんな人が将来の伴侶と約束されこんな言葉までかけられてはもう逃げ場がない。

いい子だ、と雨彦さんの声が耳を撫でちゅうと耳殻にキスされた。今夜も流されるんだろうな。ああ、その前にお風呂に入って指輪を嵌めてもらうミッションがあるのだった。想像するだけで恥ずかしくていつになったら慣れるのかしらとため息が出る。その息が思ったより熱くていやらしいものになって、雨彦さんはすぐに慣れるとまた笑うのだった。

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